WILD AFRICA 17 砂漠のキリン

キリンは一般的に緑豊かなサバンナの住人として認識されている動物だろう。確かに、南アフリカのクルーガー国立公園やボツワナのモレミ動物保護区、チョベ国立公園といった場所にはキリンが多い。しかし、実はあの首の長い奇妙な生き物は乾燥にも非常に強く、おおよそサバンナとは呼べないような場所でも平気で暮らしている。
例えば、ナミビアのダマラランドやカオコランドなどの、年間降雨量が極端に少ない乾燥地帯にも、結構な数のキリンがいる。では、彼等にとっての生存条件とは何か?それは水よりも、むしろ木の存在だ。そもそも彼等のあの背丈は、アフリカゾウを除き、他の動物では届かない木々の葉を食べるためのアドバンテージである。しかし、それは同時に、草を食べるのにはとても不利な体型であることを意味している。
心臓より数メートル高い位置に頭があるため、キリンの血圧は非常に高く、長時間にわたって頭を下げていると、脳の血管が圧力に耐えきれなくなるらしい。水を飲む程度の短時間であれば、首の中にある特殊な血流抑制システムが機能するが、草を食む行為は長時間に及ぶため、命の危険を伴うわけだ。
では、木のない場所には全く姿を現さないかというと、そうでもない。ごく稀に草原や砂漠のど真ん中でキリンを見かけることがある。2010年7月のある日、南アフリカのカラハリ・トランスフロンティア・パークで、そんな場面に出くわした。
普段あそこのキリンたちは、アカシアの木が多いアウオブという枯渇した川の谷筋で暮らしている。ところがこの日は、一家族のキリンが谷を遠く離れた砂丘地帯を、何かに向かってひたすら歩き続けていた。砂丘と言っても、この年のカラハリ砂漠は降雨量が多かったため、草が生い茂った状態だったのだが、キリンが好むアカシアの木は周囲に全く見当たらなかった。
キリンたちが何の理由もなくこのような行動に及ぶはずはない。風上から美味しい木の芽の匂いでも漂ってきたのかもしれないと思ったりもした。実際、彼等の進行方向数十キロ先には、アウオブ以上に木々の多いノソブという、もう一つの谷筋がある。しかし、この家族が最終的にノソブに辿り着いたという情報はなく、数日すると、元いたアウオブ谷に戻っていた。一体あのキリンの行進は何だったのか、未だに謎である。
撮影データ:ニコンD700、AF-S 500mm f4、1/800、 f10、ISO800
カラハリ砂漠の砂丘地帯を行くキリンのファミリー
キリン
英名:Giraffe
学名:Giraffa camelopardalis
体長:2.5〜4.8m
体高:♂3.9〜5.9m ♀3.5〜4.7m
体重:♂1,800〜1,930kg
♀450〜1,180kg
寿命:20年
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 16 草木と動物とフンコロガシ

サファリに参加する人々の目的は、ほとんどの場合ライオンやゾウ、サイ、チーター、ヒョウといった象徴的な大型哺乳類を見ることだろう。確かに、アフリカまで来たからにはそれらを全部見たいと思うのは当然だ。通常のゲームドライブでは、ガイドやドライバーもビッグファイブを見せておけば客は満足するという前提で行動している。
しかし、見たい「ターゲット」を限定し過ぎると、それらを見られなかった時の落胆が大きく、旅が台無しになってしまう可能性がある。如何にガイドが優秀だったとしても、自然相手の話である以上、必ずお目当ての動物に出会えるとは限らないのだ。天候が悪ければ生き物たちの活性は低くなるし、雨期と乾季では分布パターンだって違う。ついさっきまでそこにいたのにと、他のツアー客に言われたりすることもしばしばだ。動物園ではないのだから、金さえ払えば全てを見られるというものでもない。
過去幾度となく、仏頂面をしながらロッジに戻ってきて、「今日は全然動物がいなかった」と文句を言う観光客を目にしてきた。目当ての動物、例えばライオンが見たくてここまで来たのに、見られなかったから腹が立つというわけである。しかし、サバンナに暮らすのは、なにも大型動物だけではないし、特定の種を見られなければ不機嫌になるというのでは、あまりに勿体ない気がする。
もしかすると大型動物の姿はなくても、目の前の地面にはゾウやサイの落とし物からせっせと球を作るフンコロガシがいるかも知れない。彼等はその球体に卵を産みつけてから地中に埋める。ふ化した幼虫は、球の中身を食べながら大きくなり、やがてさなぎから成虫へと姿を変えて地上に姿を現すのである。草木と草食獣、そして昆虫という、全く異なった生き物同士が、自然界の不思議なつながりで結ばれているのだ。そんな命の営みを垣間見るのも、サファリの楽しみと言えるのではなかろうか。
はるばるアフリカまで来たのだから、何としてもライオンを見たいという気持ちも理解するに難くない。しかし、雄大で美しいサバンナの直中に身を置けるのは、それ自体とても幸せなことだ。そこに幾ばくかの知的好奇心と心の余裕を付け加えて周囲を見渡すようになれば、たとえ「大物」がいなくても、様々な生き物たちとの出会いに喜びを見出せるだろう。
撮影データ:ニコンD200、AF-S 17-35mm f2.8、1/500 f8 ISO200
ボツワナ、カマ・ライノ・サンクチュアリで、サイのフンから球を作るフンコロガシ。
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 15 ブチハイエナと夜のサバンナ

太陽が地平線の彼方へと姿を消し、頭上の空が水色から群青色に変わる頃、私は撮影を終えてキャンプに戻ってくる。夕飯の支度をしながら耳を澄ましていると、明るい時分には鳴りを潜めていた多くの生き物たちの声が聞こえ始める。夜は昼よりずっと遠くまで音が届くため、姿は見えないにもかかわらず、生命の存在がより身近に感じられるから不思議だ。
ライオンやジャッカルのように、昼夜を問わず活動する動物たちでも、声を出してコミュニケーションを図るのはほとんど夜間だ。哺乳類だけでなく、フクロウやヨタカを始めとする夜行性鳥類、また、ヤモリのような爬虫類も日が暮れてから盛んに鳴く。時期によってはコオロギなどの昆虫、そして水の多い場所ならカエルたちのコーラスも辺りに響き渡る。サバンナの夜は意外と賑やかなのだ。
そんな中でも一度聞いたら忘れないのがブチハイエナの遠吠えだ。抑揚のない、「ウ〜〜〜」と低く唸るような声から始まり、最後「ウゥッ!」と尻上がりにいきなり甲高くなるあの音は、アフリカのサバンナでしか聞くことができない。ハイエナたちは縄張りをパトロールしながら、自分の居場所を周囲に知らせるためにシグナルを発しているのだ。一カ所に長く滞在し、そのエリアのブチハイエナたちの声を繰り返し聞くと、一匹ごとに長さや音程が微妙に違うことに気付く。
始めは何とも不気味な印象を受けるのだが、慣れてくるとあの響きが心地よくなってくるから面白い。ただし、間近な暗がりの中からいきなり聞こえてくると肝を冷やす。何しろブチハイエナの遠吠えは、開けた場所なら5km先の人間の耳にも届くほどの音量を持っているのだ。遠吠え以外にも、ブチハイエナは意味の異なる10種類の鳴き声を持ち、音声によるコミュニケーションをとても盛んに行う。
一般的にサファリと言えば野生動物を観察したり、撮影したりする視覚的行為を意味するが、それだけでは勿体ない気がする。サバンナに飛び交う様々な音の発信者を特定できれば、姿が見えずとも相手の存在を感じ取れて、サファリはより一層楽しくなるに違いない。
撮影データ:ニコンD700、AF-S 500mm f4、1/1000、f4、ISO1000
ナミビア、エトシャ国立公園にて
ブチハイエナ
英名:Spotted Hyaena
学名:Crocuta crocuta
体長:100~180cm
体高:80cm
体重:♂60kg ♀70kg
寿命:12年
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 14 キンモクセイとセミとヌー

2011年10月初旬のとある晴れた日、窓を開け放つとキンモクセイの甘い香りが漂ってきた。ああ、秋が訪れたなと思うところまではよかったのだが、よく考えると何かがおかしい。先ず自分の服装。10月というのにTシャツ・短パンだ。それくらい気温が高い。そして聞こえてくる音。どこかでセミがまだ鳴いている。これが、私の住んでいる神奈川県・横須賀市だけの話であったなら、笑い飛ばすこともできたであろう。しかし、北極海の氷が観測至上最も小さくなったり、アフリカで大飢饉が頻発するようになったりと、温室効果ガスの排出による全地球規模の気候変動は紛れもない現実だ。
当然ながら、温暖化は野生動物の世界にも甚大な影響を与えている。東アフリカのヌーの大移動もその一例だ。通常ヌーたちは、雨を追いかける形で移動をする。小雨季が終わりを告げた1月ごろ、セレンゲティ大平原の南部に集結している彼らは、大雨季の訪れとともに北西方向へ動き出し、「西部回廊」と呼ばれるルートを辿ってヴィクトリア湖方面へ抜ける。そして6月、乾季が始まると今度は北東へと転進してケニヤのマサイマラへ入り、10月ごろに南下を始めてセレンゲティ南部へ戻る。これが大移動の大まかなパターンだ。
ところが近年、降雨が不規則・極端になってきたため、ヌーたちが草を求めて右往左往する現象が報告されるようになった。如何にセレンゲティが広大とは言え、百万頭ものヌーの行動に異変が起きれば、周辺環境や他の動物にも多大な影響を及ぼす。また、2007年にアフリカ各地を襲った大洪水の際には、マラ川の増水によって1万頭を超えるヌーが溺死した。ヌーの渡河は例年の事で、溺れたりワニに襲われたりして命を落とす個体は常にいるのだが、その規模が問題だ。何しろ1万頭といえば全体の1%に相当する数だ。
これまで絶妙なバランスを保ってきた生態系が崩れ去ろうとしている。気候変動が止まらなければ、ヌーの大移動に終わりが来るのも、そう遠い未来のことではないかもしれない。もちろん、この世界には永遠に続くものなど存在しない。しかしその終焉をもたらすものが我々人間の身勝手さであってよいのだろうか?キンモクセイの香りとセミの声に戦慄を覚えた私は、そんな事を考えた。
撮影データ:ニコンF3T、シグマ28-70mm f2.8-4、フジクローム・センシア 十数年前、4月のセレンゲティにて撮影
オグロヌー
英名:Wildebeest (Gnu)
学名:Connochaetes taurinus
体長:170~240cm
体高:115~145cm
体重:♀140~260kg
♂165~290kg
寿命:20年
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com

WILD AFRICA 13 ボツワナサファリの穴場 マシャトゥ

南部アフリカのボツワナ共和国はサファリのメッカである。ゾウが多いことで有名なチョベ国立公園や、モレミ動物保護区、オカヴァンゴデルタなど、世界的に有名な場所がいくつもあるからだ。一方で、知名度はさほど高くないものの、負けず劣らず魅力的なスポットも多数存在する。マシャトゥ動物保護区(Mashatu Game Reserve)もそんな「穴場」の一つだ。
マシャトゥは南アフリカとボツワナとの国境を形成するリンポポ川沿いに位置している。川を挟んで対岸は南アフリカのマプングブウェ国立公園だ。緩やかな丘の連なるサバンナや、緑豊かな河辺林(かへんりん)、湿地帯や岩山などの多様な環境を持つ。哺乳類50種、鳥類約350種を数えるなど、被写体の多さに関しても申し分ない。
宿泊施設は2カ所、高級ロッジのあるメインキャンプと、よりベーシックなテントキャンプのみである。いずれも3食、サファリ付きで、セルフドライブはできない。そのため保護区の面積が広大な割に、一度に滞在できる人数が限られていて、よりプライベートなサファリを楽しめる。しかも南アフリカのサビサンズ動物保護区などに比べ、料金もだいぶ割安だ。
私にとって、マシャトゥのハイライトは何と言ってもヒョウである。このエリアのヒョウたちは何世代にも渡ってサファリカーの存在に慣らされてきたので、かなりの至近距離から容易に撮影できるのだ。しかも、ガイドたちはどの個体がどのエリアにいるのかを常に把握しており、発見率が信じられないほど高い。
しかし、良い写真を撮るためには、良い被写体に巡り合うだけでは不十分だ。車の運転を他人に任せる場合、ドライバーがこちらの要求をどれだけ理解しているかによって結果が大きく左右される。その点マシャトゥでは、南アフリカのサファリ会社が動物写真専門のワークショップを開催しているため、ドライバーやガイドたちが撮影者の要求を熟知している。おまけに道を外れて、ブッシュに車で分け入ることが許されているので、ポジションを自由に決められるし、オープンカーなので撮影可能範囲がとても広い。
写真は2010年11月にマシャトゥで撮影した、1才を過ぎたオス。後ろには母親の背中が見えている。夕暮れ時だったため、スポットライトを使用している。
撮影データ:ニコンD700, AF-S 500mm f4, 1/60, f4, ISO1250 車載三脚使用
ヒョウ
英名:Leopard
学名:Panthera pardus
体長:♀104〜140cm
♂130〜190cm
体高:70~80cm
体重:♀28~60kg
♂35~90kg
寿命:20年
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com