『コンゴ共和国』の首都ブラザヴィル。アフリカ第二の大河コンゴ川のほとりにある街です。20世紀初頭の植民地時代には『フランス領赤道アフリカ』が成立し、その総督府がおかれた街でした。現在は人口140慢人ほど。対岸の『コンゴ民主共和国』の首都キンシャサと併せて大都市圏を形成しています。『コンゴ』という言葉は元々バントゥー語で『山』という意味があります。ブラザヴィルを色々と市内観光。まずは、この国でNO.1シェアを誇る『LES DEPECHES de Brazaville』という新聞社へ。新聞社の中に、地誌学上『コンゴ盆地』に属する国々の伝統文化・現代アートを展示した博物館があります。『コンゴ盆地』とは、『コンゴ共和国』、『コンゴ民主共和国』、『中央アフリカ共和国』、『ガボン』、『チャド』、『カメルーン』、『赤道ギニア』、『アンゴラ』、『サントメ・プリンシペ』、『ウガンダ』、『ルワンダ』、『ブルンディ』の全12ケ国を含むアフリカ大陸の中央部のことを指します。革ジャン姿の学芸員のお兄さんが解説してくれました。中央部アフリカから、西アフリカのギニア湾岸諸国にも見られるフェティッシュ(呪術)アート。割礼の様子を現したもの。これは、中央から東のアフリカに跨るバントゥー語群系民族のやり方です、以前、同じやり方の儀式をタンザニア南部で見たことがあったので、アフリカ大陸内の民族文化の広がりが垣間見れてとても興味深かったです。フランス領となる以前に、この土地はバントゥ系のテケ民族の土地でした。テケ民族の王様マココ王の証である首飾りや私物のパイプです。テケ民族の王様マココ王ラフィアから編んだクバ布がどっさり。アフリカン雑貨の中ではかなり高価な逸品です。次に訪問したのは、「探検家ピエール・サヴォルニアン・ブラザ」の廟。19世紀末にコンゴ川流域を探検し、フランスの中央部アフリカ植民地化に重要な役割を担いました。ブラザヴィルの名前は彼の名にちなんでいます。探検家ブラザとその従者のセネガル人、マラミン・カマラ。ブラザは人道的植民地主義者だったと言われ、本国の奴隷政策に反対し続け、最終的には総督の座を解任されてしまいます。「ブラザヴィル」という街の名前や、彼が今でもこの地に眠っていることからも、地元の人々との友好的な関係を築いていたことが伺えます。聖アン・バジリック教会。コンゴ共和国は古くからカトリック・キリストが伝わってきた歴史があります。ちょうど日曜日だったこともあって、中では厳粛なミサが行われていました。写真撮影は禁止。コンゴ川の急流ポイント。荒波の中をナマズ漁に出ている人がいます。ブラザヴィル市内の中心部から離れてポト=ポト地区へ。かつて植民地時代に中心部は白人居住区、このポト=ポト地区はアフリカ人居住区と分けられていました。ポト=ポト地区の住宅街の一角で伝統ダンス!これは、前述したテケ民族の人達の伝統衣装です。まさに地元!ルンバ・コンゴリーズのリズムに乗せて激しいダンス!跳ねるような激しい動きが大迫力でした。親分登場!『バ・テケ(テケの子供たち)』という名前の地元のグループでした。いつの間にか、音を聞きつけてギャラリー大集合。ボーイも特等席で凝視しています。鳴りやまない喝采に、バンドもヒートアップ!ポト=ポト地区のローカル市場も訪れました。鉈さばきが鋭いチキン売りのおばちゃん魚の燻製。見た目はぎょっとしますが味は◎ガールズの髪型へのこだわりは並々ならぬものがあります。サロンはどこも大繁盛。美意識が高いです。髪を結ってあげるのは女性、化粧をしてあげるのは男性、と役割分担がはっきりしているのが面白い。服を仕立てるのも男性の仕事。仕立て屋は西アフリカのセネガル人やベナン人多し。これは妊娠中の女性がボリボリ食べる石です。鉄分&カルシウム補給。コンゴと言えばピリピリ!唐辛子好きにはたまらない珠玉の逸品です。コンゴのローカル料理もたっぷり食しました。コンゴ・プレート。キャッサバから作ったフフ、ナマズの煮込み、ヤマアラシ肉のソテー、プランテンにサカサカなど。ローカルフード好きにはたまりません。
『サプール』とは『サップ(SAPE)を体現する人』のことです。サップ(SAPE)というのは、フランス語で<Société des ambianceurs et des personnes élégantes>の頭文字をとって『サップ』と呼びます。これを日本語に訳すと「エレガントにお洒落を楽しみ、優雅に遊び歩くことの好きな人々の集まり」とでもなるでしょうか。一年中、気温が30度を越す赤道直下のアフリカ中央部の街で、高級ブランドのスーツに身を包み、帽子と葉巻やパイプ、ステッキなどの小道具とともに街を練り歩く。サプールの理念は、「平和でなければお洒落はできない」ということから、暴力反対を唱え、今ではコンゴ共和国の平和の象徴として、人々にとっても憧れの存在となっています。赤道直下の熱帯の街で、なけなしのカネを叩いたり、どこからかカネをかき集めてきたりしてブランドものの洋服を買い、それを着て優雅に街を闊歩する。そこには、『合理的』とは全く言えない、”人の生き様”のようなものを感じます。そんな人々に会いに行こう!というのが今回の旅の目的でした。今回渡航が出来なかった『コンゴ民主共和国(キンシャサ)』には、また違ったスタイルの『サプール』が居ると言われています。次回こそは!