コートジボワールの外国人の就職事情 2

前回の1では、コートジボワールで働いている非アフリカ系外国人とアフリカ系外国人の国籍などについて書きましたが、今回は非アフリカ系外国人に焦点を当ててみたいと思います。

非アフリカ系外国人の筆頭は旧宗主国のフランス人で、フランス企業のコートジボワール支社やコートジボワール企業への出資に伴う転勤、現地で起業したフランス人も多く、ヨーロッパ系外国人では一番多いのではないかと思います。
フランス人は主に運輸、インフラ、建設、商社、金融など比較的スケールが大きなものを商っており、例えば、植民地時代から進出しているCFAO(西アフリカフランス会社:現在は豊田通商子会社)はトヨタ車の総代理店をしています。
その次に多いのは、レバノン人で、主にやや大きめの小売店などを経営しています。フランスが第1次世界大戦後にシリアやレバノンを委任統治してからの流入かと思いますが、詳細な経緯はよく分かりません。
それ以外にもアビジャンは、ダカール、アクラ、ラゴスなどとともに、西アフリカの大都市であるので、各国企業の駐在員も非常に多いです。さらに、アフリカ開発銀行の本店もあり、内戦後ということで国連コートジボワール活動(UNOCI)などの国際機関で働いている非アフリカ系外国人もいます。
次回はアフリカ系外国人について書きたいと思います。
by 虎

風に立つライオン 完成試写会

先日、「風に立つライオン」の完成披露試写会に行かせていただきました。
日本とケニアを舞台にした映画ということで、道祖神もお手伝いさせていただき、無事?エンドロールに道祖神の名前が出てきました。

内容はあまり書いてしまうとネタバレになってしまうので、公開を待っていただくとして、完成披露舞台挨拶について少し書かせていただきます。
島田航一郎を演じる大沢たかおさんは、
「朝から緊張しています。」と始まり、
「舞台挨拶はこれまでも何度もしてきたけれど、この映画に関しては言葉が空回りするように感じます。」とおっしゃっていました。
草野和歌子を演じる石原さとみさんは、
「大げさではなく、人生観が変わるロケでした。こういう現場に憧れていたので夢のようでした。」
「いいシーンほど顔にハエがとまるんです。」
と笑いながらおっしゃっていました。
ロケではいろいろと大変なこともあったようですが、ほとんどの方がケニアは初めてだったようで、日本での撮影の方は羨ましがっていました。
1987年にさだまさしさんが発表した「風に立つライオン」から20年以上経ち、「命のバトン」をテーマに映画化。
3月14日(土)より全国で公開です。
ケニアに興味ある方もない方も映画館に足を運ばれてはいかがでしょうか?
個人的にはケニア人のキャスティングが素晴らしいと思います。
by 菊地 佑介
http://kaze-lion.com/

マサイ村へ行ってみよう!

ケニアやタンザニアのサファリツアーへ行くとオプションで立ち寄ることのできるマサイの人々が暮らすマサイ村。弊社のツアーにご参加いただいた方々にも、訪問をされた方は多いのではないでしょうか。

すらっと長い手足で繰り広げられるマサイジャンプやカラフルな布(カンガ)をまとった女性たちの歌、伝統的な暮らしについて見たり聞いたり、体験することができます。
日頃から、観光客を受け入れているマサイ村の受け入れ態勢はバッチリといわんばかりに、歓迎してくれる村の人々。村によって観光客を受け入れている村、そうでない村があります。
携帯を持っていたり、屋根の上にソーラーパネルが付けられたりしているのですが、(これにはびっくり!)昔ながらの暮らしを守りながら、日々の生活を送っていえる彼ら。生活の知恵を知るきっかけにもなるかもしれません。
だいたい、訪問の終盤はマサイのママたちが切り盛りするマサイマーケットへ連れていかれるはず。
値札は付いていないので、値段交渉が基本です。(大型のお店やスーパー以外は基本的に値段交渉をすることが多いです)
マサイの人々は、マサイ語を話すので、英語の話せる若いマサイの少年たちが通訳してくれたりするのですが、ふと見たら体を使って値段交渉をしている方を発見!!
なかなかやるな~と思った一コマです。(写真)
マサイ村の入村料やこういったマーケットで支払った我々のお金は、子どもたちの通う学校建設や運営に使われたりするそう。
伝統や暮らしぶりを知る良い機会になることは間違いないですが、楽しく値段交渉をして、マサイ村でお土産を購入してもいいかもしれません!私個人的には、ビーズのアクセサリーがおススメです。
by 伊藤

鮫島弘子さん(andu amet代表兼デザイナー)

エチオピアで、最高品質の皮(エチオピアシープスキン)を使用して、エチオピアの職人が一つ一つ丁寧に仕上げたデザイン性の高いバッグなどを、製造、販売しているandu ametの代表(兼デザイナー)をされています。
日本のメーカーでデザイナーとして働くも、安価で大量生産され、日々消費されていく事に、ものづくりに携わる人間として、疑問を感じ始めます。そんな折、青年海外協力隊員としてエチオピアにデザイン隊員として派遣される機会を得ます。
世界最貧国の一つであるエチオピアの状況に強いショックを受けながらも、寝食を共にし、一緒にプロジェクトを進める中で、情熱を持ち仕事に取り組む姿勢は、この国の人達も同じなのだという事に気が付きます。
2010年から会社を立ち上げるために準備を始めますが、スタッフ(職人)探しに奔走します。
日本品質として要求される作業レベルの違い、また文化・習慣の違いから、衝突することもしばしば。結果的には、本当にいいものを作りたいという思いに共感してくれた職人が残りました。
貧困国の雇用創出のためという事よりも、エチオピアと日本で、使う人にとっても作る人にとっても意味のあるHAPPYなものづくりをしたいという事を大事にして、ブランドを作り上げている。
本当に魅力的な製品ばかりですが、ハンドメイドで一つ一つ丁寧に作られているため、すぐに手に入れる事は難しいようです。
ショールームもあるようなので、興味のある方は、一度足を運んでみてはいかがでしょうか?
本文引用
◎greenz.jp
http://greenz.jp/2012/11/20/andu_amet/
■audu amet

ビ・キドゥデ

ビ・キドゥデ(本名/ファトゥマ・ビンティ・バラカ)は、東アフリカのタンザニア、その東海岸に浮かぶ島ザンジバルの最長老女性歌手です。2013年4月17日、惜しまれつつも永眠されました。享年は出生の年月日が明らかでない為、不明ですが100歳を超えるかどうかというご年齢。
ザンジバルという島は、イスラム教の成立よりはるか昔、1世紀あるいは2世紀にエジプトで書かれた書物にその名が登場するほど、古くからインド洋交易の拠点として栄えた島で、欧州諸国によって「発見」される遥か昔から、東アフリカとインド洋を隔てた中東、アラブ諸国との交流の要でした。近世では、ポルトガルの進出にさらされたり、東アフリカ沿岸部を広く治めたオマーンの支配下にあった時代や、イギリスの保護領だった時代もあり、様々な人、文化の往来を受ける中、独自の文化を育んできた島です。
アラブとアフリカの会合、それは人々の言語、文化、風習、そしてもちろん音楽文化にも深く影響を与えています。東アフリカの海岸部では、ターラブと呼ばれる音楽が発展しましたが、そのターラブの首都とも言えるのが、このザンジバル島でした。
ターラブ音楽を一聴して分かるのは、まさにこの音楽そのものが、異なる文化が出逢い、化学反応を起こした果てに生み出されたものだという事です。東アフリカに育まれてきた太鼓を中心としたポリリズムのビートの上に、アラブ起源の楽器であるウードやカヌーンの演奏が合わさり、さらにアコーディオンやヴァイオリンの抒情的な旋律が奏でられます。そのさらに上には、コブシの効いた野太い歌が浪々と続きます。人と文化の歴史が紡がれ、重ねられていく中で自然発生的に誕生した音楽、これこそ世界史のドキュメントです。
そのターラブ音楽の生き字引きとも言える存在が、この「ビ・キドゥデ」。

10歳のころから歌を歌っていたそうですが、ザンジバルで名を馳せ、外の世界に向けても大きな活躍が始まったのは、1980年代の中ごろから、御年70歳を超えてからです。日本にも2度の来日公演を果たしています。「ビ」は女性につける敬称、キドゥデとは「小さくて得体の知れないもの」を指しており、その通り名そのままに、とても小さく細い身体のどこにそんなパワーが潜んでいるのか、ステージでは、自分の背丈と同じ位の太鼓を叩き、唸る野太い声を響かせていました。
また、ビ・キドゥデは、消滅の危機に瀕している成女儀礼「ウニャゴ」の重要な担い手でもありました。初潮を迎えた女性に対しての通過儀礼で男性が視ることはタブーとされています。
その儀礼ウニャゴを経て、女性は大人になっていきます。ビ・キドゥデのお葬式にはタンザニア大統領をはじめ、地位のある方々が多く参列しましたが、かつてビ・キドゥデの手によって、大人へとしてもらった数百人もの女性達が駆けつけたそうです。
イギリス制作のドキュメンタリー映画『AS OLD AS MY TONGUE』には、このビ・キドゥデの普段の生活から、音楽家としての顔、前述した成女儀礼ウニャゴの事など、広く取り上げられていますが、なかでも目を引くのが、ビ・キドゥデがヘビー・スモーカーでビールを好むというところです。イスラムの島・ザンジバルに住む女性としてはまずもってありえない事ですが、体制に収まろうとしなかったビ・キドゥデそのものを表しているようにも思えます。
このドキュメンタリー映画の中での名言。
「アタシは酒を飲んで、タバコを吸って、スピーカーなしで歌うんだよ。」
今でもザンジバル島の人々の心の中には、反骨の女王ビ・キドゥデが生き続けています。
by ナイロビ駐在所・生野