十年ほど前の話。ヨハネスブルグで購入したミニバスで、ケニアのナイロビを目指す旅に出た。参加者は7名。往復3カ月で、約2万キロ、南アフリカ、ナミビア、ボツワナ、ジンバブエ、ザンビア、マラウイ、タンザニア、ケニアと8カ国を往復する、行き当たりばったり出たとこ勝負の車旅だ。うんざりするほどボロイ車と、毎日毎日次から次へと襲ってくる(?)問題の数々…車の故障、国境の通過、キャンプ場探し、食料の購入、病気、村人との交渉、悪徳ポリスとの戦い…。まさにアフリカ旅ならではの充実した日々だった。
旅のスタートは、大陸最南端アグラス岬から喜望岬を経て大西洋沿いに北上する。南ア最北の街、スプリングボックを過ぎオレンジ川を渡ると、そこはナミビアだ。旅行者は我々だけ。閑散とした原野の中に、申し訳程度の出入国事務所がポツンと建っている。ぞろぞろと中に入って、カウンターで入国カードを書きパスポートとともに係員に提出する。5、6人いる係員は皆、眠そうに雑誌を読んでいる。中には本当に眠っている者もいる。我々が提出したカードなどまるで見ないまま、メンドクサそうにパスポートに入国スタンプを押して返す。車のチェックも何もない。昼下がりのこの時間、皆ひたすら眠いのだ。
審査を済ませ車に向かって歩いていると、税関の係員らしき兄ちゃんが私の近くに寄ってきた。そしてメンバーの一人を指差しながら、小声で「彼はニンジャか?」と真顔で言うではないか。50代の男性は作務衣を着て、伸ばした髪を頭の後ろで束ねていた。その姿が、おそらく彼のイメージしている忍者だったのだろう。一瞬迷ったが、少々驚いた顔をして、「ああ、忍者だよ。水の上だって歩ける」と小声で応え、「秘密だから誰にも言うなよ」と念を押した。彼は真顔で深くうなずいた。
目の前には雲ひとつない青空が広がり、乾燥した大地には何処までも道が延びている。両手を大きく伸ばし小声で、『ウリャー!』と気合を入れた。ナミビアも大好きな国だ。
写真 : ナミビアの大砂丘