「食」 インジェラだけじゃないエチオピアンフード

洗練されたエチオピアの精進料理

インジェラ(酸味のある薄焼き発酵パン)、クトゥフォ(スパイシーな生肉)、ドロワット(鶏のスパイス煮込み)は、エチオピア三大珍味である。エチオピア以外の国では食べられないから、世界の三大珍味と言ってよいかもしれない。
インジェラはエチオピアの主食のひとつだが、日本人は女性に好きという人が多く、男性に苦手という人が多い。これは欧米人も似たような傾向があるから男女差なのかもしれない。苦手な人は、ふわふわとした触感と酸味がダメという。私はふわふわも酸味も嫌いではないが、正直に言えば(そしてエチオピアの人にはとても言えないが)積極的に食べたいと思う方ではない。言い訳がましいが、決して嫌いなわけではない。
私は、肉好きともほど遠い。クトゥフォとドロワットの肉は、ほんの少し口に入れば満足で、ドロワットに鶏肉と一緒に煮込んであるゆで卵とソースさえあればご機嫌である。ドロワットのソースは絶品で、家庭でつくるものが特に美味しい。大量のエシャロットをあめ色に炒め、これまた大量の生トマトと自家製ベルバレ粉(ローズマリー・コリアンダー・ショウガ・ニンニク・唐辛子など16種もの香草や香辛料が使われる)で煮込む。このソースは、パンにもご飯にもよく合う。
三大珍味が食べられないと地方に行ったときに苦労する。地方のホテルのメニューは肉とインジェラがメインで、食べ残して給仕さんたちに「何かお気に召しませんでしたか?マダム」と哀しそうな、恨めしそうな顔で聞かれたことが何度もある。
そんな時の強い味方が精進料理メニューだ。幸いこの国には、断食が生んだ豊かな豆・野菜の精進料理がある。ひよこ豆やレンズ豆などの挽粉とエシャロット、香辛料でつくるメティン・シュロはびっくりするほど美味である。断食期間ならバイアネットを頼むとよい。味付けされた色とりどりの野菜と豆料理が皿に盛られ運ばれてくる。

市場で売られるいろいろな豆

エチオピアの農村では、欧米の国々のように朝食、昼食、夕食がはっきりと分かれていない。一日一食のこともしばしばある。庶民にとって肉は大変なご馳走だ。そのうえ、人口の半分を占めるコプト派キリスト教徒には複雑な断食の決まりがあって、1年のうち200日以上、肉や卵、牛乳などの動物性の食物が食べられない。この断食中は穀物や豆・野菜で過ごさなければならない。おかげで高度な精進料理が発達した。こうした伝統料理が今日でも母から娘へと伝えられていることに、エチオピアの食文化の深さと豊かさがある。
村の市場で、香草や香辛料、野菜を売る親子

世界最古の豆でつくる伝統豆料理「赤レンズ豆のワット(アタルキック)」

旧約聖書にも出てくる赤レンズ豆でつくる豆の煮込み料理

材料:タマネギ/2個(みじん切り)、赤レンズ豆/1缶240g、熟れたトマト/2個(皮をむいてみじん切り)、油/大さじ3、ニンニク・ショウガ/各小さじ1(すりおろす)、塩/小さじ1程度、ベルバレ粉(コリアンダー粉・クミン粉・チリパウダー・シナモン粉を各小さじ1/2)
作り方:①鍋に油を入れ、タマネギがしんなりするまで中火で炒める。②トマトを入れ、水気が半量になるまで、弱火で炒め煮にする。③ベルバレ粉、ニンニクとショウガを入れ、2~3分炒める。④缶詰の豆を水切りし軽くつぶして、鍋に入れ煮つめる(焦げ付きそうなときは水を足す)。⑤最後に塩を入れ、味を調える。
出典『アフリカ料理の本~62の有名なレシピ&物語~/アフリカ理解プロジェクト刊/2014/定価2,000円』
文・写真提供 白鳥くるみさん

白鳥くるみさん
(アフリカ理解プロジェクト代表)
80年代に青年海外協力隊(ケニア)に参加。以来、教育開発分野で国際協力に力を注ぎ、多くの課題を抱えるアフリカのために何かできたらと「アフリカ理解プロジェクト」を立ち上げる。エチオピアを中心に活動の後、2015年、日本に拠点を移し本の企画出版などの活動をつづけている。
道祖神

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