エチオピアに生息するアフリカ唯一のオオカミ「エチオピアン・ウルフ」

どこに生息していると思いますか??

実は、エチオピア。
エチオピアのみに生息している”エチオピアン・ウルフ”。
別名、アビシニアンジャッカルとも呼ばれていますが、遺伝子等の研究から ジャッカルよりオオカミに近いことが明らかにされています。
飼い犬との混血や環境破壊も原因とも言われていますが、2000年頃、 狂犬病が流行したのをきっかけに数が更に激減。現在その数は約500頭~450頭といわれています。
最も多く生息している場所は、エチオピアの首都アジスアベバから南へ車で約8時間の場所にあるバレ山国立公園。絶滅が危惧されているエチオピアンウルフの、保護プログラムが盛んに行なわれているバレ山国立公園には、現在、約350頭が生息しているといわれています。
高原に生息する赤茶色の毛につつまれ、スマートな立ち姿が美しいエチオピアン ウルフ。通常は3頭~13頭の群れで行動しますが、昼間は単独で行動・狩りをします。 群れで生活することで一定の広さの縄張りを守り、群れのメンバーが食べていくのに必要なだけの食料を単独で狩りすることで確保しています。
重要な食料原は、固有種に指定されているタケネズミ。タケネズミは、普段は地中に作った巣穴で生活しますが、餌となる草を食べるために1日1時間くらいを外で過ごします。その瞬間をじっと待つ…。
出産時期は年に1度の10月~12月頃。1回の出産で2~6頭が生まれます。1月~3月には子どもが無邪気に走り回る姿が見られる可能性大です!
バレ山国立公園は4000メートル級の山々に囲まれた高原地帯。その周辺は1500~4000メートルとかなり高地です。朝晩は冷え込みます。東京都の面積より広い公園内には、山をはじめ美しい高原地帯があります。 川が流れる高原をホーストレッキングで散策するとエチオピア固有の大型アンテ ロープ、マウンテン・ニャラに出会えるかもしれません。高原に堂々と現れるマウンテン・ニャラは美しく見とれてしまいます。
その他、多くの固有種や鳥類が生息するバレ山国立公園では様々な動物や景色に出会えるはず。
サファリ通の方、エチオピアでサファリはいかがでしょうか?
by 伊藤
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実業家 佐藤芳之さん

1939年宮城県生まれ。
幼少の頃に読んだ野口英世の伝記に感銘を受けて、高校生の頃にはアフリカで働くことを決意する。
日本の大学を卒業後、ガーナ大学に留学。
その後、ケニアの日系企業で働く。
1974年にケニア・ナッツ・カンパニー(KNC)を、ケニア人スタッフ7人と起業。
1990年代には、世界第3位の生産量を誇るまでに成長を遂げる。
ケニアに旅行された方は、「out of Africa」というマカダミアナッツを空港の免税店やスーパーマーケットでご覧になったことはあるのではないでしょうか。
現地の人の「自活」に重きをおき、自活のためには仕事の創造が必要と、2010年にはKNCの株を一株のみ残しケニア人の幹部社員に譲渡。
その後ルワンダへ移り、ルワンダ政府のバックアップを受けてバクテリアを使用した公衆衛生事業を開始する。
アフリカの原材料で廉価に作れる「消臭浄化剤」を現地で生産し、またコレラや赤痢などの温床の一つにもなっている不衛生なトイレを清潔にし、働く意欲も産み出すことを狙いとしている。
70歳を超えてなお、揺るぎない信念を持って突き進む姿勢には脱帽です。
by 荒木
http://www.poreporejapan.org/blog/products/post101/

人間の土地(アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ著)

アントワーヌ・ド・サン=テグジュぺリ著(新潮文庫)
「アフリカン書籍」と言ってしまうと、ちょっと違うかもしれませんが、私のお気に入りの一冊です。 初読から23年間、添乗業務、プライベート問わず、行き先も問わず、旅に出るときには必ず持って行き、ボロボロになったら買い替えを繰り返して、既に数十冊読み継いできた1冊です。

飛行機の窓外を眺めながら読むと、心の奥深くまで染みわたってきます。砂漠に張ったテントの中、星の瞬く静かな夜もまた、この本を読む最高のシチュエーションです。サン=テグジュペリというと『星の王子様』が有名で、ものすごい数のファンがいますが、あちらはちょっと説教臭くて好きになれませんでした(ファンの方ごめんなさい!)
『人間の土地』はフィクションではなく、彼が実際に体験した飛行機や砂漠にまつわる様々な体験を(序文を寄稿したアンドレ・ジッドが言うように)文章の花束のようにまとめた、今でいうエッセーのような本ですが、実体験だけにズシン!とくるものがあります。作家として作品をものにしながら、第2次大戦時に地中海上空で消息を絶つまでパイロットとして空を飛び続けた彼の若き日の冒険飛行、フランスからセネガルのダカールへ、そして南米へ郵便物を空路運ぶこと自体が命がけの冒険だった頃のエピソードが、ちりばめられています。
スペイン領北アフリカのキャップ・ジュビー(現モロッコのタルファヤ)にあった飛行場の責任者として、飛行機の誘導、地元の遊牧民や土地を借りているスペインの軍人との折衝等をこなしていた時のエピソードや、リビア砂漠に不時着して渇きに苦しみ、3日後にベドウィンに救出されたエピソードなど、畏怖すべき、だけど美しい存在として砂漠を描いた『砂漠で』『砂漠のまん中で』の2章は特に、砂漠への憧れを掻き立ててくれます。
私はこの本を読んで、どうしても砂漠に行ってみたくなり、初めてサハラに足を踏み入れました。今でも特に理由がなければ、個人的な旅の行き先には砂漠を選びます。それほど砂漠に魅了されてしまったのは全てこの本のおかげ、同じく砂漠に魅了されたサン=テグジュペリのおかげだと思っています。
サン=テグジュペリの書いた原作も素晴らしいと思うのですが、この新潮文庫版の堀口大学氏の翻訳がその素晴らしさを更に引き立てていると思います。フランス語の原文と英語版、日本語版を読み比べてみたのですが、文章の奥行きが随分と違うように感じます。日本語の言い回しの豊富さ、リズム感、文章の間合いから広がるようなイメージは、堀口氏の訳のおかげかもしれません。ただ、古い言い回し(私はそれも味だと思っているのですが)が苦手な方は、みすず書房から出されている、山崎庸一郎氏訳の「人間の大地」(原書は同じです)の方をお勧めします。
新潮文庫の現在の版の表紙は、宮崎駿氏のイラストになり、こちらもなかなか良い感じです。宮崎さんもサン=テグジュペリにひとかどならぬ愛着をお持ちで、この「人間の土地」を最も影響を受けた本のひとつにあげておられました。
ぜひ、ご一読ください!
by 羽鳥

ジブチ共和国

アフリカで高い場所といったらご存知キリマンジャロ山。
そして近くのメルー山やお隣の国のケニア山やルウェンゾリ山が有名ですね。

でも…逆に海より低いところはいったいどんなところがあるのでしょうか。
ちょっと地理好きな方ならイスラエル・ヨルダン国境の死海やアメリカのデスバレー、中国のトルファン盆地やロシア・カザフスタンのカスピ海辺りは思い浮かぶかもしれません。
しかし、アフリカとなると。。。結構難しいですね。
地図を見ますと、海面下の土地は赤道より北側に偏っています。
西からアルジェリアのメルリル低地(海面下-24m)、チュニジアのガルサ湖(同-17m)、エジプトのカッタラ低地(同-133m)、エチオピアのアサレ湖(同-116m)に続きます。
そしてアフリカ最低地(悪い意味ではないのですが…笑)は、ジプチのアッサル湖で標高は海面下なんと-153mもあります。
この湖は死海よりも塩分濃度の高い水(34.8%)で、地球上で最も塩濃度が高い湖でもあります。また、断層湖ではなく火口湖というのも面白いですね。(海より低い陸地の火山はそうありません)
エリトリア、エチオピア、ソマリアに囲まれ、紅海が一番狭くなるマンデブ海峡に面した国であるジブチ。是非一度ご自身で地図を広げながら見てもらえますとうれしいです。
by 久世

エチオピア・ダナキル砂漠訪問ダイジェスト10日間に参加して

2014年12月24日発『エチオピア・ダナキル砂漠訪問ダイジェスト10日間』にご参加頂いた、秋田谷 加奈 様からのツアーレポートです。
1~2日目
日本からドバイを経由しエチオピアの首都アディスアベバに到着。初エチオピア観光は国立博物館でLucyなどを見学しました。夕食では初めてのエチオピアビールを楽しみ、明日から本格的に始まる旅に向け荷物をパッキングし直し、しばらくシャワーは浴びれないので念入りに?洗い、シャワーにしばしの別れを告げました。
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3日目
飛行機にてメケレへ。空港を出るとこれからお世話になるドライバーさんやスタッフの方達と合流。数台の4DWに分乗して、いざ出発!聞くとアディスアベバから運転してメケレまで来たそうです。私達は飛行機であっという間に到着してしまいましたが、ご苦労様です・・・
まずは、途中の街に寄りコーヒーセレモニーを見せていただきました。コーヒー発祥の地エチオピア。豆を煎るところから始まり、途中ポップコーンをつまみながら、コーヒーの香りと昔から続けられているコーヒーセレモニーの過程を楽しみました。
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再び車で移動し、入域許可申請と昼食の為、途中の村で下車。昼食後、建物の外には大勢の子供達が。あっという間に囲まれ、子供達のエネルギーに押され気味の我々大人達・・・
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再び車で、本日のキャンプ地アーメド・エラまで移動。途中塩を運ぶラクダのキャラバンにも会いました。この光景、とても美しかったです。ラクダが遥かかなたまで綺麗に並んでいるという単純な理由もありますが、毎日繰り返されるこの光景は生きていくため、まさにアファール人の人生なんだと感じました。今回、三脚は持って行ってなかったので、キャンプ設営後置いてあった木にカメラを置いて星空撮影を試みましたが、高さ・角度が足りませんでした。肉眼では周りに高い建物や木がないので、低い位置から満点の星空を見ることができました。ライトを消すと星しか見えない真っ暗な中、こんなに早く寝るのは久しぶりだ~と横になっていると、暗くなったら寝て明るくなったら起きるということは本来人間のあるべき姿なのかな~?と、電気を煌々と点け、夜更かしすることが多い日本での生活を見直す機会にもなりました。
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4日目
テント泊なので光と音で必然的に早い時間に目が覚めるのですが、朝食後まで時間があるのでとてもゆったりとした時間を過ごしました。日本では起きたらすぐに動き出すという慌ただしい朝を過ごしていますが、テレビも携帯の電波もなく、何もせずのんびり朝を過ごすのはもしかしたら初めてかもしれないと思いました。
朝食後、車に乗りダロールへ出発。歩みを進めるごとに変わっていく光景に、どうゆう過程で自然と出来上がったのだろうと不思議な気持ちと共に、地球って凄い!と感動です。日本にいると見たこともない景色、暑いけど来て良かった~、みんな見なきゃもったいない!と思いながら景色を楽しみました。
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その後車で移動し、アッサル湖へ。塩の採掘を見学しました。これが昨日見たラクダのキャラバンとなっていくのですね。帰り道でもキャラバンに出会いました。炎天下の中、塩を採掘し、歩いて低地から高地へ運ぶ。アファール人の生命力の強さを感じました。
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5日目
2泊したテントともお別れし、今回の旅のメインでもあるエルタ・アレ火山へのベースキャンプ地へ向けて出発。前の車が巻き上げる砂で前が見えなくなったり、岩場のガタガタ道でも安全に丁寧に運転してくれるドライバーさん、ステキです。もちろん、それなりに揺れますが私は揺れも楽しかったです。
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到着後、休憩・食事を摂り、日没後エルタ・アレに向けてトレッキング開始です。30分おきに休憩を取っていただき、塩分補給のタブレットをくれたりと添乗員さんの細やかな気配りも。予備の水も持ち、仕事とはいえご自分も大変でしょうに、ありがとうございました。トレッキング開始から3時間半程経過、やっと到着しました~この景色を待っていました!夜のエルタ・アレ火山です。疲れも忘れメンバー全員ずっと眺めていました。
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6日目
翌朝、再び噴火口へ。日の出も見ることができ、マグマがグニャグニャと動く様子を見ていると、地球は生きていると実感しました。
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もっと眺めていたいところですが、日も高くなってきますし下山しなくてはなりません。どんどん気温が上がってくる中、みんなで励まし合いながら無事ベースキャンプに到着。到着後食事が用意されていたのですが、疲れた体に染み渡る優しい味でした。そして、この時飲んだビールは間違いなくこの年で最も美味しいビールでした。
荷物の整理をした後は本日の宿泊地アフデラへ向かいました。今回はアフデラ湖畔のキャンプサイトが空いていなくキャンプができないとのことで、近くのホテルに宿泊になりました。アフデラ湖は塩分濃度が高くプカプカ浮遊体験ができます。温泉が出ているところもあり、暖かい部分を探しながら浮きながら、みんな子供のように歓声をあげて楽しんでいました。ついでに私の車のドライバーさんがボディーソープを分けてくれたので数日分の汗を流しました。夕食後仲良くなったツアーメンバーの方ともう少し飲みましょうという話になり、ガイドさんやドライバーさんを誘いお酒やお喋りを楽しみました。色々なエチオピアについての話を聞くことができ、とーっても楽しい忘れられないひと時になりました。
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7日目
朝方、ヤギの鳴き声とアザーンで目覚め、その後ウトウト2度寝。今日はアワッシュに向けて終日移動です。あまり接することは少なかったのですが、ずっと私達の食事を作ってくれたコックさん達とはここでお別れです。シンプルな料理でしたが、日本人好みの味で本当に美味しかったです。私はキャンプ中の食事が口に合いすぎて、街での食事は少し辛くてキャンプでの食事が恋しくなったくらいです。
今回の行程では3度車のトラブルがありました。でもすぐに直り無事に出発できましたが。途中休憩を何度かはさみ、もう日も暮れた頃アワッシュのホテルに到着。ホテルの入り口付近ではコーヒーセレモニーが行われていました。この日の夜もドライバーさん達とお酒を飲みながらお喋り。ここで10ケ所くらい虫に刺されましたが、帰国後も特に問題なく過ごしました。ちなみにダニも大丈夫でした。
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8日目
午前中はアワッシュ国立公園でのサファリ。他の国でサファリを体験したことがあるので、動物の数的には淋しいものがありました。時期や時間帯によっても違うのかもしれませんが。
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サファリ後はアディスアベバへ向かいます。途中高速道路にも乗りました。案外キレイで見た目日本と変わらなく感じました。
夕食はレストランでダンスを見ながら、みんなで乾杯です。ワインや蜂蜜のお酒など色々なお酒も楽しむことができました。ホテルに送り届けてもらい、ここで3日目からずっとお世話になったドライバーさん達とお別れです。もうすっかりエチオピアLOVEになっていた私はとっても悲しかったです。でも、出会いと別れ、これが旅の醍醐味ですね。
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9~10日目
この日はちょうど1月1日でした。添乗員さんがお餅とお正月飾りでお正月気分を演出してくれました。ちなみに、エチオピアでは9月11日がお正月だそうで、ごく普通の一日のようです。
今日は飛行機の時間までショッピングです。路面に出ているお土産屋さん、地元でも人気と思われるコーヒーショップでのお買い物です。今まで買い物のできる場所がほぼ皆無だったので、みなさん自分にお友達にエチオピアらしい物を選んでいました。職場にばらまけるようなお菓子はないので、途中のドバイの免税店で買っている方が多かったように思います。私は今までコーヒーを飲むことが少なかったのですが、エチオピアに来てコーヒーが好きになりました。しかもたっぷり砂糖入り。毎日大量の砂糖入りコーヒーは敬遠してしまいますが、時々カップの底に砂糖が沈んでいるくらい甘いコーヒーでエチオピアを思い出したいと思います。
昼食後、空港へ。いよいよエチオピア最後です。空港前でエチオピアでの全行程お世話になったガイドさんとお別れです。ガイドさんは日本人が好きだと言ってくれましたが、私もエチオピア人が大好きになりました。大きな声を出したり荒々しい人は少なく、バス停の前できれいに長い列を作って待っている人々、この後空港でトラブルがあったのですが、混乱することなくきちんとアナウンスに従う人々。景色が素晴らしいのは言うまでもありませんが、出会ったエチオピア人はホスピタリティーにあふれていました。またいつか再訪したいと強く思う旅になりました。
最後に素晴らしい思い出を一緒に作ってくださったツアーメンバーの方々、最後の最後で大変な重荷を背負ったであろう添乗員さん、現地ツアー会社のスタッフさん達、他お世話になった全ての方に感謝したいと思います。ありがとうございました!
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