WILD AFRICA 31 トビウサギ

長年に渡りフィールドに出ていると、アフリカの自然を象徴するゾウやライオンなどの大型野生動物を撮影するだけでは飽き足らなくなってくる。経験値が上がることによって、サバンナの生態系が持つ多様性や複雑さが見えてくるという側面もあるが、図鑑やフィールドガイドを開くにつけ、まだ見たことのない種、見たことはあってもまともな写真が撮れていない動物があまりにも多いことがだんだんと悔しくなり、チャレンジ精神に火がつくのだ。
そんなチャレンジの対象になっていた被写体のひとつがトビウサギだ。この奇妙な姿をした動物は”ウサギ”と名がついてはいるが、実はネズミの仲間だ。アフリカ東部から南部の平地に広く分布しており、個体数という点から見ても決して珍しい種ではない。以前このコーナーで紹介したツチブタのほうが、出会える確率はずっと低い。ところが、まともな写真を撮ろうと思うと中々ハードルが高い相手なのだ。
まず、彼らは完全に夜行性なので、日没後でもゲームドライブが許されている場所でないとお目にかかれない。しかも、決して大きな動物ではない上(ネズミとしては巨大だが)、草地を住処とし、植物の根などを主食とするため、写真を撮りやすい完全に開けた場所にはなかなか出てきてくれない。加えて、彼らは光を嫌う。ライトを照らした瞬間に逃げ出してしまうので簡単には近寄ることができない。大きな後ろ足でカンガルーのようにピョンピョンとせわしなく跳ね回り、動きも直線的でないのでピントをじっくり合わせる余裕も与えてくれない。
写真はボツワナ北部のリニャンティ・コンセッションでのゲームドライブ中、運よく車の近くで立ち止まってくれたため何とか撮影に成功したものだ。この手の撮影では、構図がどうこう考えてる暇はない。とりあえず標本写真が撮れればよいので、相手を画面のど真ん中に入れて、シャッターを切った。まあ別に撮影に成功したからどうというわけではないのだが、自分のマニアックな蒐集欲求を満たすという一次目的はとりあえず果たしたわけだ。
アフリカのサバンナには、まだまだ面白い動物たちがたくさんいる。それらの存在を知っていれば、サファリはより一層楽しいものとなる。ただし、どこにどんな生き物が住んでいるといった事前勉強をしておく必要があるのは言うまでもない。
撮影データ:ニコンD500、AF-S 200-500mm f/5.6E ED VR、1/60秒 f5.6  ISO1000 ストロボ
トビウサギ
英名:Springhare
学名:Pedetes capensis
全長:80cm (尾長43cm)
体重:3.1kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

Africa Deep!! 60 30年ぶりに再訪したカメルーンで山に登る

カメルーン山に登ってきた。西アフリカ最高峰4095メートル。カメルーンは1987年に訪れて以来の訪問だから、実にちょうど30年ぶりということになる。あのときも山に登るつもりで山麓のブエアという街にやってきた。ところが季節は雨季の真っ只中だったので、朝から晩まで豪雨。安宿の屋根がトタン板だったものだから、一晩中ドラムを叩いているような轟音が鳴り響き、ほとんど眠ることができなかったと記憶している。結局、何日か滞在したものの、登山は断念した。だから30年ぶりのリベンジというわけだ。今回はちゃんと乾季にやってきた。でもカメルーン山は大西洋のすぐ近くに聳えているためか、ずっと白い靄がかかっていて全貌を望むことができない。
山麓にはプランタンバナナとアブラヤシとお茶のプランテーションが広がっていた。カメルーン・ティーというブランドの紅茶も売られている。道路がよくなりビルも増えていたが、しかし田舎の方では家の前でおばちゃんがのんびりバナナを売ったり、何をするでもない男たちが昼間からビールを飲んでいたりと、昔とあまり違わない光景が広がっていた。海岸沿いには油田がいくつも立ち並び、中国製のトラックが頻繁に出入りしていた。
ガイドとポーターを雇いさっそく登山開始。天を衝く板根が広がった巨木や、バナナの原種のような木、イチジクそっくりの実がなっている木などを観察しながらゆっくり登る。しばらく登ると朽ちかけた山小屋があり、持参のシュラフを広げた。ガイドが料理も作ってくれる。干した小魚で出汁をとり、人参やトマトピューレを加えてヤシ油で煮込んだソースを、パスタやごはんにかけて食べる。うまみがちゃんと出ていてなかなかのものだ。朝は食パンにジャムやマヨネーズを塗って食べた。
森林帯を抜けるとサバンナになるが、急登が続く。驚いたことに何人もの短パン姿のカメルーン人が走り抜けていく。しかも手ぶらだ。聞くと、年に一度、登山レースが開催されるのだが、そのトレーニングらしい。頂上までの標高差は3000メートルぐらいあるのだが、優勝者は往復4時間程度で完走するとのこと。カメルーン山は活火山で、現在でも山頂近くのクレーターから白煙が噴き出していた。かつて噴火した際に流れ出た溶岩で山頂付近の登山道はごつごつしている。転倒したら怪我では済まないだろう。高額な賞金が出るらしいが、山はやっぱり自分のペースで登りたいものだと思う。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/

アフリカの山に登ろう! recommend 2 ルウェンゾリ

ウガンダとコンゴ民主共和国の国境地帯にそびえるルウェンゾリ(5,108m)は、ケニア山に続くアフリカ大陸第3の高峰。19世紀末の探検家たちが憧れた伝説の山として知られています。今では整備も進み、弊社ツアーでは、エレナ・ハット(4,540m)を目指します。

探検家たちの心を熱くした神秘の山、ルウェンゾリ

伝説に彩られた「月の山」

ルウェンゾリは、キリマンジャロやケニア山が人々に知られるはるか昔から、その存在が噂されていた山で、「どこから流れてくるのか誰も知らない大河」ナイルの源流として古い書物にも登場します。最も古いものは、紀元後150年頃にギリシャの天文学者プトレマイオスが記した『ゲオグラフィア』(地理学)。「月の山脈」としてナイル川の源流について記録した文章にあらわれます。ただしルウェンゾリをこの「月の山脈」に比定したのは後世の人々で、元の記述は曖昧、プトレマイオス自身も誰かに聞いた伝説を参考までに著書に記しただけなのかもしれません。
いずれにしても、「ナイルの源流」と「月の山脈」というワンセットは、19世紀末に生きた探検家たちの心を熱くし、アフリカが徐々に外部の世界に知られるきっかけを作りました。最初に目撃した欧米人は探検家のスタンレー(1889年)、初登頂(1906年)はイタリア貴族のアブルッツィ公ルイージ・アメデーオ。目撃から17年で慌ただしく初登頂がなされました。

雲をまとった巨大なスタンレー山塊
雲をまとった巨大なスタンレー山塊

植村直己さんとルウェンゾリ

私は、植村直己さんの著書と出会ったことがきっかけでケニア山に登りましたが、このルウェンゾリは「植村さんが登れなかった山」でもあります。実際には、治安状況や植村さんご自身の時間的余裕の関係で「登らなかった山」なのですが、それを聞いた時に「次はルウェンゾリだ…」と私の目標が定まりました。とはいえ、登ろう!と思い立ってから登頂するまでには5年を費やしました。
当時は、ザイール(現コンゴ民主共和国)、ルワンダ、ブルンジ等周辺諸国の治安が悪化し、その影響でウガンダ西部のルウェンゾリ周辺も、1997年から2000年までの間は国立公園自体が閉鎖されてしまっていたためです。実際、当時のウガンダでは、地方へのバス移動の途中で軍による検問に出くわし、その都度荷物を細かくチェックされるようなこともありました。そんな時期をひたすら待って過ごし、私が初めてルウェンゾリに足を踏み入れたのは2000年11月のこと。その後は、仕事・プライベートあわせて7回、この山域に足を踏み入れています。

巨大な山塊と雄大な氷河の上の双耳峰

「ルウェンゾリといえば雨」というくらい雨のよく降る山で、常に雲がかかり、山容をクリアに見せてくれることは多くありません。キリマンジャロやケニア山と比べてもルウェンゾリは巨大で、探検家たちの名を冠した6つの小規模な山々からなり、それぞれは川と深い谷で隔てられています。森の密度は高く、植生は独特、岩肌は荒々しく、山頂部には巨大な氷河が横たわっています。それらの景観が、次々に発生して流れていく雲霧の向こうに見え隠れし、非常に神秘的な「幽玄の世界」といってもいいような雰囲気をたたえています。比較的少ない登山者も、その雰囲気を醸し出す一助になっているのかもしれません。

雲霧が育む独特の植生
雲霧が育む独特の植生

2000年の再オープン当時は山小屋も老朽化し、今ある湿地帯の木道もなかったため、キリマンジャロを遥かに超える「アフリカで一番ハードな山」に感じましたが、今では整備が進み、ワイルドさを残しつつそれなりに快適な登山が可能になっています。弊社ツアーでは、最高到達点を特別な技術が不要なエレナ・ハット(4,540m)とし、岩棚を超え、氷河の上を歩いて到達するマルゲリータ・ピーク(5,108m)までは足を延ばしませんが、ご希望の方にはプラス1~2日でピーク・アタックを加えた内容の手配旅行も承っています。固有の動植物・野鳥が多い世界遺産の山域ですので、エレナ・ハットまでのトレッキングでもこのユニークな山を充分楽しむことはできますが、リスクを負って登頂を目指す方は、マルゲリータ&アレグザンドラの2つのピークへ向かう大雪面、スタンレー・プラトーの雄大な光景をぜひ楽しんでいただきたいと思っています。私からのアドバイスはひと言。雨男・雨女でなくても、雨に対する装備と心の準備を。そして、美しい雨を存分に楽しんできてください!
改装されて快適になった山小屋
改装されて快適になった山小屋

マルゲリータ、アレグザンドラ両ピークの間に残る氷河
マルゲリータ、アレグザンドラ両ピークの間に残る氷河

湿地帯も木道ができて楽に
湿地帯も木道ができて楽に

羽鳥

ナイロビ ダイアリー no.17 ケニア、鉄道の旅

ケニアの旅行の足と言えば、
最も一般的なのは6人乗りのサファリカーだ。
移動から国立公園でのサファリまで、
1台でこなすすぐれもの。
それから個人旅行者にはかかせない長距離バス、
地方への旅では国内線の軽飛行機も充実している。
そしてもう1つ、今回はケニアの鉄道の旅をご紹介したい。

ケニアの鉄道(RIFT VALLEY RAILWAYS)

ケニアの鉄道路線を運航している会社はRIFT VALLEY RAILWAYSという。元々は19世紀末に、植民地政策の一環として、東アフリカの海の玄関モンバサとケニアの内陸部やウガンダを結ぶために建設されたウガンダ鉄道が始まりだった。かつてはケニア各地に路線が建設されていたが、現在、客車がある主要路線はわずか2路線。南東部の港町モンバサ行きと、西のヴィクトリア湖に面するキスム行きのみ。しかも、2年前からキスム行きは稼働しておらず、実質は港町モンバサ行きの1路線のみとなっている。

モンバサ行き寝台列車

ナイロビから港町モンバサまでは約500km、車で8時間前後の距離だ。この区間が渋滞のない列車旅の出番で、ナイロビ⇔モンバサ間を週3便の夜行列車が運行している。運行予定表では、ナイロビ発が夜20時、翌朝10時にはモンバサ着という14時間の夜行列車。ナイロビ駅は市内中心部にあり、わりと一般の旅行者でも夜間に来ることができる。客車は、1等車は専用客室、2等車は4名の相部屋客室、3等車は座席のみとなっていて、1・2等車には食堂車での夕・朝2回の食事が付く。途中、ケニア最大の国立公園であるツァボ公園の中を突っ切っていくため、頑張って早起きして運が良ければ、列車の車窓から野生動物の姿が見られる。

年季の入ったナイロビ駅舎
年季の入ったナイロビ駅舎

これまた年季の入ったホームと列車
これまた年季の入ったホームと列車

鉄道旅レポート

さて、夜20時に出発なので、1時間前にはナイロビ駅に到着。なかなか年季の入った駅舎だが、雰囲気があり、否が応でも旅情を掻き立てられる。ホームでのんびりと客車の到着を待つのだが…時間通りには来ない。結局、列車が出発したのは2時間遅れの22時。この時点で到着予定が翌日の正午に変更となり、不安がよぎる。
今回利用した1等客車には、2段ベッドと簡単な洗面台、荷物用の棚が設置されており、狭いけれど、一晩を過ごすには十分。走り出すと、乗務員がベルを鳴らしながら各客室を回り、食堂車に呼んでくれる。夕食はいわゆる「ケニア飯」。お米とチキンが数切れ、そこに野菜やイモを煮込んだソースをぶっかける。味は美味しい、何より量が多いのでなかなか満足。冷えたビールも注文できる。さて、食事が済むと特にやる事もなく、車窓からの景色も真っ暗なので、列車の微妙な振動に揺られ睡魔が襲ってくる。

食堂車は乗客の憩いの場
食堂車は乗客の憩いの場

目覚めると、車窓の景色は一変しており、まさにツァボ国立公園の真っただ中だ。ケニアでは珍しいバオバブの巨木が立ち並ぶサバンナの中を列車で走るのは、この道中の最大の山場。時折、近くに集落が見えたり、子どもたちに手を振ったりしながら、のんびりと進む。そして、中継駅として最も大きなヴォイ駅に到着。ここで「30分ほど点検のために停車します」というアナウンスがあったが、2時間、3時間経っても出発しない。何時間待ったかも忘れたころにようやく出発。その後も走ってはストップを繰り返し、旅行者と旅の話などで盛り上がったりはするものの、海岸部に近付くにつれて蒸し暑くなっていく車内では、1人2人と口数が減り、最後の方はもう無事に着いてくれさえすればいい、という心持ちになっていた。結局、モンバサに到着したのは夜22時。当初の予定から12時間遅延となった。
車窓からの眺めは格別
車窓からの眺めは格別

VOI駅での点検が長過ぎた…
VOI駅での点検が長過ぎた…

とはいえ、普段のケニア旅行のスタイルとは一味もふた味も違う、これぞ「旅」という体験ができることも事実。日程がタイトな旅行者には決してお勧めできないが、時間だけはある、という方にはぜひ体験してほしい。また違ったケニアの魅力を再発見できる鉄道旅だったと思う。
遅れはしたけれど、無事にモンバサ到着!
遅れはしたけれど、無事にモンバサ到着!

生野

風まかせ旅まかせ Vol.26 旅の楽しみは、読書!

今回の記事のひとつに、「旅の必需品は?」というスタッフへの取材があった。自分でも考えてみたが、思い当たらない。バイクなら2泊3日の国内ツーリングでも、2カ月のアフリカ・オーバーランドツアーでも、持っていくモノはさほど変らない。着替えが1セット多いくらいで、あとはビーチサンダルと携帯電話用の電源プラグくらいだろうか。しかし、大きな違いが一つあった。本だ。海外に行くときは、必ず、その期間に応じた何冊かの本を持っていく。たとえ着替えを忘れても洗面用具を忘れても、本さえあればそれでいい。仕事でもプライベートでも、旅行とその行き先が決まった時点で、どんな本を持っていこうかと考え始める。重要かつ、ささやかな楽しみだ。
本を読む楽しみは、当然人それぞれだが、自分にとって一番の贅沢は、実際旅をしている場所、あるいは地域で、昔そこを旅した旅行家や探検家の旅行記を読むことだ。時には、昔読んだ本をわざわざ持って行き、再び読み直す、なんて事までしている。以前、タクラマカン砂漠を縦断しようとホータン川沿いでキャンプをしていたとき、スヴェン・ヘディン著「さまよえる湖」をヘッドライトの明かりで読んだ。外は風があり、砂がテントにぶつかりザーザーと音がする。少年の頃読んだ本なのだが、とにかく臨場感が違うのだ。ヘディンやスタイン、大谷探検隊が旅したシルクロードの砂漠をいま自分が旅している。そう思うとワクワクを通り越してゾクゾクする。
ナイル川をエジプトからスーダンのジュバ(現・南スーダン)まで目指した旅では、ブルースの「ナイル探検」やアラン・ムーアヘッドの「白ナイル」を持参した。毎日オンボロ船の甲板で蚊に刺されながら、夢中になって読んだ。船のスピードが余りに遅く、読むスピードの方が早くて読書の時間調整が必要だった。ハルツームから南はパンツも履いてない人々が住む村が続くので、人々の生活もブルースが旅した200数十年前とそう変りないだろう。
サバンナのキャンプでは、ライオンの遠吠えを聞きながら、ヘッドライトで読むジョイ・アダムソン著の「野生のエルザ」シリーズがたまらない。何しろ直ぐそこに野生のライオンがいるのだから…。
「万巻の書を読み、万里の道を行く」という中国の古い言葉がある。これからもたくさん旅をして、多くの本を読みたい。そして旅のお供には臨場感溢れる昔の旅行記・探検記、お勧めです。
写真 : キャンプ旅の多かった80年代