WILD AFRICA 15 ブチハイエナと夜のサバンナ

太陽が地平線の彼方へと姿を消し、頭上の空が水色から群青色に変わる頃、私は撮影を終えてキャンプに戻ってくる。夕飯の支度をしながら耳を澄ましていると、明るい時分には鳴りを潜めていた多くの生き物たちの声が聞こえ始める。夜は昼よりずっと遠くまで音が届くため、姿は見えないにもかかわらず、生命の存在がより身近に感じられるから不思議だ。
ライオンやジャッカルのように、昼夜を問わず活動する動物たちでも、声を出してコミュニケーションを図るのはほとんど夜間だ。哺乳類だけでなく、フクロウやヨタカを始めとする夜行性鳥類、また、ヤモリのような爬虫類も日が暮れてから盛んに鳴く。時期によってはコオロギなどの昆虫、そして水の多い場所ならカエルたちのコーラスも辺りに響き渡る。サバンナの夜は意外と賑やかなのだ。
そんな中でも一度聞いたら忘れないのがブチハイエナの遠吠えだ。抑揚のない、「ウ〜〜〜」と低く唸るような声から始まり、最後「ウゥッ!」と尻上がりにいきなり甲高くなるあの音は、アフリカのサバンナでしか聞くことができない。ハイエナたちは縄張りをパトロールしながら、自分の居場所を周囲に知らせるためにシグナルを発しているのだ。一カ所に長く滞在し、そのエリアのブチハイエナたちの声を繰り返し聞くと、一匹ごとに長さや音程が微妙に違うことに気付く。
始めは何とも不気味な印象を受けるのだが、慣れてくるとあの響きが心地よくなってくるから面白い。ただし、間近な暗がりの中からいきなり聞こえてくると肝を冷やす。何しろブチハイエナの遠吠えは、開けた場所なら5km先の人間の耳にも届くほどの音量を持っているのだ。遠吠え以外にも、ブチハイエナは意味の異なる10種類の鳴き声を持ち、音声によるコミュニケーションをとても盛んに行う。
一般的にサファリと言えば野生動物を観察したり、撮影したりする視覚的行為を意味するが、それだけでは勿体ない気がする。サバンナに飛び交う様々な音の発信者を特定できれば、姿が見えずとも相手の存在を感じ取れて、サファリはより一層楽しくなるに違いない。
撮影データ:ニコンD700、AF-S 500mm f4、1/1000、f4、ISO1000
ナミビア、エトシャ国立公園にて
ブチハイエナ
英名:Spotted Hyaena
学名:Crocuta crocuta
体長:100~180cm
体高:80cm
体重:♂60kg ♀70kg
寿命:12年
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

African Art 11 ナイジェリアのイフェ、ベニンの美術

11世紀から17世紀に発達したイフェとベニンの美術は、黒人アフリカの美術の中で最も重要なものとして認識されている。それらの造形は、写実の中に非常に洗練された様式が加味されていて、高度に完成されたものである。ヨーロッパ中心主義の視点から見て、美術評論家たちはこの領域を黒人のローマ期とかルネッサンス時代だと言って称賛した。

BENIN Queen's Mother 16th-17th AD
BENIN Queen’s Mother 16th-17th AD

IFE Head  12th-15th AD
IFE Head 12th-15th AD

同時代のこの地域以外のアフリカ美術、特に仮面や神像の造形は自然主義的表現に対峙するデフォルメや誇張、非現実的表現の観点から高い評価を得てきたが、ナイジェリア美術においては紀元前10世紀頃~後3世紀頃に発達したノク文化に見られる写実的表現が特徴である。このノクの造形には写実的要素と誇張された野生的造形力が混在しているが、11世紀~17世紀のイフェ、ベニンの造形では粗削りな域を通過した完成度の高さが際立っている。ノクの作品がそうであるようにイフェやベニン文化の造形がどうやって発達したのかは未だに謎のままであるが、ノク文化や、イフェ、ベニン文化などの高度な技術と洗練された感覚は突然に出現するようなものとは考えにくい。北のローマ、マグレブ、エジプトから交易に伴って渡ってきた職人たちが技術をもたらしたという説も有力だが、はっきりしたことは解っていない。
IFE "OBALUFON" Mask 12th-15 AD
IFE “OBALUFON” Mask 12th-15 AD

BENIN  Relief "Warrior" 16th-17th AD
BENIN Relief “Warrior” 16th-17th AD

長く、アフリカ美術を専門に見ている私の眼からもナイジェリアのこの地にこれだけ優れた技術が短期間で完成されたということは信じがたい。11世紀以前、また、17世紀以降、この地域で同レベルの写実造形は全く存在しないのである。実物大の大きさの頭像でもブロンズの厚さは非常に薄く1mmあるかないかでとても軽い。しかも、それほどの薄さでも鋳造されたブロンズに鬆はほとんど入っていないのである。過去にも、現在でも周りのイボ族、カメルーン、ニジェール、どの地域にもこれだけの具象彫像を作った部族は見当たらない。想像ではあるが、交易でやって来たエジプトかギリシャ、または地中海沿岸地域の商人が技術力のある職人を雇って王や王妃の肖像や、豹の鋳造などを作らせたのではないか。それらの作品がどのような目的で作られたのかははっきりしないが、おそらくその時代の王(オニ)や王妃、またその家臣たちの記念碑として神殿などに安置されたのではないかと考えられている。
BENIN Cock "OKPA"  16th-17th AD
BENIN Cock “OKPA” 16th-17th AD

BENIN Pair of Leopard  16th-17th AD
BENIN Pair of Leopard 16th-17th AD

黒人アフリカ地域ではこのイフェが最初にブロンズの鋳造技術を習得した場所である。誰がどのように制作に携わったか、その謎はいつか明らかにされるかもしれないが、今は想像の域を出ない。ただ、この素晴らしい作品群によってアフリカ美術の価値は更に高められているのである。
※写真:
アフリカンアートミュージアム蔵(IFE Headを除くすべて)
山梨県北杜市長坂町中丸1712-7
tel:0551-45-8111
写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

Africa Deep!! 44 アフリカを旅するのならぜひ満月の時期を狙って行くべきだ

僕はいま九州の人里離れた山奥に暮らしている。まわりの(一部の)人からは「ああ、あのテレビも冷蔵庫もない仙人のような暮らしをしている人ですね」と噂されたりもする。近所には家もないから、夜の帳が落ちるとすぐに真っ暗闇だ。シカやイノシシ、タヌキ、ウサギ、ヤマドリなどが家にいながらにして観察できるので、ここを日本のマサイマラと呼ぶ人もいる。アフリカニストとしてこれ以上光栄なことはない。夜は闇に包まれているので、ペルセウス座流星群などは自宅前にいながらにして見られるのが自慢だ。
ところが、ひと月にほぼ一度迎える満月の夜だけは様相を異にする。この日ばかりは、ふだんは夜には見えない立木もその葉っぱ一枚一枚までもくっきりわかるほどよく見えるのである。全体に青みがかった光景はどこまでも静かで妖艶だ。都会に住んでいるとネオンや街灯などの明かりにかき消されて月の明るさを感知するのは難しいが、本来の月明かりというものは意外なほど強い光線を放っているのである。
都会で生まれ育った僕はこれまで、月の明るさなどを意に介したことはほとんどなかったのだが、満月の夜という別世界への扉を開けてくれたのはやはりアフリカだった。ボツワナの名も知らない小さな村。マラウイ湖畔の砂浜。真夜中に登り始めたケニア山……。旅の途中で僕は満月の夜という特別な舞台を何度も味わうことになったのだ。
そのたびに感動したのは、月明かりでもちゃんと「影」ができることである。考えてみれば蛍光灯だって影ができるのだから、そんなに驚くべきことではないのかもしれない。が、それでも実際に体験する満月の影というものは、僕たちの暮らす世界がけっして平坦でのっぺりしたものではなく、いくつもの未知の層が重なり合ってできている豊穣なものであることを具体的なイメージとして膨らませるには十分すぎるほど神秘的だった。
いわゆる文明社会と呼ばれている僕たちの暮らす世界では、たとえばコンビニのあのまばゆいばかりの白色光に代表されるようになんでもかんでも明るい光源でモノを照らして見る癖がついてしまっているような気がする。だから祭りの夜に出される夜店では、ぼんやりと暖かいオレンジ色の裸電球の明かりにどこか安らぎと高揚を覚え、ふだんとは違った世界をそこに見て心惹かれるのではないだろうか。
アフリカを旅するのなら満月の日に合わせて、扉の向こう側にある世界をぜひのぞいてみてほしい。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/

初心者がゼロから始める登山 キリマンジャロへの道 Lesson 2 登山の心構えと装備との関係

登山・トレッキングと聞いて、未経験の方はちょっと怯むかもしれません。長い間敬遠されてきたのは、「登山=キツイ」というイメージがかなり強固に植えつけられてしまったからだと思うのですが、キツイのは早すぎる歩行ペースや、重すぎる荷物が原因で、実際は汗を少しもかかずに登れるペースもありますし、散歩レベルで登れる山もあります。と言っても、景観の素晴らしさは流した汗の量に比例し、いい景色を見るにはキツイ登りが伴う、という面もあります。
登山・トレッキングの基本は「歩く」ということ。ロッククライミングや冬山を除けば、登山とは日常の「歩き」の延長でしかなく、それぞれその場所にあった歩き方はあるものの、場所を街やアスファルトの道から自然の中の土や石のゴロゴロした道に変えるだけです。それは、キリマンジャロも同様で、歩き方のコツやペースを間違えなければ、あと問題になるのは高山病対策くらい。そう考えた上で、自分の体力や経験の未熟さをカバーするのが道具であり、技術であり、同行するガイドや経験者であると理解していただけると、山はより身近な存在となるのではないかと思います。
反面、矛盾しているようですが、古くから人の出入りが多かった里山と違い、かつて深山と呼ばれた奥深い山々は、足を運ぶ人々もマタギや杣(ソマ)、修験者などに限られ、彼らは非常に厳しいルールを自分達に課して、赴いていました。人里離れた山奥は神の領域で、何が起こるかわからない場所だったからです。個人的には、この「気軽に楽しむ」精神と、「自然と真摯に向き合う」精神の両方を持って山歩きをするのが理想的なのではないかと思っています。
変化のある自然の中を「歩く」ということを基本的に考えると、自ずと装備すべきモノは限られてきます。要は「いかに歩くことを快適に行うか?」ということ。歩きやすい靴、背負いやすく疲れないザック、汗をかいても暑くても寒くても雨が振っても快適な服装などが、まず中心になります。初めから最新の服装や装備を揃えてしまうと、かなりのお金がかかります。個人的に、登山靴、カッパ、ザックの3点にはお金をかけて、自分にあったものを用意すべきだと思いますが、その他のものは普段使いのものでも一向に問題はありません。最近のブームでどんどん高機能化し、種類も増えた装備が、「登山には特別な装備がいるのでは?」と初心者の方に思わせてしまう要因なのかもしれません。
最近では、山道具レンタル屋さんもでき、弊社もコラボレートさせていただいています。こんなところを賢く利用して、皆さんにも気軽に登山を始めていただけると良いですね。
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羽鳥

立ち話の最中に・・・

30分ほど、ケニア人の知り合い(女性)と立ち話。
私たちの前にあった木にはアリが土を運んでこの状態。
01
それを話をしながら、少しずつ手のひらに乗せて食べる彼女・・。
私-なんで食べるの?
彼女-IRON(鉄分)
翌日、ケニア人の知り合い3名ほどに(すべて男性)に聞いてみた。
全員の答えは・・。
私-話をしながら、土を食べていたけど・・。
彼-うん、妊娠してるね!!
ということだそうです。ここで問題は彼女はふくよか系。
明日、産んでも、3カ月後でもおかしくない感じ。
自然に結果が分かるまで、静かに待つことにしよう!