African Art 19 ナイロビのリサイクルアニマル

先日久しぶりにナイロビに出かけた。2年ぶりぐらいになるだろうか?少しインターバルを置いて出かけると民芸品などに新しいものが加わっている。またバッグや布製品も今時の新鮮なデザインが市場を賑わしていることがある。
その日はちょうど月曜日だったのでマサイマーケットに立ち寄ってみた。相変わらず木彫品の動物、ガラスビーズ細工のペンダントやイヤリングなどが数多く並べられていた。そのなかで、今までにあまり見掛けなかったゴム製のカラフルなキリンやライオン、サイなどを並べて売っている商人がいた。色鮮やかなとてもきれいな動物である。聞いてみると、使い捨てられたビーチサンダルからのリサイクル商品だそうだ。使い捨てられたサンダルから作られたにしては色が鮮やかである。キリンとライオンが特に美しい。中にはアート性の高いものもある。そこで早速その出所を調べることにした。今はインターネットという便利なものがあり、結構簡単にソースを見つけることができる。しかし、ナイロビでは簡単に行かず、ほとんどあきらめかけていた帰国日にやっと電話で工場を突きとめた。フライトを夕方にして、工場に向かう。

美しく個性豊かな動物たち
美しく個性豊かな動物たち

キリン大:29cm、小:21cm
キリン大:29cm、小:21cm

イボイノシシ:23cm
イボイノシシ:23cm

カバ:24cm
カバ:24cm

ライオン:23cm
ライオン:23cm

あいにくオーナーは不在であったが、ショールームにはたくさんの動物たちが並び、倉庫にはそれ相応のストックもあった。仕事場では多くの人達が山と積まれた使い古しのサンダルを大きな釜で煮たてて汚れを落としていた。落ちない汚れは切りおとして、特殊な接着剤で張り合わせて大きな塊を作る。その塊をナイフで切り出して形を作る。ケニヤの職人は何十年もジャガランダの木材やチーク材、マホガニーなどで動物を彫り続けてきているので柔らかいゴムを切り落として形を作ることはお手のものである。削られた後からきれいなビーチサンダルの張り合わせた層が現れるのはとても新鮮である。これは一つの新しいアートである。
慣れた手つきで動物たちを削る
慣れた手つきで動物たちを削る

捨てられたビーチサンダル
捨てられたビーチサンダル

後日、そのオーナーとメールでやりとりして知ったことであるが、彼はイギリス人でこのリサイクルグッズはフェア―トレードを基本にしていて、仕事に見合った十分な賃金を支払う事を前提にしているそうである。こちらのビジネスを考えるとやや割高に感じられる金額だが、キリン、ライオン、サイ、ゾウなどの美しい色合いと造形に魅せられて、それなりのオーダーを決めた。来春には日本のマーケットで見かけるようになるかもしれない。
写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

Africa Deep!! 52 追悼ネルソン・マンデラ 虹の国はどこへ行くのだろう

2013年12月。アフリカの近現代史を語るうえで絶対に外せない、おそらく世界で最も有名なアフリカ人が亡くなった。
ネルソン・マンデラ。享年95歳。氏の政治活動や業績についてはあえてここで記すまでもないだろう。それぐらい彼の信念というか生き様は世界中でたくさんの人々の共感を呼び、また影響を与えてきた。南アフリカが「虹の国」という理想を掲げて再出発できたのはやはり彼の存在があったからだ。
僕は一度だけ、生前のマンデラさんに会ったことがある。といってもそれは、数万人の熱気に包まれたサッカースタジアムで開催されたANC(アフリカ民族会議)の決起集会で演説する氏を観た、という程度のものなのだが。観客席から見下ろすマンデラさんは豆粒ぐらいの大きさだったが、それでも氏が登壇するとスタジアム全体が揺れるかのようなウォーッという咆哮の渦に包まれ、思わず鳥肌が立ったのを覚えている。カリスマというのはまさに彼のためにある言葉だと思う。
アパルトヘイト(人種隔離政策)についてもあえて言及する必要はないだろう。しかしそれを単に「言葉」として知っていることと、「体験」として知っているのとでは、捉え方がまるで違ったものになってしまうおそれがある。ほとんどの人にとって「言葉」としての認識は、南アフリカにおいて白人が黒人を差別してきた法律・政策のことを指すと思う。
しかしそういう捉え方では、アパルトヘイトの本質を知ったことにはならない。なぜなら日本人は黒人ではないから、当事者としての意識が働かないからだ。人種を理由に差別することは頭では悪いことだと思っていても、しょせんは他人事に過ぎない。だからもし南アフリカに行く機会があったら、ぜひともアパルトヘイト博物館へ立ち寄ってほしい。
日本人はアパルトヘイトが施行されていた時代は「名誉白人」と称されていた。両国の経済的関係があったからだ。しかしよくよく考えてみれば日本人にとってこれほど不名誉で馬鹿にされた呼び方はないはずである。博物館に入れば、カラード(混血)とアジア人も実際は黒人と同様に差別されていた事実をこれでもかと思い知らされることだろう。実際に使用されていた標識も館では展示されている。人間は差別される側に身を置かないと、差別の本質には気づかないものなのだ。「虹の国」がこれからどこへ向かうのか、僕は見続けていきたいと思う。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/

初心者がゼロから始める登山 キリマンジャロへの道 Lesson 10 高所登山と健康

弊社では、標高3,800m以上の高所での宿泊を含む登山・トレッキングツアーに参加予定されている方全員に「登山者健診ネットワーク」で決められた健康診断を受診していただいています。対象はアフリカNo.1~3の高山、キリマンジャロ、ケニア山、ルウェンゾリとなります。健康診断の内容は、心電図や肺機能のチェックなど、一般的な健診よりも高所への登山やトレッキングに特化したもので、健康状態に起因する危険性が低いことを確認した上で、お申し込みをお受けしています。
「登山者健診ネットワーク」は、日本登山医学会の医師と、高所登山を取り扱う6つの旅行会社によって作られています。事前の健康診断により、参加者の身体の状態に起因する高所登山・トレッキングの際の潜在的なリスクをチェックして安全性を高めるとともに、実際の登山・トレッキングの際に発生した症状と対応などをフィードバックすることで高所登山と健康の関係理解を深め、ツアー登山の安全性を高めていくものです。
年に数回は、医師とツアーリーダーによる研修会も開催しています。今回は、ツアーリーダー研修会で検討された内容のうち、特に気を付けたいいくつかの点に関してご報告いたします。

◆睡眠時無呼吸症候群と高所登山

自覚・無自覚患者を合わせると、かなりの患者数になるという睡眠時無呼吸症候群。高所では酸素が薄くなり、特に健常者でも呼吸が浅くなる睡眠時は、体内の酸素が欠乏しがちです。睡眠時に呼吸が滞ってしまえば、当然のように高度障害が出やすくなります。自覚症状があり、マウスピースや携帯用人工呼吸器を携行しつつであれば、高所登山は不可能ではありませんが、むしろ怖いのは症状に無自覚な方の高所登山です。何の対処もされずに高所登山をしますと、非常に高い確率で低酸素の影響を強く受けますし、高山病が重症化する可能性があります。キリマンジャロのように高山病の症状が強く出始めてからすぐに下山できる山であればまだよいのですが、チベットやヒマラヤのように標高を下げて安全地帯に下りるために何日も移動しなければならない場所では非常に危険です。普段、睡眠時にいびきをかくような方は、一度チェックされた方が良いでしょう。

◆心臓疾患に潜む登山でのリスク

心臓疾患は標高の高い低いにかかわらず、山での心臓性突然死、特に中高年の方の突然死を招きやすい病気です。実は、キリマンジャロでも年間数件の死亡事故が発生していますが、その多くがこの心臓疾患(心不全)が原因です。先天的な心臓の欠陥もなく、普段から激しいスポーツを毎日のように行う、年齢的にも若い方は別として、中高年の方で年間2週間程度の山歩きや定期的な運動を行っていない方のリスクは高く、定期的な検査を受けていただくことが望ましいとされています。
突然死の件数は、国内外問わず年間かなりの数にのぼりますが、統計によると特に登山開始初日の死亡率が非常に高い(2日目は半減)と言われます。予想できることですが、年間2週間程度の山行をしている方の突然死率は、運動をしていない方と比較するとかなり低いとのこと。昔やっていたからといって、中高年になって充分な準備なしに登山を再開すると、突然死につながりやすいようです。特に中高年の方には、心臓・呼吸器関係のチェックをきっちり行い、定期的な運動をして準備をし、登山に望むことが重要かと思います。高所では症状が強く出やすくなることが多いため、ぜひ、日頃から健康に留意して安全登山に努めていただければと思います。
yama-10-2
羽鳥

ナイロビ ダイアリー no.9 ナイロビ交通事情

ナイロビを訪れる旅行者が
まず驚くのは、交通量の多さだ。
空港からホテルまで、1度も渋滞に巻き込まれずに到着したら
それは、とてもラッキーな体験だと言っていい。
旅行者は専用のサファリカーを利用することが多いが、
市内には様々な交通手段が入り乱れて走っている。
そのほんの一部をご紹介します。

ナイロビ名物マタトゥ

ご存知の方も多いでしょう。ナイロビ名物と言えばマタトゥと呼ばれる乗合バス。車種はTOYOTAのハイエースが多く、座席数を増やして定員は14名。全てのマタトゥは白いボディに黄色いラインが入っている。実は10年位前まではこのルールがなく、ナイロビ中を走るマタトゥは思い思いのペイントが施されたカラフルな車だった。地味なカラーリングに統一されてしまったのは少し残念。
運転手と車掌の2人体制で、車掌は車から身を乗り出し、大声で行先を叫ぶ。乗客は、車体の前に表示されている路線番号と、車掌が告げる行先を聞いて乗り込む。「ステージ」と呼ばれる停留所はあるが、運転は非常にフレキシブルで、わりと道のどこでも拾ってくれて、降ろしてくれる。一応、路線番号で走るルートは決まっているが、渋滞ゆえにルートもその場の判断で自在に変更する。路線番号とルートは、ナイロビ市内を文字通り網の目のように走っており、把握するまではさっぱりワケが分からないが、慣れてしまうとこれほど便利なものはない。2~3台のマタトゥを乗り継げば、まずナイロビ市内のどこへでも行ける。値段も初乗り20~30円くらいと安く、市民の生活の足として、無くてはならないものだ。私には違いが分からないが、人々には自分のお気に入りマタトゥというのもあるらしく、マタトゥは公共の交通機関という枠組みを超えて、ナイロビを表現する都市文化の1つとなっている。
しかし、実はマタトゥが真価を発揮するのは日が暮れてから。昼間はポリスの目を気にして大人しく走っているマタトゥも、夜になると姿を変える。車内は怪しい色のブラックライトに照らされ、客席に向けられたスピーカーからは、低音の効いたダンス音楽が大音量で流れ始める。さながら走るナイトクラブ。明らかに嫌そうな顔をして耳を塞ぐおばあちゃん等もたまに見かけるのだが、運転手も車掌ももはやごきげん。爆音を垂れ流しながら、夜のナイロビを走り回っている。夜のマタトゥは運転も荒く、客層もよろしくなかったりするので、移動手段としてはあまりお奨めできない。皆さん、夜はケチらずにタクシーを使いましょう。

マタトゥを使いこなせれば、あなたも立派なナイロビアン。
マタトゥを使いこなせれば、あなたも立派なナイロビアン。

ワイルドな市バス

マタトゥとは別に、30人以上が乗れる大きな市バスもよく走っている。外見は、日本で走っているようなバスとそう変わらない。値段はマタトゥより少し高いが、車内も清潔だし、スピーカーから大音量が鳴り響くわけでもないので、安心感がある。ところが、運転手の多くはマタトゥ上がり。どうも自分の運転しているバスの車体の大きさを把握していないというか、未だにマタトゥを運転しているようなノリで走る。少しでも渋滞になると、対向車線をよく確認もしないで、反対側の車線に身を乗り出して前の車を追い越しにかかる。平気で歩道に乗り上げ、物凄いスピードと急角度でコーナーを攻める、攻める。よくよく見るとバスの車体の四隅は、擦り傷だらけだ。乗っている分には快適なのだが、普段、自家用車を運転して行動している身としては、マタトゥよりこちらの方が恐ろしい。

今日も市バスは走る走る。猛スピードで。
今日も市バスは走る走る。猛スピードで。

渋滞知らずのピキピキ

この可愛らしい名前は、バイクタクシーの事。バス停や、ちょっと大きなスーパーの前、大きな交差点など色々なところにバイクに乗った兄ちゃんがたむろしており、初乗り100円くらいで、後部座席に乗せて運んでくれる。バスやマタトゥほどの長距離は走らないが、渋滞も気にせず走れるので、ちょいと近場まで移動する際には便利な乗り物だ。ただ、バイクの運転に関しては無免許も多いそうなので、これもお奨めはできない。もし乗る機会があったら、ドライバーには、決して急がなくていいから安全運転でお願い、と伝えよう。

便利なピキピキ。お願いだから、お客さんにもヘルメットください。
便利なピキピキ。お願いだから、お客さんにもヘルメットください。

生野

風まかせ旅まかせ Vol.18 ユーコン川をカヌーで下る

昨年の8月、親しい友人達とユーコン川を旅してきた。バンクーバーよりホワイトホースへ。この町でカヌーをレンタルし、1週間分の燃料や食料の買出し、釣具やライセンス、熊よけのスプレーなどを購入し、カヌーと大量の荷物とともにチャーターしたセスナ機で50キロほどの湖を一気に飛び越えた。
ユーコンの川旅は2度目なのだが、川幅が広く、水量も多く、流れも安定しているので初心者でも楽しめる。時折釣りをしながら、流れにまかせて荷物の上に寝転んで雲を見ていると、鳥の鳴き声と川のせせらぎしか聞こえない。風に乗って遠く山火事の焦げた臭いが流れてくる。なんとも心地よい平和な時間が過ぎていく。
適当な時間になると、上陸できそうな岸辺を探してカヌーを乗り上げ、ランチの準備だ。バケツで川から水を汲み、湯を沸かしコーヒーを飲む。釣り好きなメンバーは上陸と同時に竿をだす。場所によっては30センチもあるグレイリングが掛かり、すぐさまホイルに巻かれ焚き火に投入され、絶品のおかずになる。時には50センチを越えるパイクが掛かる。夕焼けは10時過ぎ、日の出は4時頃なのでほぼ1日中明るい。キャンプ地では、思い思いの場所にテントを張り夕食の準備だ。釣り上げた魚と、持参のハムを焼く。もちろん米を炊くのも忘れない。水温6度の川で冷やしたビールが美味い。
5日目の夜、翌日のピックアップを依頼しているサポート会社に衛星携帯で連絡をすると、「山火事の影響で道がクローズされ、予定の村まで車が入れない。次のピックアップポイントまで進んで欲しい」とのこと。「エエッ、50キロも先!明日は70キロ漕ぐのかよ!」と皆で驚く。気合を入れて漕がないと、目的地に辿りつかない。昼食は弁当を準備し、いつもより2時間早く出発した。「今までラクをしすぎたんだよ!」と誰かが笑いながら言う。皆で力を合わせて漕いだお陰で、日没前に予定の上陸地点に到着。ビールで旅の終着を祝った。心地よい疲労が全身に広がっていった。
写真 : ユーコンの川旅 by Tobias Klenze from Wikimedia Commons