エチオピア暦

エチオピアには独自の暦があることをご存知でしょうか?

エチオピアでは大晦日や1月1日の元旦、外国人が多く住む首都アジスアベバではカウントダウンをしたり盛り上がるのですが、地方では特にお祝い事などはしない普通の日。土日でなければ、会社や学校もあります。
1カ月は30日と決まっており、残りの5~6日は13カ月目にあてられます。
ですので、エチオピアは1年が13カ月あります。
そして、現在エチオピアは2007年!!
これは、イエス・キリストの誕生年についての見解が違うためであると言われています。
同じときを過ごしているのに、なんとも不思議です。
エチオピアでは9月11日が新年。
新年ともなれば大盛り上がりです。
大晦日から鶏をさばき、食事の支度をしたりカウントダウンをしたり…。
ちなみに、エチオピア時間もあります。
朝6時が0時となり、朝7時は1時、8時は2時…
エチオピアの方との待ち合わせには日にちや時刻には気をつけないといけないですね!!
by 伊藤

あやしい探検隊 アフリカ乱入(椎名誠著)

椎名 誠/1991年3月/山と渓谷社
先日、ナイロビにある日本人学校で、古本市があり、思わず手に取った一冊。
発刊は1991年だが、旅自体はさらに2年前なので、およそ26年前のケニア、タンザニアの旅の記録。

とは言え、中身はビール、ビール、ビールと飲んでばかりの、いつものシーナ節の旅行記。泣き笑いしながら読んでいるうちに、あっという間にサクサク読み終えてしまう。
高校生の頃にも読んだのを思い出したけれど、あの頃は「ア、アフリカ!なんという凄まじい旅行記だ!」と目を血走らせながら、何かと対峙するように読んでいたような記憶があったのが、15年も経って読み返すと、何とものほほんとした内容で、こっちもビール片手にゲラゲラ笑いながら、寝っ転がって読むのが正しいスタイルのような気がする。
改めて読み返すと、なかなか面白い再発見も多くあり、「マサイマラで宿泊している宿がCotters Campから、Mara Sopaへの連泊とは、渋いチョイスだ。」とか、「おお、ナイロビでは680ホテルに泊まっていたのか。」
「キリマンジャロ登山はマラングルートで、おや、シーナさんはギルマンズポイントまでだったのか…。」
などの、ローカルな視点での楽しみもあった。
しかし、26年も前のナイロビの人々の様子が、現在と殆ど変わらないのがおかしいやら、嬉しいやら。
アフリカの旅行記の傑作というと、ハードな環境に身を投じていく事に重きが置かれ、だんだん著者自身の精神的な独白に、こちらも真剣に向き合って、まさに対峙するように読まざるをえないものが多い気がするけれど、個人的には肩の力を抜いて一緒にのほほんと旅行をしているような気分になれる本作のようなものが好きです。あー、笑った。
ナイロビ駐在所・生野

イスラム教が主流のセネガルにある、キリスト教徒だけの島「ファディ島」

セネガルの首都ダカールから南に114㎞の大西洋岸に、キリスト教徒が住む小さな島「ファディ島(Fadiouth)」がある。

タイトルの通り、イスラム教徒が90%以上のセネガルにあってキリスト教徒だけが住むという、地理的にも心情的にも辺境を感じる島だ。
さらに、島のすべては二枚貝の貝殻でできており、地面だけでなく、家も教会の壁にも貝殻がびっしりと使われている。そのため、全体的に景色がまぶしいほどに白く、島の人たちのカラフルな服装が美しく際立つ。
この景観もまた見慣れず、辺境を感じさせる。
ファディ島に隣り合って、同じく貝殻でできた墓地の島があり、面白いことにキリスト教とイスラム教の墓が共存している。
植民地時代にポルトガルの貿易の拠点となりキリスト教化したファディ島の歴史は周囲のイスラム教との宗教的な寛容を見いだすものになった。
この島の中心にある大きな教会は、日本人にとって馴染みのある「フランシスコ・ザビエル」によって建てられたものらしい。
半島部からファディ島へは長い木製の橋を歩いて渡る。橋を渡ると雰囲気ががらっと変わる、この感覚が面白い。
by 有冨

ゴールデンウィークスペシャル レソト・ポニー・トレッキングとテーブルマウンテン 9日間

私がレソトを訪れたのは10数年前のこと。
当時、ガイドブックか何かで’A Gateway of Paradise’という石の看板と、遠くまで伸びる山道の美しい景色の写真を見て、おー、こんなところに行ってみたい!と思ったのがきっかけでした(実際には、看板にはWayfarer, Pause and Look Upon A Gateway of Paradise”と書かれている)。

レソト観光のハイライトはなんといってもポニートレッキング。
ポニーといっても日本でいう可愛らしいポニーのイメージではなく、大きさはほとんど馬。これに乗って、短いものは日帰り、長いのでは1週間以上の旅を楽しむことが出来ます。ポニーはもともと山岳地帯に住むソトの人たちの移動手段なのです。
乗馬初心者の私は1泊2日コースを選びました。
ガイドが同行してくれますが、ポニーは自分ひとりで乗りこなさなければならず、初心者と見透かされた私は最後までポニーにはナメられ苦労しましたが、それでも険しい山道を行ったり、川を渡ったり、草原を歩いたり、とレソトの自然を全身で感じることができた忘れられない2日間でした。
細い山道を、同じくポニーに乗ったソトの人たちとすれ違うたび、道を譲りあいながら「ドゥメララ」(「こんにちは」。女の人へは「ドゥメラマ」)と挨拶を交わし、山の斜面にたたずむ集落から手を振る子供たちに手を振り返す。そして夜は村の中にある小屋を借りて一夜を過ごします。
毛布を纏い、三角帽をかぶってポニーに乗るソトの人たち。おとぎ話に出てきそうな素朴な彼らの暮らしぶりと文化に触れることができたのも、ポニートレッキングで旅をしたからこそ。あー、もう一度レソトに行きたい!!
ポニートレッキングは初心者でも大丈夫です。
レソトでしか出来ない体験をぜひどうぞ!
by KQ
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コートジボワールの外国人の就職事情 1

コートジボワールの総人口は約2000万人と言われている。とはいっても、1988年の国勢調査を最後に本格的な調査は行われていないので、多少のブレがあるのかもしれない。

コートジボワール国籍を持つ人々が1200万人ぐらいで、残り800万人が外国人になる。そのうちアフリカ系以外の外国人は、昔は3万人近くいたらしいが、内戦の影響でコートジボワールを離れたりしたので、3万人も戻っていないのではないかと個人的には思っている。
残りは西アフリカにルーツを持つ、アフリカ系の外国人である。
圧倒的多数はコートジボワールの北部で国境を接するブルキナファソやマリで、その次にギニア、モーリタニア、ニジェールが続きます。ここまでの諸国はフランス語を公用語とする国で、コートジボワールも公用語がフランス語なので、コミュニケーションはとりやすい。
さらにブルキナファソ、マリ、ニジェールでは、コートジボワールでも話されているジュラ語(マンディング系の言語)が通じるため、仮にフランス語が分からなくても、アビジャンや国内のいたるところで商売や働くことはできる。
残りは英語圏アフリカのガーナとナイジェリアである。ガーナに関してはコートジボワールと国境を東側で接しているため、バウレ語(アカン系)などが話せるものとは、フランス語ができなくともコミュニケーションはとれる。
今回は序章みたいな形になったので、また機会を見て、続きを書いてみたいと思う。
画像はアビジャン市内にあるキオスク(この手の商店はモーリタニア人の経営が圧倒的に多い)。
by 虎