コートジボワールの外国人の就職事情 3

前回の2では、非アフリカ系外国人の就業事情に書きましたが、今回はアフリカ系外国人、特にフランス語圏以外のアフリカ系外国人について焦点を当ててみたいと思います。

西アフリカの多くの国は1960年に独立しましたが、多くの国は景気が良くなく、1960年代から70年代までに好景気だったコートジボワールが、多くのアフリカ系労働者を迎えたのでした。
ナイジェリア人は主に肉屋で働いており、アビジャン市内の主要な市場や街角の肉屋はたいていナイジェリア人でした。
ガーナ人は主に肩にかけることができるミシンを持って、住宅街でミシンを使う作業をする行商をしていました。
ナイジェリア人やガーナ人は、フランス語圏諸国でしっかりとした高等教育機関ということで、コートジボワール国立大学への語学留学も多く、付属の語学学校の生徒の半分近くはナイジェリア人が占めていました。多くの生徒は半年や1年程度の語学留学でしたが、数名はコートジボワール国立大学の学部へ編入していました。
画像はアビジャン市ココディ地区にある「近代的な肉屋」です。
by 虎