コンゴ民主共和国の北、ウガンダ国境近くのイトゥリの森に住むピグミー、ムブティが作る樹皮の腰巻に描かれた模様はとても興味深い。通称タパと呼ばれるこの樹皮はクワ科のイチジクの木から剥いだものである。
ピグミーは何千年も前から中央アフリカ、熱帯雨林の奥深くに暮らしてきた。ピグミーの名は、ギリシャ伝説で小柄な人を意味する「ピュグマイオイ」に由来すると言われている。ムブティはピグミーの典型的なタイプで成人男子の身長は平均140cmと低く、一夫一婦制で成人20~50人とその子供たちで一つの共同体を作って暮らしている。狩猟採集を行いながら移動を繰り返すため、枝を組んで大きな葉を重ねて置いただけの簡素な家に住み、祖先や精霊に対するアニミズム信仰も持っていない。金属の加工も知らず、布を織ることもなく、森の住人として生き続け、このタパだけがその豊かな精神性や美的感覚の表現だった。
同じ森に住むもう一つの部族、マンベツ族はかつて大きな王国を繁栄させていたが、腰巻のタパに自分たちで模様を描くことはなく、ムブティにそのデザインを頼んで描かせていた。周辺のマンベツ族や北のスーダンに住むヌバ族はボディーペインティングで良く知られているが、その文様はムブティのデザインに似ている。
タパに描かれるモチーフは幾何学的で一つ一つが星や動物や昆虫、蝶など森で見られるあらゆるものを表わしている。模様に関する決まりごとはなく、タパの樹皮布にのびのびと描き、見事なコンポジションを持つ絵画のようである。一枚のタパを2分割、または4分割し、それぞれ違ったキャンバスに見立てて、全く異なったデザインが描かれているものも多い。これはタパが折って使われることを考慮してのこととも考えられるが絵の構成としては異質である。この視覚的特徴は、彼らの独特なポリフォニー(多声音楽)と関連づけて考えられることがある。ムブティの歌はヨーデルや叫び声の多用が目立ち、自由で即興性に溢れている。これは、ムブティが周辺の農耕民族のように固定した社会構造を持たず、より平等な共同体で暮らしていることの反映とも言われている。タパのデザインもその平等社会を映しだすかのように、中心となるモチーフはなく一つのモチーフが他の部分を支配することは決してない。ムブティのタパは現代美術として評価も高く、素材と表現の簡素さに究極の美が宿っているのかもしれない。
写真提供/小川 弘さん
小川 弘さん 1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/