昨年末にアルジェリアの世界遺産タッシリナジェールを訪れました。タッシリナジェールはサハラ砂漠の真中におよそ800kmにわたって連なる黒い台地で、あたかも月面を思わせるその荒涼とした世界の隅々に先史時代の壁画が隠されています。
風と水に激しく浸食された台地上では、奇岩が森のようになり、または果てしなく岩の絨毯が広がり、断層がむき出しにされ、涸川がいくつもの谷を形作っています。この生き物にとって過酷な世界にはかつては氷河が覆っていた時代があり、熱帯雨林が広がった時代があり、草原だった時代があり、多くの人の賑やかな声が聞こえた時代がありました。タッシリナジェールを7日間にわたって歩くこのツアーは、荒々しい自然の景観から大きな時間の流れを感じ、残された壁画から人の繁栄と衰退を目の当たりにする壮大なタイムスリップツアーというわけです。
トゥアレグのガイドの案内で、ロバに荷を乗せて谷に入り、標高約2,000mまで遡ると源流地点から月面台地が広がりました。初日に登りを終えてから最終日に下る時までの7日間、生き物の気配の乏しい空間を歩きまわり、生活しました。
幸いなことに今回は旅行者がかなり少なくただでさえ静かな場所はまさに無人島のように寂しく、美しい場所になっていましたが、そのもっとも美しい時間はやはり夜でした。満点の星空の下、焚火を熾し、少しシャイなトゥアレグ達と毎夜歌を歌いました。自分たちの灯りと星と月以外に光がなく、歌声以外にはまったく音がありません。トゥアレグの中にはまるで音痴な歌好きや、痺れるほどの美声の強面、ポリタンクドラマーの少年などいろいろいて、客の前で歌を披露することに慣れていなかった彼らが(お互い様だが)日を追うごとに伸び伸びと歌うようになるにつれ、お互いの距離が近くなっていきました。私達はというと、毎夜なんの歌を歌うかに頭を捻り、「炭坑節」や「月の砂漠」、「幸せなら手を叩こう」、「証城寺の狸」などを披露しました。受けが良かったのは意外にも「かえるの歌」で、シンプルな輪唱が珍しく聞こえるようでした。
壁画は古いもので新石器時代まで遡るものも見られますが、数千年もの間、壁画は描かれ続け、気候の変化にともなう動植物の変化、生活様式の変化、感性(デザイン)の変化を辿ることができます。肉体美や装飾を描いたもの、戦争を描いたもの、家族の愛を描いたもの、あるいは神のようなもの、ひどく抽象的で分からないものと、、テーマは本当に様々。一時期よりトゥアレグの祖先が登場し始め、ガイドの説明に熱が入ります。ターバンを巻いて昔ながらの姿をしているガイドの姿を見ていると、数千年の時間なんて自分たちの思っているほど長い時間ではないのではという気がしてきます。街から遠く離れて彼らと寝食をともにしていると、壁画に描かれた世界に迷い込んだような錯覚に陥ります。これぞまさにタイムスリップです。
サハラの懐にある荒野の画廊を歩く旅、、焚火の美しい野営の旅、、ぜひおすすめです。
有冨