WILD AFRICA 22 ナミビア沿岸のコシャチイルカ

ナミビアで撮れる野生動物というと、どうしてもサバンナの大型哺乳類や砂漠の爬虫類などを連想しがちだが、実は海にもユニークな動物たちがいる。
ナミビアの海岸は南極からの冷たいベングエラ海流に洗われているため、年間を通して水温がとても低い。また南西からの強烈な風が吹くため、荒海として昔から船乗りたちに恐れられてきた。スケレトンコーストに打ち捨てられた数多の難破船がそのことを物語っている。しかし、強い海流は海底の養分を巻き上げるためプランクトンが豊富で、非常によい漁場でもある。
魚が多ければ、当然それらを捕食する生き物も多い。コシャチイルカもその一つだ。イルカの中ではかなり小型な種で、南アフリカの大西洋岸からナミビア、アンゴラ南端部の沿岸域でしか見られない、この海域特有の動物だ。体の色は黒、灰色、白の三色で、背びれが三角形をしている。南部アフリカの他のイルカたちはすべて後ろに反った鎌形の背びれを持っているので、遠くからでもコシャチイルカは容易に見分けがつく。また、「くちばし」がないのも特徴的だ。
この写真は9月10日に、ヴァルフィスベイから出ているドルフィンクルーズに参加した際に撮影した。多くのイルカ同様、コシャチイルカも船の作り出す波に乗るのが大好きで、ボートの舳先に立っていると、目の前に姿を見せてくれる。大きな望遠レンズでなくともかなりのアップで撮れるのはありがたい限りだ。ただし、動きは相当速いのでピント合わせには多少注意が必要だとも感じた。
ナミビアの海は波が荒いと先に述べたが、ドルフィンクルーズに関しては船酔い等の心配は全くない。というのも、クルーズ自体はヴァルフィスベイ、即ち入り江から外洋に全く出ないからだ。そもそもこの場所が港としてヨーロッパ人入植者たちに注目された理由こそが、この波静かな湾の存在にあるのだ。現在ではナミビア経済を支える貿易の拠点となっており、巨大な貨物船や多くの漁船が常時湾内に錨を下ろしている。
ちなみにこの日はコシャチイルカたち以外にも、ザトウクジラを二頭見た。ヴァルフィスベイ(Walvis Bay)とはクジラの入り江という意味で、実はその昔ヨーロッパの捕鯨船の基地でもあった。それが今では南部アフリカでも有数のホエールウォッチングの拠点となっているというのは皮肉なものだ。
撮影データ:ニコンD4、AF-S VR 80-400mm f4.5-5.6、1/800秒 f9 ISO1000
コシャチイルカ
英名:Heaviside’s Dolphin
学名:Cephalorhynchus heavisidii
体長:1.7m
体重:70kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 21 ナマクワカメレオン

ナミブ砂漠は世界で最も降雨量の少ない砂漠の一つである。当然あらゆる生命にとって極めて厳しい生息環境なわけだが、それだけにナミブを住処とする生き物たちは、いずれも見事な適応を見せている。今回ご紹介するカメレオンもその一つだ。
ナマクワカメレオンは、ナミブに生息する唯一のカメレオンだ。全長は25cmほどで、隠れる場所のほとんどない地表を歩いて移動するため、カメレオンの中では歩行速度が最も速い(そうは言っても相当ノロいが…)。色も地面と同じ茶色系で、興奮したりすると色の濃さは変化するが、カラースキーム自体はほとんど変わらない。また、ナマクワカメレオンの尻尾は細くて短い。樹上で暮らすカメレオンの仲間にとって、尻尾は木の枝からぶら下がったりするための「五本目の脚」として機能する。ところが、木がほとんどない砂漠ではそのような尻尾は必要ないのだ。
今までなかなか撮影のチャンスに恵まれなかったのだが、今回6月13日から催行された道祖神ツアー「ナミビアの自然と民俗11日間」のガイドとしてナミブ砂漠を訪れた際、現地でついてくれたドライバー/ガイドがナミブの自然に非常に詳しい人物だったので、彼に頼んで探してもらった。自力では見付けられなかったこの爬虫類も、エキスパートの手にかかればあっけないもので、スワコプムントの町にほど近い砂丘地帯で、ものの数分で最初の一匹を見付けてくれた。日暮れ間近だったため、初めて撮るナマクワカメレオンは、すでに眠る体勢だったが、目はしっかり開けてこちらを見ていた。地味な生物ではあるが、そこがいかにも砂漠の住人らしい。
南部アフリカは珍しい爬虫類たちの宝庫として世界的にも知られている。しかし現在、多くの種で個体数の減少に歯止めがかからず問題になっている。日本やドイツなどで、ペットとして希少種ほど高値で取引されていることがその主たる原因だ。ナマクワカメレオンも例外ではなく、密猟が後を絶たないという。しかし、捕獲・密輸されても、ナミブの生息環境を人工的に再現するのは非常に困難で、飼育下ではほとんどがすぐに死んでしまうという。野生生物は、本来いるべき場所にいてこそ美しく輝いているのであって、我々人間のくだらない所有欲のために捕獲し、殺してしまうのはいかがなものだろうか。
撮影データ:ニコンD4、AF Micro Nikkor 60mm f2.8、 1/80秒 f25 ISO1250
ナマクワカメレオン
英名:Namaqua Chameleon
学名:Chamaeleo namaquensis
全長:25cm
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 20 エトシャ国立公園のディクディク

ナミビアのエトシャ国立公園はアフリカ屈指の野生動物の宝庫であり、同国においては、大砂丘群で知られるナミブ砂漠のソススフレイと人気を二分する観光の目玉となっている。当然ながら、エトシャを訪れる人々の大半は大型野生動物、特にゾウ、サイ、ライオンやチーターといったサファリの定番とも言うべき動物たちを目当てにやってくる。
しかし、多彩な動物相を誇るエトシャには、小型の動物も多数生息しており、被写体としても面白い種が多い。例えばダマラディクディクは、目と耳が非常に大きく、鼻先をくねくねと曲げられる、とても美しい小型レイヨウだ。オスにのみ尖った短い角がある。薮の濃い場所を好み、つがいで小さな縄張りを守りながら暮らしている。一度ペアになると相手が死ぬまで共に過ごすことでも知られている。
車でゆっくり接近すればあまり逃げないので、見付けさえすれば撮影は容易だ。公園内で最も遭遇率が高いのは、ナムトーニ・キャンプ(東端にあるキャンプ)のすぐそばにある、ディクディク・ドライブと名付けられたループ状の道だ。その名の通りディクディクの数が非常に多く、近年このエリアで行われた調査では、1平方キロ当たり90頭のディクディクが記録されている。
この写真もディクディク・ドライブで撮影したものだ。オスがメスの尿の臭いをかいでフレーメン反応(ネコ科動物やウマ、レイヨウなどが特定の臭いに反応して唇を上げる生理現象)を見せているところで、雨の直後だったため、二頭ともまだ毛が濡れている。
ディクディクの仲間は4種類確認されており、そのいずれも東アフリカのタンザニアからケニア、エチオピア、ソマリアにかけての乾燥したサバンナに分布している。ところが、ナミビア中部からアンゴラ南西部にかけてのサバンナにも、飛び地のようにディクディクが1種類のみ生息している。このことから、大昔には大陸東部と南西部とを繋ぐ乾燥サバンナの「回廊」が存在したと考えられている。
撮影データ:ニコンD300、AF-S VR70-200mm f2.8、1/160 f6.3 ISO800
ダマラディクディク
英名:Damara Dik-dik (Kirk’s Dik-dik)
学名:Madoqua kirkii
体高:♂38.6cm ♀39.4cm
体重:♂5.1kg ♀5.6kg
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 19 カラハリでチーターの全速ダッシュを撮る

広大な平原にガゼルたちが散らばり草を食む、一見のどかなカラハリの風景。しかし、実は草むらの奥には狩りのチャンスをうかがうチーターが潜んでいる。突如、チーターはそのスレンダーでしなやかな体を爆発させるかのように飛び出し、ガゼルに襲いかかる。一瞬にして平穏はパニックへと変わり、自分が標的であることに気付いたガゼルは右に左にと舵を切りながら、何とかこの地上最速のハンターを振り切ろうとする。チーターも負けじと長い尾を振り回しながらバランスを取り、獲物に食らいついて行く。
2012年8月24日、13時56分の出来事だ。チーターのハンティングを写真に収めたかった私は、3日間一頭のメスを追い続け、ようやく全力疾走する姿を撮影するに至った。チーターに限ったことではないが、肉食獣の狩りを撮るのはとても地道な作業である上に、多くの条件が一度に満たされないと成功しない。
当然ながら、まずは被写体を探し出すところからプロセスは始まる。ゲームドライブに出たら、周囲に目を光らせ、双眼鏡で薮の中や木陰を覗き、路上に残されている足跡に注視し、すれ違った人々と情報交換を行う。いざチーターが見付かったら、後はひたすら張り付いて待つ。ちょっと目を離した隙にチーターが獲物を見付けてしまい、気付いた時には狩りが終わっていたなんて可能性もあるので、集中力をいかに保つかが大きな課題となる。
また、仮に準備万端だったとしても、都合良くこちらに向かって獲物を追いかけてくれるとは限らないし、猛スピードで走る相手をファインダーの中に捕らえ続け、ピントを合わせながら、そこそこアップで撮影するのは決して楽ではない。過去、自らの技量の無さによって決定的なチャンスを幾度も逃してきた身としては、相手がスプリントに入る瞬間は毎回猛烈に緊張する。
今回、追跡3日目にしてやっと条件が揃い、疾走するところまでは撮影できたチーターだったが、実はこの時彼女は獲物を捕らえることができなかった。時速100km以上で走れても、持久力のないチーターの狩りが成功する確率は50%程度なのだ。本当ならあと数日粘りたかったのだが、残念ながらこちらの時間がなくなってしまったので、続きは次回と言ったところだ。
撮影データ:ニコンD4、AF-S 500mm f4、1/3200 f8 ISO1600
南アフリカ、カラハリ・トランスフロンティア・パークにて
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 18 ボツワナ、マシャトゥ動物保護区でゾウを撮る

7月12日から9月19日までの約2カ月間、撮影のために南部アフリカを訪れた。今回は約1万5千キロを車で走り、8月一杯をカラハリ砂漠で過ごした他、クルーガー国立公園やケープタウン、ナマクワランド、リヒタースフェルト国立公園といった場所で撮影を行った。
そんな中でも特に面白かったのが、以前この連載でも紹介したボツワナのマシャトゥ動物保護区だ。2泊3日の短い滞在だったが、非常に密度が濃く、大変満足のいく結果となった。ヒョウの多さも相変わらずだったが(2日間で計4頭のヒョウに出会った)、何と言っても今回はアフリカゾウを、手を伸ばせば触れるほどの至近距離から観察・撮影できたことが印象に残っている。あの巨大な動物たちを見上げながら広角レンズで撮影するというのは、私にとって全く初めての体験で、実に新鮮だった。
このような撮影が可能になったのは、今年新たにエレファント・ハイド(Elephant Hide)と呼ばれる撮影小屋がオープンしたことによる。半地下になっている小屋の中に座ると、目線が地面と同じ高さにくる設計になっており、そこから水を飲みにやってきた動物たちを撮影できるのだ。この施設は、私の10年来の友人でもあるシェム・コンピオン(Shem Compion)という南ア人写真家の発案によって建設された。彼は、シーフォー・イメージズ・アンド・サファリズ(C4 Images & Safaris)という、写真サファリ専門の会社を経営しており、他にはない写真撮影の機会をクライアントに提供すべくマシャトゥ動物保護区との交渉を重ねた末、エレファント・ハイドの実現に至った。
実は、私もシーフォー・イメージズ・アンド・サファリズのガイドを務めており、マシャトゥを訪れたのも日本から来た友人夫婦をクライアントとして案内するためであった。我々がエレファント・ハイドを利用したのは7月27日の朝7時から3時間程度だけだったが、アフリカゾウの群れ以外にもグレータークドゥー、インパラ、チャクマヒヒ、10種以上の鳥などがやってきた。ライオンやヒョウ、チーターなどがここから撮影できるようになるのも時間の問題だろうと言われている。
マシャトゥのエレファント・ハイドは、野生動物を撮る者にとって、正に夢のようなセッティングであり、今後の展開が実に楽しみだ。
撮影データ:ニコンD7000、 AF-S 24-70mm f2.8G、1/1600 f9 ISO1600
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com