アフリカの田舎を訪れたことがある方なら、「ドヒューン、ドヒューン……」という胸を衝くような甲高い動物の悲鳴にぎょっとされたことがきっと一度や二度はあるにちがいない。何事かと音のするほうを見やれば、そこにはたいていじっと地面を見つめたままのロバが所在なげに立っている。土壁が塗られた家のドアの前でやはりじっと頭を垂れて無表情のまま立っていることもある。
ロバという生き物を見て、「かわいい!」という人はあまりいない。その代わりに、全身から哀愁を漂わせ、なんだかじっと何かに耐えているように見えるため、「おい大丈夫かい?」と一言かけたくなる。「何か悲しいことがあったんだな」という気持ちにさせられる。あまり注視してはいけないような雰囲気がロバにはある。
ロバはアフリカ原産だそうだ。もともとは野生で静かに暮らしていたのだろうが、動きがあまり機敏ではないせいか、かなり古くから家畜として飼われていたようで、その歴史は五千年ともいわれている。ただ食用としてではなく、荷物や人を運搬する手段として用いられてきた。いまでもモロッコやスーダンなどの北部アフリカを中心に、少年が奥歯の隙間から「チッチッチッチ……」という音を鳴らしながらロバにまたがって小走りに行く姿をよく見かける。
粗食によく耐えて重い荷物を持つことができるため、田舎では重宝される。ただし性格は馬などに比べると従順ではないらしい。そのくせ重い荷物をくくりつけられてもじっと何かに耐えているように見えるので、ついいらいらして「いったいお前は何を考えて生きているんだよ」と文句のひとつもいってやりたくなる。人間がロバに対して何か悪いことをしているような気分にさせられる。
日本にも古事記が編纂された時代あたりにロバが輸入された歴史があるそうだが、結局は家畜としてもペットとしても根付かなかった。それはおそらくロバのあの哀しそうな雰囲気が原因ではないかと思う。日本人の繊細な感性が、その哀しそうな動物に重荷をくくりつけることを許さなかったのではないだろうか。僕はそう思う。その証拠に僕はアフリカでロバを見るたびにやはりどことなく憂鬱な気分にさせられるのだ。
写真・文 船尾 修さん
船尾修さん 1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。 公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/