マクドナルド、ケンタッキー、バーガーキング・・・アフリカのファーストフード事情

日本国内では、見かけない場所を探すのが難しいほど浸透しているファーストフード店。

アフリカの事情はどうかと言いますと、ファーストフードの代表格のマクドナルドは、現在、エジプト、モロッコ、南アフリカ、モーリシャスの4か国のみと以外に少ないです。
今後、ナイジェリアを始めとして展開を予定しているようです。
ケンタッキーは、東南部アフリカを中心に16か国に進出しています。
バーガーキングは、2013年に南アフリカに進出し、
今後も各国の展開を予定しています。
忘れてはいけないのは、日本発のファーストフード。
以前にもFBの記事で取り上げましたが、2014年にケニアのナイロビに進出した、トリドールの「Teriyaki JAPAN」。今後の展開が楽しみです。
日本や先進国と違い、アフリカでは外資系のファーストフードは、庶民には決して安いものではなく、日本のように、サラリーマンの懐を助ける、広く一般庶民の食べ物ではありません。
ただ、急進的な経済成長に合わせて、中間富裕層が増加しているアフリカ諸国では、大きな需要が見込まれるため、今後の出店拡大はより顕著な動きになるのではないでしょうか。
写真は、まだまだ本家マクドナルドの出店が先になるであろう、
ブルキナファソはバンフォラにある、エムシードナルド!
by 荒木

「食」 インジェラだけじゃないエチオピアンフード

洗練されたエチオピアの精進料理

インジェラ(酸味のある薄焼き発酵パン)、クトゥフォ(スパイシーな生肉)、ドロワット(鶏のスパイス煮込み)は、エチオピア三大珍味である。エチオピア以外の国では食べられないから、世界の三大珍味と言ってよいかもしれない。
インジェラはエチオピアの主食のひとつだが、日本人は女性に好きという人が多く、男性に苦手という人が多い。これは欧米人も似たような傾向があるから男女差なのかもしれない。苦手な人は、ふわふわとした触感と酸味がダメという。私はふわふわも酸味も嫌いではないが、正直に言えば(そしてエチオピアの人にはとても言えないが)積極的に食べたいと思う方ではない。言い訳がましいが、決して嫌いなわけではない。
私は、肉好きともほど遠い。クトゥフォとドロワットの肉は、ほんの少し口に入れば満足で、ドロワットに鶏肉と一緒に煮込んであるゆで卵とソースさえあればご機嫌である。ドロワットのソースは絶品で、家庭でつくるものが特に美味しい。大量のエシャロットをあめ色に炒め、これまた大量の生トマトと自家製ベルバレ粉(ローズマリー・コリアンダー・ショウガ・ニンニク・唐辛子など16種もの香草や香辛料が使われる)で煮込む。このソースは、パンにもご飯にもよく合う。
三大珍味が食べられないと地方に行ったときに苦労する。地方のホテルのメニューは肉とインジェラがメインで、食べ残して給仕さんたちに「何かお気に召しませんでしたか?マダム」と哀しそうな、恨めしそうな顔で聞かれたことが何度もある。
そんな時の強い味方が精進料理メニューだ。幸いこの国には、断食が生んだ豊かな豆・野菜の精進料理がある。ひよこ豆やレンズ豆などの挽粉とエシャロット、香辛料でつくるメティン・シュロはびっくりするほど美味である。断食期間ならバイアネットを頼むとよい。味付けされた色とりどりの野菜と豆料理が皿に盛られ運ばれてくる。

市場で売られるいろいろな豆
市場で売られるいろいろな豆

エチオピアの農村では、欧米の国々のように朝食、昼食、夕食がはっきりと分かれていない。一日一食のこともしばしばある。庶民にとって肉は大変なご馳走だ。そのうえ、人口の半分を占めるコプト派キリスト教徒には複雑な断食の決まりがあって、1年のうち200日以上、肉や卵、牛乳などの動物性の食物が食べられない。この断食中は穀物や豆・野菜で過ごさなければならない。おかげで高度な精進料理が発達した。こうした伝統料理が今日でも母から娘へと伝えられていることに、エチオピアの食文化の深さと豊かさがある。
村の市場で、香草や香辛料、野菜を売る親子
村の市場で、香草や香辛料、野菜を売る親子

世界最古の豆でつくる伝統豆料理「赤レンズ豆のワット(アタルキック)」

旧約聖書にも出てくる赤レンズ豆でつくる豆の煮込み料理
旧約聖書にも出てくる赤レンズ豆でつくる豆の煮込み料理

材料:タマネギ/2個(みじん切り)、赤レンズ豆/1缶240g、熟れたトマト/2個(皮をむいてみじん切り)、油/大さじ3、ニンニク・ショウガ/各小さじ1(すりおろす)、塩/小さじ1程度、ベルバレ粉(コリアンダー粉・クミン粉・チリパウダー・シナモン粉を各小さじ1/2)
作り方:①鍋に油を入れ、タマネギがしんなりするまで中火で炒める。②トマトを入れ、水気が半量になるまで、弱火で炒め煮にする。③ベルバレ粉、ニンニクとショウガを入れ、2~3分炒める。④缶詰の豆を水切りし軽くつぶして、鍋に入れ煮つめる(焦げ付きそうなときは水を足す)。⑤最後に塩を入れ、味を調える。
出典『アフリカ料理の本~62の有名なレシピ&物語~/アフリカ理解プロジェクト刊/2014/定価2,000円』
文・写真提供 白鳥くるみさん

白鳥くるみさん
(アフリカ理解プロジェクト代表)
80年代に青年海外協力隊(ケニア)に参加。以来、教育開発分野で国際協力に力を注ぎ、多くの課題を抱えるアフリカのために何かできたらと「アフリカ理解プロジェクト」を立ち上げる。エチオピアを中心に活動の後、2015年、日本に拠点を移し本の企画出版などの活動をつづけている。

WILD AFRICA 31 トビウサギ

長年に渡りフィールドに出ていると、アフリカの自然を象徴するゾウやライオンなどの大型野生動物を撮影するだけでは飽き足らなくなってくる。経験値が上がることによって、サバンナの生態系が持つ多様性や複雑さが見えてくるという側面もあるが、図鑑やフィールドガイドを開くにつけ、まだ見たことのない種、見たことはあってもまともな写真が撮れていない動物があまりにも多いことがだんだんと悔しくなり、チャレンジ精神に火がつくのだ。
そんなチャレンジの対象になっていた被写体のひとつがトビウサギだ。この奇妙な姿をした動物は”ウサギ”と名がついてはいるが、実はネズミの仲間だ。アフリカ東部から南部の平地に広く分布しており、個体数という点から見ても決して珍しい種ではない。以前このコーナーで紹介したツチブタのほうが、出会える確率はずっと低い。ところが、まともな写真を撮ろうと思うと中々ハードルが高い相手なのだ。
まず、彼らは完全に夜行性なので、日没後でもゲームドライブが許されている場所でないとお目にかかれない。しかも、決して大きな動物ではない上(ネズミとしては巨大だが)、草地を住処とし、植物の根などを主食とするため、写真を撮りやすい完全に開けた場所にはなかなか出てきてくれない。加えて、彼らは光を嫌う。ライトを照らした瞬間に逃げ出してしまうので簡単には近寄ることができない。大きな後ろ足でカンガルーのようにピョンピョンとせわしなく跳ね回り、動きも直線的でないのでピントをじっくり合わせる余裕も与えてくれない。
写真はボツワナ北部のリニャンティ・コンセッションでのゲームドライブ中、運よく車の近くで立ち止まってくれたため何とか撮影に成功したものだ。この手の撮影では、構図がどうこう考えてる暇はない。とりあえず標本写真が撮れればよいので、相手を画面のど真ん中に入れて、シャッターを切った。まあ別に撮影に成功したからどうというわけではないのだが、自分のマニアックな蒐集欲求を満たすという一次目的はとりあえず果たしたわけだ。
アフリカのサバンナには、まだまだ面白い動物たちがたくさんいる。それらの存在を知っていれば、サファリはより一層楽しいものとなる。ただし、どこにどんな生き物が住んでいるといった事前勉強をしておく必要があるのは言うまでもない。
撮影データ:ニコンD500、AF-S 200-500mm f/5.6E ED VR、1/60秒 f5.6  ISO1000 ストロボ
トビウサギ
英名:Springhare
学名:Pedetes capensis
全長:80cm (尾長43cm)
体重:3.1kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

Africa Deep!! 60 30年ぶりに再訪したカメルーンで山に登る

カメルーン山に登ってきた。西アフリカ最高峰4095メートル。カメルーンは1987年に訪れて以来の訪問だから、実にちょうど30年ぶりということになる。あのときも山に登るつもりで山麓のブエアという街にやってきた。ところが季節は雨季の真っ只中だったので、朝から晩まで豪雨。安宿の屋根がトタン板だったものだから、一晩中ドラムを叩いているような轟音が鳴り響き、ほとんど眠ることができなかったと記憶している。結局、何日か滞在したものの、登山は断念した。だから30年ぶりのリベンジというわけだ。今回はちゃんと乾季にやってきた。でもカメルーン山は大西洋のすぐ近くに聳えているためか、ずっと白い靄がかかっていて全貌を望むことができない。
山麓にはプランタンバナナとアブラヤシとお茶のプランテーションが広がっていた。カメルーン・ティーというブランドの紅茶も売られている。道路がよくなりビルも増えていたが、しかし田舎の方では家の前でおばちゃんがのんびりバナナを売ったり、何をするでもない男たちが昼間からビールを飲んでいたりと、昔とあまり違わない光景が広がっていた。海岸沿いには油田がいくつも立ち並び、中国製のトラックが頻繁に出入りしていた。
ガイドとポーターを雇いさっそく登山開始。天を衝く板根が広がった巨木や、バナナの原種のような木、イチジクそっくりの実がなっている木などを観察しながらゆっくり登る。しばらく登ると朽ちかけた山小屋があり、持参のシュラフを広げた。ガイドが料理も作ってくれる。干した小魚で出汁をとり、人参やトマトピューレを加えてヤシ油で煮込んだソースを、パスタやごはんにかけて食べる。うまみがちゃんと出ていてなかなかのものだ。朝は食パンにジャムやマヨネーズを塗って食べた。
森林帯を抜けるとサバンナになるが、急登が続く。驚いたことに何人もの短パン姿のカメルーン人が走り抜けていく。しかも手ぶらだ。聞くと、年に一度、登山レースが開催されるのだが、そのトレーニングらしい。頂上までの標高差は3000メートルぐらいあるのだが、優勝者は往復4時間程度で完走するとのこと。カメルーン山は活火山で、現在でも山頂近くのクレーターから白煙が噴き出していた。かつて噴火した際に流れ出た溶岩で山頂付近の登山道はごつごつしている。転倒したら怪我では済まないだろう。高額な賞金が出るらしいが、山はやっぱり自分のペースで登りたいものだと思う。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/

アフリカの山に登ろう! recommend 2 ルウェンゾリ

ウガンダとコンゴ民主共和国の国境地帯にそびえるルウェンゾリ(5,108m)は、ケニア山に続くアフリカ大陸第3の高峰。19世紀末の探検家たちが憧れた伝説の山として知られています。今では整備も進み、弊社ツアーでは、エレナ・ハット(4,540m)を目指します。

探検家たちの心を熱くした神秘の山、ルウェンゾリ

伝説に彩られた「月の山」

ルウェンゾリは、キリマンジャロやケニア山が人々に知られるはるか昔から、その存在が噂されていた山で、「どこから流れてくるのか誰も知らない大河」ナイルの源流として古い書物にも登場します。最も古いものは、紀元後150年頃にギリシャの天文学者プトレマイオスが記した『ゲオグラフィア』(地理学)。「月の山脈」としてナイル川の源流について記録した文章にあらわれます。ただしルウェンゾリをこの「月の山脈」に比定したのは後世の人々で、元の記述は曖昧、プトレマイオス自身も誰かに聞いた伝説を参考までに著書に記しただけなのかもしれません。
いずれにしても、「ナイルの源流」と「月の山脈」というワンセットは、19世紀末に生きた探検家たちの心を熱くし、アフリカが徐々に外部の世界に知られるきっかけを作りました。最初に目撃した欧米人は探検家のスタンレー(1889年)、初登頂(1906年)はイタリア貴族のアブルッツィ公ルイージ・アメデーオ。目撃から17年で慌ただしく初登頂がなされました。

雲をまとった巨大なスタンレー山塊
雲をまとった巨大なスタンレー山塊

植村直己さんとルウェンゾリ

私は、植村直己さんの著書と出会ったことがきっかけでケニア山に登りましたが、このルウェンゾリは「植村さんが登れなかった山」でもあります。実際には、治安状況や植村さんご自身の時間的余裕の関係で「登らなかった山」なのですが、それを聞いた時に「次はルウェンゾリだ…」と私の目標が定まりました。とはいえ、登ろう!と思い立ってから登頂するまでには5年を費やしました。
当時は、ザイール(現コンゴ民主共和国)、ルワンダ、ブルンジ等周辺諸国の治安が悪化し、その影響でウガンダ西部のルウェンゾリ周辺も、1997年から2000年までの間は国立公園自体が閉鎖されてしまっていたためです。実際、当時のウガンダでは、地方へのバス移動の途中で軍による検問に出くわし、その都度荷物を細かくチェックされるようなこともありました。そんな時期をひたすら待って過ごし、私が初めてルウェンゾリに足を踏み入れたのは2000年11月のこと。その後は、仕事・プライベートあわせて7回、この山域に足を踏み入れています。

巨大な山塊と雄大な氷河の上の双耳峰

「ルウェンゾリといえば雨」というくらい雨のよく降る山で、常に雲がかかり、山容をクリアに見せてくれることは多くありません。キリマンジャロやケニア山と比べてもルウェンゾリは巨大で、探検家たちの名を冠した6つの小規模な山々からなり、それぞれは川と深い谷で隔てられています。森の密度は高く、植生は独特、岩肌は荒々しく、山頂部には巨大な氷河が横たわっています。それらの景観が、次々に発生して流れていく雲霧の向こうに見え隠れし、非常に神秘的な「幽玄の世界」といってもいいような雰囲気をたたえています。比較的少ない登山者も、その雰囲気を醸し出す一助になっているのかもしれません。

雲霧が育む独特の植生
雲霧が育む独特の植生

2000年の再オープン当時は山小屋も老朽化し、今ある湿地帯の木道もなかったため、キリマンジャロを遥かに超える「アフリカで一番ハードな山」に感じましたが、今では整備が進み、ワイルドさを残しつつそれなりに快適な登山が可能になっています。弊社ツアーでは、最高到達点を特別な技術が不要なエレナ・ハット(4,540m)とし、岩棚を超え、氷河の上を歩いて到達するマルゲリータ・ピーク(5,108m)までは足を延ばしませんが、ご希望の方にはプラス1~2日でピーク・アタックを加えた内容の手配旅行も承っています。固有の動植物・野鳥が多い世界遺産の山域ですので、エレナ・ハットまでのトレッキングでもこのユニークな山を充分楽しむことはできますが、リスクを負って登頂を目指す方は、マルゲリータ&アレグザンドラの2つのピークへ向かう大雪面、スタンレー・プラトーの雄大な光景をぜひ楽しんでいただきたいと思っています。私からのアドバイスはひと言。雨男・雨女でなくても、雨に対する装備と心の準備を。そして、美しい雨を存分に楽しんできてください!
改装されて快適になった山小屋
改装されて快適になった山小屋

マルゲリータ、アレグザンドラ両ピークの間に残る氷河
マルゲリータ、アレグザンドラ両ピークの間に残る氷河

湿地帯も木道ができて楽に
湿地帯も木道ができて楽に

羽鳥