African Art 16 パリのケ・ブランリー美術館

私がパリに行く度に時間を見つけて必ず立ち寄るところはケ・ブランリー美術館である。これは2006年6月に元々シャイヨー宮にあった人類学博物館とポルト・ドレ宮にあったアフリカ・オセアニア博物館が当時のシラク大統領によって統合された新しい形の美術館で、多岐にわたる民族学的資料と収蔵品とが美術と人類学的視点からまとめられている。
ケ・ブランリー美術館の最初のエントランスで出迎えてくれるのは、アフリカ、マリのドゴン族の前身テレーム人が10~11世紀に制作したものといわれるジェネンケ様式の両性具有の特大の立像である。とても硬い木を用いて作られたこの彫像は力強い造形力と神秘的な表情を持ち、アフリカ美術を代表する傑作のひとつである。形態的にはドゴン族がその地に住み始める前のテレーム人の時代的特徴が顕著で、両手を上に高く挙げた形は創世神話と結び付いたものといわれる。この像は古くからサハラの台地で信じられてきた両性具有崇拝思想を表現していて、神は男女両性を創造し、その2つの性が協力した時に物事は成就するという意味を持っている。12世紀頃、イスラム化が進むにつれてドゴン族はその感化を嫌い、現在住んでいる険しい岩盤の山岳地帯に逃れていった。生活の中心に土着信仰があったその当時に想いを馳せて、この大きな立像を眺めて見ると彫像はなお一層気高い。

ドゴン族(マリ)両性具有の立像 10~11世紀 210×37×22cm この立像はHelen&Philippe Leloupさんの協力とAXA財団の援助によりフランス政府が取得したものである。 (Musee du Quai Branly)
ドゴン族(マリ)両性具有の立像 10~11世紀 210×37×22cm
この立像はHelen&Philippe Leloupさんの協力とAXA財団の援助によりフランス政府が取得したものである。 (Musee du Quai Branly)

さて、美術館の観賞順路から行くと、次にはアジア・オセアニアの展示があり、その後、広いスペースをとってアフリカの展示が続く。展示されている作品の質はまさにアフリカ美術の粋を集めたものと言っても過言ではない。私の非常に好きな作品のひとつに黄金の都ジェンネから発掘されたテラコッタ像がある。13世紀から15世紀のものと推定されているが、これらのテラコッタは1970年代後半から1980年代半ばにマリ政府が輸出禁止にするまでは市場にたくさん出ていて、私自身もよく目にしたものである。ジェンネの人物像の多くは座っているか、立膝をついているかのポーズで、苦悶の表情を浮かべ、病人や異形の者、あるいは体に蛇を巻きつけたものなどが特徴である。どのような目的で作られたのかは定かではないが、病者の占いの儀礼に使ったり、祠に儀礼用の壺などと一緒に厄除けとして置かれたり、骨壷とともに埋葬されたのではないかと考えられている。残された造形品から見てジェンネ王国では高度な文化が繁栄していたに違いない。この美術館は質、量ともにアフリカ美術の超一級の収蔵品を持つ、訪ねる価値の非常に高い大変ユニークな場所である。
ジェンネ地方(マリ)女のテラコッタ像 13~15世紀 37.5×31×24cm
ジェンネ地方(マリ)女のテラコッタ像 13~15世紀 37.5×31×24cm

ヤウレ族(コートジボワール)の仮面40cm
ヤウレ族(コートジボワール)の仮面40cm

ドゴン族の仮面群
ドゴン族の仮面群

写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

African Art 15 エコイ頭上仮面

ナイジェリア南東部とカメルーンにまたがるクロスリバー地域にはいくつかの土着信仰を持つ民族が住んでいる。今回取り上げるエコイ族はその中でもレオパードを意味する“Ngbe”と呼ばれる結社を持ち、古くから力を持った部族である。この部族の頭上仮面はアフリカの仮面の中でも特に呪術的な力を感じさせる。

ユニークな髪形の頭上仮面 H40cm W55cm
ユニークな髪形の頭上仮面 H40cm W55cm

アフリカの仮面の中で、その本体に動物の皮を張ったものは非常に稀である。私が現地を訪ねた折りエコイ仮面の由来を聞いた時の話だが、それによると、皮を張った仮面を作るようになったのは、昔に行われていた生首を頭上に載せた舞踏儀礼が、20世紀初頭、英国の植民地時代に野蛮だということで禁止になり、それに代わるものとして木製の本体にカモシカの皮を張り、木の葉や皮の樹液で皮膚の色に似せて本物に近い形を作ったのが始まりだという。昔は、他部族との戦闘に勝利すると、祝宴の舞踏の際、敵の首領の首を切り取り頭上に載せて、そのパワーを自分たちの中に取り入れようとする儀礼が行われていた。また、何年か毎に取り行われる大きな祭礼や儀礼の時には、生贄として奴隷などを祖先の祠に捧げ、その生首を頭上に載せて踊ったともいわれている。
女結社の頭上仮面 H30cm
女結社の頭上仮面 H30cm

頭上仮面 H28cm
頭上仮面 H28cm

エコイの仮面には2つのタイプがある。一つはヘルメット状になっていて頭からすっぽりと肩までかぶるタイプと、もう一つは首まで立体の造形を作り、その下に籐などで作られた籠状のものを付けて頭の上に載せるタイプである。ヘルメット状の仮面には1つの顔、2つの顔、3つの顔を持つ仮面がある。2つの顔、3つの顔の仮面には世の全てを見渡せるという意味合いが込められている。またエコイ族には男と女の秘密結社があり、それぞれ男の仮面、女の仮面が存在する。女の仮面は女の子が結婚する前の儀礼などに使われ、男の仮面は葬式、裁判の決裁役、不正人の監視役、農耕祭など社会的な役割を担う儀礼に使われる。仮面は、生と死の橋渡し役、祖先との伝達役として超人的な力を持つ存在でなくてはならず、威嚇し、全ての人が怖がり、絶対に立ち向かえない力を持つ存在であった。
頭上仮面 H32cm
頭上仮面 H32cm

頭上仮面 H27cm
頭上仮面 H27cm

今回、写真で紹介する仮面の一つは、女結社の仮面で髪の毛を角のように表現したユニークな頭上仮面である。これはエコイ社会において髪を非常に重視していることの証である。この頭上仮面は技術的に卓越した作り手による美しい女性の顔で、静かな表情は何かを語りかけるようだ。これは、エコイ仮面の神秘性と造形力を兼ね備える傑作の一つであり、全てのアフリカ仮面が内蔵している力を最もストレートに表している仮面でもある。
写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

African Art 14 ヨルバの扉

今回、写真でご紹介するこの扉は、おそらく20世紀半ば頃の制作である。この扉のモチーフにはヨルバ族の重要なメッセージが表現されている。パネルの左側面と中央下から2番目に見られる人間の目を突いている鳥を見ていただきたい。この鳥は神々の神聖な使者としてのハゲワシである。かつて、ヨルバ族の儀礼では神と人間のコミュニケーションの手段として人間が生贄として捧げられてきた。19世紀以前には鉄の神「オグン」を讃える祭りや新しい王の就任式などの最も重要な儀礼において、人間は神に捧げる最高の生贄であった。この写真の扉ではハゲワシが人間の目を突いているが、これは神がこの生贄を喜んで受け入れたという意味であり、儀礼の成功を表している。

ヨルバの扉(H183cm×W61cm)
ヨルバの扉(H183cm×W61cm)

ハゲワシが生贄の人間の目を突いている
ハゲワシが生贄の人間の目を突いている

この扉以外にもアフリカには表面にユニークなデザインが施された扉がたくさんある。マリのドゴン族やナイジェリアのヌペ族などの戸外で用いられる扉のなかには、幾何学模様がモダンアートのように描かれている芸術的なものがある。風雨に晒されて使い込まれたその独特な味わいは現代空間を飾るオブジェとして人気が高い。
また一方で、室内に使われる扉には具象的な造形が施されていることが多い。今回取り上げたヨルバ族の扉は室内で使われる具象的なデザインを代表するひとつである。もともとヨルバ族の祖先は紀元前2~3世紀のノック時代まで遡り、既にその時代の塑像において世界的レベルの洗練された作品を創っていた。その後、12世紀頃から17世紀頃まで繁栄を謳歌するイフェ、ベニン時代になると、その美術的な技術や質は更に向上し、アフリカにおけるルネッサンスと呼ばれるほどの完成度に達した。
現存するイフェやベニンの彫像はほとんどブロンズ作品であるが、同時代には数多くの優れた木彫作品も存在したであろう。アフリカの厳しい気象条件と保管の悪さによりこの時代の木彫作品は現存しないが、ブロンズ作品に匹敵する多くの秀作が創られていたことは間違いない。現存する木彫作品は19世紀位のものから残っているが、それらの仮面や神像から卓越した完成度を感じることができる。19世紀の後半から20世紀の頃は、腕のある造形職人たちは宮廷のお抱え職人となり優遇されていたので、優れた職人の工房には腕を磨こうとする若い職人たちが弟子入りして技術は練磨され発展していった。
ヨルバ族 母子像(H56cm)
ヨルバ族 母子像(H56cm)

ノック・テラコッタ頭像(H27cm)
ノック・テラコッタ頭像(H27cm)

写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

African Art 13 アフリカの織機、筬(おさ)と杼(ひ)

アフリカで使われている道具の大半は機械を使わずに手で作られたものだ。織機も枠組みから綜絖、筬、杼、すべてが手作りである。西アフリカの織機の筬は日本、東南アジア、インドなどのものと違って随分小さく、幅は15cm-20cm位だ。筬の幅が狭いので織られる生地幅も10cm位になる。衣服などにはその細い帯をつなげた大きな布を用いている。機織りは昔から男の仕事で、西アフリカの村を訪ねると必ずと言ってよいほど大きな木の下で黙々と機織りに勤しむ男たちを見かける。

筬(おさ)
筬(おさ)

杼(ひ)
杼(ひ)

筬や杼はほとんど木製であるが、筬は時々竹に似た柔らかい素材でも作られる。筬の形が下に膨らみちょっとした重さを持っているのは、筬が垂直にぶら下がり常に重心を下げて織り易くするための知恵である。機能性だけを考えるならただの円柱の筒でもいいはずなのに、そこがアフリカの人たちの素晴らしいところである。日常の道具にも繊細なデザインセンスを示してくれる。
機織りは男の仕事だ。 ドゴン族(マリ)
機織りは男の仕事だ。 ドゴン族(マリ)

長年使われてきた道具は摩擦や汗などが加わって独特な柔らかい形と味を醸し出し、時間に培われた愛着がこちらにも伝わってくる。筬のナイーブな形は美しく、展示台を作って飾るなら一つの立派なインテリアデコルになるだろう。今でも都市の骨董屋に行くと西アフリカ各地で使われているこうした機織り道具を簡単に買うことができ、安価なものではあるが、その形とパティナと呼ばれる味は絶品である。古道具に興味ある人なら長く使い込まれて生まれたこのトロトロとした味には思わず笑みがこぼれるはずだ。
ほんの30年くらい前まではセヌフォのベッドにもこのトロトロとした味がついたものを見つける事ができたが、今ではそんな絶品に出会うことは滅多にない。古色のついた木製品の魅力は万国共通で、日本のものでも東南アジア、インドのものでも、赤琥珀のようになったこの色合いに好事家達は虜になってしまう。日本や東南アジアではなかなか古い木味を持つオブジェを見つけるのが難しい昨今であるが、アフリカを旅すれば、日常的に使われている道具のなかにも芸術的なオブジェを見つける事はまだ簡単である。これも今日、アフリカを旅する魅力の一つになりうるのではないだろうか。

筬、杼の種類と地域

筬:モシ族(ブルキナファソ)
筬:モシ族(ブルキナファソ)

杼:ヨルバ族(ナイジェリア)
杼:ヨルバ族(ナイジェリア)

筬:ドゴン族(マリ)
筬:ドゴン族(マリ)

杼:フルベ族(マリ)
杼:フルベ族(マリ)

筬:バウレ族(コートジボワール)
筬:バウレ族(コートジボワール)

杼:アシャンティ族(ガーナ)
杼:アシャンティ族(ガーナ)

写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

African Art 12 ダオメイ王国(ベナン共和国)の祖先を敬う“アセン”

ベナン共和国のフォン族には、祖先を敬う儀礼の時に祭壇として用いる“アセン”と呼ばれる金属でできた円錐形の神具がある。20cm~40cm位の円形の平板を鉄の心棒で支え、高さは70cm位から150cm位のものまである。アセンは金属製の持ち運びできる祭壇で神や祖先の霊を敬う儀式の時に使われるものとして、ダホメイのフォン族王家の間で17世紀初頭に作られるようになったと聞く。最初の頃は王家の儀式のためだけに使われ銀や真鍮で作られていたようだが、徐々に一般に広まるにつれ錬鉄やブリキなどで作られるようになった。

アセン”帽子をかぶった王にひざまづき貢物を献上する人と日傘を持つ従者
アセン”帽子をかぶった王にひざまづき貢物を献上する人と日傘を持つ従者

“アセン”玉座に座る王とその周りを囲む木々とカメレオンや鳥
“アセン”玉座に座る王とその周りを囲む木々とカメレオンや鳥

“アセン”移動用イスの上の王と従者達。十字架と月
“アセン”移動用イスの上の王と従者達。十字架と月

ベナンの南に位置する小さな沿岸の町OUIDHA(ウイダ)は18世紀の中ごろから奴隷貿易が盛んでポルトガル商人とダオメイ国王との間で奴隷の取引が盛んに行われ、多くの奴隷がポルトガル領ブラジルに輸出された。1922年ブラジル帝国がポルトガルから独立した後も大農園主の意向で奴隷制は維持され続けたが、アメリカなどの奴隷制廃止と西欧社会からの非難によって1888年に奴隷制は廃止された。これに伴い奴隷の子孫たちの本国送還が始まった。彼らのほとんどがブラジルに連れて行かれた奴隷の第3世代だった。ウイダはブラジルから戻ってきた元奴隷一族の一大入植地となり、様々なブラジルの習慣や伝統が持ち込まれた。宗教はヴードゥー教とキリスト教が融合し、その世界観を表現する独特な“アセン”が発達した。
17世紀のフォン王国時代から使われている移動式祭壇“アセン”
17世紀のフォン王国時代から使われている移動式祭壇“アセン”

円形の平板の上には立派な玉座に座る王を象徴する人物が多分ブラジル産であろうタバコを王侯貴族の特権であった長い柄のパイプでくゆらし、横では女が大きな団扇を仰いでいる。王の前には膝まづいて献上物を捧げる家臣たちがいて、冨の象徴である水平に切り取られた大きなひょうたんが置かれている。またあるものには、ココヤシか何かの木が表現され、そこには一羽の鳥がいる。宇宙の創造物の中では男性を表すカメレオンが君主の方を向いているのに対し、鳥や犬などの動物は敵が近づくと大きな声で鳴き警報を出す見張り番として外を向いている。アセンにはその他、神や祖先にお祈りを捧げる人物像が多く表現されている。
この“アセン”は最近まで使われていたので、現在でもこの地方のマーケットに行くと、円盤の上に置かれていた古い真鍮の人物像や動物類を簡単に見つける事ができる。その造形は可愛く、美しく、小さな美術作品である。鉄製の鳥はとても素朴で、豹、犬、象、カメレオン、蛇などいろいろな動物類にも素晴らしいものがたくさんある。ダオメイ王国の栄華と宇宙観がこの直径30cmの円盤の上に繰り広げられていて、どれを見ても飽きる事はない。
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 1
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 1

アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 2
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 2

アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 3
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 3

アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 4
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 4

アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 5
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 5

アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 6
アセンの上に取り付けられたブロンズの小像 6

写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/