WILD AFRICA 24 マシャトゥのチーターとハイエナ

2月25日の夕暮れ時、私はボツワナのマシャトゥ動物保護区にいた。この日も目一杯撮影を行い残照も消えかけたころ、付近にチーターが出たという一報が入った。急いで現場に駆けつけてみると、3頭の若いチーターがヌーの子供を倒したばかりだった。一頭のチーターがまだのど笛に噛み付いていたところを見ると、ヌーはまだ死んではおらず、到着があと2分早ければハンティングシーンも見られたくらいのタイミングだった。
数分後、ついにヌーは息絶え、3頭は大急ぎで一番手のつけやすい内蔵からむさぼり始めた。チーターがのんびりと獲物を食べないのには、大きな理由がある。サバンナに暮らす大型肉食獣の中で、彼らは最も力が弱く、うかうかするとライオンやハイエナにすぐ獲物を横取りされてしまうのだ。何しろチーターはヒョウのように獲物を安全な木の上に持って上がることもできなければ、他の動物を撃退するライオンほどの力も持ち合わせていない。猛スピードで走れるようになった代償として、彼らは多くのものを失ったのだ。
ほどなくして、目ざといブチハイエナが1頭、薮の向こうから姿を現した。そして全く躊躇することなくチーターたちの所まで駆け寄ったかと思うと、あっという間に獲物を奪い去ってしまった。3頭のチーターは牙をむき出しにして威嚇を繰り返したが、ハイエナに攻撃を加えることはなかった。ブチハイエナは骨をも砕く強力な顎を持っており、噛まれでもしたらひとたまりもないことをチーターたちは知っているのだ。間もなくハイエナは1頭から3頭に増え、見る見るうちにヌーを平らげてしまった。
マシャトゥの素晴らしさは、この連載で以前にも紹介しているが、今回の滞在でも、期待通り動物たちの様々な姿を観察、撮影することができた。通常の国立公園などでは時間的な縛りが厳しく、どんなに面白い場面が目の前で繰り広げられていようと、決められた時間までにキャンプに戻らねばならない。そのために幾度となく悔しい思いをしてきた。ところがマシャトゥでは、何かエキサイティングなことが起きれば、たとえ日没後であったとしてもかなり余裕を持ってその場に留まらせてくれるので、本当にありがたい。この日もロッジに戻ったのは、日没から2時間以上が経過した夜8時過ぎだった。
撮影データ:ニコンD4、AF-S VR 80-400mm f4.5-5.6G、使用焦点距離155mm、1/125秒、f5、ISO6400、露出モード:マニュアル、スピードライトSB910、車載スポットライト使用
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

African Art 20 アシャンティ族の櫛

黒人アフリカ女性の髪型に対する執着は何千年も前から並々ならぬものであった。紀元前のノックの彫像に見られる珍しい髪型もその好い例である。
カメルーンの仮面にも独特な髪型を持つものが数多く存在する。しかしその髪をまとめる櫛に関しては、ガーナのアシャンティ族の間で作られるものだけが特異な発展を遂げていった。当時を調べた文献によると、17世紀前半から後半頃まではアシャンティの人達の使う櫛は非常にシンプルな指の長さ程の2本の歯を持つ櫛で、それで髪を留めていたという。当時の人々はシラミに悩まされていたため、櫛はシラミを掻き出すのにも使われていた。またその頃の女性は人に会った時、敬意を表すため、頭の後ろに付けている櫛を外して、それを見せて右足を前に出して挨拶をするという習慣があったそうだ。18世紀になると櫛の歯は3-4本に増え、編み込んだ髪に一つ、または二つの櫛を留めていた。20世紀に入ると櫛は大きくなり、実際髪を結うためにはヨーロッパの櫛が使われ、伝統的なデザインを施した櫛は、髪結いが終わった後の髪飾りとして使われるようになった。近年は更に大きくなりこれらは壁の飾りとして使われている。

画像では良く見えないが家のような弧の上には亀と子安貝、銃のデザインが施されている。家族が富に恵まれ、長寿で権力を持てる事を願ったものか?
画像では良く見えないが家のような弧の上には亀と子安貝、銃のデザインが施されている。家族が富に恵まれ、長寿で権力を持てる事を願ったものか?

鳥、“賢者の結び目”を表わしている。後ろを振り向く鳥(サンコファ)はアシャンティ族のことわざで「過去の過ちを正せ」という意味があり、将来の事を決める前に過去を振り返れという教訓。
鳥、“賢者の結び目”を表わしている。後ろを振り向く鳥(サンコファ)はアシャンティ族のことわざで「過去の過ちを正せ」という意味があり、将来の事を決める前に過去を振り返れという教訓。

アシャンティの子宝を願う人形、“アクワバ”をイメージさせる櫛。アクワバと同様、子宝を願う気持ちを込めて夫から妻に送られる。
アシャンティの子宝を願う人形、“アクワバ”をイメージさせる櫛。アクワバと同様、子宝を願う気持ちを込めて夫から妻に送られる。

櫛は女性の持ち物で、彫り師に自分が使用するために注文することもあったが、多くの場合、何かの記念日、例えば結婚式や誕生日、成人式、出産などの時、男性から妻や恋人へ、または父から娘へ、息子から母へと特別な出来事の記念として、また伝統的な祭りやキリスト教の祭りの記念として櫛が送られた。それらの櫛には送り主の名前や記念日の日付や場所などが書き込まれることもあった。このようにアシャンティの人達の間では、櫛は単に髪に飾るためのものだけにとどまらず、大切な記念日や愛情の気持ちを伝える大切な記念品、贈答品であり、デザインも多様化してアシャンティのことわざなども盛り込まれるようになり、アフリカ美術の中でも特異な発展をしていった。
ファンティ族の女性の髪型(19世紀)
ファンティ族の女性の髪型(19世紀)

写真提供/小川 弘さん

小川 弘さん
1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/

Africa Deep!! 53 アフリカ大陸に落下した世界最大の隕石

マニアとまではいかないが、旅先ではよく鉱物や石などを買い集めるほうである。ラピスラズリの目の覚めるようなブルーや紫水晶の放つ怪しい光は、じっと眺めていると「その奥」の世界へ引きずられていきそうになる。化石もしかり。その生物が生きていた時代のことをあれこれと夢想するのは楽しい。
そのうちに手に入れたいと思いながらもいまだ果たせていない石のひとつに隕石がある。旅先の土産物屋で「これは隕石だよ」といわれたことが何度かあったが、信用することができなかった。隕石ならば必ず並外れたオーラを出しているはずだ、という思い込みがあるからだ。実際に日本国内で確認されている隕石の数はわずかに50個程度ということなので、土産物屋でそう簡単に手に入るしろものではないのである。
ナミビアの農場の真ん中に、世界最大の隕石が落ちたままの姿で保存されている。ホバ隕石というのだが、これはさすがにオーラを出しまくっていた。黄色い大地に真っ黒い塊がのめり込んでいる。指でさっとなぞっただけで、その重量感は半端なものではなかった。約3メートル四方に高さが1メートル。それなのに重さは60トン以上あるという。60トン! 大人が千人分の重さだ。それだけ密度が高いということである。
科学者の研究によるといまから約8万年前に落下してきたそうだ。成分の83パーセントが鉄、16パーセントがニッケルで、他にコバルトなどの微量元素もたくさん含まれている。鉄隕石という分類に入る。ホバ隕石の表面にはおそらく研究用に採取されたとみられる削岩跡が何箇所もあるのだが、その断面は日本刀を思わせるような鈍い銀色に光っている。僕はことさらこの断面の怪しい輝きに魅了され、何度も何度も触れてみたのだった。
隕石であるかどうかを判定するためには、放射線と同位体元素の測定が不可欠らしい。その結果、発見された隕石のほとんどは太陽系が出現した当時、45億年前に生成された始原的な物質であるという。だれもが子どもの時分に「宇宙ができたころってどんな様子だったんだろう」と空想した経験があると思うが、隕石はまさにその記憶を秘めているのだ。ああこんなことを書いているとまたナミビアに行きたくなってきた。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/

初心者がゼロから始める登山 キリマンジャロへの道 Lesson 11 キリマンジャロ登山直前のトレーニングと準備

弊社では、2012年から3年越しのプロジェクトとして、登山初心者の方がキリマンジャロ登頂にチャレンジする「キリマンジャロへの道―登山・トレッキング講習会」を続けてきました。そして、いよいよ今年の夏~秋に本番のキリマンジャロ登山にチャレンジ!という運びとなりました。「近所の低山」的な山歩き(散歩?)から始めた皆さんもずいぶん逞しくなり、コンディションが整い、高山病を克服できれば、キリマンジャロ・ウフルピーク5,895mに足跡を残すのも夢じゃない、というレベルに近づいてきました。現在は現地も雨期で、一般のキリマンジャロ登山客も減る時期なのですが、夏のベストシーズンに向けて、今回はキリマンジャロ登山直前のトレーニングと準備に関してお話ししようと思います。

◆直前の準備 ① トレーニング編

まずはトレーニング。直前と言っても、山行1カ月から2カ月程度前のトレーニングの話ですが、日常的に登山をされている方にとっては、体力はさほど問題ではないかと思います。最も気になるのはやはり高山病でしょう。日本国内の最高峰富士山や、手軽に登れる4,000m峰のマレーシア・キナバル山を登る際は、低酸素にそれほど強くない方でも高山病にかかるケースは少ないというのが実情です。標高の高い地点に留まる時間が少ないこともありますし、科学的根拠はありませんが、おそらく4,500mあたりに一つの壁があるのかもしれません。ですが、やはり4,000m近い山に登っておくのが高度順応の一助になるのは言うまでもありません。

富士山
富士山

富士山でももちろん効果はあります。ただし、普通に登るのではなく、できるだけ標高の高い場所で長い時間を過ごす(できれば宿泊する)ことが有効とされています。富士山が登れる夏の時期に近い日程でキリマンジャロ登山を予定しているのであれば、本番のチャレンジ前には一度登っておくべきでしょう。同じように形成された火山ですので、斜度や地面の様子も、両山はよく似ています。
キリマンジャロ
キリマンジャロ

「忙しくて…」という方には、お金は余計にかかってしまいますが“低酸素室”でのトレーニングという方法があります。低酸素室を利用する場合でも、できれば長時間(気持ちが悪くならない程度に)滞在し、一晩寝てみるコースなどもおすすめです。最終的には、高山病予防薬のダイアモックスを医療機関で処方してもらい、お持ちになれば充分でしょう。

◆直前の準備 ② 装備編

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キリマンジャロ登山には、雪山やアルパインクライミング(ロッククライミングなど)の技術は不要です。装備は寝袋を除いて日本の夏山、服装は日本の夏山~冬山の準備があれば、これと言って必要なものはありません。寝袋は、高山病予防の観点からも-15℃仕様程度のしっかりしたものが必要になります。忘れがちなのは、アタック時の水筒の氷結予防(テルモスをお持ちになれば全く問題ありません)や、寒気で消耗が早くなるバッテリーの予備。それに、現地の食事が口に合わなかった場合の補助食や行動食、ホコリやのどの乾燥対策として飴玉やスカーフ(マスクをお持ちになる方もいらっしゃいます)の準備もしていた方がいいでしょう。
アフリカ最高峰の頂も、しっかりと準備をし、体調を整えて望めば決して夢ではありません。今年のベストシーズン(7~9月)も、多くの方々が安全に、楽しくアフリカで最も高い場所に立たれることを祈っております。
羽鳥

ナイロビ ダイアリー no.10 ナイロビの食生活

「アフリカでの食事ってどんなものが
ありますか?」アフリカ旅行をされる方から
最も多く聞く質問の1つです。ひと言で片づけるのは難しく、
54の国々ではそれぞれの土地に異なった食文化を持っている。
反面、旅行者の食事は洗練された洋食ばかりのことも多く、
実は、いわゆる「アフリカ料理」に触れる機会はそんなに多くない。
では、例えばナイロビではどんな食生活を送っているのか…。

ある日本人の食生活

ある日本人(私)の3食。毎朝起きると30分くらい歩いて、散歩がてらに近所の果物屋兼カフェに朝食を食べに行く。温かなチャイ(ミルクティー)と、大盛りフルーツサラダで約80円。このフルーツサラダの大盛り具合がなかなかのもので、季節によって中身は多少変わるが、マンゴー、アボカド、パイナップル、バナナ、パパイヤ、スイカの盛り合わせが山盛りになって出てくる。この国のフルーツの美味しさは格別!ぜひ、ホテルに宿泊される方も、朝食のビュッフェではフルーツを味わってみてほしい。

毎朝の憩いのひととき。
毎朝の憩いのひととき。

大盛りのフルーツ。お昼まで十分持ちます。
大盛りのフルーツ。お昼まで十分持ちます。

昼食は、オフィス近くの定食屋で済ませることが多い。ケニアのローカルフードは、基本的に定食スタイルで、主食+おかず+野菜+スープの4品がセットになっている。そのうちの主食とおかずの2品をお客さんが選ぶのだ。まず主食は、白ご飯、ウガリ、ピラウ(炊き込みご飯)、マトケ(野菜バナナ)チャパティ等の中から選ぶ。次におかずは、ビーフ、チキン、フィッシュ、ムトゥンボ(腸)等の中から選ぶ。おかずは、フライにして揚げたものや、シチューにしたもの、いくつかバリエーションがある。これらを好きに組み合わせて定食にするのだが、半年ぐらい色々な組み合わせを試した結果、「チキンフライ+ピラウ」私の場合はこの組み合わせに落ち着いた。これが特別に美味しいわけでもないのだが、ほぼ毎日、昼食はこれを食べている。
香辛料の効いた美味しいピラウ。毎日同じ味。
香辛料の効いた美味しいピラウ。毎日同じ味。

夕食は家で食べることが多い。ナイロビは大型スーパーも多く、野菜、肉、魚介類と食材には困らないので、調味料さえ揃っていれば、和食でも何でも作ろうと思えば出来ないことはない。また、ナイロビ市内には実に多くのレストランがある。日本食、中華、韓国焼肉、イタリアン、フランス、メキシコ、タイ料理、インドカレー屋、中近東料理にエチオピア料理、ファーストフードやカフェ、ピザ屋なども夜遅くまでやっている。つまりまあ、外食すれば何料理だろうと選択肢はあるので、実はそんなに食事に困ることはない。
だが、時おり無性に食べたくて我慢できなくなる料理がある。ケニアの郷土料理(?)「ニャマチョマ」だ。

「ニャマチョマ」

「ニャマチョマ」は至極シンプルな料理。ヤギの肉を炭火で焼いて塩をかけて食べるだけ。ニャマチョマを出すところは入口が肉屋、奥が酒場になっていることが多い。まずは、天井からぶら下がっている肉の部位を選んで注文。炭火でじっくり焼くため、注文してからは小一時間ほどかかる。奥の酒場でビールをチビチビ飲みながら気長に待つ。待ち過ぎて退屈になってきた頃に、店のおじさんが焼き上がった肉の塊を席まで持ってきてくれる。慣れた手つきで肉を細かく刻んでくれて、皿に盛ってくれて完了。後は塩をかけて食べるだけだ。マスタードをつけても美味しいが、店には置いていないので持参するのが◎。

ケニア人のソウルフード、ウガリ。
ケニア人のソウルフード、ウガリ。

油の滴るヤギ肉を目の前で捌きます。
油の滴るヤギ肉を目の前で捌きます。

ニャマチョマの主食には、何よりも「ウガリ」が合う。この「ウガリ」はケニア人にとっての白ご飯。トウモロコシやキャッサバの粉を練って作る、味の無いおからのような食べ物だ。ケニア、タンザニアをはじめ東、中央アフリカでは、ほとんどの国で一番の主食となっている。西アフリカ諸国でも、違った名前で食されている。あんまり味も無く、個人的にはあまり美味しいとも思えないのだが、不思議とこのニャマチョマにはウガリが良く合う。油のしたたり落ちるヤギ肉とウガリを口いっぱいにほおばり、ビールで一気に流し込む。胃袋も刺激されたところでもう1発、もう止まらない。肉とウガリとビールが、どんどん進んで仕方ない。こんな食生活だと、若くして痛風になりそうで怖いが、今夜もやめられない。
高カロリーが並ぶ。しかし、やめられない!
高カロリーが並ぶ。しかし、やめられない!

生野