2019.10.11発 エチオピアの大自然と民俗、世界遺産、ゆったり・たっぷり 15日間

『エチオピア』、アフリカ大陸54ケ国の中でも、最も“ミステリアス”という言葉が似合う国ではないでしょうか。まず、この国には他のアフリカ大陸の国々と大きく違う点が1つ、各国が一番お祝いをする独立記念日というものがありません。なぜなら、一度も他の国の植民地となったことがないからです。その歴史の長さはおよそ3,000年と古く、いわゆる古代、紀元前まで遡ります。古アクスム王国が1,000年近く続き、その後中世からはエチオピア帝国が1,974年の最後の皇帝ハイレ・セラシエ時代まで続きます。その祖となるのはイスラエルのソロモン王と現在のイエメンのシェバの女王との間に誕生したメネリク一世の血筋と言われ、殆ど神話の領域です。

ラリベラの聖ギオルギス教会 (Bet Giyorgis)
ラリベラの聖ギオルギス教会 (Bet Giyorgis)
古来より現代へとつながる、人々の祈りの世界
古来より現代へとつながる、人々の祈りの世界
色彩がカラフルなアクスム地方のバスケット
色彩がカラフルなアクスム地方のバスケット
外国人が珍しい?真っすぐ見つめてくる子供たち
外国人が珍しい?真っすぐ見つめてくる子供たち
魅惑のエチオピア料理。インジェラとシロワット
魅惑のエチオピア料理。インジェラとシロワット

今回旅行したのは、そんな神秘の国エチオピアの北部。首都アディスアベバより北の地域は、特に3,000年分のエチオピアの歴史建造物が多く残る地域です。そして、エチオピア北部の歴史とは、すなわち『エチオピア正教』と呼ばれる独自発展したエチオピア・キリスト教の歴史とも言えます。長い歴史と古い信仰が刻まれた数々の建造物は世界遺産のオンパレード。教会や修道院、かつての王の居城など、どれもが非常にユニークで中世の面影を今でも残しています。特に教会の多くは、単なる『観光地としての世界遺産』ではなく、2020年のこの現在でも人々の祈りの場となっています。しっかりと今も息づいている世界遺産を訪問することが、このツアーの大きな魅力のひとつです。

ラリベラの岩窟教会群のひとつ、聖マリア教会 (Bet Maryam)
ラリベラの岩窟教会群のひとつ、聖マリア教会 (Bet Maryam)
教会の守衛さん。クラシックな制服です。
教会の守衛さん。クラシックな制服です。
羊皮紙に描かれた聖ギオルギオス。竜退治の伝説を持つキリスト教の聖人の一人です。
羊皮紙に描かれた聖ギオルギオス。竜退治の伝説を持つキリスト教の聖人の一人です。
一枚岩を十字架の形に彫り込んだ聖ギオルギス教会。天使たちが7日間で造ったと言われています。
一枚岩を十字架の形に彫り込んだ聖ギオルギス教会。天使たちが7日間で造ったと言われています。
十字架の形をした教会を下から眺めるとこんな感じ。
十字架の形をした教会を下から眺めるとこんな感じ。
聖エマニュエル教会 (Bet Amanuel)と修道士
聖エマニュエル教会 (Bet Amanuel)と修道士
聖アバ・リアノス教会 (Bet Abba Libanos)の前で祈りをささげる巡礼者
聖アバ・リアノス教会 (Bet Abba Libanos)の前で祈りをささげる巡礼者
浪々と御詠歌が謳われる中で、立派な佇まいの聖職者
浪々と御詠歌が謳われる中で、立派な佇まいの聖職者
祈りを捧げながら、歌が紡がれていきます
祈りを捧げながら、歌が紡がれていきます
岩窟教会内の壁画も見事です。聖ミカエルと聖ガブリエル
岩窟教会内の壁画も見事です。聖ミカエルと聖ガブリエル
古アクスム王国時代の書物。古代ゲーズ語で記されています。
古アクスム王国時代の書物。古代ゲーズ語で記されています。
地方のふと立ち寄った街にも、何百年も前からある岩窟教会があります。
地方のふと立ち寄った街にも、何百年も前からある岩窟教会があります。
有名観光地以外の教会にも、見事な壁画が残っています。
有名観光地以外の教会にも、見事な壁画が残っています。
アクスムのオベリスク。紀元4世紀から5世紀にかけて造られたと考えられています
アクスムのオベリスク。紀元4世紀から5世紀にかけて造られたと考えられています
建設途中に倒れてしまったと考えられている最大のオベリスク。高さ約33mもあります。
建設途中に倒れてしまったと考えられている最大のオベリスク。高さ約33mもあります。
古代の建築技法が垣間見れる遺物。石切り場のメジャー(測定器)です。
古代の建築技法が垣間見れる遺物。石切り場のメジャー(測定器)です。
聖櫃(アーク)が収められている修道院
聖櫃(アーク)が収められている修道院
旧・聖マリア教会の羊皮紙の書物。600年ころのものとされています。
旧・聖マリア教会の羊皮紙の書物。600年ころのものとされています。
16~17世紀頃のファジルゲビ王宮。インド、アラブ建築にバロック建築の影響を受けた「ゴンダール様式」の建物です。
16~17世紀頃のファジルゲビ王宮。インド、アラブ建築にバロック建築の影響を受けた「ゴンダール様式」の建物です。
17世紀に建設された「デブレ・ブラハン・セラシエ教会」“光の山”という意味があります。
17世紀に建設された「デブレ・ブラハン・セラシエ教会」“光の山”という意味があります。
天井に描かれた天使の壁画。全ての天使と目が合うと言われています。
天井に描かれた天使の壁画。全ての天使と目が合うと言われています。
正面に描かれた、三位一体を表す壁画
正面に描かれた、三位一体を表す壁画
歴代のファシリダス皇帝たちの水浴び場。ティムカット祭礼の時は巡礼者が集結します。
歴代のファシリダス皇帝たちの水浴び場。ティムカット祭礼の時は巡礼者が集結します。
エチオピア正教会の御詠歌を歌う際の太鼓
エチオピア正教会の御詠歌を歌う際の太鼓
道中の旧い教会にも壁画が残ります。十字架を象った出窓
道中の旧い教会にも壁画が残ります。十字架を象った出窓
ユネスコの世界遺産にも登録されているシミエン国立公園。初代管理人のC.W.ニコルさんと固有生物のワリア・アイベックスの剥製
ユネスコの世界遺産にも登録されているシミエン国立公園。初代管理人のC.W.ニコルさんと固有生物のワリア・アイベックスの剥製
「アフリカの屋根」と呼ばれるシミエン国立公園。
「アフリカの屋根」と呼ばれるシミエン国立公園。
固有種のゲラダヒヒ。現生の猿では、唯一、草を主食とする草原のサルです。
固有種のゲラダヒヒ。現生の猿では、唯一、草を主食とする草原のサルです。
顔立ちは厳めしいのですが、表情は愛らしいです。
顔立ちは厳めしいのですが、表情は愛らしいです。
歯茎をむき出しにして鋭い歯を見せます。実は求愛のサインでもあります。
歯茎をむき出しにして鋭い歯を見せます。実は求愛のサインでもあります。
「ブルーナイルの滝」と呼ばれるティシサットの滝
「ブルーナイルの滝」と呼ばれるティシサットの滝

いわゆる正統派の『歴史・遺跡・文科系ツアー』なのですが、そこには私たち道祖神なりのこだわりもあります。ツアータイトルにもある通り、見どころは『世界遺産』だけではありません。エチオピアの『大自然と民俗』、それらをたっぷりと味わう為のこだわりが、何よりも“陸路の旅”であるという事です。前述した各地に散らばる歴史遺産の各都市を、飛行機で飛んで渡ってしまえば楽なのですが、あえて地を這うように1台の車で旅します。観光地と観光地の間の、古来より巡礼の人々が歩いたであろう山岳地帯や、美しい緑に彩られた農村風景では中世より変わらない人々の暮らしぶりを垣間見る事が出来ます。人と家畜がともに暮らしている姿、ふらりと立ち寄った食堂で地元の人々と共に土地の料理を食べる、茶屋の軒先でじっくり淹れてくれた一杯のコーヒーを味わう、観光地をポイントで訪問するだけでは見えてこない、その国の「リアル」は、興味を持たなければ見過ごしてしまうような『移動』の行間にこそあります。旅の合間に見える風景や体験こそが、この国の『大自然と民俗』を感じさせてくれます。

街から街へ。訪問地へは山間部を走り旅をします。
街から街へ。訪問地へは山間部を走り旅をします。
道中にふと立ち寄った村で出迎えてくれた村のご家族。
道中にふと立ち寄った村で出迎えてくれた村のご家族。
覚醒植物カート売りのおじさん
覚醒植物カート売りのおじさん
エチオピアはどこに行っても家畜が人々共にいます。
エチオピアはどこに行っても家畜が人々共にいます。
街角で談笑していた放牧のお兄さんたち
街角で談笑していた放牧のお兄さんたち
家畜のヤギと少年
家畜のヤギと少年
バティの月曜市の一コマ。家畜市場でのラクダの群れ
バティの月曜市の一コマ。家畜市場でのラクダの群れ
家畜の売り買いに集まる人々
家畜の売り買いに集まる人々
立派に育てあげた雄牛。売り手のオジサンも名残惜しそうです。
立派に育てあげた雄牛。売り手のオジサンも名残惜しそうです。
売られていきます。
売られていきます。
ラクダを売る人は、アフロ頭が特徴的なアファールの人々が多い
ラクダを売る人は、アフロ頭が特徴的なアファールの人々が多い
家畜の皮も売り物です
家畜の皮も売り物です
色鮮やかな野菜市場
色鮮やかな野菜市場
コーヒーを淹れる際の素焼きのポット
コーヒーを淹れる際の素焼きのポット
布屋さん。ここでも仕立ては男の仕事だ
布屋さん。ここでも仕立ては男の仕事だ
ラフィア(ヤシ科の葉っぱ)を編むおばさんたち
ラフィア(ヤシ科の葉っぱ)を編むおばさんたち
すべて手編みで立派なバスケットに生まれ変わります。
すべて手編みで立派なバスケットに生まれ変わります。
市場の片隅に佇んでいたオロモの女性。胸のコイン飾りはイタリア進駐軍が残していったものだそうです。
市場の片隅に佇んでいたオロモの女性。胸のコイン飾りはイタリア進駐軍が残していったものだそうです。
市が立つ日は、地元の人々にとっての交流の場所でもあります。
市が立つ日は、地元の人々にとっての交流の場所でもあります。
中国製のサンダルを売る兄ちゃんたち。日常生活品は中国製のものが増えています。
中国製のサンダルを売る兄ちゃんたち。日常生活品は中国製のものが増えています。
市場の片隅でコーヒーを淹れてくれました。
市場の片隅でコーヒーを淹れてくれました。
エチオピア名物のチマキ。絶品のフルーツシェイクです。
エチオピア名物のチマキ。絶品のフルーツシェイクです。
こちらもエチオピア名物。生肉のたたき。「クトゥフォ」ご注意を!
こちらもエチオピア名物。生肉のたたき。「クトゥフォ」ご注意を!
道中立ち寄った村で家庭料理をご馳走になります。
道中立ち寄った村で家庭料理をご馳走になります。
この円形のかまどは、インジェラを焼くためのものです。
この円形のかまどは、インジェラを焼くためのものです。
インジェラと豆のソース、シロです。クセになる味わいです。
インジェラと豆のソース、シロです。クセになる味わいです。
豪華版。インジェラはテフと呼ばれる極小の穀物から作られます。
豪華版。インジェラはテフと呼ばれる極小の穀物から作られます。
エチオピアはビール天国。10種類以上もの銘柄があります。私のお勧めは右端のハラール・ビール
エチオピアはビール天国。10種類以上もの銘柄があります。私のお勧めは右端のハラール・ビール
すれ違いざまのトラック。荷台に人がぎっしりです。
すれ違いざまのトラック。荷台に人がぎっしりです。
どこへ行っても子供は可愛いですね。
どこへ行っても子供は可愛いですね。
人懐っこい子供が多くて楽しくなります。
人懐っこい子供が多くて楽しくなります。

全部で15日間という、長丁場のツアーではありますが、何年も続けている、道祖神のこだわりが詰まった『エチオピアの旅』です。同じ場所に行って、同じ建築物を見に行くのでも、『観光地を訪問する』事と『その国を旅する』事には大きな違いがあります。是非その違いを感じて欲しいと思います。目に映る景色、聞こえてくる生活の音、漂う人々の匂い、そして自分の舌の味わい、全身で『エチオピア』を感じることの出来る旅です。是非、ご参加お待ちしております。

旅の楽しみのひとつが、何度となく立ち寄るお茶屋さん。
旅の楽しみのひとつが、何度となく立ち寄るお茶屋さん。
一杯のコーヒーが、旅のさなかにホッと一息をつかせてくれます。
一杯のコーヒーが、旅のさなかにホッと一息をつかせてくれます。

■エチオピアの大自然と民俗、世界遺産、ゆったり・たっぷり 15日間

by 生野

2020.2.7発 チュニジア ラクダと歩く砂漠旅 10日間

チュニジアのツアーへと行ってきました。目的は6日間で約100キロ、ラクダと共に砂漠を歩く事です。来る日も来る日も、砂と風と星の世界。夜はテントで毛布にくるまりながら、毎日無心で歩き続けます。ふと、「こんなところで、いったい何をしているんだろう?」という気にさせられますが、何も考えずに砂漠の世界にどっぷりと浸かっていると、いつの間にか1日が終わりを迎えている、そんな毎日でした。そして、途中何度かラクダの背に乗るなど助けを借りながらも、ご参加者全員が無事に歩き切る事が出来ました。

日本からの長いフライトを経て、首都チュニスのカルタゴ空港へ到着!
日本からの長いフライトを経て、首都チュニスのカルタゴ空港へ到着!
その日のうちに国内線チュニスエアーにて、南部のジェルバ島へ。
その日のうちに国内線チュニスエアーにて、南部のジェルバ島へ。
ジェルバ島のフームスークへ。迷路のような石造りの街並みが広がります。
ジェルバ島のフームスークへ。迷路のような石造りの街並みが広がります。
これから6日間の砂漠の旅へ出かける前に皆さんで1枚「WE ♡ DJERBA」
これから6日間の砂漠の旅へ出かける前に皆さんで1枚「WE ♡ DJERBA」
ジェルバ島は地中海に浮かぶ島。本土へは車ごと積み込むフェリーで渡ります。
ジェルバ島は地中海に浮かぶ島。本土へは車ごと積み込むフェリーで渡ります。
峠道を超え、砂漠の街ドゥーズへとひた走ります。
峠道を超え、砂漠の街ドゥーズへとひた走ります。
ドゥーズ郊外の砂丘に向かうと、ラクダたちがお出迎え!
ドゥーズ郊外の砂丘に向かうと、ラクダたちがお出迎え!
ラクダの背に自分たちの荷物を載せて運んでもらいます。
ラクダの背に自分たちの荷物を載せて運んでもらいます。
いざ出発!
いざ出発!

旅の相棒は、全部で9頭集まってくれた(?)ラクダたち。約200kgもの重い荷物を背負いながらも、静かに私達と一緒に歩いてくれます。6日間一緒にいると、何となくそれぞれの性格のようなものも分かってくるのが面白く、荷物を背負っても平気な顔をしているラクダもいれば、大暴れで明らかに文句を言っているラクダもいて、個性がありとても楽しい旅の仲間でした。そして、ラクダたちを家族のように扱うのが3名のラクダ使い達。砂漠に生きる彼らなしには、この「砂漠歩きの旅」は成立しません。全員の荷物をラクダに載せて運び、キャンプ地では手の込んだ砂漠の料理をふるまってくれ、毎夜のように焚火を囲んで歌を歌う。素晴らしい活躍ぶりを見せてくれた、3名の砂漠の男たちでした。

頼れる砂漠の男たち。彼らとラクダたちなしでは、この旅は実現できません。
頼れる砂漠の男たち。彼らとラクダたちなしでは、この旅は実現できません。
どっさりと荷物を背負ったラクダたち
どっさりと荷物を背負ったラクダたち
1時間半~2時間ほど歩いては休憩。ラクダたちもお休み。
1時間半~2時間ほど歩いては休憩。ラクダたちもお休み。
お昼ご飯は絶品のチュニジアサラダ。レモンを絞って、オリーブ油を掛けただけなのに美味!
お昼ご飯は絶品のチュニジアサラダ。レモンを絞って、オリーブ油を掛けただけなのに美味!
夕暮れ時には砂漠の見晴らしのいい場所を探してテント設営。
夕暮れ時には砂漠の見晴らしのいい場所を探してテント設営。
日が暮れるとすぐに寒くなってしまうので、夕食の調理がてらに焚火を燃やします。炎の暖かさが嬉しい。
日が暮れるとすぐに寒くなってしまうので、夕食の調理がてらに焚火を燃やします。炎の暖かさが嬉しい。
旅の最中の砂漠の料理も楽しみです。一押しなのが、「砂漠のパン」と呼ばれるホブズ・メッラ。
旅の最中の砂漠の料理も楽しみです。一押しなのが、「砂漠のパン」と呼ばれるホブズ・メッラ。
パン生地をコネコネ。お手伝い。
パン生地をコネコネ。お手伝い。
丸く、平べったく、形を整えていきます。
丸く、平べったく、形を整えていきます。
そして焚火をした後の砂地の上に直接置き、焚火の灰を上から被せていきます。
そして焚火をした後の砂地の上に直接置き、焚火の灰を上から被せていきます。
20分ほど蒸らして出来上がり。じゃりじゃりと砂が混じることもなく、ふんわりと焼きあがった砂漠のパン。絶品!オリーブ油と一緒にどうぞ。
20分ほど蒸らして出来上がり。じゃりじゃりと砂が混じることもなく、ふんわりと焼きあがった砂漠のパン。絶品!オリーブ油と一緒にどうぞ。
夕食はしっかりと食べ答えのあるものを作ってくれます。マグレブ地域の料理といえばこちら、タジン鍋。
夕食はしっかりと食べ答えのあるものを作ってくれます。マグレブ地域の料理といえばこちら、タジン鍋。
しっかり食べてたっぷり眠る。夜が明けたら、また歩き出します。
しっかり食べてたっぷり眠る。夜が明けたら、また歩き出します。
砂漠の景色も色々です。荒涼とした土獏地帯もあれば、風紋の美しい柔らかな砂丘も歩きます。
砂漠の景色も色々です。荒涼とした土獏地帯もあれば、風紋の美しい柔らかな砂丘も歩きます。

砂漠の夜はとても寒く、寝袋の中に入っていても、さらに上から毛布にくるまっていないと眠れないほどでした。昼間のギラつく太陽、夜の凍てつく寒さ、砂漠の前では、つくづく人間一人の生命力の小ささを痛感させられます。ですが、その砂漠を僅かの距離でも自分の足で歩く。約100キロを歩き抜いた後には、何とも言えない達成感で満たされます。なかなか便利な日本の日常生活の中では味わう事の出来ない達成感。これを感じる事が、このツアーの一番の魅力と言えるのではないでしょうか。

「砂漠を歩く」。目的はただそれだけです。
「砂漠を歩く」。目的はただそれだけです。
歩いている最中は無心になってただ歩を進めます。
歩いている最中は無心になってただ歩を進めます。
そして、1日の終わりには再び砂漠に包まれ眠ります。
そして、1日の終わりには再び砂漠に包まれ眠ります。
テントはワンタッチ式。ちょっとコツが要りますが、慣れればどなたでも設営・撤収は簡単です。
テントはワンタッチ式。ちょっとコツが要りますが、慣れればどなたでも設営・撤収は簡単です。
日が昇れば、再び青とベージュの世界へ。
日が昇れば、再び青とベージュの世界へ。
時にはラクダの力も借ります。ラクダの背に揺られながら歩く。
時にはラクダの力も借ります。ラクダの背に揺られながら歩く。
この広大な砂の海の向こうに、目指すゴールのオアシス「クサールギレン」が近づいてきます。
この広大な砂の海の向こうに、目指すゴールのオアシス「クサールギレン」が近づいてきます。
砂漠歩きの旅も最終日。あと一息です!
砂漠歩きの旅も最終日。あと一息です!
砂漠の最後の夜の夕焼け。
砂漠の最後の夜の夕焼け。
6日間、一緒に歩き通してくれたラクダたちにも愛着が湧いてくる頃です。
6日間、一緒に歩き通してくれたラクダたちにも愛着が湧いてくる頃です。
ラクダ使いの男たちはいつでも陽気。
ラクダ使いの男たちはいつでも陽気。
ゴール!6日間歩き通し、目的地クサ―ル・ギレン・オアシスの泉に辿り着きました。
ゴール!6日間歩き通し、目的地クサ―ル・ギレン・オアシスの泉に辿り着きました。
この湧き出る泉は温泉。砂漠の汗を洗い流して泳ぐことも可能です。(水着着用)
この湧き出る泉は温泉。砂漠の汗を洗い流して泳ぐことも可能です。(水着着用)

「砂漠を歩く」ちょっと聞いただけでは、何が面白いの?と思われてしまうかもしれません。ですが、そこには毎日のように新たな驚きと発見があり、歩き切った人だけが味わうことのできる達成感と喜びがあります。たった5泊6日間の短い時間ですが、自分と対話しながら過ごす毎日は、観光バスに揺られるだけの旅とは比べ物にならないほど濃厚な6日間です。多少は体と心の準備は必要ですが、特殊な装備や難しい技術は何も要りません。「歩く」気持ちさえあれば、どんな方でもご参加いただけます。既に来年の2021年の3月まで、このツアーの出発日を設定しています。是非、「一歩」踏み出してみてください。お待ちしています。

頼りになる砂漠の相棒。「ラクダ」たちがお待ちしています。
頼りになる砂漠の相棒。「ラクダ」たちがお待ちしています。

生野

■チュニジア ラクダと歩く砂漠旅 10日間

2019.8.12発 ナイジェリア オショボの祭りとヨルバランド訪問 8日間

西アフリカの大国、ナイジェリアにお祭りを見に行ってきました。年に1度の大祭「オシュン・オショボ・フェスティバル」です。ナイジェリアは人口1億9000万人以上が暮らす超大国!!500を超える民族から成る人々が暮らし、そのうち3大民族と呼ばれるのが「ヨルバ人」「ハウサ人」「イボ人」です。今回はそのうちの1つ「ヨルバ人」の人々が暮らす地域「ヨルバランド」を訪問しました。

空港からハイウェイを通って街の中心地へ。首都ラゴス。人口1,500万とも2,000万ともいわれる世界でも有数のメガシティです。
空港からハイウェイを通って街の中心地へ。首都ラゴス。人口1,500万とも2,000万ともいわれる世界でも有数のメガシティです。
翌日、向かったのはオルモ・ロックと呼ばれる巨大な岩のあるアベオクタの街。巨岩の周囲には3つの神殿があり、ヨルバの人々にとっての神々(=オリシャ)の像が祀られていて、他の地域に暮らすヨルバの人々も多く訪れる聖地の1つです。
翌日、向かったのはオルモ・ロックと呼ばれる巨大な岩のあるアベオクタの街。巨岩の周囲には3つの神殿があり、ヨルバの人々にとっての神々(=オリシャ)の像が祀られていて、他の地域に暮らすヨルバの人々も多く訪れる聖地の1つです。
数十mはある巨大な岩が重なるように絶妙なバランスで積み上がっていて、その隙間の奥に小さな祠(=神殿)があります。
数十mはある巨大な岩が重なるように絶妙なバランスで積み上がっていて、その隙間の奥に小さな祠(=神殿)があります。
たくさんのヨルバの人達もお参りに来ています。みんなお祈りに来たとは思えないテンションでフレンドリー。
たくさんのヨルバの人達もお参りに来ています。みんなお祈りに来たとは思えないテンションでフレンドリー。
オルモ岩の上まで登って眺めるアベオクタの街並みと、その辺にいた少年。
オルモ岩の上まで登って眺めるアベオクタの街並みと、その辺にいた少年。

ヨルバの人々の多くは「ヨルバ信仰」と呼ばれる独特の伝統的宗教・自然崇拝を信仰している人が多いのが特徴です。といっても、おどろおどろしいものではなく、日本でいう「神道」と同じようなものを考えて頂ければ分かり易いでしょうか。キリスト教やイスラム教のように絶対的な一つの存在を神とするのではなく、草木や水、風、火、あらゆる自然の万象にそれぞれ神様が宿っているという考え方です。まさしく八百万の神々です。たくさんいる神様の事を『オリシャ』と言いますが、それぞれの神様には名前もあり、外見のイメージや各自が持つ神話などもあります。中には短気な神様や、浮気性のある神様、おっちょこちょいの神様など、とても人間味を感じます。そんなヨルバのオリシャ(=神々)の中でも1、2を争う人気を誇るのが、水の神様『オシュン』です。水、川、愛、官能、ヒーリング、美をつかさどる神様で女性の神様、女神様です。今回のツアーの最大の目的は、年に一度行われる、この『オシュン』を称えるお祭りに参加する事でした。

道中で立ち寄った「オヨ」の街。突然けたたましいドラムの音が鳴り響きました。
道中で立ち寄った「オヨ」の街。突然けたたましいドラムの音が鳴り響きました。
ドラムの音で出迎えられたのは地元の有力者たち。仕立てた布地を着こなしています。
ドラムの音で出迎えられたのは地元の有力者たち。仕立てた布地を着こなしています。
音の鳴る方へ足を向けると、現れたのはドラム部隊!少年もいます。
音の鳴る方へ足を向けると、現れたのはドラム部隊!少年もいます。
この日に遭遇したのは、オリシャ(=神々)のひとつ。「オグン」を讃える祭礼でした。太鼓の音に合わせて参列者の熱も上がります。
この日に遭遇したのは、オリシャ(=神々)のひとつ。「オグン」を讃える祭礼でした。太鼓の音に合わせて参列者の熱も上がります。
集まっているお偉いさんも喜んでいます。「オグン」は、火に宿る神様。他にも、鉄、政治、戦争などを司っている武神です。
集まっているお偉いさんも喜んでいます。「オグン」は、火に宿る神様。他にも、鉄、政治、戦争などを司っている武神です。
この大きな樹の根元に祭壇が作られ、供物が捧げられます。この後、ちょっとショッキングな生贄シーンがあったのですが、写真はご勘弁を。
この大きな樹の根元に祭壇が作られ、供物が捧げられます。この後、ちょっとショッキングな生贄シーンがあったのですが、写真はご勘弁を。
祭礼の間中、太鼓を叩き続けてやり遂げたドラム隊。満足げな表情をしています。
祭礼の間中、太鼓を叩き続けてやり遂げたドラム隊。満足げな表情をしています。

そして、いよいよ向かうのは、ナイジェリアの南西部。オシュン州と呼ばれる、水を司る女神様の名前が冠された地域です。オシュン州一帯はヨルバの人々が古代から文化を築いた地域で、かつてはオルバやオラングンと呼ばれる王たちが治める都市国家が繁栄していました。今でも、州内にあるイレ=イフェ、オケ=イラ、イラ、エデ、イレサといった地方都市は、古代の都市国家が由来となり、そのまま今に至ります。この「ヨルバランド」と呼ばれる地域一帯は、現代のナイジェリアの首都機能を持ったラゴスなどの大都市に比べて街の規模は小さいですが、歴史と文化が続いてきた古都が多いのが特徴です。日本でいうと、京都みたいなものですね。

オシュン州の州都オショボはアートの街でもあります。伝統的な藍染め(=アディレ)の工房なども多くあります。
オシュン州の州都オショボはアートの街でもあります。伝統的な藍染め(=アディレ)の工房なども多くあります。
幾何学模様のように見えて、実はきちんと意味のある伝統的な紋様です。
幾何学模様のように見えて、実はきちんと意味のある伝統的な紋様です。
現代アートも見応えあり。
現代アートも見応えあり。

さて、ヨルバランドの中心地オシュン州。その州都「オショボ」という小さな町の郊外に緑の深い森があります。その森の奥、流れる川がオシュン神そのものと考えられていて、このお祭りの時期は多くの人々がこの森に集まり、川の水を浴び、女神オシュンを称える為の儀礼を行います。日本も各地に土地の神様をたたえる祭りは多くありますが、特に古代から水の祀りは治水や灌漑の土木技術とも深く結びついてきたともいわれています。水の神様を称え、また鎮める事がその土地を守る事に繋がっていたのでしょう。祭りのハイライトは、その聖なる川への巫女の祈祷。そして人々が我先にと川へ飛び込み、聖なる川の水を浴びる瞬間です。

森の入口にはヨルバのオリシャ(=神々)を祀った彫刻が並びます。数年年前に亡くなったオーストリア人の女性彫刻家、スーザン・ウェガーさんの作品。ヨルバの進行に惚れ込んだ人の作品だけあって、不思議と森の景観に溶け込んでいます。
森の入口にはヨルバのオリシャ(=神々)を祀った彫刻が並びます。数年年前に亡くなったオーストリア人の女性彫刻家、スーザン・ウェガーさんの作品。ヨルバの進行に惚れ込んだ人の作品だけあって、不思議と森の景観に溶け込んでいます。
祭りに集まって来る、地元の人々も思わずポーズ。微笑ましいです。
祭りに集まって来る、地元の人々も思わずポーズ。微笑ましいです。
森の最深部にあるのが聖なるオシュンの川。両手を広げているのが水の女神オシュンを現しています。
森の最深部にあるのが聖なるオシュンの川。両手を広げているのが水の女神オシュンを現しています。
少しずつ、川べりに人が集まってきました。
少しずつ、川べりに人が集まってきました。
ばっちりと正装で決めている神官のおじさま達
ばっちりと正装で決めている神官のおじさま達
巫女をお手伝いする女性陣はみな一様に強烈な髪形をしています。
巫女をお手伝いする女性陣はみな一様に強烈な髪形をしています。
この人も同じ髪型。
この人も同じ髪型。
真ん中の人は髪型だけでなくて、目力も強烈です。
真ん中の人は髪型だけでなくて、目力も強烈です。
そうこうしている間に人々がどんどん川へと集まってきました。
そうこうしている間に人々がどんどん川へと集まってきました。
森の奥からも次から次へと人がやってきます。
森の奥からも次から次へと人がやってきます。
あちこちで打ち鳴らされるドラムの音。
あちこちで打ち鳴らされるドラムの音。
空に向かってバンバンと銃が打たれます。
空に向かってバンバンと銃が打たれます。
人の波が途切れません。あたりはすっかりカオス状態。。
人の波が途切れません。あたりはすっかりカオス状態。。
川のまわりも人でぎっしり。人々のエネルギーがどんどんハイテンションになっていくのを実感します。
川のまわりも人でぎっしり。人々のエネルギーがどんどんハイテンションになっていくのを実感します。
巫女の合図をきっかけに、みんなが川へ向かって突然ダッシュ。川の水を一心にその身に浴びます。
巫女の合図をきっかけに、みんなが川へ向かって突然ダッシュ。川の水を一心にその身に浴びます。
川から戻ってくるや、突然に巫女さんが痙攣して倒れました。そして、みんなが取り囲むように集まります。祭りのボルテージが最高潮を迎えた瞬間。
川から戻ってくるや、突然に巫女さんが痙攣して倒れました。そして、みんなが取り囲むように集まります。祭りのボルテージが最高潮を迎えた瞬間。

日本の祭りもヨルバの祭りも、必ず神様が中心にあり、その場所にあるのが神様が降りてくるための社、すなわち神社です。このオショボの森にも神社があり、すぐ目の前には女神オシュンの川が流れます。やっぱり祭りは土地の人々にとっての『ハレの日』、私は個人的にアフリカの人々にとっての『ハレの日』が大好きです。太鼓が打ち鳴らされ、着飾った人々が集まり、厳かな神事が取り行われる傍ら、集まった人々や子供たちは楽しそうに踊り、語らい、年に一度の神様への感謝を捧げます。そこには、日本各地のお祭りと同じように、とにかく『幸』のエネルギーが満ちている、その時だけの特別な空間です。

祭りの神聖さもさることながら、着飾ってお洒落をして集まった人々のファッションチェックも楽しみです。
祭りの神聖さもさることながら、着飾ってお洒落をして集まった人々のファッションチェックも楽しみです。
子供たちもめかし込んで集まってきます。
子供たちもめかし込んで集まってきます。
みんなが腕に首元に頭にと身に着けている赤い数珠のようなアクセサリ。サンゴを模しているそうです。
みんなが腕に首元に頭にと身に着けている赤い数珠のようなアクセサリ。サンゴを模しているそうです。
コラの実を売るおばちゃん。カフェイン成分があり、かじるとちょっと覚醒するそうな。
コラの実を売るおばちゃん。カフェイン成分があり、かじるとちょっと覚醒するそうな。
太鼓部隊の少年たちもばっちきりキメてきています。
太鼓部隊の少年たちもばっちきりキメてきています。
お洒落してきているので、ついつい自撮りが止まらない。
お洒落してきているので、ついつい自撮りが止まらない。
プリント布使いが素晴らしい真ん中のオジサン
プリント布使いが素晴らしい真ん中のオジサン
静かに祭りを楽しんでいたご夫婦。
静かに祭りを楽しんでいたご夫婦。
集まった人々のお洒落スナップを撮りまくっていたフォトグラファーのお姉さん
集まった人々のお洒落スナップを撮りまくっていたフォトグラファーのお姉さん

また2020年もお祭りの日が決まり次第、ツアーを企画する予定です。是非、年に1度のお祭り、ヨルバの人々にとっての特別なひと時に、私達も参加してみませんか。

さて、最後にちょっと話が脇道にそれますが、ナイジェリアの旅行で楽しみのひとつなのが、道中での食事。ナイジェリアの現地ローカル料理は、とても手の込んだ、「これぞアフリカ料理!」というものが多いです。ナイジェリアは500以上もの多くの民族の人々が集まる国なので、料理も民族の数だけ本当に多様です。ただ、大別すると主要な3民族の人々に分けられるので、料理もそれに倣います。北部に住むイスラム商人の「ハウサの人々」はトウモロコシやクスクスなどの穀物、豆類が中心。同じく北部の遊牧民「フラニの人々」は、家畜と共に移動する遊牧生活の為、トウビンジエのような保存穀物にミルクや家畜のお肉が主食。ナイジェリア南東部の「イボの人々」の主食はヤムイモ。また有名なのがエグシと呼ばれる瓜の種のソース、これは絶品です。そして今回の訪問先、南西部に暮らす「ヨルバの人々」の料理も同じようなヤムイモ、キャッサバ芋、野菜バナナ(プランテン)などの主食にどろりとしたソースを合わせて食べるスタイルが一般的です。注意してほしいのは、ナイジェリア料理は基本何を食べてもピリ辛です。辛い料理が苦手な人はちょっとツライかもしれませんが、是非一度は魅惑のナイジェリア料理を味わって欲しいと思います。

まずは西アフリカ全般で広く食べられている主食の「フフ」。言ってしまえばお餅ですが、蒸したヤムイモやキャッサバ、プランテンバナナをこねてパウンドしたものです。付け合わせは「オクラスープ」これも西アフリカ全般的に広く食べられている「オクラ」のねばねばスープですね。「オクラ」はアフリカの言葉なんです。あとはピリ辛牛肉ソース。
まずは西アフリカ全般で広く食べられている主食の「フフ」。言ってしまえばお餅ですが、蒸したヤムイモやキャッサバ、プランテンバナナをこねてパウンドしたものです。付け合わせは「オクラスープ」これも西アフリカ全般的に広く食べられている「オクラ」のねばねばスープですね。「オクラ」はアフリカの言葉なんです。あとはピリ辛牛肉ソース。
次は国民食「ジョロフライス」ピリ辛チャーハンです。これは日本人の口にもよく合います。セネガルのジョロフ王国の料理「チェブジェン」がルーツと言われています。一緒に食べているおかずは、ちょっと分かりにくいですがカタツムリ。エスカルゴ(大)です。
次は国民食「ジョロフライス」ピリ辛チャーハンです。これは日本人の口にもよく合います。セネガルのジョロフ王国の料理「チェブジェン」がルーツと言われています。一緒に食べているおかずは、ちょっと分かりにくいですがカタツムリ。エスカルゴ(大)です。
これぞナイジェリア料理。黒っぽいのは「アマラ」です。見た目は「フフ」に似ていますが、乾燥したキャッサバ芋から造るのが特徴。ちょっと発行しているので酸味があります。クセになる味。付け合わせの野菜は「エフォリロ」。ヨルバの人々の伝統料理で、ほうれん草のようなEfinrinという葉とEfo sokoという葉を、スパイスで炒めます。おかずは牛の腸壁。モツ焼きですね。
これぞナイジェリア料理。黒っぽいのは「アマラ」です。見た目は「フフ」に似ていますが、乾燥したキャッサバ芋から造るのが特徴。ちょっと発行しているので酸味があります。クセになる味。付け合わせの野菜は「エフォリロ」。ヨルバの人々の伝統料理で、ほうれん草のようなEfinrinという葉とEfo sokoという葉を、スパイスで炒めます。おかずは牛の腸壁。モツ焼きですね。
ビールも美味しいです。たくさん種類がありますが、ナイジェリアと言えば、まずは「STAR☆ビール」
ビールも美味しいです。たくさん種類がありますが、ナイジェリアと言えば、まずは「STAR☆ビール」

生野

■ナイジェリア・ヨルバランドのお祭りと文化とアートにふれる旅 9日間

2019.12.27発 タンザニア・キャンプ・セレンゲティ 10日間

2019年末、タンザニア北部にキャンピング・ツアーに行ってきました!

キャンピング・ツアーこそ、まさに『サファリ』の原点。自然の環境の中でテントを張って寝泊まりしながら、野生動物を観察する旅です。快適なロッジに滞在するのも魅力的ですが、サファリの醍醐味を味わうにはキャンプの旅が一番です。キャンプの一番の魅力は、なんといってもアフリカの大自然を身近に感じることが出来るという事。これに尽きます。

風の音、草の匂い、動物の声、満天の星空、野生動物が生きている地平と、今自分が居る場所が地続きで同じ世界であることが、まざまざと体感できます。

なかなか、写真と文章だけでは、そのキャンプの魅力のすべてを伝えるのは難しいかもしれませんが、少しでも感じて頂けたらありがたく思います。

まずは日本からの長距離フライト。エチオピア航空にて、タンザニア北部のキリマンジャロ空港に到着!
まずは日本からの長距離フライト。エチオピア航空にて、タンザニア北部のキリマンジャロ空港に到着!
その後、アフリカ大陸で5番目に高いメルー山の麓のロッジに宿泊。長旅の疲れを癒します。
その後、アフリカ大陸で5番目に高いメルー山の麓のロッジに宿泊。長旅の疲れを癒します。
翌朝にははっきりとメルー山を見る事が出来ました。高さ4,562メートル。なかなかの迫力です。
翌朝にははっきりとメルー山を見る事が出来ました。高さ4,562メートル。なかなかの迫力です。

サファリの初日、まずはタンザニア北部の要所アルーシャの街にて、キャンプに必要な食料や飲み物などを買い出し。その後、ケニアから続く大地溝帯(グレートリフトバレー)の麓を目指します。まず到着したのは、大地溝帯の断崖の下に位置するムトワンブという小さな街。北のナトロン湖と南のマニャラ湖と2つの湖に挟まれていることから、水源が豊富にあり、農作物の栽培に適した街です。本日はこの街の外れのキャンプ場にテントを張ります。

ムトワンブの街の風景。小さな町ですが、ここはバナナの一大産地として名を馳せています。
ムトワンブの街の風景。小さな町ですが、ここはバナナの一大産地として名を馳せています。
名物の赤バナナ。ムトワンブで清算されるバナナには、赤バナナ、黄バナナ、緑バナナと3種類があります。
名物の赤バナナ。ムトワンブで清算されるバナナには、赤バナナ、黄バナナ、緑バナナと3種類があります。
道端にも、バナナのたたき売り?のおばちゃんたちがズラリと並びます。
道端にも、バナナのたたき売り?のおばちゃんたちがズラリと並びます。
せっかくなのでバナナ農園を見学させてもらいました。
せっかくなのでバナナ農園を見学させてもらいました。
みんなでバナナ農園の中を散策。甘い果物用バナナと。甘くない野菜用バナナが栽培されています。
みんなでバナナ農園の中を散策。甘い果物用バナナと。甘くない野菜用バナナが栽培されています。
農家のお兄ちゃんがバナナの育て方を解説してくれました。バナナの樹は一生に1回!しか実を付けないそうです。そんなに貴重だったなんて。
農家のお兄ちゃんがバナナの育て方を解説してくれました。バナナの樹は一生に1回!しか実を付けないそうです。そんなに貴重だったなんて。
隠れた名産品がこちら。MBEGEと呼ばれるバナナ・ビールです。ミレットのポリッジとバナナジュースを混ぜて造るお酒です。味はぼちぼち。
隠れた名産品がこちら。MBEGEと呼ばれるバナナ・ビールです。ミレットのポリッジとバナナジュースを混ぜて造るお酒です。味はぼちぼち。

午後は街の南側、マニャラ湖国立公園へと向かいます。大きな湖を中心に周囲に森林が広がります。公園内は湧水が豊富で、森林、草地、湿原などの自然環境も豊かで、隠れた名公園です。木登りライオンが最初に発見されたのは、このマニャラ湖とも言われています。会えるかな…。

まずは公園入口の広場で腹ごしらえ。キャンプツアーの楽しみは何と言っても食事。同行してくれるコックさんたちが、毎回腕によりをかけて、私達の為だけに料理してくれます。
まずは公園入口の広場で腹ごしらえ。キャンプツアーの楽しみは何と言っても食事。同行してくれるコックさんたちが、毎回腕によりをかけて、私達の為だけに料理してくれます。
夕暮れ時に臨む雄大なマニャラ湖。合計で400種類を超える鳥類が生息していると言われています。
夕暮れ時に臨む雄大なマニャラ湖。合計で400種類を超える鳥類が生息していると言われています。
インパラの家族。ハレムと呼ばれ、立派な角を持つ一匹の雄が多くの雌や子供たちを率います。
インパラの家族。ハレムと呼ばれ、立派な角を持つ一匹の雄が多くの雌や子供たちを率います。
バブーンの家族。なごむ風景です。
バブーンの家族。なごむ風景です。
ムトワンブの街に戻り、テントに荷物を運びます。サファリドライブ中にコックさんが設営してくれていました。
ムトワンブの街に戻り、テントに荷物を運びます。サファリドライブ中にコックさんが設営してくれていました。
大きなキャンバス地のテントです。中は、大人の男性が経っても十分に余裕のある高さがあります。
大きなキャンバス地のテントです。中は、大人の男性が経っても十分に余裕のある高さがあります。
テント設営に、毎度の食事にと大活躍してくれるコックさんのコンビ。2人組体制でばっちり旅をサポートしてくれました。
テント設営に、毎度の食事にと大活躍してくれるコックさんのコンビ。2人組体制でばっちり旅をサポートしてくれました。

残念ながら、マニャラ湖では木登りライオンには会えませんでしたが、気を取り直して次へと向かいます。大地溝帯の崖を登り、ンゴロンゴロ自然保護区へ。世界で6番目に大きいと言われるカルデラ(火口原)でのクレーター・サファリが有名ですが、それ以外の外輪部にも広大な大地が広がります。『人類発祥の地』と言われるオルドバイ峡谷があるのもここです。この日の目的地はこのンゴロンゴロ自然保護区を抜けたもっと先にある「セレンゲティ国立公園」長い移動の1日です。

ンゴロンゴロの公園入口には50台以上のサファリカーが連なっていました。クリスマス休暇でたくさんの観光客が訪れています。
ンゴロンゴロの公園入口には50台以上のサファリカーが連なっていました。クリスマス休暇でたくさんの観光客が訪れています。
ゲートをくぐって、いよいよンゴロンゴロへ。
ゲートをくぐって、いよいよンゴロンゴロへ。
カルデラ(火口原)を見下ろすクレーターも人でいっぱい。また数日後にここに戻ってきます。
カルデラ(火口原)を見下ろすクレーターも人でいっぱい。また数日後にここに戻ってきます。
本日は移動日。『セレンゲティ国立公園』を目指します。
本日は移動日。『セレンゲティ国立公園』を目指します。
途中でオルドバイ峡谷を見学。アウストラロピテクス・ボイセイとホモ・ハビリスの化石が発見された場所で『人類発祥の地』とされています。
途中でオルドバイ峡谷を見学。アウストラロピテクス・ボイセイとホモ・ハビリスの化石が発見された場所で『人類発祥の地』とされています。
そして、再び楽しみなのは昼食。味気ないランチボックスとは一味違います。
そして、再び楽しみなのは昼食。味気ないランチボックスとは一味違います。
いただきます!コックが同行するキャンプツアーならではの贅沢な時間です。
いただきます!コックが同行するキャンプツアーならではの贅沢な時間です。
走りに走って、ようやくセレンゲティに到着。Serengeti shall never die, 『セレンゲティは滅びず』です。
走りに走って、ようやくセレンゲティに到着。Serengeti shall never die, 『セレンゲティは滅びず』です。
ンゴロンゴロとセレンゲティの境界線エリアは『ンドゥトゥ』と呼ばれ、背の低い草原と花が咲き乱れます。
ンゴロンゴロとセレンゲティの境界線エリアは『ンドゥトゥ』と呼ばれ、背の低い草原と花が咲き乱れます。
雨季の始まりにヌーやシマウマの群れがケニアからやって来ました。これから始まる『大移動』を予感させます。
雨季の始まりにヌーやシマウマの群れがケニアからやって来ました。これから始まる『大移動』を予感させます。
雨季は草食動物がとても活動的です。嬉しそうなグラントガゼル。
雨季は草食動物がとても活動的です。嬉しそうなグラントガゼル。
セレンゲティの中央部に着くころには、もはや夕暮れ時。大きなアカシアの樹に何かが居るのを発見。
セレンゲティの中央部に着くころには、もはや夕暮れ時。大きなアカシアの樹に何かが居るのを発見。
おお、こんなところに木登りライオン。さっそくマニャラ湖の借り(?)を返しました!
おお、こんなところに木登りライオン。さっそくマニャラ湖の借り(?)を返しました!
ようやくセレンゲティ国立公園のキャンプサイトに到着しました。キャンプ場とフィールドに境はありません。夜は動物がやってくることも!
ようやくセレンゲティ国立公園のキャンプサイトに到着しました。キャンプ場とフィールドに境はありません。夜は動物がやってくることも!

セレンゲティ国立公園はタンザニアで、いやアフリカ大陸で最も有名な国立公園と言ってもいいでしょう。マサイの人の言葉で『果てしない平原』という意味の名を持ちます。まさに草の海。四国ぐらいの広さがある国立公園ですが、サファリドライバーに言わせると、そのすべてを見て回るには2ケ月以上かかるそうです。今回キャンピングするのはその中心地のセロネラ・エリア。このセロネラから南の方にかけて大きく広がる大平原地帯を中心に3日間のサファリです。野生動物の生息する大草原の真っ只中に位置する場所にテントを張るという、なんとも言えない贅沢な時間。夜、真っ暗なテントの中で耳を澄ませていると、様々な野生動物の声が聞こえてきます。キャッキャッと甲高いジャッカルの遠吠え、ウヒヒと聞こえるハイエナの高笑いのような声、そしてテントがびりびり震えるようなライオンの咆哮。薄いテントの布の外が、まごう事の無い野生の世界である事を実感します。全身を耳にして野生の声に耳を傾けながら眠りにつく、本当に贅沢で特別な時間です。

雨季は草の背が高いのがちょっと難点。チーターも草の海に隠れてしまいます。
雨季は草の背が高いのがちょっと難点。チーターも草の海に隠れてしまいます。
しかし、草食動物たちは活動的。ハーテビーストの家族。
しかし、草食動物たちは活動的。ハーテビーストの家族。
インパラの家族。瑞々しい緑一面の平原の中で、やっぱり嬉しそうです。
インパラの家族。瑞々しい緑一面の平原の中で、やっぱり嬉しそうです。
草食動物の中のアイドル、ディクディクも飛び跳ねていました。
草食動物の中のアイドル、ディクディクも飛び跳ねていました。
緑の中でたたずむ若い雄ライオン。年齢を見分けるには、鼻に注目です。まだ鼻先がピンク色だと、ボーイです。
緑の中でたたずむ若い雄ライオン。年齢を見分けるには、鼻に注目です。まだ鼻先がピンク色だと、ボーイです。
サファリに夢中になっていると、ゾウの家族に囲まれました。
サファリに夢中になっていると、ゾウの家族に囲まれました。
カバものんびり浮かんでいます。
カバものんびり浮かんでいます。
サファリの合間の食事も楽しみ。贅沢なブッシュランチです。
サファリの合間の食事も楽しみ。贅沢なブッシュランチです。
昼間はライオンンものんびりしたもんです。
昼間はライオンンものんびりしたもんです。
大自然の営み。静かにこっそり観察していたのですが、見つかってしまいました。
大自然の営み。静かにこっそり観察していたのですが、見つかってしまいました。
昼過ぎ、キャンプサイトに戻ってきました。テントもすっかりホームです。
昼過ぎ、キャンプサイトに戻ってきました。テントもすっかりホームです。
落ち着いてキャンプサイトでの囲む食事も楽しみな時間。
落ち着いてキャンプサイトでの囲む食事も楽しみな時間。
晴れた日の午後は、テントにこもって昼寝するのもオツなもんです。
晴れた日の午後は、テントにこもって昼寝するのもオツなもんです。
カラっと腫れた午後には、サファリのホコリも洗濯しましょう。
カラっと腫れた午後には、サファリのホコリも洗濯しましょう。
キャンピングの風景。空と大地とテントと…。
キャンピングの風景。空と大地とテントと…。
なんとコックさんが魚も焼いてくれました。ティラピアの炭火焼き
なんとコックさんが魚も焼いてくれました。ティラピアの炭火焼き
セレンゲティでお正月を迎えました。大草原の初日の出。
セレンゲティでお正月を迎えました。大草原の初日の出。
お正月はいつもより気球の数が多かった気がします。
お正月はいつもより気球の数が多かった気がします。
ハネムーン用のハート形気球。ちょっとシュールです。
ハネムーン用のハート形気球。ちょっとシュールです。
2020年最初に出会った動物は雄ライオン。金色のタテガミがセレンゲティらしい若獅子です。
2020年最初に出会った動物は雄ライオン。金色のタテガミがセレンゲティらしい若獅子です。
朝の新鮮な草を食べるマサイキリン
朝の新鮮な草を食べるマサイキリン
背中にはウシツツキが止まって、虫をついばんでいました。
背中にはウシツツキが止まって、虫をついばんでいました。
セレンゲティでは鳥類もたくさん。ウシハタオリの姿はよく見かけます。
セレンゲティでは鳥類もたくさん。ウシハタオリの姿はよく見かけます。
ちょっと遠かったですが、キエリボタンインコ。カラフルで可愛い鳥です。
ちょっと遠かったですが、キエリボタンインコ。カラフルで可愛い鳥です。
サバンナを優雅に歩くヘビクイワシ。
サバンナを優雅に歩くヘビクイワシ。
こちらも良く見かける鳥ですが、やっぱりきれいです。ライラックニシブッポウソウ。
こちらも良く見かける鳥ですが、やっぱりきれいです。ライラックニシブッポウソウ。
もちろん、この人も鳥の仲間です。首を長くしてこっちを見ています。ダチョウ。
もちろん、この人も鳥の仲間です。首を長くしてこっちを見ています。ダチョウ。
セレンゲティを後にして、来た道を戻ります。草の海に点在するコピエ(岩山)。セレンゲティらしい景色です。
セレンゲティを後にして、来た道を戻ります。草の海に点在するコピエ(岩山)。セレンゲティらしい景色です。
丸3日間、本当にたくさんのシーンに出会えました。さようならセレンゲティ。
丸3日間、本当にたくさんのシーンに出会えました。さようならセレンゲティ。

さて、セレンゲティを後にして、最後の訪問地ンゴロンゴロへ自然保護区と再び戻ります。ですが、その前にちょっとだけ“特別な場所”へ寄り道します。雨季のこの時機だけの楽園があります。それはセレンゲティとンゴロンゴロの境界線に広がるエリア『ンドゥトゥ』です。実は今回のセレンゲティでは2種類の動物にだけ全く出会いませんでした。それは、ヌーとシマウマです。はたして、彼らはどこにいるのか?

12~3月の雨期の時期、ヌーとシマウマの大群は、遠く北のケニアからこのンドトゥに向けて長い旅をして戻ってきます。それは、出産そして子育てのために戻ってくるのです。はるか昔、ンゴロンゴロの火山の爆発により大地にミネラルが多く堆積したため、そこに育つ栄養価が高く柔らかい草を食するために戻ってくると言われています。多くの雨が降ったあとの緑鮮やかな大地へ、ヌーとシマウマの群れに出会えるかどうか期待大です。

いました!一面の緑の中に、セレンゲティでは出会わなかったヌーとシマウマがたくさんいます。
いました!一面の緑の中に、セレンゲティでは出会わなかったヌーとシマウマがたくさんいます。
あれだけ居なかったシマウマにもたくさん出会います。
あれだけ居なかったシマウマにもたくさん出会います。
せっかくなので、スピードを落としてゆっくりと観察するようにドライブ。
せっかくなので、スピードを落としてゆっくりと観察するようにドライブ。
砂地で背中を掻くシマウマ。気持ちよさそうですね。
砂地で背中を掻くシマウマ。気持ちよさそうですね。
ヌー渋滞。
ヌー渋滞。
ヌーは1km以上先に降っている雨の匂いを嗅ぎつけて移動します。本当にたくさん出会いました。
ヌーは1km以上先に降っている雨の匂いを嗅ぎつけて移動します。本当にたくさん出会いました。
草原の合間の泥地にまみれて気持ちよさそうなハイエナ。
草原の合間の泥地にまみれて気持ちよさそうなハイエナ。
産まれたばかりの子も元気そうに飛び回っています。
産まれたばかりの子も元気そうに飛び回っています。
ンゴロンゴロ方面に向かうにつれ、また花がきれいに咲いていました。
ンゴロンゴロ方面に向かうにつれ、また花がきれいに咲いていました。
相変わらず無表情なヌーですが、どことなく心地よさそうにしています。
相変わらず無表情なヌーですが、どことなく心地よさそうにしています。
ンドゥトゥで大満足のサファリ中もやっぱり道中の食事が楽しみです。
ンドゥトゥで大満足のサファリ中もやっぱり道中の食事が楽しみです。
ドライバーさんたちもお疲れ様です!
ドライバーさんたちもお疲れ様です!

思わぬサプライズでしたが、狙い通りばっちりンドゥトゥ・エリアでヌーとシマウマの群れを見る事が出来ました。実はお客さんには内緒にしていたのですが、数日前からドライバーさんたちが熱心に情報収集をしてくれていました。「今ンドゥトゥにヌーが来ているぞ。」「いや、それは3日前の情報だ。」「シマウマの群れがナービヒルの丘の上から確認出来た。」「ンドゥトゥ湖付近に2日前から大雨が降り続いているぞ。」「シンバヒルのあたりをチーターの家族が南に移動していった。」「既にンゴロンゴロの北部には第3の群れが来ている。」すれ違う車のドライバーさん同士、色々な情報が飛び交います。私は助手席に座って黙って聞いているだけなのですが、プロの職人の仕事ぶりを見ているようで、こんな時が一番「サファリをしているなあ」とワクワクします。

最後のンゴロンゴロのキャンプ場に到着。サファリカーも随分と走ってきました。
最後のンゴロンゴロのキャンプ場に到着。サファリカーも随分と走ってきました。
キャンピング泊もいよいよ最後の夜かと思うと名残惜しいです。
キャンピング泊もいよいよ最後の夜かと思うと名残惜しいです。
最後の夜の宴の後。
最後の夜の宴の後。
この度をサポートしてくれたコックさん、ドライバーさん、皆さんで記念写真。パチリ。
この度をサポートしてくれたコックさん、ドライバーさん、皆さんで記念写真。パチリ。
さて、カルデラ(火口原)に500mの崖を降りて最後のクレーター・サファリです。
さて、カルデラ(火口原)に500mの崖を降りて最後のクレーター・サファリです。
クレーターの中に様々な野生動物が一緒に生きている。世界でもここだけの特別な場所です。
クレーターの中に様々な野生動物が一緒に生きている。世界でもここだけの特別な場所です。
そして、ンゴロンゴロは野生動物への距離が近いのが特徴です。
そして、ンゴロンゴロは野生動物への距離が近いのが特徴です。
飛ぶ鳥の中では最も大きいなアフリカオオノガン。
飛ぶ鳥の中では最も大きいなアフリカオオノガン。
躍動的なトムソンガゼル。ンゴロンゴロも草が豊富で嬉しそうでした。
躍動的なトムソンガゼル。ンゴロンゴロも草が豊富で嬉しそうでした。
食事中は面白い顔です。下あごを左右に動かしてすり潰すようにして食べます。
食事中は面白い顔です。下あごを左右に動かしてすり潰すようにして食べます。
ゾウの親子。クレーター内のレライの森はゾウ達の家です。
ゾウの親子。クレーター内のレライの森はゾウ達の家です。
ドライバーもスタッフもお客さんも、皆のチームワークで作り上げるのがキャンピング・サファリ!
ドライバーもスタッフもお客さんも、皆のチームワークで作り上げるのがキャンピング・サファリ!

雨季の始まりを迎える北部タンザニアの大自然をたっぷりと満喫できた旅でした。キャンピングのいいところは、昼間のサファリと夜のテント生活との間に、境目がない事です。夜にテント越しに聞くライオンの声は、昼間に出会ったあのライオンの声かもしれない。そんな風に、自分もこの野生の世界の一部であることを実感させてくれる、この体験こそがキャンピングの一番の魅力です。次回は、乾季の8月にまた北部タンザニアのキャンピング・ツアーを企画しています。『サファリ』を全身で体感できるチャンスはそうそうありません。是非お待ちしています。

■タンザニア・キャンプ・セレンゲティ 10日間

生野

2019.2.15発 インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅15日間~ 後編

さて、ケニア・ラム島からタンザニア・ザンジバル島までのスワヒリ海岸の航海の後半。前半のケニア部分では、海岸沿いの漁村や港町に停泊を繰り返しながら南下してきたのですが、ケニアを出国してからは海を横切り、タンザニアの島嶼部へと向かいます。まず目指すは北ペンバ島。今回のルートで一番の難所です。いよいよ島から島へのダウ船航海も本格的になってきました。

天気は快晴。季節風の向きも良し。大海原を進みます。
天気は快晴。季節風の向きも良し。大海原を進みます。

ずいぶん快調に進んできましたが、クルーの1人が指をさした方向、前方に巨大な雲が見えてきました。
ずいぶん快調に進んできましたが、クルーの1人が指をさした方向、前方に巨大な雲が見えてきました。

雲がすごいスピードで向かってきます。あっという間に眼前に迫ってきました。
雲がすごいスピードで向かってきます。あっという間に眼前に迫ってきました。

皆が急に慌てだしました。急いで帆をたたみます。
皆が急に慌てだしました。急いで帆をたたみます。

いつの間にやら雨風まで激しくなってきました。もう避けられないと判断し、錨を海に沈めてやり過ごします。
いつの間にやら雨風まで激しくなってきました。もう避けられないと判断し、錨を海に沈めてやり過ごします。

普段はのんびり陽気な船員たちもテキパキと働きます。
普段はのんびり陽気な船員たちもテキパキと働きます。

この時ばかりは自ら舵を取るアリ船長。
この時ばかりは自ら舵を取るアリ船長。

船の中央にすべての荷物とスタッフを集め、激しく吹き付けるスコールをやり過ごします。
船の中央にすべての荷物とスタッフを集め、激しく吹き付けるスコールをやり過ごします。

ようやく雲が過ぎ去って行ってくれました。錨を引き上げて、ホッと一息。再び船を出します。
ようやく雲が過ぎ去って行ってくれました。錨を引き上げて、ホッと一息。再び船を出します。

嵐が過ぎ去った後は再び快晴。ペンバ・ブルーとも呼ばれる美しい海です。
嵐が過ぎ去った後は再び快晴。ペンバ・ブルーとも呼ばれる美しい海です。

ようやく目的地のペンバ島が見えてきました。
ようやく目的地のペンバ島が見えてきました。

島に上陸し、タンザニアの入国手続き。小さなプレハブ小屋が国境でした。
島に上陸し、タンザニアの入国手続き。小さなプレハブ小屋が国境でした。

この日は1日激しく振り回されたので、ダウ船も港に仕舞い込み、一晩かけてメンテナンス。よくぞ持ちこたえてくれました
この日は1日激しく振り回されたので、ダウ船も港に仕舞い込み、一晩かけてメンテナンス。よくぞ持ちこたえてくれました

ペンバ島の最北端ヴマ・ウィンビ海岸は透き通るように美しく、そのわりに観光客の少ない静かなビーチが広がります。お勧めです!
ペンバ島の最北端ヴマ・ウィンビ海岸は透き通るように美しく、そのわりに観光客の少ない静かなビーチが広がります。お勧めです!

ウングジャ島(ザンジバル本島)の北にあるペンバ島は、かつてクローブの一大生産地として栄えた島です。島の人々のルーツはシラジと呼ばれる人々で、太鼓のペルシアのシーラーズに出自を持つ人々の血をひくとされていいます。このシラジの人々と、大陸に出自を持つアフリカ系の人々、スルタン統治時代のオマーン人をはじめとする中東系の入植者の子孫、様々な人々の交流と文化が積み重なって生まれた『スワヒリの世界』に満ち溢れた、のどかな島です。何よりもペンバ・ブルーの海は絶品の美しさを誇ります。
かつてクローブの名産地として栄えた島です。市場にも香辛料がいっぱい。
かつてクローブの名産地として栄えた島です。市場にも香辛料がいっぱい。

ここでも山ほどマンゴーを買い込みます。毎朝のお楽しみです。
ここでも山ほどマンゴーを買い込みます。毎朝のお楽しみです。

アフリカ料理のお供に欠かせないのはピリピリ(唐辛子)!!
アフリカ料理のお供に欠かせないのはピリピリ(唐辛子)!!

「ダラダラ」と呼ばれる乗り合いバス、いや乗り合いトラックです。島の公共交通機関です。
「ダラダラ」と呼ばれる乗り合いバス、いや乗り合いトラックです。島の公共交通機関です。

さてさて、翌日も航海は続きます。アリ船長自らエビの殻向き。
さてさて、翌日も航海は続きます。アリ船長自らエビの殻向き。

「ELSA BELLAH(イザベラ)号」のネームプレート。船の魂です。
「ELSA BELLAH(イザベラ)号」のネームプレート。船の魂です。

しかし、料理中はまな板に早変わり!
しかし、料理中はまな板に早変わり!

エビと豆のスワヒリ風カレー。船の上だろうと料理の味付けにうるさい男たち。
エビと豆のスワヒリ風カレー。船の上だろうと料理の味付けにうるさい男たち。

昼飯時は船上のお楽しみタイム。
昼飯時は船上のお楽しみタイム。

食事が終わると毎回泥のように眠る。
食事が終わると毎回泥のように眠る。

ペンバ島の南部ムコアニへ到着。いよいよ旅も終盤です。
ペンバ島の南部ムコアニへ到着。いよいよ旅も終盤です。

ペンバ島の地図。島の周囲に点在する小さな無人島の数々も興味深いです。
ペンバ島の地図。島の周囲に点在する小さな無人島の数々も興味深いです。

『スワヒリ』という単語には、「海岸、岸辺」などの意味があります。
ソマリア南部からケニア、タンザニア、モザンビーク北部までのアフリカ大陸東部の海岸の事を指しています。このアフリカ大陸の東海岸は、アラブとアフリカが複雑に融合した、世界史的に見てもとても独特な文化が発展してきた土地でもあります。この土着文化と外来文化の交差点の末に生まれたのが『スワヒリ世界』。ケニア・タンザニアを含めた東アフリカは人類発祥の地といわれていますが、文字に書かれた歴史上に登場するのは、紀元1世紀頃に書かれた「エリュトラー海案内記」で、東アフリカ海岸はアザニア(Azania)として触れられています。季節風(モンスーン)を利用してアラブ、ペルシャ等から、商人がダウ船を利用した貿易によってこのアフリカ東海岸を訪れ、ザンジバルやキルワなどの都市国家を築きました。後にオマーンのブー・サイード王家が王宮をザンジバルのストーンタウンに移し、貿易を直接管理し、このスワヒリ海岸一帯を支配下に治めます。
1964年に大陸側のタンガニーカとザンジバルが連合国家としてタンザニアになったわけですが、それまでは内陸のアフリカがザンジバルにとって「外国」でした。今回の旅路のゴールにふさわしい、『スワヒリ世界』の真髄ともいえるのが、最後に向かうザンジバル・ウングジャ島です。
いよいよ最終日。一般的に「ザンジバル島」と呼ばれる本島。ウングジャ島への旅路です。島から島への間にも小さな島が点在します。
いよいよ最終日。一般的に「ザンジバル島」と呼ばれる本島。ウングジャ島への旅路です。島から島への間にも小さな島が点在します。

途中、航海士の1人が海鳥が群がっている漁場(フィッシュレーン)を発見。船を走らせ、見事に大物をキャッチ!
途中、航海士の1人が海鳥が群がっている漁場(フィッシュレーン)を発見。船を走らせ、見事に大物をキャッチ!

旅の最終日に、今回一番の大物を釣り上げました。アッラーに感謝です。
旅の最終日に、今回一番の大物を釣り上げました。アッラーに感謝です。

ウングジャ島に到達する前に、近くの小島でひと休み。
ウングジャ島に到達する前に、近くの小島でひと休み。

ご参加者が休んでいる間に、さっき釣り上げたばかりの獲物をせっせと料理です。
ご参加者が休んでいる間に、さっき釣り上げたばかりの獲物をせっせと料理です。

その間、皆さんはひと泳ぎしてリフレッシュ。
その間、皆さんはひと泳ぎしてリフレッシュ。

ようやくウングジャ島の最北端、ヌングウィのビーチが見えてきました。ゴール!感無量です。
ようやくウングジャ島の最北端、ヌングウィのビーチが見えてきました。ゴール!感無量です。

ビーチに近づくと一大リゾートが見えてきました。
ビーチに近づくと一大リゾートが見えてきました。

なんとダウ船をビーチに突っ込ませて上陸。今までの航海と、リゾートのギャップに少々戸惑います。
なんとダウ船をビーチに突っ込ませて上陸。今までの航海と、リゾートのギャップに少々戸惑います。

ヌングウィ・ビーチは一流のダイビングスポットとしても知られます。
ヌングウィ・ビーチは一流のダイビングスポットとしても知られます。

夜になり、われらが「ELSA BELLAH(イザベラ)号」とクルーたちに最後の別れを伝えに行きました。
夜になり、われらが「ELSA BELLAH(イザベラ)号」とクルーたちに最後の別れを伝えに行きました。

本日釣り上げた大物を炭火でじっくりと焼き上げます。
本日釣り上げた大物を炭火でじっくりと焼き上げます。

みんな長旅ありがとう!お疲れさまでした!!
みんな長旅ありがとう!お疲れさまでした!!

ヌングウィ・ビーチでのんびりした後は、最終目的地、ウングジャ島の中心ストーンタウンへと向かいます。古いアラブ風の石造りの家が迷路のように建ち並ぶ旧市街は「ストーンタウン」(2000年世界遺産登録)とよばれ、白い壁に真鍮製の飾りびょうや精巧な彫刻を施された扉が500以上も残り、今も街の人々の普段の生活の場として存在しています。スルタンが使用していた宮殿やかつてポルトガルの侵攻に立ち向かったオールド砦など、見所も多い場所です。ですが最大の魅力は、食事や建築、音楽、人々の佇まい、日常の暮らしの細部に至るまですべてが『スワヒリ世界』そのものという事です。ちょっとした街角を曲がった時の景色や、ふと立ち寄った食堂で食べるビリヤ二、垣間見える人々の日常生活、全てにこの島の2000年の歴史が凝縮されています。
迷路のようなストーンタウン。迷いながら歩くのが楽しいです。
迷路のようなストーンタウン。迷いながら歩くのが楽しいです。

迷路のような小路もバイクが走り回っているのでご注意を!
迷路のような小路もバイクが走り回っているのでご注意を!

ザンジバル式のスワヒリ・ドア。ラム島で見たものとは様式が異なります。
ザンジバル式のスワヒリ・ドア。ラム島で見たものとは様式が異なります。

ストーンタウンの夜のお楽しみと言えば、フォロダニ市場での魚介類。所狭しと屋台が並びます。
ストーンタウンの夜のお楽しみと言えば、フォロダニ市場での魚介類。所狭しと屋台が並びます。

カフェではタアラブ音楽。アラブの音楽とアフリカの音楽が混ざり合い溶け合った、スワヒリ文化の最大の見どころの一つと言えます。
カフェではタアラブ音楽。アラブの音楽とアフリカの音楽が混ざり合い溶け合った、スワヒリ文化の最大の見どころの一つと言えます。

立派なザンジバル式ドア。争いが起きた時の備えに、外側へ向かって突起状の装飾が施されているのが特徴です。
立派なザンジバル式ドア。争いが起きた時の備えに、外側へ向かって突起状の装飾が施されているのが特徴です。

ストーンタウンのほぼ中心に建設されたカテドラル。奴隷の売買を行う市場として使われていました。
ストーンタウンのほぼ中心に建設されたカテドラル。奴隷の売買を行う市場として使われていました。

ストーンタウンに来たならここは外せません。ローカル食堂ながら外国人にも絶大な人気を誇る名店「PASSING SHOW」です。
ストーンタウンに来たならここは外せません。ローカル食堂ながら外国人にも絶大な人気を誇る名店「PASSING SHOW」です。

この店のビリヤ二は本当に絶品!是非、ストーンタウン訪問の際はご賞味ください。
この店のビリヤ二は本当に絶品!是非、ストーンタウン訪問の際はご賞味ください。

ラクダを「砂漠の船」と呼ぶのに対しダウ船は「海のラクダ」と呼ばれています。紀元1世紀頃のギリシア文献『エリュトゥラー海案内記』にはすでにその名が登場し、アラビア語で「船」そのものを意味しています。2000年の間、この『ダウ船』こそが、インド洋世界の交易、文化交流を担ってきました。季節風(モンスーン)を利用し、香辛料、木材、象牙、金、穀物、奴隷などをアラブやインドへ、代わりに綿製品や茶、銅製品などをアフリカへと持ち込みました。
今回利用した『ELSA BELLAH(イザベラ)号』は、ダウの中でも伝統的にラム島で伝えられていた製法の『ラム・スタイル』。船尾ですっぱりと切れ落ちているのが特徴で、近海航海用で「ジャハージ」といわれる中型のものです。遠い所ではモルジブや、インド南西岸まで航海するものもあるそうなので、いつかは…と夢が広がります。
陽気なラム島の船乗り連中と一緒に作り上げた、スワヒリの海の船旅。また来年の冬に季節風『カシカジ』の吹く季節に予定しています。是非、スワヒリの海の旅を体感してみてください。
古来より変わらない木造帆船でのクルーズ。快適かどうかは人によりますが、ロマン溢れる極上の時間を過ごして頂けます。
古来より変わらない木造帆船でのクルーズ。快適かどうかは人によりますが、ロマン溢れる極上の時間を過ごして頂けます。

■インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅~ 14日間
2020年2月7日(金)出発 748,000円
■レポート前編はこちら
生野