「ウガリ」とは東部アフリカの多くの国の主食で、私の住むケニアでもよく食べられているが、コーンミールから作られる白いウガリが一般的。
ルワンダでは、このウガリの種類がとても豊富。
キャッサバやメイズなど様々な穀物を原料に作られたウガリは、色もカラフルで味も美味しい。これをおかずに、私がNo.1アフリカ・ビールとして敬愛する「プリムス」があれば、他にはもう何もいらない。
今夜もルワンダは満腹。
ナイロビ駐在員 生野
アフリカ料理の本
皆さん、この年末年始はいかがお過ごしになられましたでしょうか?
筆者は10年ぶりにアフリカではなく日本で新年を迎えました。
そうすると、正月の連休をどう過ごそう?
なに食べよう?いい歳して料理の知識が無い自分はお節料理なんて作れないし…
そんなことを思った時に、試してみたのがコチラの本のレシピ。
アフリカ料理の本。
道祖神の季刊誌、DoDoWorld Newsでも紹介していますが、いつか作って食べたいと思うかもしれない、と個人的に即購入しました。
東西南北アフリカのドリンク、スナック、伝統料理からデザートまで一通り網羅された62のレシピが紹介されており、スーパーなどで簡単に手に入る食材で作れてしまう上に、その料理、背景にある国の食にまつわる小話もあって面白いです。
ということで新年早々、「鶏肉のピーナッツ・シチュー」(ガーナ)と、あまったピーナッツバターで、「野菜とピーナッツバターソース」(ガンビア)を作ってみました。一昔前なら正月はスーパーなども休業でしょうが、今は365日オープンしていているんですね。日本ってスゴイ国です。
アフリカの料理は日本料理のような繊細さには欠けるかもしれませんが、お鍋一つで誰でも美味しい品が出来たり、レシピ通り作れば失敗が無いのが魅力です。そして手前味噌で恐縮ですが、これがご飯に合って結構美味しいんです。アフリカの大らかさを象徴してるなぁ、そんな風に思ったりします。
是非、皆さんもお試しください。
アフリカ料理の本。
道祖神の季刊誌、DoDoWorld Newsでも紹介していますが、いつか作って食べたいと思うかもしれない、と個人的に即購入しました。
東西南北アフリカのドリンク、スナック、伝統料理からデザートまで一通り網羅された62のレシピが紹介されており、スーパーなどで簡単に手に入る食材で作れてしまう上に、その料理、背景にある国の食にまつわる小話もあって面白いです。
ということで新年早々、「鶏肉のピーナッツ・シチュー」(ガーナ)と、あまったピーナッツバターで、「野菜とピーナッツバターソース」(ガンビア)を作ってみました。一昔前なら正月はスーパーなども休業でしょうが、今は365日オープンしていているんですね。日本ってスゴイ国です。
アフリカの料理は日本料理のような繊細さには欠けるかもしれませんが、お鍋一つで誰でも美味しい品が出来たり、レシピ通り作れば失敗が無いのが魅力です。そして手前味噌で恐縮ですが、これがご飯に合って結構美味しいんです。アフリカの大らかさを象徴してるなぁ、そんな風に思ったりします。
是非、皆さんもお試しください。
タンザニアの貨客船リエンバ号
タンザニアで今もなお現役で運航している貨客船、リエンバ号。
リエンバ号は、タンザニアの西側に位置するタンガニーカ湖(世界第2位の古代湖かつ、深さ)にて、タンザニアのキゴマ~隣国ザンビアのムプルングを繋いでいます。途中、いくつかの港へ向かいますが、なんとほとんど着岸しません。
人々は湖上の停泊場所へ岸から小舟で近づき、よっこらしょ…!とのんびり乗り移る…のではなく、我先に!と賑やかとのこと。それもそのはず、地元の人々のほとんどが一番安い等のチケットを購入している為、座席と荷物スペースを確保せねばなりません。
タンガニーカ湖はその大きさが琵琶湖の約50倍!
で、目的地まで最長で2泊3日となる船旅ですから、気持ちよく過ごせるスペースは大切ですよね。余裕のある方や旅行者は、個室や相部屋での~んびりと船旅です。
このリエンバ号の面白さは、これだけではありません。
なんとこの船は今年で御年102。
第一次世界大戦以前の1913年に、当時キゴマ地域を治めていたドイツによって建造されました。その後一度分解し、タンザニア東端のダルエスサラーム港へ輸送され、さらに列車でタンガニーカ湖畔の町キゴマまで運ばれ、そして再組立てへ…と、湖上に浮かぶまで大がかり。
当時は船名が異なり、1915年にグラーフ・フォン・ゲッツェンという貨客船として就航。第一次世界大戦中にはイギリス軍との交戦仕様に変更し、砲艦と姿を変えました。
1916年にはキゴマ地域から撤退したドイツ軍によって、この船は湖底に自沈させられましたが、1924年にイギリス軍が引上げ・修理を施し、リエンバ号と改めて運航を再開しました。
また、1935年にC.S.フォスターが発表し、1951年にこの原作を元にハリウッド映画になった「African Queen」ではドイツ砲艦・ルイザのモデルとなりました。その後は数回のオーバーホールや、アメリカ人による大修理を重ねて、現在も現役定期船としてポレポレと湖上を進んでいます。
私にとっては「死ぬまでに乗りたい!タンザニアの船」です(笑)
PHOTO BY : RocheDiracr from WIKIMEDIA COMMONS
人々は湖上の停泊場所へ岸から小舟で近づき、よっこらしょ…!とのんびり乗り移る…のではなく、我先に!と賑やかとのこと。それもそのはず、地元の人々のほとんどが一番安い等のチケットを購入している為、座席と荷物スペースを確保せねばなりません。
タンガニーカ湖はその大きさが琵琶湖の約50倍!
で、目的地まで最長で2泊3日となる船旅ですから、気持ちよく過ごせるスペースは大切ですよね。余裕のある方や旅行者は、個室や相部屋での~んびりと船旅です。
このリエンバ号の面白さは、これだけではありません。
なんとこの船は今年で御年102。
第一次世界大戦以前の1913年に、当時キゴマ地域を治めていたドイツによって建造されました。その後一度分解し、タンザニア東端のダルエスサラーム港へ輸送され、さらに列車でタンガニーカ湖畔の町キゴマまで運ばれ、そして再組立てへ…と、湖上に浮かぶまで大がかり。
当時は船名が異なり、1915年にグラーフ・フォン・ゲッツェンという貨客船として就航。第一次世界大戦中にはイギリス軍との交戦仕様に変更し、砲艦と姿を変えました。
1916年にはキゴマ地域から撤退したドイツ軍によって、この船は湖底に自沈させられましたが、1924年にイギリス軍が引上げ・修理を施し、リエンバ号と改めて運航を再開しました。
また、1935年にC.S.フォスターが発表し、1951年にこの原作を元にハリウッド映画になった「African Queen」ではドイツ砲艦・ルイザのモデルとなりました。その後は数回のオーバーホールや、アメリカ人による大修理を重ねて、現在も現役定期船としてポレポレと湖上を進んでいます。
私にとっては「死ぬまでに乗りたい!タンザニアの船」です(笑)
PHOTO BY : RocheDiracr from WIKIMEDIA COMMONS
サハラ砂漠の砂で焼く、遊牧民のパン
タンザニアのアーティスト?
タンザニアで若者に職業を尋ねると、驚くほど「アーティスト」や「歌手」が多いです。音楽が大好きな若者は作詞作曲し、自作の曲を作り、自作のスタジオで収録するのです。
町の外れに行くとstudioと書かれた小屋のようなものや、楽器の絵が描かれた建物をよく目にすると思いますが、それらがまさにスタジオなのです。
従来の建物でそのまま録音すると、反響音であまり環境は良くありません。そこで彼らは自分たちで工夫して録音する為の環境を作るのです。反響音を減らす為に部屋の壁にはスポンジや卵の入っていた容器などがびっちり張られています。
マイクや、ヘッドホン、編集用のパソコンや大きなスピーカーなどなど、きちんと環境が整っていて、彼らの音楽にかける情熱にびっくりします。残念ながらほとんどの曲はアメリカナイズされたラップ調の曲ですが。
それにしてもスタジオまで自作してしまう情熱は見習いたいものです。
写真は学生時代に友達に連れられて行ったスタジオです。
by 菊地佑介
従来の建物でそのまま録音すると、反響音であまり環境は良くありません。そこで彼らは自分たちで工夫して録音する為の環境を作るのです。反響音を減らす為に部屋の壁にはスポンジや卵の入っていた容器などがびっちり張られています。
マイクや、ヘッドホン、編集用のパソコンや大きなスピーカーなどなど、きちんと環境が整っていて、彼らの音楽にかける情熱にびっくりします。残念ながらほとんどの曲はアメリカナイズされたラップ調の曲ですが。
それにしてもスタジオまで自作してしまう情熱は見習いたいものです。
写真は学生時代に友達に連れられて行ったスタジオです。
by 菊地佑介
