2010.09.12発 南部エチオピア オモ・マゴ探索隊15日間 その3

さて、ここからはオモ谷で最も個性的なムルシです。ジンカから車で10分程のマゴ国立公園内で出会えるムルシ。この公園敷地内の居住を唯一許されている彼らは、今回、公園入り口から1時間ちょっと奥に入った平地に村を構えていました。“今回”と言うのは、元来彼らは遊牧民だから。家畜の草を求めて公園内はもちろん、その外の広範囲を季節ごとに移動します。
彼らの特徴はなんと言っても、結婚前の女性が下唇のすぐ下に切り込みを入れ“皿”をはめるということ。このお皿は徐々に大きいものに取り換えられ、より大きなものをはめている女性ほど美しいとされています。そんな人々を目の当たりにすると、その独特な風習に目を見張るばかりですが、口周りだけでなく、耳たぶに切り込みを入れて見事なお皿をはめている人もいます。また、腕や胸に傷を付け、その盛り上がった傷跡で身体を装飾していたりと・・・こーんな感じです。
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ここは他の民族のようなフレンドリーな雰囲気とはちょっと異なります。まず、村に着いたら、そこの重鎮に、現地ガイドを通して私達の来訪を許可してもらいます。その時一緒に、彼らの写真を撮るのに1ショットいくらか?という確認もします。そしてようやく車を降りられるという手順です。
今回のムルシの撮影料 1ショット=5ブル(1ブル=5~6円/2010年現在)
実は、どこへ行っても個人的に撮影する際は、お礼として撮影料を納めます。しかし、他の民族に比べ、ムルシだけは格別に高いのです。それだけ個性的な文化が今なお受け継がれていると考えれば納得ですが、当の本人達もその事情をよく心得ているのがニクイのです。そんな、一見、取っ付きにくそうなムルシですが、村の様子もちゃんと案内してくれました。彼らの家は枝や草などで作られた簡易なもので、移動するのに適しています。
ここで思うのは、ムルシが先祖代々この厳しい環境でその血を絶やすことなく繁栄し続けられるのは、自然と調和しながらも、決して折れることの無い強い心持ちを保ち続けてきたからかもしれない、ということです。アフリカにはこのような民族が多々あると実感していますが、彼らの生活の話を聞いていると、ケニアやタンザニアのマサイ族に通ずるところがあるように思います。牧畜で生計を立て、常に草を求めて長い距離を移動、昔からの知恵としてビタミンを取るために牛の生き血を飲んだり、身体に穴を開け装飾を施し、傷をつけて模様にしたり、身に着けている布の柄も何となく似ているような・・・。
現在、マサイ村の一部は観光客が比較的訪れやすい場所になっていますが、それ故、富める者とそうでない者の格差が広がりつつあるようにも感じます。それが良いとか悪いとか、私は何も言えません。
でも、今のムルシは何十年前のマサイなのか?
では、何十年後のムルシはどうなっているのだろうか?
そう思うと、観光客である私達のあり方について、いろいろと考えさせられたりします。
次は、『カロ』という民族。
ジンカから更に西南へ進むと、「オモ川」というエチオピア山岳地帯からケニア北部のトゥルカナ湖へ流れる大きな川にたどり着きます。この川、濁っていて茶色いのですが、オモ谷で暮らす民族にとっては必要不可欠な水源。雨季に上流で大量に降った雨は、毎年のように下流に大洪水をもたらしますが、その急峻で力強い流れは、上流の肥沃な土を下流へ押し流し、洪水が引いた後には牧畜に必要な緑豊かな草原が広がり、トウモロコシやソルガムなどの農作物を育てるための土壌が整うのです。
これは、自然と共に人類が繁栄するために、欠かすことの出来ない摂理。遠い記憶を思い返すと、学校で習った世界四大文明も、全て川(河)沿いで発展してきたような・・・。
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しかし、現在、オモ川下流域に危機が迫っています。この川の流れが生み出す自然の威力に目をつけたエチオピア政府が、上流に大きなダムを建設中なのです。この“ギルゲル・ギベ第3ダム”が完成すると、世界最大級の水力発電用ダムとなり、国内の電力不足の解消はもちろん、隣国のスーダンやケニアへその電力を売り、国の財源の一つになるかもしれない、ドル箱!?の要素を兼ね備えているのです。これはもしかしたら、エチオピアが更に豊かになるために必要なステップなのかもしれません。日本も高度成長時代に、同じような道を歩んできました。でも、このダムが完成すると下流に土は流れなくなり、太古からそこで生活をしてきた人々の生計を圧迫することになります。
そんなオモ川を見下ろす絶好のロケーションの土手沿いに、カロは住んでいます。彼らは同じオモ谷のハマーという民族と同系で、唯一、異民族間の結婚が許されています。シンプルだけど美しいペインティングを全身に施している彼らはとってもフォトジェニックで、下唇の中央の穴から見え隠れするクギや小枝が印象的です。
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ここではちょっとビックリすることに、銃を所持した成人男性を多く見かけました。これはすぐ近くの国境を越えたケニアから容易に手に入る“カラシニコフ”です。牛3~4頭と同価値で、基本的に玉は入っていないとのこと。あくまでもビジュアル的なもの=男性としてのステータスなのだそうです。
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でも、子供達の笑顔はこんなにかわいらしいのですね。どこへ行っても、この笑顔だけは共通です。
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さて、ジンカから更に南、ケニア、スーダンとの国境沿いで一番大きな町、「トゥルミ」を目指します。もっと奥地の民族に会いに・・・。
このトゥルミを拠点としているのが『ハマー』という民族です。先述のカロとは友好的で、こちらも牧畜をメインに生活している人々。 彼らはとってもオシャレです。
トゥルミへの道中、「ディメカ」という町を通過しますが、ここでも週一で市が開かれ、ハマーを主としてカロやベンナで賑わいます。ツァマイを含むこの4つの民族が似ているように思うのは、同じ市に通っているからでしょうか?東京近郊を例にとると、渋谷、新宿、銀座、横浜と、その町に集う人々にどこか似た雰囲気があって、それがその場所の特徴を作るのと同じことなのかもしれませんね。(と言っても最近はさほど変わらないのでしょうが。)
こうして流行が生まれ、日々洗練されていく。
しかし、彼らの色使いやセンスは、私達が真似できないくらい素晴らしいのです。
市の賑わいの様子がコチラ。
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市で出会った人々。男の子の頭の羽がオシャレですね。
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髪を赤くするのはハマーの伝統的なオシャレですが、赤い石の粉末とバターを混ぜたものを、こうして髪に馴染ませていきます。
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そして、カッコイイ、ハマーの人々。男性の髪型にも注目ですよ~。
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その4へつづく
今野