2011年10月初旬のとある晴れた日、窓を開け放つとキンモクセイの甘い香りが漂ってきた。ああ、秋が訪れたなと思うところまではよかったのだが、よく考えると何かがおかしい。先ず自分の服装。10月というのにTシャツ・短パンだ。それくらい気温が高い。そして聞こえてくる音。どこかでセミがまだ鳴いている。これが、私の住んでいる神奈川県・横須賀市だけの話であったなら、笑い飛ばすこともできたであろう。しかし、北極海の氷が観測至上最も小さくなったり、アフリカで大飢饉が頻発するようになったりと、温室効果ガスの排出による全地球規模の気候変動は紛れもない現実だ。
当然ながら、温暖化は野生動物の世界にも甚大な影響を与えている。東アフリカのヌーの大移動もその一例だ。通常ヌーたちは、雨を追いかける形で移動をする。小雨季が終わりを告げた1月ごろ、セレンゲティ大平原の南部に集結している彼らは、大雨季の訪れとともに北西方向へ動き出し、「西部回廊」と呼ばれるルートを辿ってヴィクトリア湖方面へ抜ける。そして6月、乾季が始まると今度は北東へと転進してケニヤのマサイマラへ入り、10月ごろに南下を始めてセレンゲティ南部へ戻る。これが大移動の大まかなパターンだ。
ところが近年、降雨が不規則・極端になってきたため、ヌーたちが草を求めて右往左往する現象が報告されるようになった。如何にセレンゲティが広大とは言え、百万頭ものヌーの行動に異変が起きれば、周辺環境や他の動物にも多大な影響を及ぼす。また、2007年にアフリカ各地を襲った大洪水の際には、マラ川の増水によって1万頭を超えるヌーが溺死した。ヌーの渡河は例年の事で、溺れたりワニに襲われたりして命を落とす個体は常にいるのだが、その規模が問題だ。何しろ1万頭といえば全体の1%に相当する数だ。
これまで絶妙なバランスを保ってきた生態系が崩れ去ろうとしている。気候変動が止まらなければ、ヌーの大移動に終わりが来るのも、そう遠い未来のことではないかもしれない。もちろん、この世界には永遠に続くものなど存在しない。しかしその終焉をもたらすものが我々人間の身勝手さであってよいのだろうか?キンモクセイの香りとセミの声に戦慄を覚えた私は、そんな事を考えた。
撮影データ:ニコンF3T、シグマ28-70mm f2.8-4、フジクローム・センシア 十数年前、4月のセレンゲティにて撮影
オグロヌー
英名:Wildebeest (Gnu)
学名:Connochaetes taurinus
体長:170~240cm
体高:115~145cm
体重:♀140~260kg
♂165~290kg
寿命:20年
写真・文 山形 豪さん
やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com