アフリカのオフライン航空会社録の第3回目は、ロイヤル・エア・モロッコです。
ロイヤル・エア・モロッコはアフリカ内で5本の指に入るほどの輸送人員、機材、就航都市を誇る航空会社です。
モロッコ独立翌年の1957年にエア・アトラスとエア・モロッコの合併によって、ロイヤル・エア・モロッコは誕生しました。
就航都市は西ヨーロッパ、中近東、アフリカ、アメリカ、モロッコを含めると90都市になり、西ヨーロッパはフランス、スペイン、イタリアで就航地点が多く、アフリカでは西アフリカ、中部アフリカの主要都市を網羅しています。
機材は主にボーイング737-700と800を36機保有しており、これらがアフリカからヨーロッパまで運航しています。長距離用の機材としてボーイング767と747-400を保有しており、ジェッダ線やニューヨークとモントリオールへの運航に使われています。
現在ボーイング787を4機発注していて、年内には受領の予定です。
弊社のツアーでもカサブランカ以遠での利用が多い航空会社です。
(画像は導入予定のボーイング787)
東京本社 深川
あみん・安眠・アミン
「あみん」と聞いて、頭の中に「待つわ」が流れてくる方も多いかと思いますが(平成生まれの世代の方にはピンとこないでしょうか)、そのボーカルユニットあみんの由来が、ウガンダの第3代イディ・アミン大統領に由来するという事はご存知でしょうか?
アミン大統領と言えば、「人食いアミン」とも「黒いヒトラー」とも呼ばれる悪名が先行しますが、一方、身長2m近く、東アフリカのヘビー級ボクシングのチャンピオンという経歴を持ち、1971年の大統領在任中にアントニオ猪木との異種格闘技戦が企画されてオファーを受けたという、有名なエピソードもあります(反体制派のクーデターのため実現はせず、同年に失脚)。
また、話変わって誰もが知る所ですと、「スタジオ・ジブリ」は、アフリカのサハラ砂漠に吹く砂嵐のGHIBULI/ギブリ(リビアで呼ばれている呼称。地域により異なる)に由来し、第2次世界大戦中に活躍した、イタリアの軍用偵察機も同じ名前を冠していて、無類の飛行機マニアの宮崎駿さんが、日本のアニメーションに熱風を!とそこから命名したというのは、有名な話です。
意外なものが、アフリカに由来、関連していると分かると、また一つ親近感が湧きますね。
Picture by Edmund S. Valtman.from Wikimedia commons
大阪営業所 荒木
旅先で購入する物
皆さんは旅の思い出に何を買われますか?
私は重くなると分かっていても、ついつい本や雑誌を買ってしまいます。
今、出張で南アフリカに来ていますが、ハイレベルな雑誌に出会いました。迷うことなく即、購入です。
左側のアフリカンバードライフは、美しく愛らしい表情の鳥写真はもちろんのこと、それぞれの卵の形や大きさとその理由、温め方等々の記事が載っています。他にはアンゴラや南部アフリカの鳥情報が満載です。図鑑で名前だけを確認するよりも、鳥たちに親しみを覚えます。
右側のナミビア特集は、エトーシャのチーター、ヒョウ!に始まり、ナミブ砂漠の動物、そして植物に鳥…と、こちらも写真と共に楽しめます。
雑誌でしか得られない情報もあると思います。
全部英語ですが、ポレポレ読破を目指します!
大阪営業所 歌津
2014.06.14発 島を歩く!カーボ・ヴェルデ~海と火山と緑の島々~ 10日間
先日、アフリカ最西端の国、カーボ・ヴェルデ共和国を訪問するツアーに同行させていただきました。
弊社のアフリカ好きのお客様の中でも、どこにある国だ??と思われる方もいらっしゃると思いますので、簡単に説明させて頂きますと、カーボ・ヴェルデ共和国は、アフリカ大陸の西端の国セネガルの沖合い600kmほどの所にある、大小18の島(有人島はその内8つないし9つ)からなる国です。


人口の過半数以上のクレオール(白人と黒人の混血の人達)と30%のアフリカン(セネガル人、ギニア人など)、数%のヨーロピアンで構成されています。公用語はポルトガル語(一般的には、ポルトガル・クレオールが話されています)です。
大航海時代(15世紀中頃)にポルトガルの冒険家が発見するまでは無人島で、以後、ヨーロッパとアメリカ大陸を結ぶ航路の重要な拠点、また奴隷貿易の拠点として、ポルトガルによって植民地化、発展を遂げました。進化論で有名な、かのチャールズ・ダーウィンも、イギリスから南米へと向かうビーグル号の航海の途中で寄港しています。
1975年には、ポルトガルから独立し、1991年には、アフリカの歴史上初めて、民主的な「選挙」によって政権、大統領が交代した国でもあります。国土のほぼ全域が火山島群のため十分な資源は無く、そのため食糧や生活用品等の多くを輸入し、また海外からの援助、また海外移住者(国の人口が約53万人に対して、海外移住者は、70万人とも言われる)からの送金に頼る部分も大きく、貧困層が多いのは事実ですが、概して治安が良く、第3次産業(観光業)が国の収入の基盤となっています。
この国を訪問するにあたって一つ大変なのは、日本からのアクセスです。アフリカ最西端の国という事で、日本からは、最も遠いアフリカの国になります。日本からの一般的な飛行ルートは、日本⇒ドバイもしくはドーハ⇒カサブランカ(モロッコ)⇒プライア(カーボ・ヴェルデ)になります。
今回は、運悪く、カサブランカからの直行便がフライトキャンセルになってしまったために、カサブランカ⇒リスボン(ポルトガル)⇒プライアと移動する事に。
また、カーボ・ヴェルデは、島国のために、国内の移動も、国内線もしくはフェリーとなります。今回は、10日間のツアーで、国際・国内線合わせて9本という、飛行機がお好きな方には、これ以上ないオススメの日程になりました!

と、いきなりマイナス面をお伝えしましたが、この国の魅力は、多様です。
火山島としてのユニークな風景(今回訪問したフォゴ島、サント・アンタン島を筆頭に)、綺麗なビーチリゾート(サル島)、新鮮で美味しいシーフード(どこのレストランでも!)、クローグと呼ばれる伝統のラム酒やワインも美味しい物が手に入ります。哀愁漂う伝統音楽(モルナ)も外せません。
◎フォゴ島









◎サント・アンタン島

降水量が極めて少ないカーボ・ヴェルデの中で、最も湿潤な島です。豊かな緑は、やはりほっとします。8月~9月が雨季で、1年間のほとんどの雨が、この時期に降ります。





※トレッキングルートは、ご参加の時期やその他条件等により毎回異なります。今回ご紹介のルートではない可能性もございますので、ご了承ください。



この島は、クローグ(ラム酒)が有名です。ラム酒の原材料はサトウキビで、栽培地でしか行えないアグリコール製法、そして昔ながらのトラピチェ式(牛を使って絞り機を回す)が行われている所もあります。
◎サン・ヴィンセンテ島
今も、国内の島々へのハブポートとなっていて、フェリーの他、タンカーや漁船も行き交う。港街は、パステルカラーでコロニアルな雰囲気が漂います。






◎サン・ティアゴ島


人口の約半数が居住し、首都プライアを擁するメインランド。




この国唯一の世界遺産(2009年登録)、シダーデ・ヴェーリャがあります。奴隷貿易の拠点という重い歴史を抱えていますが、現在は、観光地としてにぎわいを見せます。開拓当時の住居や、海賊また他国の侵略を防ぐための要塞、侵略者に破壊されてしまった教会跡などが残ります。






しかし何と言っても、この国の最大の魅力は、人の良さにつきます。
ガイド、ホテルのスタッフはもちろんの事、街行く子供たちから、マーケットで袖振り合うおばちゃんまで、とにかく皆、大らかで優しい。カメラを向けると自然な笑顔が返ってきます。



多くのアフリカンに特有の底抜けの明るさというよりは、実直で親切という部分が印象的でした。日本から遠いアフリカの国で、「おもてなし」を受けること請け合いです。
荒木
アイサトさん お・も・て・な・し企画
さる9月23日(祝日)にセネガルからはるばる来日された、セネガル日本語ガイド、コーディネーターのアイサトゥさんとの京都一日散策「おもてなし」イベントを開催致しました。
ご参加は3名様と少し寂しかったのですが、そぞろ歩きには、ちょうど良い人数でした。
晴天、30℃という中、乗り継ぎ地のパリで風邪を引いてしまったアイサトゥさんでしたが、セネガルの民族衣装で京の街を散策。
まずは伏見稲荷へ。頂上を目指すも昼食時間との兼ね合いで四つ辻で断念。メンバー中、ホッとした人もいたはずです。





JRと地下鉄を乗り継いで、お魚料理のお店で昼食。予定時間10分遅れで問題なし。
然しながら前菜の生ハムとイチジクの生ハムがモスリムである彼女は食すことが出来ません。生ハムは豚肉を使用していたからです。
でもコース料理のほとんどを見事に平らげ、そぞろ歩きで中京区まで。

京友禅の染色体験へ。大判のハンカチにアイサトゥさんが選んだ柄は舞妓さん。とてもあでやかに出来上がり、満足満足の一日でした。

午後4時頃に京都駅で解散しました。
アイサトゥさんの素敵な笑顔をどうぞ。






