IZAKAYA CHEKA

人種の坩堝、ナイロビ。
多種多様な食事が楽しめるレストランが星の数ほどあり、外食には困らない街だ。世界中でおなじみ中華料理に、韓国焼肉、イタリアン、フレンチ、メキシコ、レバノン、エチオピア等々。探せば何料理でも楽しめるので、生活していても食に困るような事はあまりない。

そこで我らが日本食レストランだが、今までナイロビには6軒の日本食レストランがあったものの、すべて経営者は日本人ではなく様々な外国人の方が経営されていた。もちろん、日本食には間違いないのだが、どうも惜しい!後一歩!という感が否めないでいた。
また、どこの日本食レストランも、いわゆる高級レストランという位置づけで洒落たカウンターに座って、たまに寿司をつまんだりしながらワインを嗜む…といった趣向の店が多かった。
そんな中、先月オープンしたのが、日本人の若手シェフ2人が立ち上げた『IZAKAYA CHEKA』だ。
CHEKAとは、現地の言葉スワヒリ語で『笑う』という意味がある。
そして、何よりも『IZAKAYA』、そう!居酒屋なのだ!!
ズラリと並んだ日本酒と焼酎、ビンではなく生ビール!
枝豆に塩辛、冷奴にどて焼き、おでんにサバの味噌煮、〆のラーメンだって常備している。
日本人の急所をこれでもかと突いてくる、これこそナイロビ在住の日本人誰もが待ち望んでいた、まさに居酒屋。
もう、俺達は冷凍⇔解凍を繰り返して味が飛んだ寿司なんて御免だ、という在住日本人たちの叫びが聞こえてくるようだ。
そして、この居酒屋は連日笑いが絶えない、ナイロビ・企業戦士たちの憩いの場となっている。
お昼もやっているので、サファリで疲れた身体にはたまの日本食が嬉しい。是非、ケニア観光に来られる皆様にもオススメです。
by ナイロビ駐在所・生野
IZAKAYA CHEKA

スーダン出身のウード奏者 ハムザ・エル・ディンさん

エジプトとスーダンにまたがるヌビア、アスワン・ダム建設の犠牲になり水に沈められた町に生まれたハムザ・エル・ディン(Hamza El Din)さん(実は私が子供の頃一度日本でお会いしているので、呼び捨てできないのです・・笑)は、世界最高のウード奏者(アラビアの弦楽器)といっても過言ではないでしょう。
「アラブの吟遊詩人」と呼ばれ、アラブ音楽をおそらく初めて直接的に(ヨーロッパ経由ではなく)日本に伝えた方だと思います。ハムザさんの足跡は、日本とアラブミュージックの歴史そのもの。

ダム建設の計画を知ったハムザさんは当時カイロで学んでいたそうですが、すべてを投げ捨てウードを片手に故郷へ戻り、後に消えてしまう故郷を旅しながら地域の伝統的な音楽を習得して歩いたそうです。その後、再びカイロに戻ってアラブの古典音楽を学び、スーダン国立放送局の専属音楽家となってデビュー。1964年に活動の場をニューヨークへ移します。
1980年には国際交流基金の招きで来日、以後16年にわたって日本に滞在し、琵琶やギターなど弦楽器の祖先にあたるといわれる、アラブの伝統的な楽器「ウード」を奏でたアルバムを世に出すかたわら、中近東からアフリカ北部までをエリアにしたアラブ音楽を大学で教えたりもしていました。決してメジャーな音楽家ではなかったと思いますが、ヌビア人らしい素朴で誠実な人柄もあって、影響を受けた日本のミュージシャンも少なくなかったそうです。
アラブの音楽は西洋の音楽に比べて四倍の音階を持ち、深みがあるところが魅力の一つといわれていますが、ハムザさんによって演奏されたウードの弾き語り曲には、その「深み」が如実に現れていると思います。コンゴを中心としたリンガラミュージックやナイジェリアのアフロビートなど、いわゆる「踊れる曲」ではなく、どちらかというとマリのコラの演奏に似た響きの、静謐な空間に響く音と深みのある声。基本的には、彼が奏でるウードと片面太鼓であるタールをベースに、時にはネイ(笛)や手拍子などを加えられた形で演奏されるきわめてシンプルな音楽ですが、昨今のデジタル音を詰め込んだ音楽とは比べものにならないほど豊潤な世界観を持っていると思います。
ハムザさんが弾くウードはアラブの伝統楽器であっても、改良して独自の響きになるように工夫されていたそうなのですが、それもあってかハムザさんの音楽は「アラブの伝統音楽」という言葉から想像されるステレオタイプなイメージとは違い、どこかグローバルな印象を与えてくれる気がします。
ナイルの流れのような”悠久のときの流れ”を思わせる、ハムザさんのウードの響き。一度お聞きになってみてはいかがですか?
by 羽鳥

映画『ギターマダガスカル』の公開決定!

映画の冒頭、明るい洋上に浮かぶ小さな丸木舟の上、漁師が漁の不作を「なんとかなるさ」と朗らかに歌う。風の音と、手作りギターの素朴な音、伸び伸びした歌声、心地のいいのどかな世界にいざなわれる。。
映画『ギターマダガスカル』はマダガスカルのミュージックシーンに焦点をあてたロードムービーです。
テレビやラジオでよく耳にする商業ベースの音楽にはない、手作りの音楽を手作りの楽器で楽しんでいる、そんな音楽の本来の情景がちりばめられています。
映画『チャンドマニ~モンゴル・ホーミーの源流へ~』で脚光を浴びた亀井岳監督の第二作目。

公式サイト http://www.guitarmadagascar.com/
上映情報
東京:新宿K’s cinemaの公開日は6月20日(土)http://www.ks-cinema.com/
大阪:第七藝術劇場にて公開予定 日時は未定 http://www.nanagei.com/
by 有冨

スワヒリ料理のスナック 「サンブーサ」

桜の季節が少しずつ近づいてきました。
お花見、ピクニックに出掛けるご予定のある方、
今年はお弁当にアフリカンおかずを一品、プラスしてみてください!
おすすめのレシピは、スワヒリ料理のサンブーサ。
ちょっとつまめて、美味なスナックです。
(サンブーサ、ビリヤニ(炊き込みご飯)などのルーツは、南アジアやインド、ペルシャ方面と言われています。)

【 材料 】
■ 春巻きの皮・・・6枚
■ ひき肉・・・300g
■ たまねぎ、じゃがいも・・・1/2個(みじん切り)
■ グリンピース・・・1缶
■ レモン汁・・・レモン1個分
■ コリアンダー・・・1束(お好みで)
■ クローブ、シナモン、クミン、カレー粉・・・お好みで!
■ 塩、胡椒・・・少々
■ 水溶き小麦粉・・・少々
■ 油・・・適宜
【 作り方 】
1. 鍋に油を熱し、ひき肉を炒め、色が変わったらたまねぎ、じゃがいもを加える。
2. さらにグリンピース、レモン汁、スパイスを加え炒め、火からはずす。
3. 春巻きの皮を正三角形の袋状になるように折り、そこに冷ました2.を入れ、
端を織り込み、水溶き小麦粉を塗って閉じる。
4. キツネ色になるまで揚げる。
一度食べ始めるとなかなか止まりませんよ・・・!
by 歌津

アフリカ音楽の巨人、ジンバブエの歌手 「トーマス・マプフーモ」

Thomas Mapfumo(トーマス・マプフーモ)は南部アフリカ・ジンバブエの歌手。
『ジンバブエのライオン』と呼ばれ、世界的に名を轟かしているアフリカ音楽の巨人の1人です。別名『闘争のアーティスト』、トーマス・マプフーモは1945年にジンバブエの首都ハラレの南東に位置する町マショナランド・イーストのマロンデラで生まれました。幼い頃からショナの人々の伝統音楽に触れ、ショナの伝統音楽のリズム、メロディをロック寄りの楽器演奏で再現するという独自のスタイルを確立しました。
多くの曲の主なメロディは、ショナの伝統楽器ムビラ(親指ピアノ)のフレーズをギターによって再現されています。

マプフーモの音楽は「チムレンガ・ミュージック」とよばれます。チムレンガとはショナ語で「闘争」を意味し、マプフーモの青年時代、当時ジンバブエは英国の植民地で、ローデシアと呼ばれ、白人達による抑圧的な植民地支配が続いていました。
しかし、70年代になると黒人達の反抗は活発化し、彼のチムレンガ・ミュージック(闘争の音楽)は爆発的に流行しました。
マプフーモは音楽によって独立闘争を鼓舞し、「わたしの目の黒いうちは黒人の政権など誕生させない」と公言した当時のイアン・スミス首相をこきおろした曲を発表。当局は彼の歌をラジオ放送から締め出し、独立前夜の1979年、裁判なしに投獄されたりもしています。
1980年にジンバブエは独立を果たし、ムガベ大統領(当時は首相)による政権が誕生しましたが、以来、独裁政権による悪政が続いてしまっています。
マプフーモのチムレンガ(闘争)は、祖国が独立を果たしたとしても静まる事はなく、かつての反人種差別運動の盟友、ムガベ大統領の堕落を歌によって批判し続けた事により、弾圧を受けて、国外追放になってからはアメリカに渡り活動を続けています。
2000年代を超えてもなお、マプフーモの音楽とメッセージは、老成して大人しくなることを知りません。
近年、発表されている曲のタイトルにもそれが表れています。
「Pasi Hariguti(大地の餓えは満たされることなく)」「Kuvarira Mukati(沈黙の苦悩)」「Handimbotya(私は恐れない)」
「Vanofira Chiiko(君は何のために死ぬというのか)?」 などなど。
最後に、1989年に発表されたムガベ大統領(未だに現職!)の事を歌った強烈な一曲「Corruption(腐敗)」を是非。
https://www.youtube.com/watch?v=OyC8isfyBCY
by ナイロビ駐在所・生野