ベナン共和国のフォン族には、祖先を敬う儀礼の時に祭壇として用いる“アセン”と呼ばれる金属でできた円錐形の神具がある。20cm~40cm位の円形の平板を鉄の心棒で支え、高さは70cm位から150cm位のものまである。アセンは金属製の持ち運びできる祭壇で神や祖先の霊を敬う儀式の時に使われるものとして、ダホメイのフォン族王家の間で17世紀初頭に作られるようになったと聞く。最初の頃は王家の儀式のためだけに使われ銀や真鍮で作られていたようだが、徐々に一般に広まるにつれ錬鉄やブリキなどで作られるようになった。
ベナンの南に位置する小さな沿岸の町OUIDHA(ウイダ)は18世紀の中ごろから奴隷貿易が盛んでポルトガル商人とダオメイ国王との間で奴隷の取引が盛んに行われ、多くの奴隷がポルトガル領ブラジルに輸出された。1922年ブラジル帝国がポルトガルから独立した後も大農園主の意向で奴隷制は維持され続けたが、アメリカなどの奴隷制廃止と西欧社会からの非難によって1888年に奴隷制は廃止された。これに伴い奴隷の子孫たちの本国送還が始まった。彼らのほとんどがブラジルに連れて行かれた奴隷の第3世代だった。ウイダはブラジルから戻ってきた元奴隷一族の一大入植地となり、様々なブラジルの習慣や伝統が持ち込まれた。宗教はヴードゥー教とキリスト教が融合し、その世界観を表現する独特な“アセン”が発達した。
円形の平板の上には立派な玉座に座る王を象徴する人物が多分ブラジル産であろうタバコを王侯貴族の特権であった長い柄のパイプでくゆらし、横では女が大きな団扇を仰いでいる。王の前には膝まづいて献上物を捧げる家臣たちがいて、冨の象徴である水平に切り取られた大きなひょうたんが置かれている。またあるものには、ココヤシか何かの木が表現され、そこには一羽の鳥がいる。宇宙の創造物の中では男性を表すカメレオンが君主の方を向いているのに対し、鳥や犬などの動物は敵が近づくと大きな声で鳴き警報を出す見張り番として外を向いている。アセンにはその他、神や祖先にお祈りを捧げる人物像が多く表現されている。
この“アセン”は最近まで使われていたので、現在でもこの地方のマーケットに行くと、円盤の上に置かれていた古い真鍮の人物像や動物類を簡単に見つける事ができる。その造形は可愛く、美しく、小さな美術作品である。鉄製の鳥はとても素朴で、豹、犬、象、カメレオン、蛇などいろいろな動物類にも素晴らしいものがたくさんある。ダオメイ王国の栄華と宇宙観がこの直径30cmの円盤の上に繰り広げられていて、どれを見ても飽きる事はない。
写真提供/小川 弘さん
小川 弘さん 1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/