2011.8.17発 マリ・民俗にふれて・みる旅11日間

雨季のマリ、というとどんなイメージをお持ちでしょうか?
乾季にマリをご訪問されている方にとって、そこは別世界!道路わきの玉ねぎ畑やミレット畑は、グリーンの絨毯をしきつめたように鮮やかに。マンゴーの木には実がぎっしりみのり、バンディアガラの断崖には巨大な滝も出現。1度でも2度でも楽しめるのがマリです(もちろんそれ以上も!)
旅のスタートはバマコ。そこから、小型機で一気にトンブクトゥへ向かいます。
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ジンガリベリモスクやサンコレモスク、そして探検家の家を訪問、ラクダの試乗も楽しみました(お尻が痛く、帰りは徒歩にて)
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トゥアレグダンスも観賞。

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再び小型飛行機に乗り込み、マリのベニスとも呼ばれるモプティへ。賑わいの港は昔から交易の中継地として栄えたモプティならでは。
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夕方のバニ川クルーズは、のんびりと。風に吹かれていると、時の立つのを忘れてしまいそうです。

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そして、フェリーでバニ川を渡り、泥のモスクとしては世界一の大きさの大モスクのあるジェンネへ。
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迫力のモスク。そしてその前の広場で開かれる月曜市は、活気と熱気いっぱい!
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その後、バンディアガラの断崖を4輪駆動車で走り、トッレキング出発点のサンガが向かいます。ここから崖を下り、バナニ村を目指します。

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そして、最後の締めはドゴン・ダンス。いつも力強いダンスは、何度見ても大迫力です。

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雨季と乾季、年中楽しみは尽きないマリ。どちらかに行かれた方も、まだ見ぬマリを体験してみませんか?今年の年末にも、おすすめのツアーが揃っています。
佐藤

壮大なタンザニア・サファリ 12日間 後編

2011年9月17日出発、壮大なタンザニア サファリ 12日間に参加された戸田 克之さんからのレポート 後編です。
“ビッグファイブ”と云うのは聞いたことがあった。今回のツアーでは、探すのに苦労することなく割と早い時点で結構それぞれを近くで見ることが出来て、「やったー、ビッグファイブ制覇!!」と、ある種のミーハー的満足感があった。が、その昔ヨーロッパのお金持ち達が、サバンナにやって来てハンティングを楽しみ、その倒しがいのある動物5種のことを言うのだと聞いて少し複雑な気持ちになった。選ばれし動物たちもさぞ迷惑だったに違いない。
日本を出発する前、オプションでの“マサイ村訪問”希望は、私一人だけと聞いていた。ほかのオプション(オルドバイ峡谷見学)希望者と別コースに分かれて行くことになるらしい。ドライバーが村まで送ってくれて、2~3時間したら迎えに来てくれるだろうという。・・・ということは、たった私一人だけで村に放り込まれて「じゃあね~っ」て、ことだよね。ツアー紹介文には、英語通じますと書いてあったが、私にはほとんど意味をなさない・・・。スワヒリ語、もっと無理。さて、う~ん、村で何をどうしよう。優しく出迎えてくれるのかな~?・・・身ぐるみ剥されて、バッグやカメラ盗られて、枯れ枝で囲われた村の門からポイってか!・・・一人では抵抗できないし、やっぱりキャンセル?・・・でも、メッチャ興味あるし・・・かの有名なマサイ族(カメラ向けると、魂盗られると信じて拒絶し槍もって追いかけてくるらしい・・・と、少し前に教えられた!!)怖いけど張り合ってみたいし・・・。二度とチャンスはないだろうから、やっぱり後悔しないためにも一大決心し行くことにした。でも、遺書は書き忘れた。
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神は、私に救いの手を伸べてくれた。当日になって、ツアーグループのうち3人が、同行してくれることになった。おまけに、ドライバーのT氏も帰るまで車で待っていてくれるという。「いや~、ハハハ!」
村の入り口で出迎えてくれた青年“ニナ”(写真の強面の大きな剣を持った人・・・恐れていたことが起きてしまうのか!?)が仕切ってくれるという。彼は、大学を出ていて村長の代理とのこと。村の住民は120人、男性は全員赤の衣装、女性は青で統一されている。始まりは、ブー、ブーと筒(寸切りしただけの塩ビ管!!)を吹く音楽で足踏みする大勢の人の歓迎の踊り。その後続けて周知・恒例のマサイのハイジャンプ、勿論お前もやれと言われ張り合ってみるが敵うものではなかった。自分では結構飛べたほうだと思っている(自己満足)。
飛ぶ時に手荷物のバッグが邪魔になるので、ニナに持って欲しいと渡すと、すかさずドライバーのT氏が割って入り「俺が持つ、渡せ」とニナから取り上げた。ガイドとセキュリティーを預かるドライバーの行為に、プロの気概を感じさせられた。でもニナには、気まずい思いをさせてしまった、私の軽率な行為が故に。
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村の中は生活ゴミひとつなく家畜のフンも葉っぱも落ちていない、不自然なほど整然としていて綺麗だ。家畜の臭いもほとんど気にならないぐらい。観光案内で生計を立てている村だからなのか、ゴミが出るほどの物資を持たない・持てないからなのか、まるで生活感がない。乾季故か牛のフンで塗られた家は予想に反して臭わなかったし、かなり古く見えた。“この村”は、彼らの”職場“であって、実生活の村は他にあるのかな?
我々は二人ずつのグループに分けられ、別々に家庭訪問をして欲しいと他の男性に案内された。彼の家では、奥さんがせっせとビーズの編み物の内職をしていて乳飲み子が脇で泣いていた。横に立っている弟も一緒に住んでいるという。
予期した通り、奥さんが作ったものを買って欲しいと持ちかけられ商談が始まった。彼は細い小枝を拾って手の甲に値段を書いた。黒褐色の肌に数字が白く浮き出て、黒板代わりになった・・・紙も鉛筆もいらない・・・アフリカだ~・・・妙なところで感心してしまった。浪速で修業をしたことがあるのかと疑うほど彼は、値交渉に妥協を許さない。かなり粘る、まだ粘る。こちらも負けてはいられない。日本からお土産として持って行った女性用アクセサリーをオマケにあげるから私のいう値でどうだと言ってみた、一瞬彼は目を輝かせたが少し躊躇して「NO!」・・・すごく欲しそうだった。アクセサリーでは食べて行けない、生活の足しにならないのだろう。果たして折半で話は付いた。勿論+オマケもしてあげた。
この間、商談を続けながら子供たち(3~7歳ぐらい)の学校に案内された。スワヒリ語と英語と算数を15人ほどが、大きな声で一生懸命学んでいた。日常は、部族の言葉を使う、バイリンガル×2である。これに比べたら日本の学校教育は生温い、挨拶程度の英語もろくに話せない私が言うのもおこがましいけど。うまく表現できないが、こういった彼らの真剣さを目の当りにして何故か私は、心のどこかに少し恐れのようなものを感じていた。
許可をもらったうえで学校の子供たちと先生(若い女性)に、キャンディーを一つずつ配ってあげた。一つ余ったので先生に二つ目をあげた。村のマサイの男の人が、その二つ目は取り上げた。
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ツアー日程途中2回洗濯をした。赤茶けた大地の土は非常に細かく埃っぽい。時々小さな竜巻にも出くわす。サファリ中はフィールドを歩き廻るのではなく殆ど車中に居るにもかかわらず、服を洗ってみるとご覧の通り洗面器の水が赤黒く濁る。目には見えないが、かなり土埃を浴びているようだ。目薬や洗眼剤・防塵サングラスは、やはり必携である。他の人達は、こんなに濁らなかったという。私だけなぜ!?・・・近くの人が私から一歩遠ざかった、ディナーの時の隣の椅子の距離もいつもより遠かった気がする。・・・う~んっ、探究心旺盛な筆者が絞り出した結論は、・・・鉄分の多い土埃が付いた服を漂白成分の多い洗剤で洗うとFeとClが化学反応して・・・因みに使った洗剤名は、“部屋干しトッ〇”でした。空気が乾燥しているのでサファリに行っている間に乾きます。ンゴロンゴロのホテルでは、暖房用スチームパネルの上に吊るせば一晩でOKです。(ベッドには、湯タンポも入っていました、アフリカなのに結構寒いのです。)洗濯に、プールに、シャワーに、トイレに、・・・日本に居るときと同じように、ついついたっぷりと水を使ってしまいました。翌朝、大型給水車がホテルの前に・・・。この車が干ばつで困っている地域へ行っていたら・・・、・・・。「ごめんなさい!!」
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日本のODAで作られた道路は、イタリアなど他の国が支援したものと比べると格段に出来が良いので現地でも高い評価を受けている。日本の鴻〇組に拍手!道路脇を通る牛車を追い越した。荷台に直に人が横たわっていて、四人の若い男性が囲むように随行している。布も何も掛けてはいない。寝ているのか、病人を運んでいるのか、霊柩なのか、少し気になった。一直線に数キロも延びているところもあり、ついウツラウツラと心地よく気だるい夢の世界をさまよってしまう。ドライバーに眠くならないかと聞いてみた。「just now!」の返答に、我々はアタフタと飴を手渡したり、一生懸命話しかけたり・・・。
行程途中2台のサファリカーで延べ3回パンクした。日常茶飯事らしい。やっぱり予備タイヤは2つずつ必要なんだ。
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セレンゲティーの蟻塚は、丸っぽい普通の形。写真は、タランギレのもの。こちらは、気温と湿度が高いので蟻塚内部の空調効率が良いように表面積を増やすためにこんなツインタワー形になったりもする。しかし、ンゴロンゴロには、蟻塚がない。太古の昔、海にあったクレーターが隆起して形成されたので塩分を含んでいる、アリは塩が嫌い。アカシアの木も塩が嫌い、だからこの木を好むキリンもいない。と、ドライバーのS氏は、私の疑問に拙くない日本語で明確に教えてくれた。バオバブのことも聞いてみた。この木の樹齢は六百年程らしいが、ここタランギレは巨木ばかりで若木や幼木が見当たらない。増え過ぎた象たちは喉が渇くと、スポンジ状の内部に豊富に水を蓄えるこれらのバオバブを食べてしまうらしい。象でも倒せない巨木だけが残っているという訳だ。彼は、殆どの質問に答えられる。勉強会にはできる限り参加し、日本語教室にも時々通うらしい。“一番怖い動物は?“の問いに・・・「ワタシノオクサンネ!」・・・三十代後半、部族語、スワヒリ語、英語、日本語、今はフランス語も勉強中。
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タランギレのロッジは、個別コテージになっていて高床式タイプが多い。見晴らしと侵入者(動物?)を防ぐためらしい。らせん階段には、蓋が付いていて朝・夕にマサイ族のガードマンが開閉してくれる。私たち人間が、勝手に“あぶない動物たち”の居住地で寝泊まりさせてもらっているので夜間は外出禁止、ディナーの時はガードマンが迎えに来てくれるし、終わるとコテージまで送り届けてくれるので安心だ。遠いコテージの場合彼らは、勝手知ったる近道を誘導する。闇の中を附いて歩いていると、時々柔らかいものを踏むことがある、動物たちの〇〇だ。そこは、ケモノ道。マサイ族のガードマンが履いている靴は、バイクのタイヤで作った廃材利用のエコシューズだ。ブッシュでも泥濘でもとても調子が良いし長持ちするのだと自慢していた。“この形ならフンを踏んでも大丈夫だろう。”・・・ m(__)m
夜になるとそこら中でミシミシ、パキポキ、ノシリノシリと音がする。時には、揺れることも。デッキに出て暗闇を懐中電灯で照らしてみると、目の前に灰色の大きなゆっくりと移動する壁!えっ壁?その時ブフーッ・ブルブルとそれが唸った、象の背中だった、血の気が引いた。・・・超サファリ!
昨夜は、時折“ウー・ウーッツ”と近くで響く低音の唸り声が聞こえていたが、耳を傾けているうちに、眠りに落ちていた。
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移動の途中で立ち寄ったコーヒー専門店、注文するとその場で挽いてくれる。種類も豊富で香りも良いので人気らしい。エスプレッソを何人かが頼んだ。白い泡の上にココアで☆の絵が描いてある。ドライバーのS氏にも運ばれてきたので模様は?と尋ねたら、隠しながらニヤッと笑って ♡ と答えた。皆が、「No! it’s a lie!」。彼は、残念自分も☆だったと悔しがった。最後に私のところに、・・・来たのは唯一の ♡ マーク!! “オー、イエッ!!”持って来てくれるウエイトレスが、ジーンズの似合うとてもグラマラスなプリティーガールなんです!!・・・人気の秘密は、こっちか!?・・・とっても美味しかった!!
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お昼前、日本でいう片田舎のドライブインのような土産物店でトイレ休憩をした。厨房兼従業員(?)食堂を恐々覗き込んでみたら、「カムイン、ノープロブレム、フォトオーケー」と明るく気さくに迎え入れてくれた。流し台の前で、若い男女が水仕事。男性が隣の女性を指さし「マイワイフ」と教えてくれた。「プリティー!」と言ってあげたら、彼は「サンキュー!」と彼女の頬にキスをした。周りにいた彼の仕事仲間たち(?)が「オーッ、イエー!」「ヒューッ!」・・・ウガリが美味しそうだった、食べたかったな~。
<終>
■余談のトイレレポート
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写真左:ドバイ空港のトイレ、和式に近い造り。“小”用は別にあり。入り口に向かってしゃがむ。かなり違和感があり落ち着かない。的中させるのが難しそう。大きな空港なのに数が少なく朝は混み合うので要注意。モップを持ったトイレ掃除専門の人が24時間常駐するのがすごい。
写真中:ナショナルパークの休憩所。見慣れた和式に類似するが、何故かドアのカギは外側にしか付いていないので、中に置いてある石で閉めた戸が開かないよう押さえる(アフリカの七不思議には入っていないらしい)。何処も綺麗に掃除が行き届いていました。ツアーでは、そういうところしか選んでいないと思いますが・・・。
そして噂通りやっぱりありました写真右:便座のない洋式便器・・・ウワッ!お尻が触れちゃった、どうしよう!!スクワットでもっと足腰鍛えておけば良かった!!・・・苦労しました、半分くらいしか果たせませんでした。
これで私も“故臭い人(国際人)”になりました。・・・ m(__)m
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タンザニアのツアー・旅行一覧はこちら。
サファリ・動物がテーマのツアー・旅行一覧はこちら。

壮大なタンザニア・サファリ 12日間 前編

2011年9月17日出発、壮大なタンザニア サファリ 12日間に参加された戸田 克之さんからのレポート 前編です。
出発する二ヶ月ほど前、と或る経緯があって、このツアーに参加を決めた私であったが、道祖神ホームページの当該募集案内を再度読み直しながらブツブツと一人つぶやいていた。

パンフレットの謳い文句 参加前の私
特に一度でもサファリを経験された方にお進め!! まだ一度も行ったこと無いけど
バオバブ林のタランギレ バオバブはマダガスカルで観たけど珍しいの?
世界でも唯一、野生動物が見られるンゴロンゴロ・クレーター 唯一って何が??
あのセレンゲティ国立公園で “あの”ってセレンゲティってそんなに凄いのかい?
企画者がこだわった、厳選・贅沢なロッジをそれぞれ指定! 私は、普通で構わないけどなあ
タランギレではナイト・サファリに挑戦 夜、動物たちは寝ちゃっているのでは?
黒サイで有名な世界遺産の一つ、ンゴロンゴロ自然保護区サファリ 黒サイは他のエリアにはいないの?
セレンゲティ3連泊フレキシブルなサファリ・アレンジ 3連泊もしたら飽きない?
セレンゲティへは一気に軽飛行機で 車では何でダメなの?遠いの?

先ずは何でもいいから兎に角、唯々、あの“あふりか”と云う所へ一度は行ってみたいとずっと思っていた。この超ベテラン企画者のこだわりの所以などさっぱり理解・推測もできず、私は、こんな無知丸出しで恥かしげもなく旅発ったのであった。数冊の“あふりか”本と少しのインターネット上の情報とTV番組、道祖神がくれた資料等を一夜漬け的に詰め込んではいたものの、この地のことはまったく実感的想像に難く、「行けば解る、行かなければ解らない、だから早く行こう」と。
旅に行く前にその地の勉強をして往くと数倍面白くなると諭す者もいれば、ことアフリカに関しては事前知識収集をあまりしないほうが・・・とアドバイスする某旅行社ブログ書き込みもあったが、私は勉強嫌いなので当然後者に賛成することにした。先入観を持たないよう“自分独自の感性で”見てみようとカッコ付けてみた。スワヒリ語なんぞはさっぱり、英語も殆どダメ(日本語でさえ時々通じない?!)、海外旅行は添乗員様頼りのこのワタクシが同行友達なし・こころ強い女房なしでの初めての一人参加。さて、どうなることやら・・。
皆さんから期待されるようなまともなサファリツアーレポートは、文才のない私には到底無理なことである。既にご存知のように道祖神には、これまでアフリカ旅の諸先輩方のプロライター顔負けの紀行文は沢山あるし、動物たちの写真もカレンダーになるほどのものがいっぱいあるのでそちらにお任せするとして、“<span class=”bold”>あふりか</span>”超ド初心者の旅がどう始まり、どう終わったのか、無知が所以の行動・愚問・珍問を含め恥しげもなく報告したいと思います。当然成り行き的で、支離滅裂になることを先にお詫びしておきます。
サファリツアーを何度か経験された方には、恐らく「そんなことも知らなかったの?!」って、サラリと流され終わってしまう内容も多いと思いますが、これから行かれる方に少しでも参考になるようでしたら嬉しいです。
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日本(関空)⇔ドバイは、業界屈指(近くに座った人の言葉)のエミレーツ航空である。私は、名古屋駅からエミレーツ航空無料直行バスを利用して関空で最終合流した。バスの添乗案内係が顔黒ハンサムインド系中東人で外国訛りの強い日本語を話していて、いきなり出だし名古屋から既に異国の地に来ているようであった。直行バスも飛行機内もドバイ空港内も、聞いていた通り空調が効き過ぎ、寒く乾燥していて上着とマスクと目薬が役立った。(この日の名古屋の気温29℃、ドバイは朝5時で外気32℃着るものにひと工夫必要だ)
ドバイでの乗り継ぎ待ちは、往5時間半・復4時間半とかなり長時間でホトホト参った。空港建物は、超近代的なデザインで素晴らしいと思うが暇をつぶす所が殆ど無い。DFショップも飲食店も同じような店が数多くあるだけで日本人にはあまり有難くないものばかりだ。ローカル色も全くなく無味乾燥でつまらない(新興国の人にとっては憧れかも知れないが)と言うのが私感である。ビジネスorファストクラスであれば話は別であろう、有料シャワーや仮眠室利用と言う手もあるらしいが何か他に良い方策は無いものか。読書もしたが空港内の照明がどこも暗かった。我々庶民用の“暇つぶしアイデア・おもしろベスト10”みたいなノウハウものありませんか道祖神さん?!それからもう一つ、広さの割にはトイレの数が少なく、朝方は結構混むので要注意・・・と言っても、どうにもならないか。
関空からドバイを経て19時間余り、睡眠と機内映画(このエミレーツのパーソナルモニターは優れものだ)にも飽きた頃ようやくナイロビ・ケニアッタ空港に着いた。ここは、ひと昔前にモダンデザインを誇ったであろうカラフルな建物だがケニアらしいローカル色(初めて訪れるのに、勝手にそう感じた)が出ていてなかなか良い。降り立つやいなや眼の中に“あふりか”がどんどん入ってくる、ここまで来ると流石にあふりかに来たゾーと云う感じがする、入国審査員も明るく陽気で他の国の人には無い親しみやすい独特な雰囲気で、コレが巷に言うあの“あふりか人”なのかと、周りにそんなあふりか人がいっぱいいて、なぜだかやたら嬉しくなる。この時の私は、ケニア=あふりかと短絡的。・・・この旅の目的地は、タンザニアのはずなんだが。
添乗員のIさんは、ごった返す空港ロビーでウロウロしながらどこに行けば良いのか“金魚のフン”(フンはもちろん私のこと)のような団体9人を引き連れ、数十組もいると思える迎えの人だかりの中からいとも簡単に迎えのドライバー(この時点では、私はまだ黒い顔の人の区別が付かず皆同じ顔に見えていた)とマイクロバスを見つけ出し、手際よく金魚とフンと荷物を載せ、ここからずーっと南のほう(土地勘が有る訳ないので地名がさっぱり分からない)の国境に向かわせた。道路の両側には、工事途中で放棄されている大小の建物が目に付く、やはりこの国も経済が混沌としているのだろう。
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往も復もケニア ⇔ タンザニア国境の其々の出入国管理事務所での顔写真と指紋採取は、あったりなかったり、1人だけだったり全員だったりとバラバラだった。職員は大勢いるのに1人で審査受付に追われる担当者のすぐ後で、並んで待っている我々をよそ目に堂々と他の係官たち3~4人が楽しそうにティーパーティーをしている。恐らく定時休憩なのだろうが、日本では考えられないシーンである。ここは“あふりか”だ~。しかしなぜだろう腹も立たない自分がそこに居た。
ここでのトイレは有料で、同行ドライバーが交渉してグループ10人分で5$を添乗員さんが払う。ここから更にずーっと南下してタンザニア初泊のホテルに向かう。夕暮れが近い。
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マイクロバスに再度長時間揺られてやっとたどり着いたのは、このタンザニアツアーの最初と最後に宿泊するアルーシャのスノークレストホテルだ。
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夜8時過ぎに到着、入室前に即、遅めの夕食開始。先ずサファリの先輩たちが頼んだものは動物図柄のビール、綺麗にラベルを剥して旅の記念に持ち帰る人も多いらしい。若輩初心者の私はオレンジジュースで我慢(本当は、アルコールが飲めない)。食事もそれなりに欧米人にも満足できるであろう洋食バイキング、あまり出無いと聞いていたサラダも盛りだくさんでありがたい。さり気なく地元の料理も2~3品加えてある。たっぷりお腹に詰め込んで部屋に入ると、大理石貼りのサニタリールーム(シャワーはあるがバスタブは無い)にガラススケルトンデザインのヘルスメーターがおいてあった。これも、サファリが始まる前と終わって帰るときに測り、どれだけ〇〇になったか判るように旅人の健康を祈ってくれているベテラン添乗員さんならではのご配慮であろうか。ベッドに入る前に明日の軽飛行機搭乗のためにソフトバッグへの荷物の詰め替えを済まさなければならない。トランクはここに預けて行く。
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フロントに6:00AMに依頼してあったモーニングコールが6:15に鳴った。が、実は、こんな事もあろうかと自分の目覚まし時計で既に起きて荷物のチェックをしていた。今日から6:00起床、7:00朝食、8:00出発と言う6・7・8パターンのタイムスケジュールが続くらしい。朝食も洋食バイキングである。ホットミルクと表示してあるポットからは、さ湯が出る。ここは“あふりか”だ~。
外に出てみるとガードマン達が駐車場の真ん中で朝礼をしていた。少し様子を見ていたが、連絡・指示・質疑忚答などきちんと大きな声で時間を掛けてテキパキやっている。こんな目立つ所でやっているのは、おそらく宿泊客への安心感、悪いことを企んでいる奴への牽制というパフォーマンスの意味もあるのだろうが、昨夜はこの人達に護られながら私たちは寝ていたのだと思った。安心して利用できるホテルを選んである、さすが道祖神!!・・・でも彼らのような人達が必要な社会でもあるのがここタンザニアなのだなあ。事実、ホテル前の通りを少し散歩しようとしたら、小柄で制服が愛嬌にみえてしまうドアマンがすかさず追ってきて、あまり出歩かないようにと忠告してくれた。朝の7時頃である。
昨日のマイクロバスで出発、8時前後はアルーシャでもラッシュアワーだ。交差点に信号があった(無いだろうと思っていた訳ではない)が、ランプ切れと土埃でひどく汚れて読めないのに、大量のクルマやバイク、荷車、人々が、滞ること無く上手く平然と流れている。色々な音色のクラクションをバックミュージックにしながら。この人達の運動神経を褒めずにはいられない。ここは“あふりか”だ~。
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アルーシャ郊外の飛行場から軽飛行機で待望のセレンゲティ国立公園へ向かう。いつものこのツアーでは、軽飛行機は一番最後にサファリから戻るために利用するらしいが、今回は、逆コースとなっているとのこと。待たされることもなくすこぶる順調に離陸した。長時間待たされたり、経由地が変更になったりすることは日常茶飯事らしい。運良く、コクピット丸見えの最前列に座ることができた。気軽にカメラポーズをしてくれる機長は白の制服、副操縦士は私服のブレザー姿(まさかアルバイトでは?と少し心配)で、おまけに、二人の間に置いてあるマニュアルがぎっしり入ってパックリと口を開けた革の仕事鞄の一番上にあるのは、キャンディーの大箱だ。副操縦士は、小柄で未成年に見えなくもないが、離着陸時は煩雑な仕事をテキパキとこなしているので本物であろう。「大丈夫だ」と何度も自分に言い聞かせた。
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機内からは、大地溝帯と推測できる谷や、あちこちに点在する丸く囲われたマサイの部落、そして草原を走る動物たちが見えた。象やキリン、シマウマなどはかろうじて見分けがつく。・・・ところがなんだか、TVを見ているようでまるでタンザニアに来ている実感が湧いてこない。ドキドキ・ワクワクするはずなのに妙に冷静に眺めている。幸い中継地も無く1時間のフライトだった。
降り着いて、眩しい日差しの下、乾燥した気温上昇中の独特とも言える空気を感じながら、出迎えのサファリカーに荷物を積み替えていると、背後から「Jambo! How do you do Mr…What your name?」・・・えっ、「はうどぅゆどぅ」って・・・誰か私に声を掛けている・・・振り返るとサングラスを掛けた大柄な“<span class=”bold”>あふりか人</span>”がニコヤカに手を差し出している。ガイドをしてくれるドライバーだ。「あ~、はうどぅゆどぅ。あ~、まいねーむいず“とだ”え~っと」「Welcome Tanzania」「いえ~す」・・・と、握手をした。あ~びっくりした~いきなり後ろから英語で声を掛けてくるんだもん。大きな温かい手だと感じた時、突然ここでタンザニアにサファリに来たんだ!と急に実感が湧いてきて心臓がバクバクし始めた。
ホテルのランチタイムまで、たっぷりと時間があったのでチェックインせずに2台の改造ランクルでサファリ開始。まだ今なら、肉食獣の捕獲行動を観られる可能性のある時間帯だからすぐ行こうとのことらしい。添乗員さんこだわりの軽飛行機利用は、上空からしか出来ない大地の観察以外に、こんな時にも生かされている。さすがベテラン、少しでもレアなシーンを観られる時間を増やそうとする緻密な謀だ。
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果たして、開始早々20分も経たないうちにオスの豹が樹の上で獲った獲物を食べているとの無線が入った。急行する。彼の獲物は、リードバックとのこと(リードバックってどんな奴?もらっていた簡易動物図鑑を早々に開く私)。
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食後の一服をしているらしく動かない。いや、動けないのだろうこんなに人が多くては。現実を知らない私は、サファリでは日常的にしょっちゅう見られる事かと思っていたが、どうやらこれでも結構レアなシーンらしい。でもTVのような獲物を狩るところや、食べているところが見たい!!と言ったら、サファリ通のひとから贅沢なオッサンやな~と言われてしまった。(出し惜しみしないで!サバンナの神様!)この後、午前中だけで、ライオンはもちろんマサイキリン、アフリカゾウ、ハイエナなど15種類ものどうぶつを見ることが出来た。これもかなりラッキーなことらしい。PM:1時過ぎに今日から3連泊するセロネラワイルドライフロッジへ 。昼食を摂り、チェックインをして午前のスケジュール終了。
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このロッジは、木材と石材・ガラスを上手く使ってデザインされた木造2階建のセンスの良い洒落た建物だ(でも部屋の床鳴りがギシギシとかなり酷かった)。敷地内で多くのハイラックス、サバンナモンキー、アガマトカゲなどが遊んでいる。鳥のさえずりもよく聞こえてくる。のんびりしていて落ち着けるところだ。ありがたい事に予想に反して蚊や蝿などの虫は、殆どいない。おまけに部屋には、TVも冷蔵庫も貴重品庫もいない。建物内に広いトレーニングジム室があったが、内部は空っぽで何も置いてないし入れない。それでもまあいいっか、大自然があれば・・。そういえば、ここは部屋にバスタブがある、時間制限付きで温水と電気が使える・・・でもこれって本当はすごい贅沢なことなんだよね~。次回は、キャンプサファリがいいかも・・・。
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休憩後PM:4時からは夕方サファリが始まった。見ることが出来た動物たちは、多すぎてここには書き尽くせない。
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今は9月、ここタンザニアでは、朝日は真東から昇り、昼の太陽は真上に、そして夕日は真西に沈む。赤道直下に近いのに過ごしやすい気候だ。言われていた通り“あふりか=熱帯=蒸し暑い”では無い。1日の気温差がかなりある、ちょうど2000メートル級の日本アルプスの夏山に似ていて、カラリとして快適だ。持っていた山用品で旅のアイテムを揃えて来たのは、正解であった。(この旅の為に新たにあつらえた物は必需のソフトバッグだけで済んだ。このダッフルは、70Lぐらいの容量がオススメ。)
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デジ亀(寒っ!、ダジャレ古すぎっ!)の電池を充電しようとしたが、変換プラグがバッグの中に無い、忘れたのだ。うかつだった。予備電池はあるが予想以上に使っているので心許ない。同行の人に借りようとしても多分今時は、ちょうど同じように充電のタイミングでダメだろう。試しにコンセントをじっと見てエイッと念力をかけてみるが穴の形は変わらない。微妙に穴のサイズは違うが、ダメ元でシェーバー専用のコンセント(こいつの形がいちばん類似している)に、そっとそして少し無理矢理差し込んでみた。やはり赤ランプは点かない。・・・ムムム・・・グリッと軽く回してみた(壊れない程度に、右回しがオススメ)・・・喝!と念ずると同時に・・・何と!、赤ランプ点灯!・・・やってみるもんだねー。(次に泊まったセレナロッジでは、ダメだった・・・多分念力が足りなかったのだろう・・・その次のトゥリートップスロッジでは成功した・・・特技がまた増えた)
早朝サファリの一コマ
途中で遅めの朝食です。ドライバーさんも一緒です。厚紙のBOXに色々入っていました。ランチBOXもそうですが、食べ切れないものは、全員の分を綺麗に仕分けして地元のマサイの人達などにあげます。
頭上には、ハタオリの巣があり、忙しそうに出入りしていました。まだ気温は上がらず、少し寒いです。
この公園内では、勝手にどこでも車外に出て好きな所で休憩できるわけではなく、指定サイトがある。もちろんオフロード走行も禁止です。スピード違反も然り。
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熱気球
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5:00AMモーニングコールは、TELではなく、ホテルガードマンの直接のドアノックだった。
5:30AM外はまだ寒くて暗い。ツアーオプションの熱気球に乗るのは、グループの中では私一人だけ。(少し不安。そんな私を事前察知してか、添乗員のIさんが早朝にもかかわらず見送りに来てくれていました、この気配りプロとしてもさすがです。これでツアー出発前のチョンボは、帳消しです。)予定時刻通りバルーンの迎えの車が来た。正刻だったので珍しいと思いきや、体格の良い白人(バルーンパイロットでした)、英語で他の人達とペラペラと話をしている。“何言ってるかさっぱり??”この先大丈夫かいな(だいぶ不安になってきた私)。
暗闇の中で大勢のスタッフが、気球3個を上げる準備をしている。かなり大掛かりで、大型トレーラー数台で持ち込んでいるようだ。膨らみかけたその中を覗いてみると、ここでソフトボールができそうな程大きい。乗客が呼び集められ、搭乗の注意事項説明が始まった。またもや“何言ってるかさっぱり??”でも「Do you understand?」だけは判った。開き直った私はもちろん「OK, of course!」
横倒しになった籠に升目毎に乗り込み、シートベルトを掛ける。日の出と共に待望のフライトが開まった。滑りこむように大空の中へ。時々ゴーっと単発的にガスバーナーを燃やす音がする以外は、全くの静寂。“雲に乗った様”と云う表現だけではとても言い表せない。パイロットは、バルーンを一度高くまで上げて、上空から動物たちを見つけ出すと、彼らを脅かさないよう巧みな操作で上下左右最適と思われるところに近づけてくれる。顔を上げて果てしなく広大なサバンナに目を遣ると、色々な沢山の思いが、私の脳裏を横切った。
約1時間のバルーンならではの空中サファリを楽しんだ後は、先ずは着地した場所で、フランスの高級シャンパン(飲めない私でもサラっと美味しく戴けました。・・「高級品」・・勿論お替りしました)で乾杯。ずぅ~と追って来ていたサファリカーに乗って場所を移し、英国式フルコースの野外ブレックファストがはじまった(英国人は、朝っぱらからフルコースを食べるのが好きらしい)。
仮設トイレの仕切りは、向こう側がオープンで大草原に向かっての〇〇です。もちろん 野××では無く、タンクの付いた洋式です、ご心配なく。少しドキドキの開放感がたまらない。
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人間が一方的に取り挙げていった蜂蜜を、ミツバチたちが取り返しに来ました。これを見ていたら・・・その昔、列強ヨーロッパの国々が勝手にアフリカを分断し、植民地化して様々な幸を取り挙げて行きました。一方的に自国の文化を持込み押付け ・・・なぜか、こんな思いが・・・ 美味しい食事を頬張りながら、少し悲しくなりました。
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スーパーハイウェイ(もちろん未舗装路!!)で、次のンゴロンゴロ自然保護区に向かう。壮大なサバンナのど真ん中、その地の果ては見えない。大地は陽の当たるところ、雲の蔭のところが、ハッキリ線引されている。巻きあげる砂煙が凄い。対向車とブンブンすれ違う度に、エアコンの無い車の窓を開けたり締めたり大忙し、降り注ぐ陽の道をバク走する。こんな車内の状態は、想像に容易い。ヘッドライトを点けた対向車も多い、まるでレース中の様。メガネ・マスク・目薬が必要とは、この事だったのか!
ドライバーのソロモンに制限時速はあるのかと聞いてみた、「公園内は時速50Km」、「えっ、今この車は?」、ソロモンは揺れる体でハンドルをしっかり握りながら、ニヤリと笑って、「だから今、50Kmネ!」。
途中、小高い丘で休憩をした。車から降りると、すぐさま男性陣はぐるりと回りを見廻して無言のまま四方に散らばって行く。車を背にしてモゾモゾとした後、しばし立ち止まっている。私のマーキングの〇〇が偏西風に乗って日本にたどり着くのに何日かかるのだろう。
ゆっくり深呼吸をしながらこの果てしない壮大なサバンナを見廻した時には、涙が出そうになった。確かに私は、ここサバンナの真ん中に居る。自分が今ここにこうして立って居られるのは、限りない沢山の人のお陰だ。家族に感謝、ご先祖様に感謝、友人・先輩・後輩に感謝、ツアー関係者に感謝、タンザニアに感謝、地球に感謝。そして一番飛切りの感謝は、妻に。
精一杯強がっても私は、こんなにも小さい。でも、この旅は、ほんの少しだけ私を大きくしてくれたような気がする。
ここは“アフリカ”だ~!!
あふりか”が少し“アフリカ”になった。
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後編は、「マサイ村訪問」から始めようかな。
タンザニアのツアー・旅行一覧はこちら。
サファリ・動物がテーマのツアー・旅行一覧はこちら。