2019.12.27発 タンザニア・キャンプ・セレンゲティ 10日間

2019年末、タンザニア北部にキャンピング・ツアーに行ってきました!

キャンピング・ツアーこそ、まさに『サファリ』の原点。自然の環境の中でテントを張って寝泊まりしながら、野生動物を観察する旅です。快適なロッジに滞在するのも魅力的ですが、サファリの醍醐味を味わうにはキャンプの旅が一番です。キャンプの一番の魅力は、なんといってもアフリカの大自然を身近に感じることが出来るという事。これに尽きます。

風の音、草の匂い、動物の声、満天の星空、野生動物が生きている地平と、今自分が居る場所が地続きで同じ世界であることが、まざまざと体感できます。

なかなか、写真と文章だけでは、そのキャンプの魅力のすべてを伝えるのは難しいかもしれませんが、少しでも感じて頂けたらありがたく思います。

まずは日本からの長距離フライト。エチオピア航空にて、タンザニア北部のキリマンジャロ空港に到着!
まずは日本からの長距離フライト。エチオピア航空にて、タンザニア北部のキリマンジャロ空港に到着!
その後、アフリカ大陸で5番目に高いメルー山の麓のロッジに宿泊。長旅の疲れを癒します。
その後、アフリカ大陸で5番目に高いメルー山の麓のロッジに宿泊。長旅の疲れを癒します。
翌朝にははっきりとメルー山を見る事が出来ました。高さ4,562メートル。なかなかの迫力です。
翌朝にははっきりとメルー山を見る事が出来ました。高さ4,562メートル。なかなかの迫力です。

サファリの初日、まずはタンザニア北部の要所アルーシャの街にて、キャンプに必要な食料や飲み物などを買い出し。その後、ケニアから続く大地溝帯(グレートリフトバレー)の麓を目指します。まず到着したのは、大地溝帯の断崖の下に位置するムトワンブという小さな街。北のナトロン湖と南のマニャラ湖と2つの湖に挟まれていることから、水源が豊富にあり、農作物の栽培に適した街です。本日はこの街の外れのキャンプ場にテントを張ります。

ムトワンブの街の風景。小さな町ですが、ここはバナナの一大産地として名を馳せています。
ムトワンブの街の風景。小さな町ですが、ここはバナナの一大産地として名を馳せています。
名物の赤バナナ。ムトワンブで清算されるバナナには、赤バナナ、黄バナナ、緑バナナと3種類があります。
名物の赤バナナ。ムトワンブで清算されるバナナには、赤バナナ、黄バナナ、緑バナナと3種類があります。
道端にも、バナナのたたき売り?のおばちゃんたちがズラリと並びます。
道端にも、バナナのたたき売り?のおばちゃんたちがズラリと並びます。
せっかくなのでバナナ農園を見学させてもらいました。
せっかくなのでバナナ農園を見学させてもらいました。
みんなでバナナ農園の中を散策。甘い果物用バナナと。甘くない野菜用バナナが栽培されています。
みんなでバナナ農園の中を散策。甘い果物用バナナと。甘くない野菜用バナナが栽培されています。
農家のお兄ちゃんがバナナの育て方を解説してくれました。バナナの樹は一生に1回!しか実を付けないそうです。そんなに貴重だったなんて。
農家のお兄ちゃんがバナナの育て方を解説してくれました。バナナの樹は一生に1回!しか実を付けないそうです。そんなに貴重だったなんて。
隠れた名産品がこちら。MBEGEと呼ばれるバナナ・ビールです。ミレットのポリッジとバナナジュースを混ぜて造るお酒です。味はぼちぼち。
隠れた名産品がこちら。MBEGEと呼ばれるバナナ・ビールです。ミレットのポリッジとバナナジュースを混ぜて造るお酒です。味はぼちぼち。

午後は街の南側、マニャラ湖国立公園へと向かいます。大きな湖を中心に周囲に森林が広がります。公園内は湧水が豊富で、森林、草地、湿原などの自然環境も豊かで、隠れた名公園です。木登りライオンが最初に発見されたのは、このマニャラ湖とも言われています。会えるかな…。

まずは公園入口の広場で腹ごしらえ。キャンプツアーの楽しみは何と言っても食事。同行してくれるコックさんたちが、毎回腕によりをかけて、私達の為だけに料理してくれます。
まずは公園入口の広場で腹ごしらえ。キャンプツアーの楽しみは何と言っても食事。同行してくれるコックさんたちが、毎回腕によりをかけて、私達の為だけに料理してくれます。
夕暮れ時に臨む雄大なマニャラ湖。合計で400種類を超える鳥類が生息していると言われています。
夕暮れ時に臨む雄大なマニャラ湖。合計で400種類を超える鳥類が生息していると言われています。
インパラの家族。ハレムと呼ばれ、立派な角を持つ一匹の雄が多くの雌や子供たちを率います。
インパラの家族。ハレムと呼ばれ、立派な角を持つ一匹の雄が多くの雌や子供たちを率います。
バブーンの家族。なごむ風景です。
バブーンの家族。なごむ風景です。
ムトワンブの街に戻り、テントに荷物を運びます。サファリドライブ中にコックさんが設営してくれていました。
ムトワンブの街に戻り、テントに荷物を運びます。サファリドライブ中にコックさんが設営してくれていました。
大きなキャンバス地のテントです。中は、大人の男性が経っても十分に余裕のある高さがあります。
大きなキャンバス地のテントです。中は、大人の男性が経っても十分に余裕のある高さがあります。
テント設営に、毎度の食事にと大活躍してくれるコックさんのコンビ。2人組体制でばっちり旅をサポートしてくれました。
テント設営に、毎度の食事にと大活躍してくれるコックさんのコンビ。2人組体制でばっちり旅をサポートしてくれました。

残念ながら、マニャラ湖では木登りライオンには会えませんでしたが、気を取り直して次へと向かいます。大地溝帯の崖を登り、ンゴロンゴロ自然保護区へ。世界で6番目に大きいと言われるカルデラ(火口原)でのクレーター・サファリが有名ですが、それ以外の外輪部にも広大な大地が広がります。『人類発祥の地』と言われるオルドバイ峡谷があるのもここです。この日の目的地はこのンゴロンゴロ自然保護区を抜けたもっと先にある「セレンゲティ国立公園」長い移動の1日です。

ンゴロンゴロの公園入口には50台以上のサファリカーが連なっていました。クリスマス休暇でたくさんの観光客が訪れています。
ンゴロンゴロの公園入口には50台以上のサファリカーが連なっていました。クリスマス休暇でたくさんの観光客が訪れています。
ゲートをくぐって、いよいよンゴロンゴロへ。
ゲートをくぐって、いよいよンゴロンゴロへ。
カルデラ(火口原)を見下ろすクレーターも人でいっぱい。また数日後にここに戻ってきます。
カルデラ(火口原)を見下ろすクレーターも人でいっぱい。また数日後にここに戻ってきます。
本日は移動日。『セレンゲティ国立公園』を目指します。
本日は移動日。『セレンゲティ国立公園』を目指します。
途中でオルドバイ峡谷を見学。アウストラロピテクス・ボイセイとホモ・ハビリスの化石が発見された場所で『人類発祥の地』とされています。
途中でオルドバイ峡谷を見学。アウストラロピテクス・ボイセイとホモ・ハビリスの化石が発見された場所で『人類発祥の地』とされています。
そして、再び楽しみなのは昼食。味気ないランチボックスとは一味違います。
そして、再び楽しみなのは昼食。味気ないランチボックスとは一味違います。
いただきます!コックが同行するキャンプツアーならではの贅沢な時間です。
いただきます!コックが同行するキャンプツアーならではの贅沢な時間です。
走りに走って、ようやくセレンゲティに到着。Serengeti shall never die, 『セレンゲティは滅びず』です。
走りに走って、ようやくセレンゲティに到着。Serengeti shall never die, 『セレンゲティは滅びず』です。
ンゴロンゴロとセレンゲティの境界線エリアは『ンドゥトゥ』と呼ばれ、背の低い草原と花が咲き乱れます。
ンゴロンゴロとセレンゲティの境界線エリアは『ンドゥトゥ』と呼ばれ、背の低い草原と花が咲き乱れます。
雨季の始まりにヌーやシマウマの群れがケニアからやって来ました。これから始まる『大移動』を予感させます。
雨季の始まりにヌーやシマウマの群れがケニアからやって来ました。これから始まる『大移動』を予感させます。
雨季は草食動物がとても活動的です。嬉しそうなグラントガゼル。
雨季は草食動物がとても活動的です。嬉しそうなグラントガゼル。
セレンゲティの中央部に着くころには、もはや夕暮れ時。大きなアカシアの樹に何かが居るのを発見。
セレンゲティの中央部に着くころには、もはや夕暮れ時。大きなアカシアの樹に何かが居るのを発見。
おお、こんなところに木登りライオン。さっそくマニャラ湖の借り(?)を返しました!
おお、こんなところに木登りライオン。さっそくマニャラ湖の借り(?)を返しました!
ようやくセレンゲティ国立公園のキャンプサイトに到着しました。キャンプ場とフィールドに境はありません。夜は動物がやってくることも!
ようやくセレンゲティ国立公園のキャンプサイトに到着しました。キャンプ場とフィールドに境はありません。夜は動物がやってくることも!

セレンゲティ国立公園はタンザニアで、いやアフリカ大陸で最も有名な国立公園と言ってもいいでしょう。マサイの人の言葉で『果てしない平原』という意味の名を持ちます。まさに草の海。四国ぐらいの広さがある国立公園ですが、サファリドライバーに言わせると、そのすべてを見て回るには2ケ月以上かかるそうです。今回キャンピングするのはその中心地のセロネラ・エリア。このセロネラから南の方にかけて大きく広がる大平原地帯を中心に3日間のサファリです。野生動物の生息する大草原の真っ只中に位置する場所にテントを張るという、なんとも言えない贅沢な時間。夜、真っ暗なテントの中で耳を澄ませていると、様々な野生動物の声が聞こえてきます。キャッキャッと甲高いジャッカルの遠吠え、ウヒヒと聞こえるハイエナの高笑いのような声、そしてテントがびりびり震えるようなライオンの咆哮。薄いテントの布の外が、まごう事の無い野生の世界である事を実感します。全身を耳にして野生の声に耳を傾けながら眠りにつく、本当に贅沢で特別な時間です。

雨季は草の背が高いのがちょっと難点。チーターも草の海に隠れてしまいます。
雨季は草の背が高いのがちょっと難点。チーターも草の海に隠れてしまいます。
しかし、草食動物たちは活動的。ハーテビーストの家族。
しかし、草食動物たちは活動的。ハーテビーストの家族。
インパラの家族。瑞々しい緑一面の平原の中で、やっぱり嬉しそうです。
インパラの家族。瑞々しい緑一面の平原の中で、やっぱり嬉しそうです。
草食動物の中のアイドル、ディクディクも飛び跳ねていました。
草食動物の中のアイドル、ディクディクも飛び跳ねていました。
緑の中でたたずむ若い雄ライオン。年齢を見分けるには、鼻に注目です。まだ鼻先がピンク色だと、ボーイです。
緑の中でたたずむ若い雄ライオン。年齢を見分けるには、鼻に注目です。まだ鼻先がピンク色だと、ボーイです。
サファリに夢中になっていると、ゾウの家族に囲まれました。
サファリに夢中になっていると、ゾウの家族に囲まれました。
カバものんびり浮かんでいます。
カバものんびり浮かんでいます。
サファリの合間の食事も楽しみ。贅沢なブッシュランチです。
サファリの合間の食事も楽しみ。贅沢なブッシュランチです。
昼間はライオンンものんびりしたもんです。
昼間はライオンンものんびりしたもんです。
大自然の営み。静かにこっそり観察していたのですが、見つかってしまいました。
大自然の営み。静かにこっそり観察していたのですが、見つかってしまいました。
昼過ぎ、キャンプサイトに戻ってきました。テントもすっかりホームです。
昼過ぎ、キャンプサイトに戻ってきました。テントもすっかりホームです。
落ち着いてキャンプサイトでの囲む食事も楽しみな時間。
落ち着いてキャンプサイトでの囲む食事も楽しみな時間。
晴れた日の午後は、テントにこもって昼寝するのもオツなもんです。
晴れた日の午後は、テントにこもって昼寝するのもオツなもんです。
カラっと腫れた午後には、サファリのホコリも洗濯しましょう。
カラっと腫れた午後には、サファリのホコリも洗濯しましょう。
キャンピングの風景。空と大地とテントと…。
キャンピングの風景。空と大地とテントと…。
なんとコックさんが魚も焼いてくれました。ティラピアの炭火焼き
なんとコックさんが魚も焼いてくれました。ティラピアの炭火焼き
セレンゲティでお正月を迎えました。大草原の初日の出。
セレンゲティでお正月を迎えました。大草原の初日の出。
お正月はいつもより気球の数が多かった気がします。
お正月はいつもより気球の数が多かった気がします。
ハネムーン用のハート形気球。ちょっとシュールです。
ハネムーン用のハート形気球。ちょっとシュールです。
2020年最初に出会った動物は雄ライオン。金色のタテガミがセレンゲティらしい若獅子です。
2020年最初に出会った動物は雄ライオン。金色のタテガミがセレンゲティらしい若獅子です。
朝の新鮮な草を食べるマサイキリン
朝の新鮮な草を食べるマサイキリン
背中にはウシツツキが止まって、虫をついばんでいました。
背中にはウシツツキが止まって、虫をついばんでいました。
セレンゲティでは鳥類もたくさん。ウシハタオリの姿はよく見かけます。
セレンゲティでは鳥類もたくさん。ウシハタオリの姿はよく見かけます。
ちょっと遠かったですが、キエリボタンインコ。カラフルで可愛い鳥です。
ちょっと遠かったですが、キエリボタンインコ。カラフルで可愛い鳥です。
サバンナを優雅に歩くヘビクイワシ。
サバンナを優雅に歩くヘビクイワシ。
こちらも良く見かける鳥ですが、やっぱりきれいです。ライラックニシブッポウソウ。
こちらも良く見かける鳥ですが、やっぱりきれいです。ライラックニシブッポウソウ。
もちろん、この人も鳥の仲間です。首を長くしてこっちを見ています。ダチョウ。
もちろん、この人も鳥の仲間です。首を長くしてこっちを見ています。ダチョウ。
セレンゲティを後にして、来た道を戻ります。草の海に点在するコピエ(岩山)。セレンゲティらしい景色です。
セレンゲティを後にして、来た道を戻ります。草の海に点在するコピエ(岩山)。セレンゲティらしい景色です。
丸3日間、本当にたくさんのシーンに出会えました。さようならセレンゲティ。
丸3日間、本当にたくさんのシーンに出会えました。さようならセレンゲティ。

さて、セレンゲティを後にして、最後の訪問地ンゴロンゴロへ自然保護区と再び戻ります。ですが、その前にちょっとだけ“特別な場所”へ寄り道します。雨季のこの時機だけの楽園があります。それはセレンゲティとンゴロンゴロの境界線に広がるエリア『ンドゥトゥ』です。実は今回のセレンゲティでは2種類の動物にだけ全く出会いませんでした。それは、ヌーとシマウマです。はたして、彼らはどこにいるのか?

12~3月の雨期の時期、ヌーとシマウマの大群は、遠く北のケニアからこのンドトゥに向けて長い旅をして戻ってきます。それは、出産そして子育てのために戻ってくるのです。はるか昔、ンゴロンゴロの火山の爆発により大地にミネラルが多く堆積したため、そこに育つ栄養価が高く柔らかい草を食するために戻ってくると言われています。多くの雨が降ったあとの緑鮮やかな大地へ、ヌーとシマウマの群れに出会えるかどうか期待大です。

いました!一面の緑の中に、セレンゲティでは出会わなかったヌーとシマウマがたくさんいます。
いました!一面の緑の中に、セレンゲティでは出会わなかったヌーとシマウマがたくさんいます。
あれだけ居なかったシマウマにもたくさん出会います。
あれだけ居なかったシマウマにもたくさん出会います。
せっかくなので、スピードを落としてゆっくりと観察するようにドライブ。
せっかくなので、スピードを落としてゆっくりと観察するようにドライブ。
砂地で背中を掻くシマウマ。気持ちよさそうですね。
砂地で背中を掻くシマウマ。気持ちよさそうですね。
ヌー渋滞。
ヌー渋滞。
ヌーは1km以上先に降っている雨の匂いを嗅ぎつけて移動します。本当にたくさん出会いました。
ヌーは1km以上先に降っている雨の匂いを嗅ぎつけて移動します。本当にたくさん出会いました。
草原の合間の泥地にまみれて気持ちよさそうなハイエナ。
草原の合間の泥地にまみれて気持ちよさそうなハイエナ。
産まれたばかりの子も元気そうに飛び回っています。
産まれたばかりの子も元気そうに飛び回っています。
ンゴロンゴロ方面に向かうにつれ、また花がきれいに咲いていました。
ンゴロンゴロ方面に向かうにつれ、また花がきれいに咲いていました。
相変わらず無表情なヌーですが、どことなく心地よさそうにしています。
相変わらず無表情なヌーですが、どことなく心地よさそうにしています。
ンドゥトゥで大満足のサファリ中もやっぱり道中の食事が楽しみです。
ンドゥトゥで大満足のサファリ中もやっぱり道中の食事が楽しみです。
ドライバーさんたちもお疲れ様です!
ドライバーさんたちもお疲れ様です!

思わぬサプライズでしたが、狙い通りばっちりンドゥトゥ・エリアでヌーとシマウマの群れを見る事が出来ました。実はお客さんには内緒にしていたのですが、数日前からドライバーさんたちが熱心に情報収集をしてくれていました。「今ンドゥトゥにヌーが来ているぞ。」「いや、それは3日前の情報だ。」「シマウマの群れがナービヒルの丘の上から確認出来た。」「ンドゥトゥ湖付近に2日前から大雨が降り続いているぞ。」「シンバヒルのあたりをチーターの家族が南に移動していった。」「既にンゴロンゴロの北部には第3の群れが来ている。」すれ違う車のドライバーさん同士、色々な情報が飛び交います。私は助手席に座って黙って聞いているだけなのですが、プロの職人の仕事ぶりを見ているようで、こんな時が一番「サファリをしているなあ」とワクワクします。

最後のンゴロンゴロのキャンプ場に到着。サファリカーも随分と走ってきました。
最後のンゴロンゴロのキャンプ場に到着。サファリカーも随分と走ってきました。
キャンピング泊もいよいよ最後の夜かと思うと名残惜しいです。
キャンピング泊もいよいよ最後の夜かと思うと名残惜しいです。
最後の夜の宴の後。
最後の夜の宴の後。
この度をサポートしてくれたコックさん、ドライバーさん、皆さんで記念写真。パチリ。
この度をサポートしてくれたコックさん、ドライバーさん、皆さんで記念写真。パチリ。
さて、カルデラ(火口原)に500mの崖を降りて最後のクレーター・サファリです。
さて、カルデラ(火口原)に500mの崖を降りて最後のクレーター・サファリです。
クレーターの中に様々な野生動物が一緒に生きている。世界でもここだけの特別な場所です。
クレーターの中に様々な野生動物が一緒に生きている。世界でもここだけの特別な場所です。
そして、ンゴロンゴロは野生動物への距離が近いのが特徴です。
そして、ンゴロンゴロは野生動物への距離が近いのが特徴です。
飛ぶ鳥の中では最も大きいなアフリカオオノガン。
飛ぶ鳥の中では最も大きいなアフリカオオノガン。
躍動的なトムソンガゼル。ンゴロンゴロも草が豊富で嬉しそうでした。
躍動的なトムソンガゼル。ンゴロンゴロも草が豊富で嬉しそうでした。
食事中は面白い顔です。下あごを左右に動かしてすり潰すようにして食べます。
食事中は面白い顔です。下あごを左右に動かしてすり潰すようにして食べます。
ゾウの親子。クレーター内のレライの森はゾウ達の家です。
ゾウの親子。クレーター内のレライの森はゾウ達の家です。
ドライバーもスタッフもお客さんも、皆のチームワークで作り上げるのがキャンピング・サファリ!
ドライバーもスタッフもお客さんも、皆のチームワークで作り上げるのがキャンピング・サファリ!

雨季の始まりを迎える北部タンザニアの大自然をたっぷりと満喫できた旅でした。キャンピングのいいところは、昼間のサファリと夜のテント生活との間に、境目がない事です。夜にテント越しに聞くライオンの声は、昼間に出会ったあのライオンの声かもしれない。そんな風に、自分もこの野生の世界の一部であることを実感させてくれる、この体験こそがキャンピングの一番の魅力です。次回は、乾季の8月にまた北部タンザニアのキャンピング・ツアーを企画しています。『サファリ』を全身で体感できるチャンスはそうそうありません。是非お待ちしています。

■タンザニア・キャンプ・セレンゲティ 10日間

生野

2019.2.15発 インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅15日間~ 後編

さて、ケニア・ラム島からタンザニア・ザンジバル島までのスワヒリ海岸の航海の後半。前半のケニア部分では、海岸沿いの漁村や港町に停泊を繰り返しながら南下してきたのですが、ケニアを出国してからは海を横切り、タンザニアの島嶼部へと向かいます。まず目指すは北ペンバ島。今回のルートで一番の難所です。いよいよ島から島へのダウ船航海も本格的になってきました。

天気は快晴。季節風の向きも良し。大海原を進みます。
天気は快晴。季節風の向きも良し。大海原を進みます。

ずいぶん快調に進んできましたが、クルーの1人が指をさした方向、前方に巨大な雲が見えてきました。
ずいぶん快調に進んできましたが、クルーの1人が指をさした方向、前方に巨大な雲が見えてきました。

雲がすごいスピードで向かってきます。あっという間に眼前に迫ってきました。
雲がすごいスピードで向かってきます。あっという間に眼前に迫ってきました。

皆が急に慌てだしました。急いで帆をたたみます。
皆が急に慌てだしました。急いで帆をたたみます。

いつの間にやら雨風まで激しくなってきました。もう避けられないと判断し、錨を海に沈めてやり過ごします。
いつの間にやら雨風まで激しくなってきました。もう避けられないと判断し、錨を海に沈めてやり過ごします。

普段はのんびり陽気な船員たちもテキパキと働きます。
普段はのんびり陽気な船員たちもテキパキと働きます。

この時ばかりは自ら舵を取るアリ船長。
この時ばかりは自ら舵を取るアリ船長。

船の中央にすべての荷物とスタッフを集め、激しく吹き付けるスコールをやり過ごします。
船の中央にすべての荷物とスタッフを集め、激しく吹き付けるスコールをやり過ごします。

ようやく雲が過ぎ去って行ってくれました。錨を引き上げて、ホッと一息。再び船を出します。
ようやく雲が過ぎ去って行ってくれました。錨を引き上げて、ホッと一息。再び船を出します。

嵐が過ぎ去った後は再び快晴。ペンバ・ブルーとも呼ばれる美しい海です。
嵐が過ぎ去った後は再び快晴。ペンバ・ブルーとも呼ばれる美しい海です。

ようやく目的地のペンバ島が見えてきました。
ようやく目的地のペンバ島が見えてきました。

島に上陸し、タンザニアの入国手続き。小さなプレハブ小屋が国境でした。
島に上陸し、タンザニアの入国手続き。小さなプレハブ小屋が国境でした。

この日は1日激しく振り回されたので、ダウ船も港に仕舞い込み、一晩かけてメンテナンス。よくぞ持ちこたえてくれました
この日は1日激しく振り回されたので、ダウ船も港に仕舞い込み、一晩かけてメンテナンス。よくぞ持ちこたえてくれました

ペンバ島の最北端ヴマ・ウィンビ海岸は透き通るように美しく、そのわりに観光客の少ない静かなビーチが広がります。お勧めです!
ペンバ島の最北端ヴマ・ウィンビ海岸は透き通るように美しく、そのわりに観光客の少ない静かなビーチが広がります。お勧めです!

ウングジャ島(ザンジバル本島)の北にあるペンバ島は、かつてクローブの一大生産地として栄えた島です。島の人々のルーツはシラジと呼ばれる人々で、太鼓のペルシアのシーラーズに出自を持つ人々の血をひくとされていいます。このシラジの人々と、大陸に出自を持つアフリカ系の人々、スルタン統治時代のオマーン人をはじめとする中東系の入植者の子孫、様々な人々の交流と文化が積み重なって生まれた『スワヒリの世界』に満ち溢れた、のどかな島です。何よりもペンバ・ブルーの海は絶品の美しさを誇ります。
かつてクローブの名産地として栄えた島です。市場にも香辛料がいっぱい。
かつてクローブの名産地として栄えた島です。市場にも香辛料がいっぱい。

ここでも山ほどマンゴーを買い込みます。毎朝のお楽しみです。
ここでも山ほどマンゴーを買い込みます。毎朝のお楽しみです。

アフリカ料理のお供に欠かせないのはピリピリ(唐辛子)!!
アフリカ料理のお供に欠かせないのはピリピリ(唐辛子)!!

「ダラダラ」と呼ばれる乗り合いバス、いや乗り合いトラックです。島の公共交通機関です。
「ダラダラ」と呼ばれる乗り合いバス、いや乗り合いトラックです。島の公共交通機関です。

さてさて、翌日も航海は続きます。アリ船長自らエビの殻向き。
さてさて、翌日も航海は続きます。アリ船長自らエビの殻向き。

「ELSA BELLAH(イザベラ)号」のネームプレート。船の魂です。
「ELSA BELLAH(イザベラ)号」のネームプレート。船の魂です。

しかし、料理中はまな板に早変わり!
しかし、料理中はまな板に早変わり!

エビと豆のスワヒリ風カレー。船の上だろうと料理の味付けにうるさい男たち。
エビと豆のスワヒリ風カレー。船の上だろうと料理の味付けにうるさい男たち。

昼飯時は船上のお楽しみタイム。
昼飯時は船上のお楽しみタイム。

食事が終わると毎回泥のように眠る。
食事が終わると毎回泥のように眠る。

ペンバ島の南部ムコアニへ到着。いよいよ旅も終盤です。
ペンバ島の南部ムコアニへ到着。いよいよ旅も終盤です。

ペンバ島の地図。島の周囲に点在する小さな無人島の数々も興味深いです。
ペンバ島の地図。島の周囲に点在する小さな無人島の数々も興味深いです。

『スワヒリ』という単語には、「海岸、岸辺」などの意味があります。
ソマリア南部からケニア、タンザニア、モザンビーク北部までのアフリカ大陸東部の海岸の事を指しています。このアフリカ大陸の東海岸は、アラブとアフリカが複雑に融合した、世界史的に見てもとても独特な文化が発展してきた土地でもあります。この土着文化と外来文化の交差点の末に生まれたのが『スワヒリ世界』。ケニア・タンザニアを含めた東アフリカは人類発祥の地といわれていますが、文字に書かれた歴史上に登場するのは、紀元1世紀頃に書かれた「エリュトラー海案内記」で、東アフリカ海岸はアザニア(Azania)として触れられています。季節風(モンスーン)を利用してアラブ、ペルシャ等から、商人がダウ船を利用した貿易によってこのアフリカ東海岸を訪れ、ザンジバルやキルワなどの都市国家を築きました。後にオマーンのブー・サイード王家が王宮をザンジバルのストーンタウンに移し、貿易を直接管理し、このスワヒリ海岸一帯を支配下に治めます。
1964年に大陸側のタンガニーカとザンジバルが連合国家としてタンザニアになったわけですが、それまでは内陸のアフリカがザンジバルにとって「外国」でした。今回の旅路のゴールにふさわしい、『スワヒリ世界』の真髄ともいえるのが、最後に向かうザンジバル・ウングジャ島です。
いよいよ最終日。一般的に「ザンジバル島」と呼ばれる本島。ウングジャ島への旅路です。島から島への間にも小さな島が点在します。
いよいよ最終日。一般的に「ザンジバル島」と呼ばれる本島。ウングジャ島への旅路です。島から島への間にも小さな島が点在します。

途中、航海士の1人が海鳥が群がっている漁場(フィッシュレーン)を発見。船を走らせ、見事に大物をキャッチ!
途中、航海士の1人が海鳥が群がっている漁場(フィッシュレーン)を発見。船を走らせ、見事に大物をキャッチ!

旅の最終日に、今回一番の大物を釣り上げました。アッラーに感謝です。
旅の最終日に、今回一番の大物を釣り上げました。アッラーに感謝です。

ウングジャ島に到達する前に、近くの小島でひと休み。
ウングジャ島に到達する前に、近くの小島でひと休み。

ご参加者が休んでいる間に、さっき釣り上げたばかりの獲物をせっせと料理です。
ご参加者が休んでいる間に、さっき釣り上げたばかりの獲物をせっせと料理です。

その間、皆さんはひと泳ぎしてリフレッシュ。
その間、皆さんはひと泳ぎしてリフレッシュ。

ようやくウングジャ島の最北端、ヌングウィのビーチが見えてきました。ゴール!感無量です。
ようやくウングジャ島の最北端、ヌングウィのビーチが見えてきました。ゴール!感無量です。

ビーチに近づくと一大リゾートが見えてきました。
ビーチに近づくと一大リゾートが見えてきました。

なんとダウ船をビーチに突っ込ませて上陸。今までの航海と、リゾートのギャップに少々戸惑います。
なんとダウ船をビーチに突っ込ませて上陸。今までの航海と、リゾートのギャップに少々戸惑います。

ヌングウィ・ビーチは一流のダイビングスポットとしても知られます。
ヌングウィ・ビーチは一流のダイビングスポットとしても知られます。

夜になり、われらが「ELSA BELLAH(イザベラ)号」とクルーたちに最後の別れを伝えに行きました。
夜になり、われらが「ELSA BELLAH(イザベラ)号」とクルーたちに最後の別れを伝えに行きました。

本日釣り上げた大物を炭火でじっくりと焼き上げます。
本日釣り上げた大物を炭火でじっくりと焼き上げます。

みんな長旅ありがとう!お疲れさまでした!!
みんな長旅ありがとう!お疲れさまでした!!

ヌングウィ・ビーチでのんびりした後は、最終目的地、ウングジャ島の中心ストーンタウンへと向かいます。古いアラブ風の石造りの家が迷路のように建ち並ぶ旧市街は「ストーンタウン」(2000年世界遺産登録)とよばれ、白い壁に真鍮製の飾りびょうや精巧な彫刻を施された扉が500以上も残り、今も街の人々の普段の生活の場として存在しています。スルタンが使用していた宮殿やかつてポルトガルの侵攻に立ち向かったオールド砦など、見所も多い場所です。ですが最大の魅力は、食事や建築、音楽、人々の佇まい、日常の暮らしの細部に至るまですべてが『スワヒリ世界』そのものという事です。ちょっとした街角を曲がった時の景色や、ふと立ち寄った食堂で食べるビリヤ二、垣間見える人々の日常生活、全てにこの島の2000年の歴史が凝縮されています。
迷路のようなストーンタウン。迷いながら歩くのが楽しいです。
迷路のようなストーンタウン。迷いながら歩くのが楽しいです。

迷路のような小路もバイクが走り回っているのでご注意を!
迷路のような小路もバイクが走り回っているのでご注意を!

ザンジバル式のスワヒリ・ドア。ラム島で見たものとは様式が異なります。
ザンジバル式のスワヒリ・ドア。ラム島で見たものとは様式が異なります。

ストーンタウンの夜のお楽しみと言えば、フォロダニ市場での魚介類。所狭しと屋台が並びます。
ストーンタウンの夜のお楽しみと言えば、フォロダニ市場での魚介類。所狭しと屋台が並びます。

カフェではタアラブ音楽。アラブの音楽とアフリカの音楽が混ざり合い溶け合った、スワヒリ文化の最大の見どころの一つと言えます。
カフェではタアラブ音楽。アラブの音楽とアフリカの音楽が混ざり合い溶け合った、スワヒリ文化の最大の見どころの一つと言えます。

立派なザンジバル式ドア。争いが起きた時の備えに、外側へ向かって突起状の装飾が施されているのが特徴です。
立派なザンジバル式ドア。争いが起きた時の備えに、外側へ向かって突起状の装飾が施されているのが特徴です。

ストーンタウンのほぼ中心に建設されたカテドラル。奴隷の売買を行う市場として使われていました。
ストーンタウンのほぼ中心に建設されたカテドラル。奴隷の売買を行う市場として使われていました。

ストーンタウンに来たならここは外せません。ローカル食堂ながら外国人にも絶大な人気を誇る名店「PASSING SHOW」です。
ストーンタウンに来たならここは外せません。ローカル食堂ながら外国人にも絶大な人気を誇る名店「PASSING SHOW」です。

この店のビリヤ二は本当に絶品!是非、ストーンタウン訪問の際はご賞味ください。
この店のビリヤ二は本当に絶品!是非、ストーンタウン訪問の際はご賞味ください。

ラクダを「砂漠の船」と呼ぶのに対しダウ船は「海のラクダ」と呼ばれています。紀元1世紀頃のギリシア文献『エリュトゥラー海案内記』にはすでにその名が登場し、アラビア語で「船」そのものを意味しています。2000年の間、この『ダウ船』こそが、インド洋世界の交易、文化交流を担ってきました。季節風(モンスーン)を利用し、香辛料、木材、象牙、金、穀物、奴隷などをアラブやインドへ、代わりに綿製品や茶、銅製品などをアフリカへと持ち込みました。
今回利用した『ELSA BELLAH(イザベラ)号』は、ダウの中でも伝統的にラム島で伝えられていた製法の『ラム・スタイル』。船尾ですっぱりと切れ落ちているのが特徴で、近海航海用で「ジャハージ」といわれる中型のものです。遠い所ではモルジブや、インド南西岸まで航海するものもあるそうなので、いつかは…と夢が広がります。
陽気なラム島の船乗り連中と一緒に作り上げた、スワヒリの海の船旅。また来年の冬に季節風『カシカジ』の吹く季節に予定しています。是非、スワヒリの海の旅を体感してみてください。
古来より変わらない木造帆船でのクルーズ。快適かどうかは人によりますが、ロマン溢れる極上の時間を過ごして頂けます。
古来より変わらない木造帆船でのクルーズ。快適かどうかは人によりますが、ロマン溢れる極上の時間を過ごして頂けます。

■インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅~ 14日間
2020年2月7日(金)出発 748,000円
■レポート前編はこちら
生野

2019.2.15発 インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅15日間~ 前編

毎年1月から2月にかけて、アフリカ大陸の東側、インド洋を南西に向かって季節風が吹きます。『カシカジ』と呼ばれるこの風に乗って、古来よりアラブのムスリム商人たちはアフリカ大陸の東海岸と交易をしていました。そのインド洋交易に使われていたのが『ダウ船』と呼ばれる三角帆の船、そして交易によって栄えたアフリカの東海岸を総称して『スワヒリ・コースト(海岸地域)』と呼びます。アラブとアフリカの文化がブレンドされたこの海岸地域の歴史は古く、内陸部のイギリス植民地文化の影響が色濃いケニアとは大きく趣が異なります。人々の佇まい、食事、建築、音楽などすべてが独特です。そんなスワヒリ海岸地域の文化の真髄とも言えるのが『ダウ船』です。『ダウ船』の歴史は古く、紀元1世紀ごろには書物にその名前が登場します。今回のツアーは、そんな古来から製法の変わる事のない『ダウ船』を一艘貸し切って、『スワヒリ・コースト』を航海することそのものが目的でした。

ケニアの首都ナイロビに到着後、小さなプロペラ機に乗り換えて、スワヒリ海岸へと向かいます。
ケニアの首都ナイロビに到着後、小さなプロペラ機に乗り換えて、スワヒリ海岸へと向かいます。

空からの景色。マングローブに覆われたラム島が見えてきました。三角帆のダウ船の姿が見えます。
空からの景色。マングローブに覆われたラム島が見えてきました。三角帆のダウ船の姿が見えます。

ラム島での主な足は船。船を走らせ、旧市街へと向かいます。
ラム島での主な足は船。船を走らせ、旧市街へと向かいます。

ラム旧市街のメインポート。多くのボートがタクシーのように並んでいます。
ラム旧市街のメインポート。多くのボートがタクシーのように並んでいます。

ラム旧市街はユネスコの世界遺産にも登録されています。ポルトガル占領時代に建設されたオールド・ポート(砦)を中心に石造りの街が広がります。
ラム旧市街はユネスコの世界遺産にも登録されています。ポルトガル占領時代に建設されたオールド・ポート(砦)を中心に石造りの街が広がります。

路地に入るとまるで迷路のように石の街が広がります。
路地に入るとまるで迷路のように石の街が広がります。

車が全く走っていないこの島の中の交通手段はロバ。のどかなラムらしい風景です。
車が全く走っていないこの島の中の交通手段はロバ。のどかなラムらしい風景です。

家々の扉は美しいレリーフが彫り込まれたスワヒリ建築。時代に合わせて様々なスタイルがあります。
家々の扉は美しいレリーフが彫り込まれたスワヒリ建築。時代に合わせて様々なスタイルがあります。

旧市街の中心にある憩いの広場。イスラムの島でもあるラムは、どこからともなくコーランが聞こえてきます。
旧市街の中心にある憩いの広場。イスラムの島でもあるラムは、どこからともなくコーランが聞こえてきます。

今回のツアーのメインとなるのは、ケニアの『ラム島』からタンザニアの『ザンジバル島』までの8日間の航海です。出発地のラム島は、ケニアで最も古い港町の一つで、かつてはヨーロッパ、インド、アラブ、そして中国をも結ぶ東アフリカ有数の港として栄えました。とても小さな島で、島内を走る車は車は地方長官の乗用車1台のみ、人々の移動手段はロバと徒歩が中心です。アフリカとは思えないようなイスラム風の町並みが残る旧市街は、ユネスコの世界遺産にも指定されています。薄暗い細い路地を歩けば、時間が止まったかのような中世イスラムの世界に浸ることができます。往時の繁栄を偲ぶものはほとんど残されてはいませんが、昔ながらの素朴なのんびりした雰囲気を感じることが出来る島でした。そして、今回のツアーの相棒ともいえる『ダウ船』と航海の仲間たちはラム島に暮らす船乗りたちです。
ラム島、マンダ島、ぺテ島と3つの島から成ります。それほど大陸からは離れておらず、周囲がマングローブで覆われています。
ラム島、マンダ島、ぺテ島と3つの島から成ります。それほど大陸からは離れておらず、周囲がマングローブで覆われています。

南部ソマリアの首都Mogadishuから、遠く南のモザンビークSofalaまで。このアフリカ大陸東側を総称して「スワヒリ・コースト」と呼びます。インド洋を渡り、遠くインドからマレーシア、中国までもが交易の相手でした。
南部ソマリアの首都Mogadishuから、遠く南のモザンビークSofalaまで。このアフリカ大陸東側を総称して「スワヒリ・コースト」と呼びます。インド洋を渡り、遠くインドからマレーシア、中国までもが交易の相手でした。

現在のラム島は往時の繁栄に比べると、のどかで小さな島です。中央市場も規模は小さいですが活気にあふれています。
現在のラム島は往時の繁栄に比べると、のどかで小さな島です。中央市場も規模は小さいですが活気にあふれています。

ラム島で拠点としたのは外洋に出やすいシェラの街。宿はこじんまりとしたスワヒリ建築のゲストハウスです。
ラム島で拠点としたのは外洋に出やすいシェラの街。宿はこじんまりとしたスワヒリ建築のゲストハウスです。

部屋からの眺め。遠くに帆をたたんだダウ船が停泊しています。
部屋からの眺め。遠くに帆をたたんだダウ船が停泊しています。

シェラの街は村と言ってもいいほどの大きさ。白い壁が続く家々と村全体が砂地に覆われています。
シェラの街は村と言ってもいいほどの大きさ。白い壁が続く家々と村全体が砂地に覆われています。

夕暮れ時、明日からの航海に備えて、一回り小さなダウ船で島の周りを2時間ほどのショートクルーズ。「モザンビーク・スタイル」と呼ばれる船尾が細い形状をしたダウ船です。
夕暮れ時、明日からの航海に備えて、一回り小さなダウ船で島の周りを2時間ほどのショートクルーズ。「モザンビーク・スタイル」と呼ばれる船尾が細い形状をしたダウ船です。

三角帆を大きく張って、風を受けて走ります。ご参加者の1人も早速舵取りを任されました。
三角帆を大きく張って、風を受けて走ります。ご参加者の1人も早速舵取りを任されました。

三角帆はマストを巻き込むように帆を張り、風の向きに合わせて左右に向きを人力で切り返します。シンプルな造りですが、計算され尽くした構造をしています。
三角帆はマストを巻き込むように帆を張り、風の向きに合わせて左右に向きを人力で切り返します。シンプルな造りですが、計算され尽くした構造をしています。

『ダウ船』の特徴は何よりも徹底的に木造帆船であること。1枚の大三角帆(ラテンセイル)を持ち、外板を固定するための鉄や釘を一切使わず、ココヤシの繊維で作った紐や瀝青(タール状の粘土)で組み立てることが特徴です。木材を紐で縛って組み上げる事から、ダウ船は「縫合船」とも呼ばれます。主な動力は三角帆で受ける『風』そのものですが、現在では小さなヤマハの船外機を付け、風とエンジンの2つの動力を使って走るのが一般的です。外洋に出てからの航海中の一番の魅力は風に吹かれる船上で過ごす時間そのものでした。
翌朝、いよいよ外洋へと出発。まだあたりが暗いうちに出発し、洋上で美しい日の出を浴びます。
翌朝、いよいよ外洋へと出発。まだあたりが暗いうちに出発し、洋上で美しい日の出を浴びます。

日が上がりきったら、いよいよマストを大きく張り出します。
日が上がりきったら、いよいよマストを大きく張り出します。

帆を張るこの瞬間の興奮は、ダウ船の旅の醍醐味です。
帆を張るこの瞬間の興奮は、ダウ船の旅の醍醐味です。

大きく空に張り出しました。北から吹き付ける「カシカジの風」そのものが我々の命綱です。
大きく空に張り出しました。北から吹き付ける「カシカジの風」そのものが我々の命綱です。

季節風「カシカジ」に乗って南へと進みます。
季節風「カシカジ」に乗って南へと進みます。

日本の旗も掲げました!インド洋の風にたなびいております。
日本の旗も掲げました!インド洋の風にたなびいております。

さて、うまく風に乗ってしまうと、実は船のクルーもあまりやる事がありません。交代で舵取りをして、他のみんなはのんびり。
さて、うまく風に乗ってしまうと、実は船のクルーもあまりやる事がありません。交代で舵取りをして、他のみんなはのんびり。

海図の読み方をレクチャー。
海図の読み方をレクチャー。

見事に大物を釣り上げました!今日のお昼ご飯も安泰です。
見事に大物を釣り上げました!今日のお昼ご飯も安泰です。

船の甲板があっという間に台所へ早変わり。海の上で炭火のバーベキュー。
船の甲板があっという間に台所へ早変わり。海の上で炭火のバーベキュー。

料理は航海の楽しみの一つ。協力して一生懸命作ります。
料理は航海の楽しみの一つ。協力して一生懸命作ります。

男の漁師ご飯!つい数時間前に釣り上げたばかりの新鮮なサワラが贅沢です!
男の漁師ご飯!つい数時間前に釣り上げたばかりの新鮮なサワラが贅沢です!

道中の港町に寄りながら、夜は各港町の宿泊施設に泊まり、また翌朝からは外洋へと出発。船上では毎日釣り上げた魚を料理し、お腹いっぱいになったら甲板で風に吹かれながら昼寝。ケニアからタンザニアへと海を渡り、国を超え、目指すゴールはタンザニアのザンジバル島です。
海岸沿いに停泊しながら南へと向かいます。宿泊地のバンガロー
海岸沿いに停泊しながら南へと向かいます。宿泊地のバンガロー

どこの滞在先も素朴ながら、快適な宿泊施設です。
どこの滞在先も素朴ながら、快適な宿泊施設です。

1日の航海が終わり、陸地から眺めるダウ船と夕焼け
1日の航海が終わり、陸地から眺めるダウ船と夕焼け

砂浜でのんびりしていると、近所の子供たちが遊びに来ました。
砂浜でのんびりしていると、近所の子供たちが遊びに来ました。

今回の相棒は「ELSA BELLAH(イザベラ)号」。伝統的なラム・スタイルの建造にこだわった一艘です。
今回の相棒は「ELSA BELLAH(イザベラ)号」。伝統的なラム・スタイルの建造にこだわった一艘です。

場所によっては沖合に停泊したダウ船まで、小型ボートを使ってのウェットランディング。
場所によっては沖合に停泊したダウ船まで、小型ボートを使ってのウェットランディング。

ダウ船に乗船後は早速朝ごはん。新鮮なマンゴーはほぼ食べ放題です。
ダウ船に乗船後は早速朝ごはん。新鮮なマンゴーはほぼ食べ放題です。

再び、のんびり風に吹かれる船旅の始まりです。
再び、のんびり風に吹かれる船旅の始まりです。

スワヒリ海岸、最大の港町モンバサに到着しました。
スワヒリ海岸、最大の港町モンバサに到着しました。

モンバサの名所、「タスクス」と呼ばれる象牙を模したモニュメントです。かつてアフリカ最大の象牙集積港だったことを偲ばせます。
モンバサの名所、「タスクス」と呼ばれる象牙を模したモニュメントです。かつてアフリカ最大の象牙集積港だったことを偲ばせます。

モンバサの旧市街の食堂にて。絶品のスワヒリ料理の1つ、マトン・ビリヤ二です。
モンバサの旧市街の食堂にて。絶品のスワヒリ料理の1つ、マトン・ビリヤ二です。

大型のタンカーなどは近代的な港に入りますが、小さなダウ船は旧市街の港(オールド・ポート)へと入ります。モンバサの旧市街は、14~15世紀にポルトガルの支配下に置かれ、インド洋交易の最大拠点の一つとして栄えました。
大型のタンカーなどは近代的な港に入りますが、小さなダウ船は旧市街の港(オールド・ポート)へと入ります。モンバサの旧市街は、14~15世紀にポルトガルの支配下に置かれ、インド洋交易の最大拠点の一つとして栄えました。

夜の旧市街。何とも言えない雰囲気があります。
夜の旧市街。何とも言えない雰囲気があります。

お肉屋さん。どこのお店も看板代わりにイラストで表されています。
お肉屋さん。どこのお店も看板代わりにイラストで表されています。

モンバサを出発し、次なる目的地はシモニ半島。ケニア共和国の最南端です。この頃になると、ダウ船のクルーたちとのチームワークもばっちり。
モンバサを出発し、次なる目的地はシモニ半島。ケニア共和国の最南端です。この頃になると、ダウ船のクルーたちとのチームワークもばっちり。

風任せの旅路。のんびり甲板で語らっている時間が何より楽しい時間でした。
風任せの旅路。のんびり甲板で語らっている時間が何より楽しい時間でした。

ケニアの最南にあるバオバブの島、ワシニ島が見えてきました。この島の向かいにあるのが最南端のシモニ半島です。
ケニアの最南にあるバオバブの島、ワシニ島が見えてきました。この島の向かいにあるのが最南端のシモニ半島です。

シモニ到着。18世紀頃、スワヒリ海岸一帯がオマーンの支配下にあった時代に内陸奴隷の集積場所として村が発展していたという歴史があります。
シモニ到着。18世紀頃、スワヒリ海岸一帯がオマーンの支配下にあった時代に内陸奴隷の集積場所として村が発展していたという歴史があります。

現在ではのどかな漁村といった雰囲気です。スワヒリ海岸には珍しく、人口の60%以上をクリスティアン(キリスト教徒)が占めます。
現在ではのどかな漁村といった雰囲気です。スワヒリ海岸には珍しく、人口の60%以上をクリスティアン(キリスト教徒)が占めます。

奴隷の集積場所だったシモニ洞窟。内部は蝙蝠の巣となっており、非常に劣悪な衛生環境。胸の詰まる場所でした。
奴隷の集積場所だったシモニ洞窟。内部は蝙蝠の巣となっており、非常に劣悪な衛生環境。胸の詰まる場所でした。

翌日からは大きく海を横切り、タンザニアの島嶼へと向かいます。ケニアの出国手続きも終え、夕食はもはや部屋のように慣れ親しんだダウ船内にて、魚介類の炭火焼き。
翌日からは大きく海を横切り、タンザニアの島嶼へと向かいます。ケニアの出国手続きも終え、夕食はもはや部屋のように慣れ親しんだダウ船内にて、魚介類の炭火焼き。

翌朝、大きく三角帆を張ってタンザニアのペンバ島へ向けて出航です。インド洋を横切るような形になり、今回のルートの中でも難所の一つです。
翌朝、大きく三角帆を張ってタンザニアのペンバ島へ向けて出航です。インド洋を横切るような形になり、今回のルートの中でも難所の一つです。

沖合にもダウ船スタイルの漁船が見えます。青一色の景色の中、タンザニアへと向かいます。
沖合にもダウ船スタイルの漁船が見えます。青一色の景色の中、タンザニアへと向かいます。

航海も中盤を乗り越えました。シモニ半島でケニアの出国手続きを終え、海を渡っていよいよ国境越え。タンザニアの沖に浮かぶザンジバル諸島へと進みます。まずは大きくインド洋を横切りペンバ島へ。果たして無事に海上の国境越えが出来るでしょうか。(後編に続く
■インド洋・スワヒリ・コースト航海~ダウ船で巡る島旅~ 14日間
2020年2月7日(金)出発 748,000円
■レポート後編はこちら
生野

2019.3.17発 タンザニア&ザンビア『TAZARA鉄道』ポレポレ旅 11日間

『TAZARA鉄道』に乗ってきました!通り名の『タンザン鉄道』の方が有名でしょうか。タンザニアの首都ダルエスサラームからザンビアのカピリムポシ駅までを繋ぐ約2,000kmの鉄道です。約40年間の歴史を持つ鉄道は、現在でも週2便運行し、地元の人の足として活躍しています。今回のツアーは、出来るだけローカル目線の旅行を楽しめないかと思い、企画したツアーでした。タンザン鉄道の切符を確保しておく以外は事前に手配らしい手配もせず、現地で移動手段や宿を決めながらの珍道中でした。

まずは港町ダル・エス・サラームに到着。タンザニアの最大の商業都市でもあります。
まずは港町ダル・エス・サラームに到着。タンザニアの最大の商業都市でもあります。

簡単に街をぶらぶら。活気のある野菜市場。
簡単に街をぶらぶら。活気のある野菜市場。

ティンガティンガの工房にも立ち寄りました。
ティンガティンガの工房にも立ち寄りました。

これから列車の旅ですので、買い物はほどほどに!
これから列車の旅ですので、買い物はほどほどに!

魚市場も賑わっています。
魚市場も賑わっています。

魚の競りが行われていました。おばちゃん達も真剣です。
魚の競りが行われていました。おばちゃん達も真剣です。

『TAZARA鉄道』の始発駅、ダル・エス・サラーム駅舎に到着しました。約40年前に建てられた立派な駅舎です。
『TAZARA鉄道』の始発駅、ダル・エス・サラーム駅舎に到着しました。約40年前に建てられた立派な駅舎です。

駅の待合室。これから一緒に乗り込む乗客でごった返しています。ワクワク。
駅の待合室。これから一緒に乗り込む乗客でごった返しています。ワクワク。

荷物チェックを受けて客車へと乗り込みます。
荷物チェックを受けて客車へと乗り込みます。

TAZARA鉄道が動き出しました。数十分も走り出せば、あたりはすっかり緑の中です。
TAZARA鉄道が動き出しました。数十分も走り出せば、あたりはすっかり緑の中です。

2泊3日の列車旅の始まりです。タンザニア南部のセルー野生保護区を抜け、緑豊かな大地を隣国ザンビアに向けのんびりと走ります。途中の停車駅では近隣の人々が美味しそうな果物やご飯などを売りに集まってきます。食堂車で乗り合わせた人と飲み語らい、自分の客車に戻っては昼寝。起きたらボケっと車窓の景色に身をゆだねる。
客車内の狭い廊下を通って、客車キャビンへと向かいます。
客車内の狭い廊下を通って、客車キャビンへと向かいます。

キャビン内はこんな感じ。二段ベッドが向かい合うように配置されています。
キャビン内はこんな感じ。二段ベッドが向かい合うように配置されています。

二段ベッドの上段部分。扇風機付きです!!
二段ベッドの上段部分。扇風機付きです!!

さっそく列車内を探検。食堂車の調理場を覗きます。
さっそく列車内を探検。食堂車の調理場を覗きます。

食堂車にはBARも併設されています。駆けつけ一杯。
食堂車にはBARも併設されています。駆けつけ一杯。

お昼ご飯です。メニューは、ビーフ、チキン、フィッシュの3種類から選びます。
お昼ご飯です。メニューは、ビーフ、チキン、フィッシュの3種類から選びます。

食べたら昼寝。
食べたら昼寝。

先頭が機関車両。貨車が3両連なり、そこから三等車両が4両連なります。真ん中の水色の3両は食堂車両とBAR車両。
先頭が機関車両。貨車が3両連なり、そこから三等車両が4両連なります。真ん中の水色の3両は食堂車両とBAR車両。

列車は、セルー野生動物保護区の中を走り抜けていきます。
列車は、セルー野生動物保護区の中を走り抜けていきます。

『TAZARA鉄道』は駅以外は単線です。ひたすら一本の線路がどこまでも続きます。
『TAZARA鉄道』は駅以外は単線です。ひたすら一本の線路がどこまでも続きます。

夜になっても走り続けます。
夜になっても走り続けます。

夕食はメインのおかずをフィッシュに変えてみました。
夕食はメインのおかずをフィッシュに変えてみました。

列車の最後尾はこんな感じ、『HATARI』とはスワヒリ語で『危険!』です、見ればわかりますね。
列車の最後尾はこんな感じ、『HATARI』とはスワヒリ語で『危険!』です、見ればわかりますね。

朝になってタンザニア南部の中都市マカンバコに到着しました。
朝になってタンザニア南部の中都市マカンバコに到着しました。

駅では、朝っぱらから、モツ煮込みが売られています。
駅では、朝っぱらから、モツ煮込みが売られています。

列車に近づいて、直接果物などを売りに来る人もいます。
列車に近づいて、直接果物などを売りに来る人もいます。

乗り降りする人、物売りの人、ごっちゃになってきました。
乗り降りする人、物売りの人、ごっちゃになってきました。

停車時間が長いので先頭の機関車両を見に行きます。迫力があります。まさに鉄の塊!男心をくすぐられます。
停車時間が長いので先頭の機関車両を見に行きます。迫力があります。まさに鉄の塊!男心をくすぐられます。

機関士の皆さん。お仕事ご苦労様です!
機関士の皆さん。お仕事ご苦労様です!

機関室に入れてもらいました。年季入ってます。
機関室に入れてもらいました。年季入ってます。

外装のエンブレムも年季入ってます!
外装のエンブレムも年季入ってます!

夜中にタンザニアからザンビアへと入国。手続きは列車内で行います。
夜中にタンザニアからザンビアへと入国。手続きは列車内で行います。

ザンビアに入り、のどかな村の合間などを走ります。
ザンビアに入り、のどかな村の合間などを走ります。

引き続き、列車が停止するたびに大勢の人がモノを売りに来ます。これが楽しみ!
引き続き、列車が停止するたびに大勢の人がモノを売りに来ます。これが楽しみ!

3日目の夕暮れ時、だんだん列車の旅も終わりが近づいてきました。
3日目の夕暮れ時、だんだん列車の旅も終わりが近づいてきました。

深夜に停車し、他の乗客にたたき起こされました。
深夜に停車し、他の乗客にたたき起こされました。

ゴール!無事に終点のニューカピリムポシ駅に到着です。
ゴール!無事に終点のニューカピリムポシ駅に到着です。

夜明けごろ、乗り合いバスに交渉して、まずはザンビアの首都ルサカへ。
夜明けごろ、乗り合いバスに交渉して、まずはザンビアの首都ルサカへ。

数時間走って大きなバス停に到着。
数時間走って大きなバス停に到着。

ザンビアの首都ルサカです。なかなかの大都市です。
ザンビアの首都ルサカです。なかなかの大都市です。

人口は250万人。70もの民族の人々が入り混じるザンビアの中心地です。
人口は250万人。70もの民族の人々が入り混じるザンビアの中心地です。

ひとまずこの街に1泊して、列車旅の疲れを癒します。
ひとまずこの街に1泊して、列車旅の疲れを癒します。

街をぶらぶら。経済都市といった雰囲気で、それほど文化的な見ものはありませんが、やっぱりアフリカの街歩きは楽しいです。
街をぶらぶら。経済都市といった雰囲気で、それほど文化的な見ものはありませんが、やっぱりアフリカの街歩きは楽しいです。

せっかくなので夕食はザンビア・ローカル料理。主食のンシマにブライ(焼肉)、付け合わせはチヴァヴァ (かぼちゃの葉っぱ煮込み)とカレンブラ(サツマイモの葉っぱ煮込み)です。
せっかくなので夕食はザンビア・ローカル料理。主食のンシマにブライ(焼肉)、付け合わせはチヴァヴァ (かぼちゃの葉っぱ煮込み)とカレンブラ(サツマイモの葉っぱ煮込み)です。

さて、首都ルサカで1泊し、いよいよこのツアーの最終目的地、リビングストンの街を目指します。これまでの道中、一般の人々と同じローカルな乗り物とローカルな食事を続けてきました。せっかくですので、最後までこの旅のスタイルを崩さずに、再び乗り合いバスに乗ってリビングストンの街へと向かいます。
まずはチケット売り場にて乗り合いバスの切符を購入。
まずはチケット売り場にて乗り合いバスの切符を購入。

車窓の景色。日本の中古車も大活躍しています。
車窓の景色。日本の中古車も大活躍しています。

元「日本モーターボート競走会」学生たちのスクールバスとして活躍していました。
元「日本モーターボート競走会」学生たちのスクールバスとして活躍していました。

1日走って、リビングストンの街へと到着。130年の歴史のある、なかなか古い街です。
1日走って、リビングストンの街へと到着。130年の歴史のある、なかなか古い街です。

コロニアル時代の建物も残ります。
コロニアル時代の建物も残ります。

最後の宿泊地は「バックパッカーズ」と呼ばれる簡易宿泊所。
最後の宿泊地は「バックパッカーズ」と呼ばれる簡易宿泊所。

欧米の個人旅行者も多く、旅行者同士の交流も楽しみです。
欧米の個人旅行者も多く、旅行者同士の交流も楽しみです。

キッチンも付いているので自炊も可能。共有スペースも快適でした。
キッチンも付いているので自炊も可能。共有スペースも快適でした。

近くには、デイヴィッド・リビングストン博物館もありました。見ごたえあり。
近くには、デイヴィッド・リビングストン博物館もありました。見ごたえあり。

そして、リビングストン観光の目玉と言えば、ご存じ『ビクトリアの滝』です。
そして、リビングストン観光の目玉と言えば、ご存じ『ビクトリアの滝』です。

ジンバブエ側と違って、ザンビア側では、滝のギリギリ際まで近づく事が出来るのでより迫力があります。
ジンバブエ側と違って、ザンビア側では、滝のギリギリ際まで近づく事が出来るのでより迫力があります。

そして旅の〆料理はまたもローカル料理。剥き出しチキンは、コラーゲン満点です。
そして旅の〆料理はまたもローカル料理。剥き出しチキンは、コラーゲン満点です。

この日は満月だったので、食後に再び滝の観光へ。月明りに照らされて、見事な虹を見ることが出来ました。
この日は満月だったので、食後に再び滝の観光へ。月明りに照らされて、見事な虹を見ることが出来ました。

最後は橋を渡ってジンバブエに入国し、空路日本へと帰ります。
最後は橋を渡ってジンバブエに入国し、空路日本へと帰ります。

列車や乗り合いバスなど、ローカル交通機関を使って移動するだけの内容ですが、ゴールのビクトリアの滝に辿り着いたときは、なかなかの達成感がありました。
『TAZARA鉄道も』1~2日は遅れるのが当たり前だと聞いていましたが、今回は運が良く3時間程度の遅れで真夜中にニューカピリムポシ駅に到着。ゴール以外は派手な観光地もなく、随分のんびり(ポレポレ)な旅行でしたが、地元の人達と一緒に地元の相乗り列車に乗り、地元の食事を取り、地元の足を使って移動する。ともすれば、贅沢な旅行も多いアフリカ旅行ですが、久しぶりに旅行の原点の楽しさを思い出したようなひと時でした。いやー、楽しかった。
旅の思い出に残っているのは、列車の中での他の乗客との語らいの時間。あまり観光客扱いされないのも心地良かったです。
旅の思い出に残っているのは、列車の中での他の乗客との語らいの時間。あまり観光客扱いされないのも心地良かったです。

40周年のオモシロ企画の一環でしたが、意外と好評だったので2019年の後半も企画しました。是非、地を這うようなローカル目線でアフリカを旅行したい方はご参加お待ちしています!
■タンザニア&ザンビア『TAZARA鉄道』ポレポレ旅 11日間
■タンザニアのツアー一覧はこちら
■ザンビアのツアー一覧はこちら

『アメリカーナ』チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著 / くぼたのぞみ=訳 / 河出書房新社

仕事柄、アフリカ関連の書籍を読む機会が多くあります。ほとんどは、年代を問わず旅行記、現地のルポタージュものが多く、やっぱりアフリカの現状のハードさに焦点を当てたようなものを手に取ってしまう事が多いのですが、この本は『小説』、しかも『恋愛小説』です。
主人公は、ナイジェリア人の女性イファメル。彼女がディアスポラ(=移民)として、ナイジェリアからアメリカに移り住み10数年、いつものように自分の縮れたアフリカンヘアーを結いに、隣町までセネガル人の女性が経営するサロンに行くところから物語は始まります。
『アメリカーナ』という言葉は、レゴス(ナイジェリアの経済首都)の街に暮らすアメリカ帰りのナイジェリア人の事を『アメリカかぶれ』の意味を含めてこう呼ぶそうです。
やたらとアメリカ的な英語表現を使ったり、レゴスのレストランで、いちいちポテトが有機栽培のものかどうか確認したり、細かい描写にニヤリとします。
全体の物語構成はいたってシンプル。イファメルがアメリカで『アフリカ人』として過ごした日々、そしてナイジェリアに戻り、かつての恋人と再会する、随分王道なラブストーリーですが、とにかく面白い。現代に生きる自分たちと同世代のナイジェリアの人達の欧米での暮らし、その中で当たり前のように生活し、当たり前のように恋愛し、日々を生きる中で否応なく意識させられる『人種』の問題。アメリカで生きる中で、主人公イファメルはこの『人種』に関して『人種の歯、あるいは非アメリカ黒人によるアメリカ黒人についてのさまざまな考察』と題したブログを書き、注目されていきます。
イファメルはアメリカの抱える『人種』の問題に対して、批判的な目を向けるのではなく、ちょっと毒を含んだ『考察』を綴ります。
またかつての恋人オビンゼは、同じようにイギリスで移民として暮らし、こちらはこちらではっきりと『敵意』に満ちた差別に直面し苦悩します。
こう書くと、センシティブな問題なだけに構えてしまいそうですが、この本の魅力は、あえて『』付きで言わせてもらいますが、『アフリカ人』である彼・彼女らが、様々な問題を抱えるこの現代社会の中で繰り広げられる圧倒的なラブストーリーにあります。とにかく登場人物の『キャラ立ち』が半端ない。同時代に生きる同世代の彼・彼女らをとにかく応援したくなります。物語の端々に散りばめられたディテール、セリフ回しに、ドキッとしたり共感を感じたり、528ページもある分厚い本ですが夢中で読み進んでしまいます。
読み終えた後、きっと誰かとこの本について語り合いたくなると思います。
私は30代の男性ですが、同年代の女性が読んだらもっと共感するような場面が多いかも。
「ナイジェリアからアメリカへ渡ったイフェメルは、初めて自分が『黒人』なのだと知った。アフリカには『ブラック』は存在しないから。」
「なんでいっつも人種のことを話さなければいけないんですか? われわれはただの人間ってことになれないんですか?」と、白人の恋人が問いかける。
主人公は「それがまさに白人特権階級なのよ、そういえることが。人種があなたにとって現実に存在しないのは、それが障害になったことがないからよ。黒人にとって選択肢はないの」と答える。
「頑張らなくっちゃ。レゴスはみんなが頑張るところなんだから。」
最後まで読んで、この話は著者のチママンダ・ンゴズィ・アディーチェの『私小説』ではないのかな、とも思いました。
きっと19歳でアメリカに渡った著者自身の人生が反映されているのだと思います。
著者は10年ほど前に有名になったTEDトークがあります。こちらも併せて視聴すると、よりこの本が楽しめるかもしれません。
【チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ: シングルストーリーの危険性】
https://www.youtube.com/watch?time_continue=997&v=D9Ihs241zeg
https://logmi.jp/business/articles/89836 (←スピーチの日本語訳)
この本については、まだまだ書きたいことがたくさんありますが、長くなりそうなのでこの辺で。
ここ数年読んだアフリカ関連書籍の中で、私の中では圧倒的にNO.1の一冊でした。
是非、おススメです。

by 生野