昨年末より1月に掛けて、都内の「植村冒険館」で、開館20周年記念企画、「北極圏1万2千キロ」の特別展示が行われた。当時実際に使用されたテントや橇が展示されていた。
ちょうど10年前の夏、アラスカ・アンカレッジでバイクをチャーターし、北極圏・プルドーベイを目指す旅に出発した。アンカレッジを抜けると程なく北米大陸最高峰マッキンリーが見えてくる。地元の人も驚くほどの晴天に恵まれ、真っ白に雪を被ったマッキンリーの全容が前方に広がってきた。この山のどこかに19年前に消息を絶った植村直己が眠っている。パイプライン沿いにツンドラ地帯を北上する。雪の残るブルックス山脈を越えると、木々は姿を消し、地衣類だけの広大な湿地帯が広がっている。時折遠くに動くのはトナカイや灰色クマだ。
3日間キャンプを続け、ダルトンハイウェーの終着地、北極海を望むプルドーベイに到着した。夏のこの時期太陽は沈まず夜は来ない。小さな雑貨屋とガソリンスタンドが1軒、それにツーリスト用のプレハブ造りのホテルが数件ある。働いているのは皆、日本人によく似たイヌイットの人々だ。郊外には巨大な石油基地があり、海岸線もフェンスが張られ、入ることはできない。唯一ツーリスト用に用意されたバスが、決められた海岸に立ち寄るだけだ。
念願の北極海は厚い雲が垂れ込め冷たい雨が降っていた。波はほとんどなく水平線と空の境も分からず、どんよりとした暗い海が果てしなく広がっていた。この海の先に陸地はなく、延々と広がる氷の海があるだけだ。すべてを押しつぶしてしまうような寂寥感が広がっていた。この地でたった一人、1年半をかけ、グリーンランドから海岸沿いの氷原地帯を犬橇と共に渡ってきた植村直己を思っていた。
常にチャレンジ精神を忘れず、極限の冒険に挑戦してきた植村直己氏は、私にとって、一時代の行動指針でもあったように思う。
写真 : 植村冒険館 by 663highland from Wikimedia Commons