WILD AFRICA 32 アフリカゾウは静かに歩く

アフリカゾウは地上最大の動物だ。大きなオスの成獣ともなれば、肩までの高さが3.5メートル、体重は5トンを超える。ところが、あの巨体にもかかわらず、彼らは信じられないくらい静かにブッシュの中を移動する。以前、藪の濃い南アフリカのクルーガー国立公園で、ファインダーの先にいる被写体に気を取られている間に、車の真後ろまでゾウが来ていたという経験をした。向こうは別にチャージしてくるでもなく、まるで私の間抜けさを笑うかのようにこちらを一瞥すると、再び藪の中へと姿を消した。あれは大いに肝を冷やした出来事だったが、ゾウがあまりにも静かに動くことに驚嘆もした。植物が密生し、地面にも枯葉や枯れ枝が散乱している状況でも、風に揺れる枝葉程度の音しか立てないのだ。
秘密の一つは、ゾウの脚の構造にある。彼らの脚は、持ち上げると底の肉がたるみ、下方へ大きく湾曲するようにできている。つまり脚を下ろす際に、いきなり平面で踏みつけるのではなく、まるで軟式テニスボールを地面に押し付けるように、やんわりと体重がかかるようにできているのだ。いま一つは体の形状だ。真上から見ると、アフリカゾウはかなり楕円形に近い形をしている。藪を掻き分ける際に、枝などをへし折らずに進めるようにできているのだ。水中を航行する潜水艦の形状などと理屈はよく似ている。
しかし、なぜああまで静かに移動せねばならないのか、その理由が正直なところよく分からない。アフリカゾウはサバンナの王者だ。成獣であればライオンですら手出しはしてこないし、エサとなる草木は逃げはしないのだから、何かに忍び寄る必要もない。しかも、好物の木の葉や果実を見つけたら、もの凄い音を立てて樹木そのものを押し倒したりもする。また音はしなくとも、風下にいれば私のような感覚のさして鋭くない人間すら気付くくらい体臭も強いのだから、別に気配を消そうとしているわけではないはずだ…。
写真は乾季のボツワナ、マシャトゥ動物保護区にある水場に家族と共にやってきた子供たちだ。以前紹介したエレファント・ハイド(現在はマタボレ・ハイドと呼ばれている)で、去年撮影した。こちらはハイドの中で身じろぎせずに待っていたのだが、それでもすぐそばに来るまで音は聞こえなかった。
撮影データ:ニコンD4、AF-S NIKKOR 500mm f/4D II、1/1600秒  f/5.6  ISO1000
山形豪さん、待望の写真集と書籍を出版!

動物たちの瞬間をとらえた美しい一冊 『From The Land of Good Hope(喜望の地より)』 風景写真出版/3,241円(税別)
動物たちの瞬間をとらえた美しい一冊 『From The Land of Good Hope(喜望の地より)』 風景写真出版/3,241円(税別)

大自然を貫く「生」の本質に迫る! 『ライオンはとてつもなく不味い』 集英社新書ヴィジュアル版/1,300円(税別)
大自然を貫く「生」の本質に迫る! 『ライオンはとてつもなく不味い』 集英社新書ヴィジュアル版/1,300円(税別)

写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 31 トビウサギ

長年に渡りフィールドに出ていると、アフリカの自然を象徴するゾウやライオンなどの大型野生動物を撮影するだけでは飽き足らなくなってくる。経験値が上がることによって、サバンナの生態系が持つ多様性や複雑さが見えてくるという側面もあるが、図鑑やフィールドガイドを開くにつけ、まだ見たことのない種、見たことはあってもまともな写真が撮れていない動物があまりにも多いことがだんだんと悔しくなり、チャレンジ精神に火がつくのだ。
そんなチャレンジの対象になっていた被写体のひとつがトビウサギだ。この奇妙な姿をした動物は”ウサギ”と名がついてはいるが、実はネズミの仲間だ。アフリカ東部から南部の平地に広く分布しており、個体数という点から見ても決して珍しい種ではない。以前このコーナーで紹介したツチブタのほうが、出会える確率はずっと低い。ところが、まともな写真を撮ろうと思うと中々ハードルが高い相手なのだ。
まず、彼らは完全に夜行性なので、日没後でもゲームドライブが許されている場所でないとお目にかかれない。しかも、決して大きな動物ではない上(ネズミとしては巨大だが)、草地を住処とし、植物の根などを主食とするため、写真を撮りやすい完全に開けた場所にはなかなか出てきてくれない。加えて、彼らは光を嫌う。ライトを照らした瞬間に逃げ出してしまうので簡単には近寄ることができない。大きな後ろ足でカンガルーのようにピョンピョンとせわしなく跳ね回り、動きも直線的でないのでピントをじっくり合わせる余裕も与えてくれない。
写真はボツワナ北部のリニャンティ・コンセッションでのゲームドライブ中、運よく車の近くで立ち止まってくれたため何とか撮影に成功したものだ。この手の撮影では、構図がどうこう考えてる暇はない。とりあえず標本写真が撮れればよいので、相手を画面のど真ん中に入れて、シャッターを切った。まあ別に撮影に成功したからどうというわけではないのだが、自分のマニアックな蒐集欲求を満たすという一次目的はとりあえず果たしたわけだ。
アフリカのサバンナには、まだまだ面白い動物たちがたくさんいる。それらの存在を知っていれば、サファリはより一層楽しいものとなる。ただし、どこにどんな生き物が住んでいるといった事前勉強をしておく必要があるのは言うまでもない。
撮影データ:ニコンD500、AF-S 200-500mm f/5.6E ED VR、1/60秒 f5.6  ISO1000 ストロボ
トビウサギ
英名:Springhare
学名:Pedetes capensis
全長:80cm (尾長43cm)
体重:3.1kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 30 ロッジ選びの難しさ

「早起きは三文の徳」と古くから言うが、動物写真を撮る人間にとって、早起きは絶対条件だと私は思っている。動物たちの活性が最も高いのは、日の出直前から直後のわずかな時間帯だし、光が一番きれいなのも早朝だ。とにかく地平線上に太陽が顔を見せるころにはフィールドに出ていなければならないのだ。
ところが、サファリロッジに滞在していると、ロッジごとのタイムテーブルに従わねばならず、もどかしい思いをすることがある。2015年11月下旬、私はボツワナ、オカバンゴ・デルタ南東部の某有名ロッジにいた。そこでは、日の出が5時15分前後という時期に、ウェイクアップコールが5時半、6時から朝食で、サファリの出発は6時半だった。1日のうち、撮影/観察条件のもっともよい大事な時間帯に、悠長に朝飯を食うなぞ冗談ではないと思った私は、スケジュールの変更はできないのかと聞いたが、無理だと突っぱねられた。しかもロッジは動物の多いエリアまで車で15分程度の距離にあったため、実際撮影に至る頃には日の出から優に1時間半は経過している計算だった。それでは太陽光はもはや強烈すぎるし、動物たちの活性も落ち始めている。案の定、結果はまったく納得のできないものとなった。
一連の残念な体験の後、数年来通い続けているボツワナのマシャトゥ動物保護区を訪れた。こちらのロッジの時間割りは、季節ごとの日の出の時間に合わせて変わる。11月はウェイクアップコールが4時45分、5時にコーヒーやマフィンが用意されたラウンジに集合、5時15分には出発となる。しかも出発時間は客の意向次第となっている。私は出発時間をさらに30分早めてもらい、日の出までには撮影ポジションにつけるようにした。そのような注文にも応えてくれるのがマシャトゥであり、とにかくベストな時間帯にとことんまで動物たちを観察/撮影できるよう努力してくれるのだ。おかげで撮影内容は非常に満足のゆくものとなった。しかもそこまでやってくれて、オカバンゴの某ロッジよりも料金が安いときている。
撮影や動物の生態観察に主眼を置くならば、融通の利かないロッジではなく、とことんサファリを重視してくれるロッジを選ばないと、高い金を払った上に嫌な思いをする結果となる。しかし、インターネットの情報もあまりあてにはならず、客の要望とロッジのスタイルとのマッチングがうまくいかないケースは少なくないようだ。納得できる旅行にするためには、各ロッジの運営スタイルをよく把握している旅行代理店を選ぶことをお勧めしたい。
撮影データ:ニコンD4、 AF-S VR 80-400mm f4.5-5.6、1/1600秒  f5.6  ISO800
早朝、マシャトゥで出会ったブチハイエナの子供
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 29 サバンナの珍獣・ツチブタ

ツチブタほど奇妙奇天烈という言葉がぴったりと当てはまる動物もいまい。ブタのような鼻、ウサギのような耳、丸く湾曲した背中と太く長い尻尾、中途半端に生えた毛。どれをとっても何かがおかしい。その姿かたちは、正に珍獣と呼ぶにふさわしい。
ブタと名がついてはいるが、ツチブタは一目一種の動物であり、イノシシなどとはまったく関係がない。主食はシロアリやアリで、前足の強力な爪で巣を破壊し、出てきた虫を長い舌でからめとって食べる。赤道付近の熱帯林地帯など一部地域を除き、サハラ以南アフリカに極めて広く分布しているため、決して希少種ではないが、とても警戒心が強い上に夜行性でもあるために通常のサファリでお目にかかることはまずない。写真は南アフリカのキンバリー市近郊で夜間に撮影したものだ。スポットライトが届くギリギリの距離だったので、カメラのISO感度を思い切り上げて撮った。画質にザラつきがあるのはそのためだ。
姿を見るのは難しくても、ツチブタが辺りにいるかいないかを判断するのは簡単だ。そこかしこに直径50cmほど、深さ数メートルの斜めに掘られた穴があったら、そのエリアにはツチブタが暮らしている。あんな巨大な穴を掘る動物は、アフリカのサバンナには他に存在しない。この穴が実に厄介で、ブッシュを歩く際には、気をつけていないと足を取られて骨折などの大怪我をしかねない。特に足元が見えづらい草むらでは注意が必要となる。オフロードで車を運転する場合も油断ができない。大型四輪駆動車でさえ車輪がはまってスタックしたり横転した事例はあり、死亡事故も起きている。そのため現地の住民からは迷惑な存在として扱われることが多い。
ところで、ウォーキングサファリの最中にツチブタの穴を見つけても、むやみに穴の正面に立って中を覗き込んだりしないように。使い古しの穴は多くの動物たちに再利用される。特にイボイノシシはツチブタの穴をねぐらとしてよく使う。中にイノシシがいる時に出口を塞いでしまうと、相手は退路を絶たれたと思い込んで突進してくる可能性があり非常に危険だ。中を確認したいのであれば、開口部の横からそっと覗き込むようにすることをお勧めする。入り口にクモの巣が張っていたら、そこに哺乳動物はいないだろう。しかし、もしかしたらヘビがいるかもしれないのでご注意あれ。
撮影データ:ニコンD800、AF-S VR 80-400mm f4.5-5.6、1/200秒  f5.6  ISO5000
ツチブタ
英名:Aardvark
学名:Orycteropus afer
全長:1.45〜1.75m
体重:40〜65kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 28 ロッジの中でサファリを楽しむ

サファリの楽しみは、やはりゲームドライブにある。楽しいことこの上ないし、そのためにアフリカまで行くと言っても過言ではない。しかし、ゲームドライブは非常に能動的な行為であり、体力も消耗する。また、音のうるさい車に乗って相手に向かって行くため、それを許容してくれる動物や鳥にしか出会えないし、小型哺乳類や爬虫類、昆虫といった、ブッシュの小さな住人たちを観察・撮影するのはとても難しい。
そこで、時にはちょっと趣向を変え、相手からやってきてくれるのを心静かに待ってみてはどうだろう。アフリカ南部ではほとんどのサファリ・ロッジに、水場や川辺を見渡しながらくつろげるウッドデッキがある。風に吹かれながらうつらうつらしているうちに、辺りが静かになったのを見計らって色々な動物や鳥たちがやってくるに違いない。どうせ昼食後、夕方のゲームドライブまでは自由時間だ。部屋に戻って昼寝するのも悪くないが、壁に囲まれた室内では周囲の音や気配を感じられなくなってしまう。せっかくなら、サバンナの空気に包まれながら寛いだほうが、何かが見られる可能性もあって楽しいだろうというのが私の意見だ。
それに、ロッジの敷地内もサバンナの生態系の一部であることを忘れてはならない。植物が花をつけていれば極彩色のタイヨウチョウが蜜を吸いにきているかもしれない。身じろぎせずにいれば、トカゲがすぐそばまでやってくることもある。ただそこにいるだけで、アフリカの自然はその懐の深さを見せてくれる。一見何もいないように見える風景の中にも、常に多くの生き物たちが潜んでいる。それらは、“いない”のではなく、我々に見えていないだけなのだ。
写真はボツワナ、マシャトゥ動物保護区のロッジで撮影したスポッテッド・ブッシュ・スネーク。とてもスレンダーなヘビで、性格は大人しく無毒。主にトカゲなどを捕らえる。日中でもよく動き回るが、人気が多い時には姿を見せない。昼過ぎ、周囲からロッジのスタッフもお客さんもいなくなった時間帯、デッキチェアで横になっていたら現れた。のんびり過ごしている時でも、常にカメラを傍らに置いておくと、このようなチャンスをものにできる。
撮影データ:ニコンP900、1/250秒  f5  ISO125  -0.7EV
スポッテッド・ブッシュ・スネーク
英名:Spotted Bush Snake
学名:Philothamnus semivariegatus
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com