おすすめのコンパス

コンパスといっても、針がついて片方が鉛筆のコンパスではありません。方位磁針のベースプレートコンパスです。そもそも登山やオリエンテーリングなどアウトドア用として販売していますが、地図を見るのが好きな方は、一度使ってみることをオススメします!
日本では高精度な地図が普通に書店で手に入りますが、外国の地図はいわゆる大雑把というか「道路の距離」を優先に書かれていますので、山の名前もそんなに記されていませんし、等高線もまずありません。それでもある程度の方角と方位で、より詳しく理解ができます。(磁北線の向きは海外に行く前にネットなどでチェックが必要です!)
日本では「SILVA・シルバ」「SUUNTO・スント」「東京磁石工業」が有名ですね。アウトドアショップに行きますと色々な種類がたくさん並んでいますが、初めて使ってみようという方は、シルバ・レンジャー3やスント・A10が使いやすいと思います。
高校生の頃、実家の狛江市多摩川土手から見える山々を国土地理院5万分の1地形図を近所の周り数枚を張り合わせて山座同定を楽しみました。思いがけない山が見えたりするものです。
by 久世

WILD AFRICA 35 動物写真とソーシャルメディア

アフリカの動物の中でもヒョウは個人的に好きな被写体で、これまでも頻繁に撮影してきたが、子供や親子の姿を写真に収めるのは中々難易度が高く、あまりいいものは撮れていなかった。ヒョウは警戒心が強く、人目に触れる場所に子を連れ出すことがあまりないし、子供の成長が早いので撮影できる期間も限られているからだ。
そんな中、数年来頻繁に訪れているボツワナのマシャトゥ動物保護区で、3頭のメスのヒョウにほぼ同時に子供が生まれ、それらが元気に育っているという情報が入ってきた。この春くらいから、現地でいつも世話になっているガイドや、南アフリカ人の写真家仲間らのフェイスブック投稿が、子ヒョウの画像だらけになったのだ。私は居ても立っても居られなくなった。何しろ母親3頭のうち2頭は、とても車慣れしていることでよく知られており、サファリカーが近づいても逃げ隠れしないので、3〜4日あれば親子の姿が撮れる公算が極めて高かった。そこで7月中旬、南アフリカ経由でボツワナに入りマシャトゥで4泊した。結果は予想どおりで、首尾よく撮影に成功した。写真はそのうちの一枚だ。
インターネットとスマートフォン、そしてソーシャルネットワーキングサービス(SNS)の発展/普及は、世の中に実に多くの変化をもたらしている。それは自然写真の現場も例外ではない。様々な撮影地の情報が、場合によってはほぼリアルタイムで手元に届くようになったのだ。これまでは文献や口づてが頼りだったため、情報の“鮮度”や“精度”に問題があり、実際に現地に行ってみるまで分からないという不確定要素の部分が大きかったが、それらがかなり解消された感がある。
一方、あまりにも多くの情報がネット上に溢れ、ゴミと有益なものとを取捨選択するための、ある種のリテラシーが要求されるようになったのも確かだし、自分が日本から出られない状況にある時に、友人知人がアフリカのフィールドで楽しくやっているのを目にするのは、悔しさとフラストレーションの元にもなる。また、様々なサービスが次々登場するので、いちいちついていくのも楽ではない。現在のところ、私もフェイスブックとインスタグラムを使っているが、正直手一杯だ。
ちなみに、マシャトゥへは来年2月にツアーを予定している。ヒョウは生後1歳半ほどで独り立ちするので、生き残ってくれていれば、まだ母親と共にいる大きくなった子供たちの姿を見られるだろう。
撮影データ:ニコンD500、AF-S Nikkor 80-400mm f/4.5-5.6G VR、1/160秒 f/6.3 ISO800
文・写真 山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。少年時代を西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物や風景の写真を撮り始める。2000年以降は、南部アフリカを主なフィールドとして活躍。サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。写真集「From The Land of Good Hope(風景写真出版)」、著書に「ライオンはとてつもなく不味い(集英社新書ヴィジュアル版)」がある。www.goyamagata.com

「美」 ギャラリーで、カフェで、エチオピアン・アートと出会う

ディープなエチオピアン・アート

三千年の歴史を有するエチオピアン・アートの世界はディープだ。世界文化遺産に残されてきた絵画、クロス、写本などの「教会美術」がまず深い。テキスタイル、ジュエリーなどの「民衆美術」にも歴史の重みがある。このディープさを求めて世界中から観光客がやってくる。優れた美術品を時系列に紹介する『30,000 years of art』には、エチオピアからはAD300年のアクスム王国「オベリスク」、1462年Fre Seyon画「聖母マリアその息子と天使たち」、1743年彫金「ゴンダールクロス」がエントリーしている。オベリスク以外は一般公開されていないが、ラリベラの教会群では古い絵画や写本、クロスなどを観ることができる。

ラリベラ教会群の一つが所蔵する写本、希望すれば見せてもらえる
ラリベラ教会群の一つが所蔵する写本、希望すれば見せてもらえる

ギャラリー、アートカフェ&レストランが続々オープン

ディープなアートに押され、現代アートの存在はごく最近まで知られていなかった。ここに商機をみたTesfaye Hiwet氏は15年前に移住先の米国からエチオピアに戻り15人のアーティストと、レストラン&ギャラリーを併設した「Makush Art Gallery&Restaurant」をオープン。顧客の7割は観光客と外国人、残りは裕福なエチオピア人が占めている。アートな店内を見せたくて、私もよく日本からのお客様をお連れした(ちなみにこの店のピザマルガリータとほうれん草サラダも美味)。今では70人ものアーティストを抱え、常時650点以上の絵画が収蔵されている。ギャラリーからの収入は30万ドルを超えレストランの2倍以上という。現代アートがにわかにクローズアップされ、急成長するアートシーンに、ギャラリーやアートカフェが急増している。

Makush Art Gallery。扉の中がイタリアンレストラン
Makush Art Gallery。扉の中がイタリアンレストラン

人気のエチオピアンアーティストMezgebu Tesemaの作品
人気のエチオピアンアーティストMezgebu Tesemaの作品

アジスアベバで観るべき作品

Modern Art Museumに展示されているGebre Kristos Desta氏(1932–1981)の作品は、エチオピアで観るべきアートのひとつだろう。モダンアートの父と呼ばれ尊敬を集めた同氏は、「人間の悲惨さと複雑さ」を斬新な表現とアプローチで芸術に取り入れている。
National Museumで公開されているAfewerk Tekle (1932–2012)の油絵「アフリカの遺産」も知名度の高い作品だ。アフリカとキリスト教のテーマが多く、アフリカ連合本部にある「アフリカの悲しみ、闘い、未来と希望」を描いた大型ステンドグラスが最も有名な作品。同博物館には米国でも評価の高い、ゲーズ語をつかって言語の美的可能性を描くWosene Worke Kosrof(1950–)の作品も展示されている。

アフリカ連合本部ビル(入場許可が必要)に飾られた大型ステンドグラス
アフリカ連合本部ビル(入場許可が必要)に飾られた大型ステンドグラス

アートと出会えるお奨めの場所

有名アーティストの作品や宗教美術を観るならModern Art Museum、Ethnological Museumがお奨め。若手の意欲的な作品を観るならAsni Art Gallery、Lela Gallery、Netsa Arts Village、5Artist Galleryなどの小規模ギャラリーがよい。名の知れたアーティストの作品や美術工芸品を扱うSt.Gorge Art Gallaryも見逃せない。最も穴場的な存在のお奨めは、Sheraton Hotel内のアートコレクションと、同ホテル開催のアート展示販売会だ(1階ロビー、許可を得て2階のアートも無料で見学可能)。ちなみに最近では現代アートがネット購入できるようにもなった(https://www.thenextcanvas.com/)。

アジスアベバにあるModern Art Museum
アジスアベバにあるModern Art Museum

若手アーティストが共同でオープンした「5Artists Gallery」
若手アーティストが共同でオープンした「5Artists Gallery」

写真・文 白鳥くるみさん

白鳥くるみさん
(アフリカ理解プロジェクト代表)
80年代に青年海外協力隊(ケニア)に参加。以来、教育開発分野で国際協力に力を注ぎ、多くの課題を抱えるアフリカのために何かできたらと「アフリカ理解プロジェクト」を立ち上げる。エチオピアを中心に活動の後、2015年、日本に拠点を移し本の企画出版などの活動をつづけている。

Africa Deep!! 64 難破船の墓場を歩く シップレック・トレイル

先日ある雑誌への原稿を書くために、書棚にあった岩波文庫の「海神丸」という本を読み返していた。もう何十年も前に読んだ小説なのだが、なぜ再読したかというと作者のことを記事にしなくてはならないからであった。
作者の野上弥生子は大分県の臼杵市の生まれ。文化勲章なども受賞している作家なので郷土では有名人で、記念館もある。彼女の生家は臼杵市の大きな造り酒屋で、その分家はフンドーキン醤油という大分県民なら知らぬ人はいないという大会社だ。
それはともかく「海神丸」は野上弥生子の代表作のひとつで、僕も再読しているうちにあらすじの記憶がよみがえってきた。この小説のモデルは大正時代に臼杵周辺で難破した実在の船舶である。57日間漂流し続けたという記録が残っている。
結果的にこの船は救出されるのだが、乗組員がひとり死亡した。そしてそのひとりはどうやら他の乗組員に殺害され食べられたという噂が広がった。野上弥生子はそれがほぼ事実であったことをひょんなことから知り、創作欲をかきたてられたと言われている。実際に本書を読むと、極限状況に置かれた人間がどのような心理状態に陥っていくのか、思わず文章にぐいぐいと引き込まれていく。やはり名作なのだった。
そのとき思い出したのが、「そういえば南アフリカで難破船を見たことがあったな」ということだ。話が思い切り飛んでしまい申し訳ないが、それは喜望峰にほど近い海岸だった。シップレック・トレイル(難破船のトレイル)と名付けられていたが、岩がごつごつ露出した海岸線を歩くというもので、トレイルそのものがあるわけではなかった。
とにかく風が強かった記憶がある。喜望峰は1488年にポルトガル人のディアスによって発見されたとき、あまりの風の強さに最初は「嵐の岬」と名付けられた。実際に喜望峰を訪れたことのある人なら知っていると思うが、台地状にせりあがった断崖には波が音を立てて打ち寄せている。
古い記録によれば、「発見」から300年ほどの間に20数隻の船がこの近辺で難破したという。トレイルを歩き始めてすぐに砂浜に半ば埋もれた難破船を見ることができた。鉄骨だったのでそんなに大昔のものではないかもしれない。調べてみると、戦時中や戦後も結構このあたりで難破した船があるようだった。原因は強風と濃霧だという。この人たちは無事に生き延びることができたのだろうか。それとも……。
文・写真 船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。アフリカ関連の著書に、「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から」「UJAMAA」などがある。最新作の「フィリピン残留日本人」が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞した。
公式ウエブサイト http://www.funaoosamu.com/

ナイロビ ダイアリー no.21 ナイロビでの食事

ケニアに来られる方々は
サファリやケニアについて
いろいろな質問や疑問を持たれている。
中でも意外と多いのが「普段は何を食べているのか?」。
今回はその質問に答えたいと思う。

ソマリ料理

道祖神ナイロビオフィスのあるタウンはビジネス街であり、たくさんの飲食店が並んでいる。最近はソマリア料理店がどんどん増えてきており、いつも混んでいる印象だ。タウンにはソマリア人がかなり多く、ナイロビオフィスの入っているビルにもソマリア人経営の会社が多数ある。隣国とはいえ、やはり故郷の味が恋しくなるのだろう。
ソマリア料理店では、ラクダの肉が食べられる。1度食べたが、次からはラクダか牛を選べと言われたら牛を選ぶだろう。部位にもよるだろうが、骨ばかりで食べにくかった。他にもヤギや羊の肉料理もあるが、ソマリ料理のカバーブ(kabaab)は一般的に想像するケバブではなく、肉団子のことなので知っておこう。

中華料理

ナイロビオフィスの前に1軒、自宅近くにも1軒、中華料理の店がある。ケニアには中国人が数多く住んでおり、やはり客層はアジア人が多い。食事会などでしか行く機会はないが、カニなど海外ではあまり食べる文化のないものから、ケニアのものまでが一緒に入った鍋はおいしかった。日本で食べる中華料理とは違うイメージだが、皆で鍋をつつくひと時は格別だ。

日本料理

残念ながら日本人経営の日本食レストランは、居酒屋「CHEKA」を除いてケニアには存在しない。ケニアにある日本食レストランの多くが、韓国人か中国人の経営だ。一時期、日本の飲食系企業がケニアに進出したと話題になった「TERIYAKI JAPAN」も、今はケニア人が経営していると聞いている。私は不思議と日本食が恋しくならないので滅多に行くことはない。

ケニア料理

ケニアに住んでいる以上、ケニア料理を避けることはできない。ロッジやホテルではお目にかかる機会が少ないが、ウガリをはじめ、ニャマチョマ、マンダジ等々…。インドから来ているものも多いが、サモサやチャパティ、ビリヤニなどもケニアの食事と言って過言ではないだろう。

何十年も続けているビリヤニ屋のビリヤニ
何十年も続けているビリヤニ屋のビリヤニ

特にウガリは日本人にとってのお米以上に大事な主食であり、奥さんが夕食にウガリを出さないと夫婦ゲンカなることも多々あるとか…。サファリドライバーの一人は「米なんかお菓子だ。ウガリじゃないと腹に溜まらない」と、大きなお腹を反らせて豪語していた。確かにウガリは腹持ちが非常にいいが、あの大きいお腹を見ると、ウガリは控え目にしとかないと…などと思ってしまう。
ケニアでは欠かせないウガリ
ケニアでは欠かせないウガリ

日常の食事

私はオフィス周辺で昼食をさっと済ませてしまうことがほとんどで、やはりケニア料理が大半を占めている。特に気に入っているのは、マトゥンボとチャパティの組み合わせだ。マトゥンボとは牛の胃という意味で、癖が少しあるので好き嫌いが分かれるかもしれないが、歯ごたえがあってたまらない。マトゥンボにライスの組み合わせが一番なのだが、なにしろ量が多いのでチャパティで済ませている。ちなみにウガリを頼むと、夕食も食べられなくなるような量が出てくる。それでも300円前後で済んでしまうのだから財布にはやさしい。

お気に入りのマトゥンボ・チャパティ
お気に入りのマトゥンボ・チャパティ

正直なところ、何を食べても美味しいと感じてしまう私の舌には豪華な食事はもったいない気がしてしまい、いつも同じようなケニア料理ばかり食べている。
表紙 : オフィス近くにあるハラール料理屋。ソマリア人も多いが、お昼時にはケニア人のお客さんで賑わう