WILD AFRICA 34 サファリに最適な撮影機材とは?

サファリにいくとき、どんな撮影機材をどれだけ持っていくかというのは悩ましい問題だ。何しろ昨今市場に出回っているカメラやレンズの種類はあまりにも多く、何を選べばよいのかが非常に分かりづらい上に、撮りたい写真のタイプによっても必要な機材は変わってくる。また、飛行機に搭乗する際、カメラ類は全て機内持ち込みにせねばならないが、最近どの航空会社も重量制限に関してずいぶんうるさくなった。撮影講習会などで参加者からもっとも多く出る質問も、サファリにどんな機材を持っていけばよいかについてだ。
中でも一番難しいのがレンズの選択だ。サファリには倍率の高い望遠レンズは不可欠だが、高すぎるとフレーミングがとても困難になるし、サイズも大きくなるので運搬や取り扱いも大変だ。ボディにしても、やはり大き過ぎると持ち運びが面倒で、扱うのが億劫になる。つい最近まで私は500mm f/4という大型レンズにニコンD4という、これまた大きなボディをつけていた。倍率や画質は理想的だったのだが、そのサイズと重量故に撮り逃した写真も多かった。
現在撮影ツアーなどで主に使用している機材は、ボディがニコンD500とD810の2台、レンズは望遠側がAF-S 80-400mm f/4.5-5.6、広角側がAF-S 24-70mm f/2.8もしくはAF-S 16-35mm f/4だ。D500は小型ながら高速オートフォーカスと秒間10コマという連写速度を有しており、DXフォーマット(APS-Cサイズのセンサーを搭載)であるため、80-400mmと組み合わせることで、35mm版の600mmに相当する画角を得られる。これは素早い動きをする被写体のアクションショットを撮るのにとても有効だ。この3月に行ったボツワナ、マシャトゥ動物保護区のツアーでも、追いかけっこをするチーターの兄弟を、手持ちで難なく撮影することができた。一方のD810は超高画素機なので、細かなディテールの描写が必要な風景や引きの写真を撮るために使っている。
最高級のカメラやレンズを手に入れれば、いい写真が撮れるかもしれないと思うのは人の心理として当然なのだが、値段がとても高い撮影機材は、得てしてサイズや重量も巨大だ。果たしてサファリの現場でそれらが使いこなせるのかどうか、本当に必要なのかどうか熟慮を要する。むしろある程度小型のものの方が、機動性と即応性に優れるため、歩留まりはよくなると私は最近感じている。
撮影データ:ニコンD500、AF-S 80-400mm f/4.5-5.6G VR、1/2000秒 f/8 ISO800
山形豪さんの写真展を各地で開催中!
南部アフリカ 動物たちの最驚楽園 Go Wild!
■富士フィルムフォトサロン 大阪スペース1
8.11(金)~17(木)10:00~19:00(最終日は14:00まで)

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。少年時代を西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物や風景の写真を撮り始める。2000年以降は、南部アフリカを主なフィールドとして活躍。サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。写真集「From The Land of Good Hope(風景写真出版)」、著書に「ライオンはとてつもなく不味い(集英社新書ヴィジュアル版)」がある。www.goyamagata.com

「健」 エチオピア式スーパーヘルシーライフ

主食のテフはワンダーグレイン

本誌152号で、テフ粉から作るインジェラの話を書いた。そのテフが、いまやワンダーグレイン(驚異の穀物)として世界で注目され、日本でも販売が始まっている。

テフはイネ科の植物
テフはイネ科の植物

テフは、古代アビシニアから栽培されているエチオピア原産の穀物で、おそらく世界でもっとも小さな穀物の粒(テフ150粒が小麦1粒にあたる)という特徴をもつ。粒は小さいが、カルシウム・鉄分などのミネラルやタンパク質を豊富に含み、でんぷんでありながらエネルギーになりにくいレジスタントスターチ、グルテンフリーという驚くべき穀物だということが最新の研究で明らかになった。
インジェラに最適な白テフ粒(クリップは通常サイズ)
インジェラに最適な白テフ粒(クリップは通常サイズ)

インジェラに調理すれば発酵食というおまけも付く。インジェラの姿・形で「古雑巾みたい」などという人もいるが、恐れ入ってほしい効能である。エチオピアでもテフ粉は再評価され、パンやクッキーという形でも食べられるようになってきた。
テフの粉を発酵してつくるインジェラ
テフの粉を発酵してつくるインジェラ

バターコーヒーは最強の食事?!

コーヒーの効能や飲み方も、最近の研究は進んでいる。『シリコンバレー式自分を変える最強の食事』という本では、「コーヒーと脂肪」が最も痩せる組み合わせであると書かれている。著者によれば、パフォーマンスを最大化する朝食のレシピは、コーヒーにココナッツオイル大さじ1~2杯と、良質の無塩バター大さじ1~2杯を加えること、だそうだ。

自家製バター入りコーヒー
自家製バター入りコーヒー

ん?!これってエチオピア式のコーヒーの飲み方じゃないですか。エチオピアでは、コーヒーに大量の砂糖を入れて飲むが、この習慣はイタリア占領時代に持ち込まれたと言われる。今でも田舎や産地、年配者には、岩塩や自家製バターでコーヒーを飲む人が多い。
エチオピアにはコーヒーセレモニーという、日本の茶道に似たコーヒーの飲み方もある。セレモニーは五感を使ってコーヒーを楽しむ。「香り」は特に重要で〝床に敷いた若草の香り″〝煎りあがったコーヒーの香り″〝乳香やハーブ・スパイスの香り″を客が楽しめるよう女主人は気を配る。これらの香りはどれもただいい匂いというだけでなく、一連の流れが薬効やリラックス効果を生み出す「アロマテラピー」として構成されていることに先人の知恵を感じる。
コーヒーセレモニーは五感で楽しむ
コーヒーセレモニーは五感で楽しむ

コーヒーセレモニー乳香の効能

乳香は、新約聖書にも出てくるほど古い香料で『マタイによる福音書』には、東方から救世主を探しにきた三博士がイエスに会い「ひれ伏して拝み、また、宝の箱をあけて、黄金、乳香、没薬の贈り物をささげた」と記されている。乳香の複雑な香りを表すのは難しいが、高級な乳香ほど甘みとわずかな苦みと辛みを感じる。

乾燥地で育つ乳香の木は、遊牧民の貴重な収入源
乾燥地で育つ乳香の木は、遊牧民の貴重な収入源

セレモニーの最中、炭火で乳香が焚かれると、客は片手でその煙をすくい取り思いっきり吸いこむことがマナーとされている。エチオピアの人たちの大半は高地で暮らしている。乾燥の激しい高地で、人びとはたえず風邪やインフルエンザなど感染症のリスクにさらされている。乳香や没薬には優れた抗菌作用があり薬用に使われていること考えると、一日三度おこなわれるコーヒーセレモニーの合理性もみえてくる。
最高級の乳香は中国などに輸出される
最高級の乳香は中国などに輸出される

もっと詳しく知りたい方は
■アフリカ理解プロジェクト制作コーヒーセレモニー動画 https://www.youtube.com/user/africarikai
■インジェラの作り方:『アフリカ料理の本~62の有名なアフリカンレシピ&物語』
■乳香・没薬:『エチオピアコーヒー伝説/原木のある森 コーヒーのはじまりの物語』
文・写真提供 白鳥くるみさん

白鳥くるみさん
(アフリカ理解プロジェクト代表)
80年代に青年海外協力隊(ケニア)に参加。以来、教育開発分野で国際協力に力を注ぎ、多くの課題を抱えるアフリカのために何かできたらと「アフリカ理解プロジェクト」を立ち上げる。エチオピアを中心に活動の後、2015年、日本に拠点を移し本の企画出版などの活動をつづけている。

Africa Deep!! 63 マウント・ケニアが育んだ世界を席巻する紅茶

僕が暮らしている大分県杵築市では日本国内では珍しい紅茶が特産品になっている。戦後になってから紅茶の生産が開始されたそうで、農家の人に話を直接聞きに行ったことがある。それによると日本では紅茶の生産そのものはすでに明治初期から政府が奨励して開始されていたという。
ところが1971年に紅茶の輸入自由化が決められると、国際的な価格競争にさらされてしまい、国内の紅茶農家は次々と廃業に追い込まれていった。杵築市の紅茶はブランド化してかろうじて生き残っているが、現在では日本で販売されている紅茶の大半は外国産である。
紅茶といえばインドをすぐに思い浮かべる。アッサムやダージリンという産地名は誰でも知っている。実際、生産量は世界第一だ。ところが紅茶の輸出量となると、ケニアが世界第一位に躍り出ることはあまり知られていないのではないだろうか。
日本でケニア紅茶のことがあまり知られていない理由はおそらく、ダージリンなどの単独のブランドとしてほとんど流通していないからだと思われる。ケニア紅茶の多くはブレンドされて販売されている。だから日本人は知らず知らずのうちにケニア産の紅茶を口にしていることになる。
マウント・ケニアはアフリカで二番目の標高を誇る高山で(一番目はもちろんキリマンジャロ)、山頂部には氷河も存在している。ケニアではこのマウント・ケニアの周辺がお茶の栽培に適しているといわれ、実際に山麓を車で走るとなだらかな丘陵にかなり大規模な茶畑が広がっているのを目にすることができる。
ちなみに紅茶と緑茶は同じお茶の木から収穫される。茶葉を摘んだ後の発酵処理の違いによって、緑茶になったり紅茶になったりするのである。ケニア産の茶葉はミルクティーに向いているとされ、発酵処理後の茶葉は小さくクルクルと丸まっている。
お茶はもともと中国の雲南省あたりの亜熱帯が原産と言われており、日中は気温が上がり夜間は冷え込むような場所が栽培には適している。マウント・ケニア山麓はまさにこの条件にぴったりだった。最初は植民者イギリスの文化であったミルクティーは、その後すっかりケニアにも定着している。
僕が初めてアフリカの土を踏んだ30年ほど前のナイロビでは、食堂で「チャイ・ヌス(半カップの紅茶)」というのが注文できたものだが、ああいう注文の仕方は現在でも受け付けてもらえるのだろうか。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。アフリカ関連の著書に、「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から」「UJAMAA」などがある。最新作の「フィリピン残留日本人」が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞した。
公式ウエブサイト http://www.funaoosamu.com/

ナイロビ ダイアリー no.20 ナイロビタウン

ナイロビ市といってもそれなりの広さがある。中でも中心にあるオフィス街は「タウン」と呼ばれている。道祖神ナイロビオフィスもタウンにあるので、今回はそんなタウンでの日々をご紹介したいと思う。

厳格なセキュリティ

タウンには様々な人がいる。ストリートチルドレンから1,000万円以上するような高級車を転がす人まで、本当にいろいろな人がいるからこそ、タウンは特にセキュリティが厳しい。スーパーだろうがオフィスビルだろうが、必ず金属探知機で身体と荷物を調べられる。警察官もそこら中にいるので、タウンで写真を撮ろうとカメラを構えた途端に飛んでくる。そこらに生えている木を撮ろうが、地面を撮ろうがお構いなしに「セキュリティが~」と言ってやってくる。それでもタウンで自撮りをしている女性ケニア人に対しては何も言わないのだから不思議で仕方がない。

先日まで頻繁に行われていた医者によるデモ活動
先日まで頻繁に行われていた医者によるデモ活動

雨のタウン

この「DODO WORLD NEWS」が発行される頃、ケニアは雨季の真っ最中だろうが、4月半ばの今でも時折雨がザーっと降る。
雨が降るとタウンはどうなるのか。そこら中に大きな水たまりができ、信号が消える。そして雨が弱い間は警察官が車を誘導するが、雨が激しくなると警察官がどこかへ行ってしまう。警察官がいなくなってしまった後の交差点は、人が通れないほどに車が密集しゴチャゴチャになる。思わず「どうしてこうなった…」と言いたくなるような渋滞がおこる。基本的にケニア人は時間にルーズな人が多いが、車に乗ると人が変わったように飛ばす。車間もガンガン詰めるし、ウィンカーを出さずに進路変更し、前へ前へと突き進む。「そんなに急いでどこに行くんだ」と不思議でならないが、それが原因で交通事故も多いし、事故による渋滞も多々ある。「もう少し落ち着いて運転すればいいのに」と思うばかりだ。

強いものには逆らえない

タウンには私服警察官を含む警察官が多く、彼らに逆らうことは基本的にできないし、彼らに何かを言われたら、笑顔で冗談が言えるくらいでないといけない。怒ってしまうと逆効果で、相手の警察官も売り言葉に買い言葉でヒートアップしてしまう。挙句の果てには警察署に連れていかれてしまうので注意が必要だ。
先日お客様のお出迎えで空港に行った際、道路に等間隔で警察官が並んでいた。嫌な予感しかしなかったが、案の定、後ろから猛スピードで走ってくるバイクと車。真っ黒でピカピカな車を見ると、日本人的感覚では「危ない人が乗っているのではないか」と思ってしまうが、政府関係の偉い人を乗せた車だと思われる。偉い人を乗せた車がそんなスピードで走って危なくないのかと疑問に思うが、車を端に寄せてやり過ごす。そこから空港までも警察官が等間隔で並んでいた。偉い人もどうやら空港へ行ったようだった。その後が大変で、なんと空港の入り口が封鎖されていた。防犯上のことなのだろうが、飛行機に乗り遅れてしまったらどう責任を取るのだろうか。数十分後には開放されたが、「これが権力か…」と呟かずにはいられない出来事だった。

こんな景色を見ると嫌なことも忘れてしまう
こんな景色を見ると嫌なことも忘れてしまう

ナイロビ郊外

タウンから少し離れれば渋滞はほとんど解消されるし、ごみごみした環境からも解放される。30分も走ればナイロビ国立公園だし、ジラフセンターやシェルドリック動物孤児院で動物に触れあう機会もある。この環境はケニアだからこそで、日本では手に入らない。ナイロビでの生活は日本とは違ったことで困ることが多々あるが、それでも草原に佇む動物たちや大自然を見ると、そんなことはどうでもよくなってしまうほど心を癒されるから堪らない。

郊外にあるジラフセンター
郊外にあるジラフセンター

風まかせ旅まかせ Vol.29 ケニア人スタッフ、フェスタスの勝利

弊社のナイロビオフィスで働くケニア人スタッフ、フェスタス。37歳、男性、大変まじめな性格。約束の時間に遅れることはまずない。仕事も慎重で、車やホテルの手配も間違いがない。陽気なケニア人には珍しく大変シャイ! 以前から日本語を勉強しているものの、恥ずかしくて日本語で話すことができない。従って社内での会話はいつも英語。ケニアの地方都市マチャコス生まれ。実際はマチャコスの町から未舗装の道をマタツー(乗り合いバス)に乗り30分、さらに歩くこと20分でやっと実家のある小さな村に到着する。結婚はしているが、故郷に奥さんと6歳の子どもを残して、単身赴任生活を送っている(生活環境の良くないナイロビの会社員にはよくある話)。週末にマタツーを乗り継いで約3時間、家族が待つ我が家に帰ることを何より楽しみにしている。小さな畑と近くには共同の井戸、ヤギやニワトリが身近にいるケニアの典型的な田舎だ。小さな家に電気は入っていない。ただし近くまで電気が来ているので、子どもの就学に合わせて早く電気をひきたいのだが、電気公社に頼んでも何年先になるか分からない。これが最大の悩みだ。
昨年の秋、ナイロビオフィスにケニア・トヨタが主宰する日本語スクールの生徒募集案内が届いた。フェスタスに「希望するなら月約3千円の講習費は会社で負担するけど、交通費は自己負担になる、どうする?」と聞いたところ、「ぜひ行かせてほしい」との返事。ただし、講義は土曜日の午後なので、楽しみにしている家族との週末が叶わないことになる。
3月に在ケニア日本大使館主催で、日本語弁論大会が開かれた。優勝者には日本での研修旅行がプレゼントされる歴史ある大会だ。ナイロビ大学の日本語学科の学生や、日本企業で働く若者が多く参加した。フェスタスもチカラ試しに参加すると、なんと優勝してしまった! 5分間のスピーチ、その後の質疑、すべて日本語で答えなくてはならない。あの恥ずかしがり屋のフェスタスがほぼ完ぺきな日本語で、それらの質疑にも答えたそうだ。人知れず地道に勉強してきたフェスタスの勝利だった。これで胸を張って人前でも日本語を話せるようになるだろう。日本で会うのが楽しみだ。