長年に渡りフィールドに出ていると、アフリカの自然を象徴するゾウやライオンなどの大型野生動物を撮影するだけでは飽き足らなくなってくる。経験値が上がることによって、サバンナの生態系が持つ多様性や複雑さが見えてくるという側面もあるが、図鑑やフィールドガイドを開くにつけ、まだ見たことのない種、見たことはあってもまともな写真が撮れていない動物があまりにも多いことがだんだんと悔しくなり、チャレンジ精神に火がつくのだ。
そんなチャレンジの対象になっていた被写体のひとつがトビウサギだ。この奇妙な姿をした動物は”ウサギ”と名がついてはいるが、実はネズミの仲間だ。アフリカ東部から南部の平地に広く分布しており、個体数という点から見ても決して珍しい種ではない。以前このコーナーで紹介したツチブタのほうが、出会える確率はずっと低い。ところが、まともな写真を撮ろうと思うと中々ハードルが高い相手なのだ。
まず、彼らは完全に夜行性なので、日没後でもゲームドライブが許されている場所でないとお目にかかれない。しかも、決して大きな動物ではない上(ネズミとしては巨大だが)、草地を住処とし、植物の根などを主食とするため、写真を撮りやすい完全に開けた場所にはなかなか出てきてくれない。加えて、彼らは光を嫌う。ライトを照らした瞬間に逃げ出してしまうので簡単には近寄ることができない。大きな後ろ足でカンガルーのようにピョンピョンとせわしなく跳ね回り、動きも直線的でないのでピントをじっくり合わせる余裕も与えてくれない。
写真はボツワナ北部のリニャンティ・コンセッションでのゲームドライブ中、運よく車の近くで立ち止まってくれたため何とか撮影に成功したものだ。この手の撮影では、構図がどうこう考えてる暇はない。とりあえず標本写真が撮れればよいので、相手を画面のど真ん中に入れて、シャッターを切った。まあ別に撮影に成功したからどうというわけではないのだが、自分のマニアックな蒐集欲求を満たすという一次目的はとりあえず果たしたわけだ。
アフリカのサバンナには、まだまだ面白い動物たちがたくさんいる。それらの存在を知っていれば、サファリはより一層楽しいものとなる。ただし、どこにどんな生き物が住んでいるといった事前勉強をしておく必要があるのは言うまでもない。
撮影データ:ニコンD500、AF-S 200-500mm f/5.6E ED VR、1/60秒 f5.6 ISO1000 ストロボ
トビウサギ
英名:Springhare
学名:Pedetes capensis
全長:80cm (尾長43cm)
体重:3.1kg
写真・文 山形 豪さん
やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com