マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア モニターツアー 7日間 2

2012年3月24日出発、マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア モニターツアー 7日間に参加された竹山 和幸様からのレポートです。
「オルケリ・マラ・サファリキャンプ」はマサイ・マラの北東の公園外に2012年3月オープンしたテントロッジで緑に囲まれた敷地内にテントが並んでいました
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アットホームな雰囲気のキャンプでスタッフの皆さんの気配りが行き届いており責任者のデビットさんやドライバーのジェームスさん、ピーターさんは日本語が堪能なので安心して過ごせました
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各テントは茂みで隔てられ十分に距離が置かれ隣のテントの物音を気にすることなく早朝は鳥の鳴き声、夜は動物や虫の鳴き声を楽しむことができました
日の入りと日の出についてはキャンプ内から草原を見渡すことができませんが朝夕のサファリで素晴らしい日の出と日の入りの草原を見渡すことができました
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夜はマサイ・マラではナイトサファリができませんがキャンプ内で見上げた星空が最高で流れ星が何回も見ることができました
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動物に会うにはキャンプから動物たちの見られるエリアまで移動しなければならないかと思っていましたがそんなことなくキャンプ周辺でたくさんの動物を会えました
ウォーキングサファリに参加してキャンプのまわりを歩くとキリンのファミリーや象を見ることができ通常のサファリとはひと味違った生の感覚を味わうことができました
特にアフリカへ行く前に心配していたのは食事・シャワー・蚊のことでしたが蚊の虫刺されやハエなどには悩まされず快適に過ごすことができシャワーについてはサファリ後に各テントが一斉にシャワーを使ってもぬるくならず熱いシャワーを気持ちよく浴びることが出来ました
シェフの料理は日本人好みの味に仕上がっておりバリエーションが豊かで朝昼晩の三食を楽しむことが出来ました
特に最後の夜のアフリカンバーベキューは絶妙のスパイスで美味しいアフリカ料理を堪能しました
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アクティビティは通常の「朝夕のサファリ」に加えて「ウォーキングサファリ」、「バルーンサファリ」、「1日中のロングサファリ」、「マサイ村の訪問」を楽しみました
マサイマラで3日間サファリ漬けでしたが全く飽きる事なく満喫することが出来ました
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アットホームなキャンプで親切なケニアのスタッフに囲まれおいしい食事と清潔なテントで初めてのアフリカの素敵な思い出を作ることが出来ました
食事のときなどにデビットさんと日本語でどんなサファリをしたいか相談しながら決められるので希望に沿ったサファリを楽しめました
3月は草食動物の赤ちゃんも見られ微笑ましく、また乾燥した草原に寝転がってケニアの風に吹かれるのはとても気持ちが良かったです
素敵なツアーに参加させていただきありがとうございました
「マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア 8日間」ツアーページはこちら。
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2012.03.11発 ケニア・タンザニア5大公園 14日間 前編

3月も中ごろ、ケニアとタンザニアの2ヶ国へ行ってきました。2週間で5つの国立公園・保護区を廻るツアー、ちょっと欲張りな内容ですが、それぞれに個性豊かな野生のパラダイス群は、今回もまた、それぞれに異なった顔を見せてくれました。
ケニア行きと言えばおなじみ、ドバイ経由のエミレーツ航空で、まずはケニアの首都・大都市ナイロビへと飛行機は降り立ちました。空港を一歩出ると、射抜かれるような直射日光!燦々と輝く太陽と、乾いた空気を胸の奥に吸い込むと、いよいよケニアにやって来たぞと実感が湧きます。今回はどんな野生の姿に出会えるのか、胸が高鳴るところですが、まずはナイロビにて長旅の疲れを癒します。
街中の素敵なホテルでゆっくりと夜を明かした後は、いよいよサファリに出発です。まずは第一の公園、『アンボセリ国立公園』。こちら山とゾウのセットで有名ですね。
アフリカで山といえば…、もちろんご存知、大陸最高峰!の『キリマンジャロ』です。
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さて、まずは1つめの国立公園ですので軽い肩慣らし気分。キリマンジャロに見下ろされながら、動物探しです。あまりにも晴れ渡った空の下だからでしょうか、肉食動物達はすっかりどこかに隠れてしまい、草食動物達の姿と、後はゾウ、ゾウ、ゾウ、ゾウ…。
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アンボセリでは、マサイさん達の村も訪問。マサイジャンプでお出迎え。伝統スタイルの泥と牛糞の家“マニャッタ”や、火起こしをする様子なども見せてもらいます。帰り際にはマサイお土産のショッピング攻勢。なかなかに商魂逞しいところはご愛嬌です。
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アンボセリ国立公園を後にした我々一行は、どんどんケニアを南下します。アスファルトの舗装道路も道が広くて気持ちいいなあ、と風に当たっているとケニア/タンザニアの国境に到着。そうです、早くも2ヶ国目のタンザニアへ。「また戻ってくるよー、ケニア。」
タンザニアに入国後は車を乗り換え、再び、どんどんどんどん走ります。ひたすら舗装道路を走り続けて到着しました、第二の公園、正確には国立公園ではありません。『ンゴロンゴロ自然保護区』です。マサイさんの言葉で「大きな穴」という意味があります。
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ここでの醍醐味はクレーターサファリ。こんな時こそ、4WDの真骨頂、クレーターの縁からガリガリと高さ約500mを駆け降ります。ンゴロンゴロ内のカルデラ(火口原)は野生動物達の箱庭。唯一、クロサイが自然の状態で観察できる貴重な所です。クロサイの姿は見つけたものの、あまりにも距離が遠く、残念でした。ンゴロンゴロ自然保護区は、標高が2,400mもあるので、夜は非常に冷え込みます。夕食後に部屋へ戻ると、ベッドの中には湯たんぽがセットされていました。嬉しい気づかい。
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ンゴロンゴロ自然保護区を後にして、いよいよ今回の旅のメインイベントでもあります、『セレンゲティ国立公園』へと向かいます。その前にちょっと寄り道、オルドバイ峡谷へ。
ここは、175万年前の人類の祖先ではないかと言われるアウストラロピテクスの骨が発掘され、一躍世界の注目を浴びた場所です。小さな博物館も併設されていて、数々の出土品などが年代順に並べられています。
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いよいよ、『セレンゲティ国立公園』です。アフリカで最もよく知られた公園の1つ。陳腐過ぎる言葉ですが、まさに『野生の王国』を地で行く場所です。1981年には、ユネスコの世界遺産(自然遺産)にも登録されています。まあ、とにかく広い。ナイロビに降り立ってから、わりと駆け足でやって来た今回の旅ですが、セレンゲティでは3泊4日、のんびり滞在します。
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セレンゲティには数多くの種類の動物が、推定300万頭はいると言われていますが、ここでの主役はライオンでもゾウでもありません。ヌーです。サバンナに1頭だけポツンといる姿を見ると、思わずカメラを閉まってしまうぐらい地味な動物ですが(失礼)、セレンゲティでは見渡す限りのヌー、ヌー、ヌー。圧巻です。
お隣、ケニアへ地続きになっている『マサイマラ国立保護区』との間で知られる「ヌーの大移動」はあまりにも有名ですが、この3月は、ちょうど我々が滞在しているセレンゲティ南部に群れがいた為、大平原を埋め尽くすヌーの大群に出会う事が出来ました。これから数ヶ月をかけて北上し、夏頃にはマサイマラ方面へと群れは向かいます。長旅お気をつけて。
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そんなに急ぐ旅でも無いでしょうに。
ヌーと来たらもう、ひたすら走る。走る。走る。走る。
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セレンゲティの主役はヌーだと言いましたが、そうは言ってもサバンナの主役と言えば、この人達。やっぱり百獣の王ライオンが見たい。
でも、木に登ってるとネコみたい。
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ライオンだけではありません。チ―タ―も近くまで寄って来てくれました。
車の間を歩く姿は、やっぱりネコみたい。
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ネコ科の人達ばかりではありません。もちろん、この人達もサバンナになくてはなりません。
ゾウ、キリン、インパラ、もろもろ…。
もちろん、敏腕ドライバーさんと馬力溢れるサファリカー。
大満足のセレンゲティ・サファリを終えて、残る国立公園は後2ヶ所です。
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後編へつづく
生野

日本にやってきた最初のアフリカ人、モザンビーク出身の黒人青年「弥助」

日本の歴史上、使節団が訪米する際にアフリカ大陸にも寄っていますので、何人もの武士(やその子弟)がアフリカに足跡を残していますが、逆にアフリカから日本にやってきたという話はあまり多くありません。記録上、日本に最初にやってきたアフリカ人って誰かご存知ですか?
記録に残されなかった交流によって、かなり以前から日本人がアフリカ出身の人と接してきた可能性はあるのですが、記録に残っている最初の人物は、日本名で『弥助』と呼ばれる、モザンビーク出身とされる黒人青年(年齢は20歳台後半だったと言われています)でした。
彼が日本に上陸した時代は、安土桃山時代。そう、日本史上のヒーローの一人であるあの織田信長が生きていた時代です。
新しもの好きの信長のことですから、もちろんこのアフリカ人に会っていますし、彼を連れてきたイタリア人の宣教師(伴天連)アレッサンドロ・ヴァリニャーノに申し付けて(この「弥助」は奴隷の身分だったこともあり)、自分の近習として召抱えたそうです。
本能寺の変で捕らえられたものの、処刑を免れ南蛮寺(当時のキリスト教会ですね)に送られた後は行方知れず。

400年以上も前の話ですが、ミステリアスでロマンある話です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%A5%E5%8A%A9

2011.12.23発 ギルフ・ケビール遠征隊 15日間及びエジプトの治安状況

ご報告が半年近く遅くなってしまいましたが、昨年末から年始にかけて、弊社のツアーで最長の砂漠旅、『ギルフ・ケビール遠征隊』の添乗でエジプトに行ってきました。2011年1月に革命がおき、軍による臨時政府が政治を執り行っている状況で、デモが毎日のようにおきているエジプトでしたが、革命につながるデモの舞台となったカイロ中心部のタハリール広場付近を除いて、カイロの街は通常通り平穏でした。タハリール広場の周辺にはいまだに座り込みを続ける人や、拡声器でスピーチを行なっている人々など、TVで報道された革命を思い起こさせる光景も見られました。反面、西方砂漠は静寂そのもの。砂漠のど真ん中は人が暮らしていないので静かなのが当たり前ですが、オアシスでもいつもどおりの人々の暮らしがありました。
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2010年の11月以来、2度目のギルフ・ケビール訪問でしたが、年末年始のエジプトの砂漠は非常に寒く、日中も車外に出ると冷たい風を浴び、長く外のとどまることができないほど。朝晩の食事の際も冷え込んで星空の下で皆さんと談笑、とはいかないくらい寒かったです。
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それでもサービス精神旺盛な砂漠の男たち(ドライバーやコック)のお陰で、毎晩焚き火を囲み、ポリタンクを太鼓に見立ててのショータイムを楽しんだり、年越しを花火とともに祝ったりして楽しめました。私は砂漠のスタッフ達の顔が、砂漠に入った瞬間に生き生きとし始めるのを見るのが、毎回楽しみでなりません。おそらく何百回も訪れている砂漠ですが、カイロに比べるとはるかに静かなオアシスも彼らに言わせると「街はうるさい、静かな砂漠はいいもんだよ」ということになるようです。そんな現地スタッフ達とは正反対に、警備のために同行する警察官と軍人さん達が「仕事とは言え、砂漠には長くいたくない、早く街に帰りたいよ」と話していたのは面白かったですね。都市部はデモのために治安が多少悪化し、観光客もかなり減っていましたが、砂漠は反対に観光客が増えているようで、ギルフ地域では轍を滅多に見ないのですが(一度轍ができると、消えるまで百年単位の時間がかかります)、今回はかなり多くの轍を見ました。
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素晴らしい岩絵も相変わらずで、世界遺産に指定されるのも時間の問題でしょう。何箇所かある岩絵のうちワディ・スーラにある「泳ぐ人の洞窟」の岩絵は損傷と風化が激しく、早急な保護措置が必要と思われますが、2002年に発見されたフォッジーニ・ケイブの岩絵は、12000年前に描かれたとは思えないほど、躍動感に溢れ、鮮やかなオーカー(ベンガラ)の色もくっきりと残っています。一方、岩絵以外の目玉のひとつである天然ガラス「シリカグラス」は、おそらく訪れる観光客がどんどん拾って持ち帰ったのでしょう(禁止されてはいますが・・・)、見つけるのも一苦労なくらい減ってしまっていました。※日本で開催される「ツタンカーメン展」で、ここで拾われたシリカグラスをはめ込んだネックレスを見ることができます。
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今年度も10月から3月にかけて、4回のツアーを設定しました。、西部&北部アフリカパンフレットの表紙写真もギルフ・ケビールで撮ったものです。エジプトでは6月に革命後初の大統領選が控えていますが、選挙が終われば完全に落ち着きを取り戻すでしょう。何より、観光業に携わる人々があまりにも多すぎて、早く安定させないと経済がどうにかなってしまうかもしれませんので盛んな観光の復活は時間の問題だと思います。
それにしても、昼食を取るために通りかかったピラミッド前は信じられないくらいガラガラでした。いつもは大型バスで渋滞しているのが普通の光景です。実際には見ていませんが、今エジプトに行ってピラミッド観光をすれば、朝早く並ばなくてもクフ王ピラミッド内部への入場券が簡単に購入できると思います。人でごった返すルクソールのハトシェプスト葬祭神殿、王家の谷なども、ゆったりと時間をかけて細かく見られるはずです。少々不謹慎かもしれませんが、エジプトをゆっくり・のんびり観光するのであれば、今が行き時かもしれません。
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羽鳥

自然の神秘!絶壁から雲が流れ落ちるケープタウンの「テーブルクロス現象」

条件が良いと見られる、写真のような「テーブルクロス現象」。
テーブルマウンテンの上に、まるでテーブルクロスのように雲がかかり、絶壁から流れ落ちる現象のことです。
ケープタウンならではの絶景をご堪能下さい!!

画像について : KodachromeFan, CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons