先週1週間、毎年南アフリカで開催されている
大きな旅行マーケティングイベントであるINDABAに参加してきました。

主に東南部アフリカ各国から、ホテルやロッジ、現地手配会社や観光局など、百社以上がブースを出店。

日本からは、弊社始め、アフリカの旅行を取り扱っている旅行業者とメディア関係者の10数名が参加し、同じく韓国、中国からもチームで参加がありました。

新しいアイデアなど、実のある話やまた、お付き合いのある業者と直接顔を合わせて話す良い機会になりました。
商談会の後は、ポートエリザベスで観光。
ボートで海のサファリを楽しんできました。
イルカやペンギンなど、陸のサファリとはまた違った面白さがあり、新鮮。




また、今回得た情報をもとに新しい商品作りに取り組みたいと思います。
by 荒木
2017.4.28発 インドネシア・ネイチャー・アイランド・トリップ 9日間
ゴールデンウィークに企画している、アフリカ以外の地域でのワイルドライフツアーのうちの一つ、インドネシアのツアーに添乗させていただきました。目的はカリマンタン(ボルネオ島)のオランウータンと、コモド島のコモドドラゴンという、インドネシア野生動物界のBIG2。今期のバージョンは、マレーシア航空のクアラルンプール経由を利用することにより、現地での日程が1日伸び、その分カリマンタンのタンジュン・プティン国立公園滞在が1日増え、加えてコモド島海域での宿泊を大型動力帆船「ピニシ」のキャビンに船中泊することによって、単なる移動に費やす時間を節約でき、より中身を濃くすることができました。飛行機の乗り継ぎの関係で、ジャカルタの旧市街(オールド・ジャカルタ、かつてのオランダ統治時代に「バタヴィア」と呼ばれていた場所)の観光も、短時間ながら楽しむことができました。


オランウータンを見るのは、ボルネオ島のインドネシア領部分の南端にあるタンジュン・プティン国立公園。海に注ぎ、汽水域の広いクマイ川から、更に支流のセコニエル川を遡上して、森の中、川沿いに建つロッジを目指します。寝泊まりもできる伝統的リバーボート「クロトック」でゆったりと川を進んでいくと、ニッパヤシが川沿いによく繁る汽水域から、パンダナスが繁殖する水域へと、徐々に植生も変わっていき、樹冠も高くなり、ロングテイル・マカク(カニクイザル)やテングザルを川沿いの木々に見かけるようになっていきます。オランウータンの生息域は、この川の上流に向かって右手に広がる国立公園がメインになっています。




初日は拠点となるロッジへの移動で終了。翌日・翌々日と舟で川を遡上し、両岸の木々に見られる鳥やサルの観察をしつつ、タンジュン・ハラパン、ポンドック・タングイ、キャンプ・リーキーと、森の中に3カ所ある研究施設兼餌付け場への訪問を繰り返します。
餌付け場というと「簡単に見られる」と思ってしまいがちですが、森に食料が豊富な時は餌付け場に姿を現さないこともあり、通常は単独で行動する野生のオランウータンですので、全く姿を現さないこともあります。
野生のオランウータンは、野生に近ければ近いほど、地上に降りるリスクを承知しており、ボルネオでの好敵手となる「ウンピョウ」が生息している地域では、餌付け場といっても地面に降りてきてその場で食料を食べ始めることはしません。一旦木から降りて食料となる果物等を掴み、樹上に戻って食べます。見事に木から木へと移動し、スルスルと上り下りを繰り返す様も観察できます。今回は森歩き中に熱帯らしいスコールに見舞われ、ずぶ濡れの中オランウータンを観察するようなこともありましたが、雨に濡れたオランウータンや、手近にある葉の付いた枝で頭を覆い、雨よけを試みるオランウータンも見ることができました。
今回のツアーではこの森の滞在に時間的余裕ができたため、ペサラットの森林保護センターにも訪問し、森の回復活動を見学、ご参加者全員でひと株ずつ苗を植えさせていただきました。















オランウータンの森に3泊した後、空路カリマンタンからジャカルタを経由してバリ島へ。バリ島で1泊した翌日、さらに国内線でコモド諸島への入り口となるフローレス島へ移動します。コモド諸島での目的はもちろん地上最大のトカゲ「コモドドラゴン」。主に生息しているコモド島とリンチャ島へ、こちらは海上を船に泊まりながら移動して訪問します。
このツアーの裏のテーマは「船旅」。特に、コモド海域で利用したスラウェシ島発祥の伝統木造帆船ピニシを使って美しいコモドの海域を旅することでした。船内は設備が整い、普段はダイビング・トリップに使われている船ですので、真水も積んでいますし、ホットシャワーも浴びることができます。もちろん、キャビンは個室でトイレもシャワーも付いています。サービス精神に溢れたクルーやコックさん達との船旅は、短いながらも旅に鮮やかな印象を残してくれました。








コモド島を含むコモド国立公園は世界遺産にも指定されており、希少なコモドドラゴンの生息する陸上のみならず、ウミガメやイルカ、マンボウなども生息している海面下の豊かな自然でも知られており、ダイビングスポットとしても世界有数の海。
のんびりとした海上移動を楽しみつつ、美しい海でのシュノーケリングを行い、何と今回はシュノーケリングでマンタ(イトマキエイ)を見ることもできました。その他、夕方のリンチャ島周辺では数万匹のオオコウモリ(フライング・フォックス)が餌を探し求めねぐらの島を飛び立っていく圧巻の光景も堪能できます。














現在生息しているコモドドラゴンは、生息地の4つの島の合計で6,000匹未満。オスの方がメスより個体数が多く、いずれの島でもシーズン中はほぼ間違いなくコモドドラゴンが見られるのですが、変温動物でかつ大きな体を持つコモドドラゴンは、エネルギー効率を考えて、よほど狩猟の成功率が高くない限り捕食行動はせず、食料の匂いのする国立公園施設のキッチン周辺に集まっている様子がよく見られますが、今回のツアーでは、最初に訪れたリンチャ島に上陸後すぐに朝の涼しい中活発に動いている個体をはじめ、数多くの個体を見ることができました。
オスのコモドドラゴンは最大で体長3m以上、体重は100kgを超えますが、この時見た個体も、そのくらいの大きさはあったのではないかと思います。唾液中のバクテリア(なんと52種類!)を使って噛みついた動物(バッファローやイノシシなど)に敗血症を起こさせて弱らせ、捕食すると考えられていましたが、最近の研究でバクテリアとは別の毒も持っていることが知られるようになりました。いずれにしても噛まれると大変なことになるため、レンジャーが二股になった杖をもって同行し、近づいてもせいぜい3m程度の距離で観察・写真撮影を行います。














インドネシアと言えば、ジャワ島の仏教遺跡やバリ島があまりにも有名ですが、島々それぞれに特色があり、人々も大らかで明るく親切、その意味でも楽しめたインドネシアの島々の旅でした。アジアとは言え、熱帯で気温も湿度も高く、日本の夏前のこの時期にインドネシアを訪問するのは暑さになれていない分少々ハードで、体調を著しく崩された方もいらっしゃいましたが、何とか皆さん元気に帰国できました。
東南アジアで野生動物を見る旅は、アフリカとはまた違った体験ができ、異なる自然や文化に触れることもできますので、まだ足を運んでいない方は、是非足を延ばしてみてください。
羽鳥
2017.4.28発 “島を歩く!カーボ・ヴェルデ 10日間”
西アフリカの果ての島国、カーボ・ヴェルデ共和国に行ってきました。
アフリカの国々に関心の高い方々の間でも「どこ?」という声も多いのではないかと思いますので、まずは簡単に説明を。アフリカ大陸の西端の国セネガルから沖合い600kmほどの所にある、大小18の島々からなる国です。

15世紀の中頃にポルトガルの冒険家によって発見され、以後、ヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ航路の重要な拠点、また奴隷貿易の拠点として、ポルトガルの植民地化、発展を遂げました。入植したポルトガル人、および連れてこられたアフリカン(セネガル人、ギニア人など)がルーツとなって人々の歴史が発展し、1975年には、ポルトガルから独立しています。
日本からのアクセスは少々困難で、まずはヨーロッパの西端ポルトガルまで飛んで、少々長めの乗継時間を経て、夜中の飛行機でようやくカーボ・ヴェルデの首都プライアに到着します。…ということで、まず降り立ったのはポルトガルの首都リスボン。




まずは、首都プライアのあるサン・ティアゴ島に到着。…したのも束の間、翌朝に早速カーボ・ヴェルデ北部のサン・ヴィンセンテ島に飛行機で向かいます。港町ミンデロを拠点に、まずは北部の島々をアイランド・ホッピングです。
















さて、そんな音楽と漁師の港町ミンデロに別れを告げて、船旅にて次なるサント・アンタン島へ向かいます。
雨の少ないカーボ・ヴェルデの中で、最も緑が豊かな島です。起伏に富んだ素晴らしい景観と、段々畑が連なる村の人々の小路を散策するのが目的です。


















アンタン島では、海の幸、大地の恵み、とびっきりの野菜やフルーツを堪能しました。そして、次なる目的地はカーボ・ヴェルデの南に位置するフォゴ島。島まるごとが活火山のような島です。フォゴという言葉自体に“火”という意味があります。実は3年前に噴火しており、その後数年は入山が禁止されていました。解禁されて以来、弊社としても初のツアー催行でしたので、現在はどうなっているのか?不安と期待が入り混じります。またも、船や飛行機を乗り継いで、島から島へ。途中に2つの島を経由してフォゴ島へと辿り着きました。まずは、フォゴ島の玄関口でもあるサン・フェリペの街を散策。








フォゴ島自体が大きな火山ですので中心には直径10kmほどのカルデラ(火口原)が広がります。今夜はこのカルデラ内にある村で宿泊する予定ですので、一路島の中心部へと向かいます。島の外周を半周ほどしてから、だんだん高度を上げていきます。途中、そこかしこに溶岩流の跡が見えました。古いものは土壌と化していますので、土の色を見れば、どの年代の溶岩流かわかるそうです。フォゴ島は、記録が残っているだけでも1600~1700年代に3回、1800年代に3回、1951年、1995年、そして2014年と噴火を繰り返しています。
まさに現役真っ只中の火山島という事になります。
高度を上げていると、突然、目の前にカーボ・ヴェルデ最高峰(2,829m)のカノ山(Pico do Fogo)が姿を現しました。今回の旅の最後のメインイベントでもあります。カノ山のトレッキングです。







翌日、早朝に村人のガイドが宿まで迎えに来てくれて、トレッキングを開始しました。登りはじめは砂地ですが、途中から足元はガレ場に変わり、ピーク直下はとても急峻になり鎖場も出てきます。ピークに立つと、眼下には様々な年代の噴火口を臨むことが出来ます。周囲を取り囲む外輪山とその向こうに広がる大西洋。遠く他の島まで見ることが出来ます。また、下りは富士山の砂走のような形状をしていて、一気に何百mも駆け降りることが出来、とても楽しいです。登りは約4~5時間とそれなりに時間を要しますが、下りは小一時間程度で麓の村まで駆け降りることが出来ました。











下山後はしばらく麓に広がるカルデラ(火口原)の中の村で休憩です。このカルデラ内にある村ですが、元々は1,500人ほどが住んでいたのですが、3年前の噴火で流れ出した溶岩流が村を埋め尽くし破壊してしまいました。村の人々は事前に避難をしており、死者や怪我人は1人もいませんでしたが、自然の猛威の前に自分たちの村が無くなってしまうというのは、筆舌に尽くしがたい経験だったと思わずにはいられません。現在、村には500人ほどが戻ってきて、村の再建に取り組んでいます。





固まっているとは言え溶岩流の地面は未だ放熱があり、建物の床の上ですらとても裸足で歩くことなどは出来ません。さらに日に数度、地中深くから『ドーン!』と突き上げるような轟音と振動。何事かと思い、何度も夜に目が覚めました。噴火からまだ数年内は火山自体のエネルギーが収まらず胎動を続けている証です。
噴火から約3年、そんな過酷な環境の中で、溢れんばかりの笑顔でもてなしてくれた人々のフレンドリーさと、何より前しか見ていないそのパワー。村の再建作業は、潰れた住居等の再建に始まり、畑を耕作し、火山地帯の肥沃な土壌を利用してのコーヒーやワイン造りなどもスタートしています。噴火で村が無くなってから、まだたったの2年と少しです。火山という地球のパワーも壮絶なものがありますが、それよりも村の人々の持つパワーに打ちのめされた数日でした。数年後、必ず大きく立ち直っているであろう村をまた再訪して、この村の人々のパワーをもらいに行きたいと思っています。

アフリカの森から(小島美佐さん著)
新書をご紹介します。
「アフリカの森から」(小島美佐さん著)です。
長くアフリカ、その中でもナイジェリアと深く関わってきた著者が現地で体験したこと、また人との交流から感じたことなどが書き綴られた1冊です。
政治家から村人まで、現地のいろいろな人たちとのやり取りが描かれていますが、一人一人の生の声がとても新鮮です。
アフリカでも最大の人口1億8200万人を抱えるナイジェリアは名前こそ知られるものの、日本からは最も馴染みのない国のひとつかもしれません。
それだけにナイジェリアという「国」ではなくて、そこに住む人たちの顔が見えてくる、とても興味深い内容でした。
それにしても日本の面積の2.5倍、人口1億8200万人の国もアフリカ54か国のうちの一か国に過ぎません。アフリカはとにかく広いです!
by KQ
ウガリの値上がり
ケニアではウガリが主食であり、ウガリはウンガというトウモロコシの粉を練ってつくります。
水不足が原因でトウモロコシが育たず、昨年から徐々にウンガが値上がりしています。
最近ナイロビを賑やかしているのは、政府が言い出した、メキシコからウンガを輸入するというもの。
先週に木曜日に注文した29,000トンのウンガが先週の金曜日にケニアに届いたと報道され、それはさすがに嘘だろう、と疑問の声があちこちで上がっています。
29,000トンものウンガを船に積み込み、メキシコからケニアまで1日で来るのはさすがに無理だろうとは思いますが、港で働いている人曰く、29,000トンものウンガを船に積むだけでも3日はかかる、とのことで、今週の新聞はウンガの記事で持ちきりです。
輸入したことで値上がりしたウンガを150kshから90kshへ値下げすると言ってはいるものの、スーパーでは1つもウンガを売っていませんでした。
ケニアの人々にとって、主食であるウガリの値上がりは死活問題ですから、政策がうまくいくといいのですが…
ナイロビ駐在所・菊地 佑介