ナイロビ ダイアリー no.7 「T.I.N.」

ナイロビでは、よく「T.I.N.」という
言葉を耳にする。
読み方は「ティー・アイ・エヌ」、「ディス・イズ・ナイロビ」の略。
何が起きても、「ティー・アイ・エヌ」。
大統領選挙が何回やり直しになっても、空港が燃えても「ティー・アイ・エヌ」。
「なぜならナイロビだから」。
何の理由にもならない答えが妙に説得力を持っている。
これでいいのか?いや、よくない…はず。
そんな「ティー・アイ・エヌ」に翻弄される毎日です。

盗難防止システム

ある日の夕方、仕事を終えていつものように渋滞の列に並んでいた時の事だ。道路を横断する人々をかわしながら、車をじりじり進ませていると、道行く人の中で、1人の少年が私の車の横で急に立ち止まった。視線は明後日の方向を向いているが、いやに車に近い。ぴったりと寄り添うように立っているので、「ん?何か変だな」と思った瞬間、「バキバキッ」と何かが外れる音がして…少年は一瞬にして人々の群れの中に見えなくなった。あまりの早業に声を上げる隙もなく、ものの数秒で車のウインカーが盗まれていた。何も運転中の車から盗ることもないだろうに…、手際の見事さに言葉がなかった。
後日、車の部品を中古市場に探しに行き、運良く同じ型のウインカーを見つけて喜んでいたら、修理工のおっさんが「ちゃんと、盗難防止システムを付けた方がいいぞ」とアドバイスをくれた。具体的に“システム”とやらのイメージは浮かばなかったが、せっかくだからお願いした。
30分ほどして戻ってくると、左右のウインカーは、上から薄い鉄板でガードされ、車体に穴を開けて埋め込まれていた。おまけに、サイドミラーも太いワイヤーで、がっちり車体と繋がっていた。思いのほか出来が良かったのか、おっさんは煙草を吹かしながら、しきりに「ビューティフル…」と、ひとり悦に入っていた。あまりに力技の“盗難防止システム”に、私が唖然としていると、おっさんが一言。「ティー・アイ・エヌ」(ナイロビだからな)。

ウインカーもしっかりガード
ウインカーもしっかりガード

サイドミラーはチェーン付きだ!
サイドミラーはチェーン付きだ!

トレーニング

昨年末、現地添乗員としてナイロビからキリマンジャロ登山に同行するという仕事があった。日頃の運動不足もあり、果たして6,000m近い山に登れるだろうか?と、不安があったので、1カ月くらい前から近所のジムでトレーニングをはじめた。
専属トレーナーの先生が1対1で付いてくれる本格的なもので、初日はどういう内容のトレーニングがしたいのかを話し合う。登山の仕事のことを説明し、筋力というよりは持久力を付けたい、高地登山向けに肺活量をアップさせたいとお願いし、先生は「うんうん」と大きな笑顔で頷く。

怒ると怖い先生。逆らえません。
怒ると怖い先生。逆らえません。

翌日からさっそくトレーニングが始まった。まずは3階建てのビルの階段をダンベルを持って、ひたすら往復登り降り、これはきつい。休む間もなく腕立て・腹筋・スクワットを何セットも。これもきつい。ゼーゼー肩で息をしていると、「休むな!」と容赦なく言葉が飛んでくる。ヘッドギアを付け、グローブを嵌めてサンドバッグを叩く。先生の指導にも熱が入り、左ジャブ・右ストレートの打ち方を実戦さながらに身体で覚えさせられる。「今のパンチはいいぞ!」などと言われると、ついつい力が入る。腕が上がらなくなった頃に終了。先生から、「きちんとパンチが打てるようになったら、来週はミドルキックを教えてやる」と言われ、思わず嬉しくなる。…が、はたと気づいた。自分はここに何しに来たんだっけ?登山とミドルキックは果たして関係あるんだろうか?疑問がよぎったが怖くて聞けない。しかし、数週間のうちにトレーニングはどんどん実戦向きになっていき、関節技や絞め技なども取り入れられ始めた。これは絶対に登山とは何の関係もないはずだ…。遠のく意識の中でそんなことを思う。
ある日、意を決して先生に、トレーニングの方向性が違うのではないかと訴えた。答えは一言、「ティー・アイ・エヌ」(ナイロビだからな)。なぜか逆らえない説得力があり、それ以上は何も言えなかった。数週間後、無事にキリマンジャロを登頂し、添乗業務もやり終えた後、私は再びジムの門を叩くことはなかった。
頑張って鍛えています。なぜならナイロビだから。
頑張って鍛えています。なぜならナイロビだから。

生野