風まかせ旅まかせ Vol.16 セントヘレナ島を訪れた

10年ほど前にセントヘレナ島を訪れた。ナポレオンの流刑地として有名な島だが、飛行場もなく、南アフリカのケープタウンから船で6日もかかる。その船も本数の少ないイギリスの郵便船、海外領土の離島を定期的に結ぶメールシップだ。僅かな客室が用意され、余裕を持って予約をすれば観光客も乗せてもらえる。
しかし南極からの海流の影響か大西洋の波は荒く、小さな貨客船に揺られる乗客にはハードな旅が続き、6日目の朝に小さな島影が見えたときは感慨もひとしおだった。小さなボートを使って上陸すると目の前にジェームスタウンの町が広がる。850人ほどが住むセントヘレナ島唯一の大きな町だ。山から海に向かって延びる谷に沿って町が作られており、小さな博物館、数件のホテル、小学校、雑貨屋、郵便局などが続く。人影は少なくひっそりした印象だ。
用意された車に乗って、数キロ離れた島の中央部へ向かう。フランス国旗がはためく古い平屋を訪れる。1815~1821年に掛けてナポレオンが幽閉された家だ。愛飲したケープ産ワインの空き瓶、ベッドやテーブル、服などがそのまま残され見学することができる。その後、森の中に作られた墓へ。鉄策で囲まれた墓に既に遺骨はないが(パリのアンバリッドに移されている)当時の面影を感じることができる。
セントヘレナはスエズ運河が完成するまでの間、又それ以前の大航海時代に大西洋を航海する船にとって、水や食料(豚が有名だったそう)の補給地として大変重要な島だった。現在より遥かに活気のある島だった様子は、博物館に展示された写真で見ることができる。沖合いに大小の帆船が停泊し、町にも多くの人々、何台もの馬車が写されている。この島を訪れた人々は、歴代の知事に挨拶に行きビジターズブックに記帳している(実際に見ることもできる)。幕府に開国を迫ったペリー、オランダ人医師シーボルト、シンガポール総監のラッフルズ、古くは天正遣欧少年団もこの島を訪れているようだ。
12日間の行程中、セントヘレナ滞在は僅か2日間だったが、実に多くのことを学んだ幸福な2日間だった。こんな旅もいいな、と思う。
写真 : セントヘレナ島ジェームスタウン by Andrew Neaum from Wikimedia Commons