トーゴに入国し、英語圏の国からフランス語圏の国に変わった事も影響しているのでしょうか、少し雰囲気が異なったような気がします。道を走るバイクの数が増え、人々の着ているものも様々な生地を仕立てた、よりアフリカ色が濃いものへと変わってきました。実際には、トーゴでの滞在は1泊2日のみで、翌日には再び国境を越え、隣国のベナンへと向かうのですが、短いながらも、この国“ならでは”の一風変わったものをたくさん見る事ができたのではないかと思います。
まずは、ちょっと驚いてしまった方も多かったのではないでしょうか、到着日の夕方に訪れた首都のロメにある「呪術市場」です。何ともおどろおどろしい名前ですが、実際に市場で売られているものは動物の骸骨や干物、良く分からないハーブ(薬草)類に、奇妙な形のお守りや人形、誰がどう見ても怪しげな品の数々でした。ただ、こちらの人々に取って「呪術」とは「伝統医学」とでも言い換えれば良いでしょうか。「呪術」なんて聞くと、つい「呪い」とか「黒魔術」なんて不吉な単語を連想してしまいがちですが、私達にも漢方、鍼灸、気功といった「東洋医学」と呼ばれるものは、比較的に身近な存在です。「呪術(Fetish)」という言葉に訳するのが適当かどうかわかりませんが、彼らに取っても病を内側から治療する手段として、「呪術」と呼ばれるものが、迷信でも気の持ちようでもなく、はっきりとそこに存在しているものだという事は、(半ば無理やり)理解することができました。
翌日は、ベナンに向かう前にグリジと呼ばれる街に立ち寄りました。この街はガン人と呼ばれる人々が多く、「ヴードゥー教」の聖地の一つでもあります。トーゴとお隣のベナンでは、「ヴードゥー」と呼ばれる考え方が広く信仰されていて、ベナンでは国教となってもいます。先に訪れた「呪術市場」も、この「ヴードゥー」の考え方に依って、用いられる薬草やお守りを取り扱っている市場でした。「ヴードゥー」は、宗教と認識されることも多いのですが、確固とした教えや書物があるわけではなく、なにかしらの組織的な協会もなく、特に布教活動があるわけでもないので、人々の間での生活習慣・民間信仰といった方が良いかもしれません。自然崇拝、先祖崇拝、数々の神話に、儀礼など・・・そして何より森羅万象の様々な事物を神様と見立てて信仰する考え方は、日本の神道に似ているかもしれません。この西アフリカの土地だけでなく、カリブ海の島国であるハイチや、アメリカ南部のニューオリンズ等、またそこから移りすんだ人々を通じて、他の欧米諸国も含めて全世界で5千万人以上の人々に信仰されていると言われています。このグリジの街訪問は、そんな「ヴードゥー」世界に触れる入口のようなところでした。
さて、グリジを後にして、3ヶ国目のベナンへと向かいます。トーゴとは、言葉や通貨も同じですので、あまり別の国に来たという感覚がしません。国境越えは、例の如く現地スタッフの手伝いによって、非常にスムーズに終わりました。そして、ベナン入国後は一路、東へ。この日の目的地でもあるウィダへと向かいます。このウィダという街は、先に訪れたグリジと同じくヴードゥーの聖地であり、一説には発祥の地だとも言われています。海岸部に近い場所には聖地の森が広がっており、様々なヴードゥーの神様がそのイメージを具現化した姿で、森の中に佇んでいます。聖なる森に佇むヴードゥーの神々の像、なんて事を聞くとずいぶん神聖なものを想像しますが、何とも珍妙でおかしな姿をしたものが多く、とてもユーモラスな神様ばかりでした。
また、このウィダの街は奴隷の積み出し港としても、歴史に名を刻んでいる街です。かつて内陸から連れて来られた奴隷たちが鎖につながれ連れて来られたいくつもの街道が、ここウィダで一本の道となり、奴隷たちは海岸まで歩かされ、奴隷船によって新大陸へと運ばれて行ったという負の歴史を背負った街でもあります。1994年に、かつて奴隷が運ばれていった道は「奴隷の道」として整備され、その行く先の浜辺には「帰らざる門」という名のモニュメントが建てられています。門を抜けた先には、目の覚めるような紺碧の大西洋が飛び込んできました。今、自分が立っているこの場所が、人類史に傷跡を残した悲劇の場所だとは俄かに信じられないほど、碧く、爽やかにどこまでも大海原は広がっていました。
翌日は、ベナンで最も賑やかな街、コトヌーへと向かいます。この街では2連泊するので、そろそろ旅の疲れが出てきた方も、ゆっくり休んで後半戦に備える事ができました。コトヌーの街自体は、特にこれといった見所があるわけではないのですが、この街を拠点に、ベナンのハイライトとも言える2つの場所を訪問しました。まず、1つ目は「水上集落ガンヴィエ」、学校も病院もホテルもレストランも美容院も郵便局も、様々な施設が高床式の水上集落の中に建ち並び、大人から子供まで集落の人間全員が全員が自在に船を操り、生活していました。驚かされたのは、何といっても水上マーケットです。野菜やら、肉類、魚介類を満載した小舟を操りながら、おばちゃんたちが水上で大声で商談を交わす姿には、さすがに目が釘付けになってしまいました。
そして、2つ目の訪問地は古都アボメイです。ベナンの京都とでも言いましょうか。今は、政治や商業の中心から離れた静かな街ですが、かつて栄華を誇ったダホメー王国の王都だった場所です。日干し煉瓦を積んで造られたかつての王宮群は、ベナンで唯一のユネスコ世界遺産に登録されています。このダホメー王国こそが、かつて近隣の諸王国を滅ぼし、同胞でもあるはずのアフリカの人々をヨーロッパの奴隷商人に売り渡すことによって繁栄していた事を考えると、複雑な気持ちを抱かずにはいられませんでしたが、残された王宮跡とその展示の内容は素晴らしく、西アフリカ地域の中世・古王国時代に、いかに高度な政治文明と優雅な宮廷文化が育まれていたかを改めて実感させられました。
トーゴ、そしてベナンでは、私達日本人が普段あまりなじみのない歴史、文化、風習、色々なものを目の当たりにさせられ驚く事も多かったですが、あまりにも自分達とかけ離れた土地を訪ねる事で、当たり前の事に気づかされた様な気もします。自分達の日常生活ではすれ違う事もないような世界が、たった今この瞬間でも普通に過ごされていて、そんな世界にちょっとだけお邪魔するのは、何よりの旅行の醍醐味だと改めて思いました。最後に、賑わうコトヌーの街でマーケットの熱気と喧騒を味わい、思い残すことなく、いよいよ4ヶ国目のナイジェリアへと向かいます。
その3へつづく
生野