エジプトとスーダンにまたがるヌビア、アスワン・ダム建設の犠牲になり水に沈められた町に生まれたハムザ・エル・ディン(Hamza El Din)さん(実は私が子供の頃一度日本でお会いしているので、呼び捨てできないのです・・笑)は、世界最高のウード奏者(アラビアの弦楽器)といっても過言ではないでしょう。
「アラブの吟遊詩人」と呼ばれ、アラブ音楽をおそらく初めて直接的に(ヨーロッパ経由ではなく)日本に伝えた方だと思います。ハムザさんの足跡は、日本とアラブミュージックの歴史そのもの。
ダム建設の計画を知ったハムザさんは当時カイロで学んでいたそうですが、すべてを投げ捨てウードを片手に故郷へ戻り、後に消えてしまう故郷を旅しながら地域の伝統的な音楽を習得して歩いたそうです。その後、再びカイロに戻ってアラブの古典音楽を学び、スーダン国立放送局の専属音楽家となってデビュー。1964年に活動の場をニューヨークへ移します。
1980年には国際交流基金の招きで来日、以後16年にわたって日本に滞在し、琵琶やギターなど弦楽器の祖先にあたるといわれる、アラブの伝統的な楽器「ウード」を奏でたアルバムを世に出すかたわら、中近東からアフリカ北部までをエリアにしたアラブ音楽を大学で教えたりもしていました。決してメジャーな音楽家ではなかったと思いますが、ヌビア人らしい素朴で誠実な人柄もあって、影響を受けた日本のミュージシャンも少なくなかったそうです。
アラブの音楽は西洋の音楽に比べて四倍の音階を持ち、深みがあるところが魅力の一つといわれていますが、ハムザさんによって演奏されたウードの弾き語り曲には、その「深み」が如実に現れていると思います。コンゴを中心としたリンガラミュージックやナイジェリアのアフロビートなど、いわゆる「踊れる曲」ではなく、どちらかというとマリのコラの演奏に似た響きの、静謐な空間に響く音と深みのある声。基本的には、彼が奏でるウードと片面太鼓であるタールをベースに、時にはネイ(笛)や手拍子などを加えられた形で演奏されるきわめてシンプルな音楽ですが、昨今のデジタル音を詰め込んだ音楽とは比べものにならないほど豊潤な世界観を持っていると思います。
ハムザさんが弾くウードはアラブの伝統楽器であっても、改良して独自の響きになるように工夫されていたそうなのですが、それもあってかハムザさんの音楽は「アラブの伝統音楽」という言葉から想像されるステレオタイプなイメージとは違い、どこかグローバルな印象を与えてくれる気がします。
ナイルの流れのような”悠久のときの流れ”を思わせる、ハムザさんのウードの響き。一度お聞きになってみてはいかがですか?
by 羽鳥