ナイロビ ダイアリー no.5 ナイロビの朝は騒々しい

ナイロビは、まさに人種の坩堝。
雑多なストリートをエネルギッシュな人々が縦横無尽に闊歩する。
この街は早朝から夜更けまで活気に満ちていて騒々しい。
そんなある日の朝の一コマです。

目覚ましはアザーン

ナイロビの朝は早い。私のアパートの裏にはイスラム教のモスクがあり、毎朝5時きっかりに、スピーカーから割れんばかりの大音量でアザーン(礼拝の合図)が響き渡り、強制的に起こされる。朝のうたた寝など許してくれない。信仰していない私にとっては大迷惑な事この上ないが、いつしか自然とその前に目が覚めるようになった。
ムスリムのお祈りをBGMに、簡単な朝食を済ませ、6時過ぎには家を出る。ラッシュアワーの時間になると、バスを捕まえるのも一苦労だからだ。猛スピードでやって来るバスに慌てて飛び乗る。すでに車内は街へ向かう人々で満杯だ。大柄な体格の人々に負けないように体を押し込み、何とか席を確保する。ホッと一息。とりあえず、これで街までは一安心だ。
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車内も大音量

ところが、車内の割れたスピーカーからは、これまた大音量で軽快な音楽が流れてくる。嫌いじゃないが、せめて早朝からは勘弁してくれ…と、周りを見渡すと、隣の席のオヤジも皆もすやすやと眠っている。この大音量と猛スピードに揺れる車内で、どんな太い神経をしていたら眠れるんだ?と思っていたが、今では私もすやすやと眠っている。
しかしまあ、朝から騒々しい街だ。まだ6時過ぎだというのに、窓の外には実に多くの人々が行き交う。ぼんやりと景色を眺めていると、だんだんバスのスピードが遅くなっていく。街の中心部に向かうにつれて渋滞が始まったのだ。とうとう殆ど前に進まなくなった。ナイロビの渋滞は、もはや日常生活の一部。いさぎよく諦めて、軋んだ座席に深く座り直す。
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アーメン地獄、いや天国

突然、入口から人が乗ってきた。分厚い本を片手に何か大声を張り上げている。どうも様子がおかしいと思っているうちに演説が始まった。いったい何なんだ。しばらく耳を傾けていると、「神は我々をお救いくださる…」。ははあ、牧師さんが乗ってきたのか。ケニアは80%以上がクリスチャンの国だ。そういえば、よく往来でも演説している。しかし、なにも朝っぱらからバスに乗り込んでくることはないだろう。正直うるさい。
ふと隣の席から舌打ちが聞こえてきた。安眠を妨害されたオヤジが眉間にしわを寄せ、明らかに迷惑そうな表情をしている。しかし牧師の演説は止まらない。むしろ熱気を帯び始めた。青筋を立て、こめかみを震わせ、鬼気迫る様子で「ハレルヤ!ハレルヤ!」と繰り返す。こりゃあまずい。すでに目は血走っていて、どこを見ているのかよく分からない。喉を振り絞り、親の仇みたいに叫びだした。「アーメン!」。車内のそこかしこからも次々に言葉が返る。「アーメン!」「アーメン!!」。隣のオヤジも拳を握りしめて叫んでいる。「アーメン!」。おい、ちょっと待て。あんた、さっき迷惑そうな顔してたじゃないか。
車内は「アーメン」の応酬となり、もちろんスピーカーからは大音量の音楽が流れっぱなし。勘弁してくれ、まだ朝の7時前だ。しかも車内は超満員で、道路は渋滞中。駄目だ、どこにも逃げ場がない。とにかく心を空っぽにしてやり過ごすしかない。そうか、この心の在り方が信仰なのか。そんな馬鹿なことを考えている間に、バスは街の中心部ケニヤッタ・アベニューへと辿り着いた。
降り際に牧師のおじさんに肩を掴まれ、「ゴッド・ブレス・ユー(祝福を)」と声をかけられた。「あ、ありがとう」。お礼を述べると「神様に100シリングくれ」。「なんでやねん」。他の客に押し出されるようにしてバスから降りて、ようやく目的地に着いた。目覚めから約2時間、なんて喧しい街なんだ。
くたくたになってオフィスのあるビルへと辿り着くと、入口で守衛さんがこれまた大声で声をかけてくる。「ジャンボ!(おはよう!)今朝はどうだい?」。つられて思わず大声で「ンズーリ!(ばっちりだよ!)」。この時ばかりは、笑顔と大きな声の挨拶がうれしい。ようやく元気を取り戻してオフィスへの階段を登る。こうして朝から騒々しいナイロビの1日が今日も始まる。
生野