Africa Deep!! 61 サッカーがとりもつ日本とアフリカ 友好と相互理解の可能性

大分県の中津江村という小さな村がかつて日本中の話題をさらったことを覚えていらっしゃるだろうか。2002年のサッカー日韓ワールドカップ。あのときカメルーン代表チームの合宿地に選ばれたのが、なぜか中津江村だった。僕は大分県在住だから中津江村がどのあたりに位置しているか知っているが、コンビニまで車で30分はかかる山村である。
合宿地入りする際、カメルーン代表は大遅刻した。予定よりまる5日遅れて、しかも到着は未明の午前3時というのがいかにもアフリカ的。しかしそれでも人口が1000人そこそこの村にして、なんと100人以上が出迎えたという。おそらくアフリカ人を初めて目にする人が大半だったと思われる。予定していた行事はすべて中止となったが、坂本村長を中心に村を挙げての歓迎ぶりはカメルーン代表の面々をいたく感激させたという。当時のカメルーン代表といえば、同国代表最多得点記録保持者で過去4度のアフリカ年間最優秀選手賞に輝いたこともあるサミュエル・エトオや、Jリーグのガンバ大阪にも所属したことのあるパトリック・エムボマらそうそうたるメンバーが揃っていた。
選手と村人は互いに打ち解け、友情のようなものも芽生えていった。何よりも素晴らしいのは、ワールドカップが終わってからもその交流が続いていることである。村民は全員が「不屈のライオンの会」に会員登録されている。「不屈のライオン」はもちろんカメルーン代表の愛称で、毎年10月には村を挙げて小学生チームの大会「カメルーン杯」を主催する。また国際大会では日本代表を差し置いてカメルーンを応援するという力の入れ方だ。
本当かどうか知らないが、大統領は政府の要職に就く人に「ぜひ中津江村を見てこい」と進言するらしい。それほど両者は固くて深い絆で結ばれているのである。余談だが、平成の大合併で中津江村が日田市と合併することになったとき、本来は「日田市中津江町」となる予定だった。ところが「中津江村」はそれ自体がインターナショナルな地名として認識されているという理由から、「日田市中津江村」に落ち着いたという。
今年久しぶりにカメルーンを旅したとき、あちこちで国民的英雄「エトオ」の名前が入ったユニフォームを着ている人に出会った。あのエトオも中津江村で交流していたのだなと考えると、ちょっとだけ胸が熱くなった。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。
公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/