コンゴ共和国にある神秘の森『ヌアバレ・ンドキ国立公園』。
この7月に、ついに栄えあるユネスコの世界遺産に登録されました。アフリカ大陸のど真ん中には40万ヘクタールを超える広大な地域に渡って熱帯森林地域が広がっています。中でも『ヌアバレ・ンドキ国立公園』はこれまでいかなる森林開発も被ったことがないという非常に特別な地域です。「ンドキ」とは、現地の言葉で「悪霊」という意味があり、森の中にはまったく人の手が入っていない剥き出しのままの動植物相が存在しています。また、この広大な森は、光合成による酸素の供給源として、ラテン・アメリカのアマゾンに次いで2番目に大きな地球の肺となっています。地球上の他ではどこでも味わう事の出来ないような密度の濃い空気、自分達のすぐ傍に感じる野生動物達の息遣い、現地で森の中を案内してくれる“森の民”ピグミーの人々の、生物として究極に研ぎ澄まされた五感、そして一個の生命体として全てを内包している偉大すぎる森そのもの、全身で浴びる事のできるその「野生」は、一度でも訪れた事のある方ならば、その感性に生涯忘れる事のできない爪痕が残ることでしょう。広大なアフリカ大陸の中でも、特に指折りの大自然が残る場所の1つであり、人間が不用意に手を出してはいけない神秘性に包まれた場所です。今回、世界遺産に登録されたことで、より一層、後世に遺していかなければならない保全地域としての重要性が認識される事を願ってやみません。
弊社では、毎年2回、夏と冬にこの「ンドキの森」を訪問する旅を企画しています。特にお奨めなのは、大乾季を迎える12月。内容は、森の中に1週間ほど滞在して歩くだけ、といういたってシンプルなものですが、まず森へ辿り着くまでが大変。地図にも載っていないラフな伐採路を延々と走り、森へと続くサンガ河を丸木舟で渡り、辿り着くだけでも3~4日を要します。野生のローランドゴリラや森林ゾウが当たり前のように生息する森の奥深く、食糧もすべて持ち運んで、研究者の為のベースキャンプで寝泊まりします。タフな旅にはなりますが、アフリカ大陸の持つ『野生』のエネルギーをとことん体感する事のできる唯一無二の旅です。
コンゴ共和国のツアー一覧はこちら。
お米と魚介の出汁・・・日本人の口に合う、西アフリカのセネガル料理
アフリカ大陸54ヶ国。旅の楽しみの1つに、何といっても『食』があります。なんせ大きな大陸ですから国によって様々な名物料理があり、1度や2度、お口に合わない料理があったとしても必ずや胃袋を満たしてくれる国が1つはあるはずです。
アフリカ料理に関しては舌の肥えている(?)弊社のスタッフの中でもファンが多いのは、「セネガル料理」。
アフリカならではの…特殊な食材が使われるわけではありませんが、米を主食とし、隠し味に魚介類のダシを使う事も多く、日本人の味覚にとてもマッチしています。西アフリカ諸国を長く旅した事のある方なら、首都ダカールに着いた途端に、料理のレベルが一気に上がる事に涙した方も多い事でしょう。事実、そこらの屋台で何を食べても美味しいのです。料理の種類も多く、今日は何を食べようかと嬉しい悲鳴に頭が悩みます。
ですが、まず食べるのは、何はともあれセネガル国民のソウルフード「チェブジェン」。これを味わうこと無く、セネガルという国を語るなかれ。現地の言葉で「チェブ」はお米、「ジェン」は魚。野菜や魚をとにかく煮込み、魚ダシが十分に効いた煮汁でお米を炊き上げる。パエリアにも似た料理です。
お洒落なレストランも多いダカールでは、綺麗に盛りつけられた優雅なチェブジェンも味わう事ができますが、機会がありましたら是非味わって頂きたいのは、家庭で振る舞われるオフクロの味。家族も客人も老若男女も関係なく、大皿1つを囲んで食べるのが基本スタイル。セネガルは「テランガ」(=ウォロフの言葉でようこその意)の国であると言われ、家族や身の周りの人間、仲間内の結びつきを非常に大切にします。文字通り、同じ釜の飯を食らうスタイルにもそんな心意気がよく現れています。
WILD AFRICA 17 砂漠のキリン
キリンは一般的に緑豊かなサバンナの住人として認識されている動物だろう。確かに、南アフリカのクルーガー国立公園やボツワナのモレミ動物保護区、チョベ国立公園といった場所にはキリンが多い。しかし、実はあの首の長い奇妙な生き物は乾燥にも非常に強く、おおよそサバンナとは呼べないような場所でも平気で暮らしている。
例えば、ナミビアのダマラランドやカオコランドなどの、年間降雨量が極端に少ない乾燥地帯にも、結構な数のキリンがいる。では、彼等にとっての生存条件とは何か?それは水よりも、むしろ木の存在だ。そもそも彼等のあの背丈は、アフリカゾウを除き、他の動物では届かない木々の葉を食べるためのアドバンテージである。しかし、それは同時に、草を食べるのにはとても不利な体型であることを意味している。
心臓より数メートル高い位置に頭があるため、キリンの血圧は非常に高く、長時間にわたって頭を下げていると、脳の血管が圧力に耐えきれなくなるらしい。水を飲む程度の短時間であれば、首の中にある特殊な血流抑制システムが機能するが、草を食む行為は長時間に及ぶため、命の危険を伴うわけだ。
では、木のない場所には全く姿を現さないかというと、そうでもない。ごく稀に草原や砂漠のど真ん中でキリンを見かけることがある。2010年7月のある日、南アフリカのカラハリ・トランスフロンティア・パークで、そんな場面に出くわした。
普段あそこのキリンたちは、アカシアの木が多いアウオブという枯渇した川の谷筋で暮らしている。ところがこの日は、一家族のキリンが谷を遠く離れた砂丘地帯を、何かに向かってひたすら歩き続けていた。砂丘と言っても、この年のカラハリ砂漠は降雨量が多かったため、草が生い茂った状態だったのだが、キリンが好むアカシアの木は周囲に全く見当たらなかった。
キリンたちが何の理由もなくこのような行動に及ぶはずはない。風上から美味しい木の芽の匂いでも漂ってきたのかもしれないと思ったりもした。実際、彼等の進行方向数十キロ先には、アウオブ以上に木々の多いノソブという、もう一つの谷筋がある。しかし、この家族が最終的にノソブに辿り着いたという情報はなく、数日すると、元いたアウオブ谷に戻っていた。一体あのキリンの行進は何だったのか、未だに謎である。
撮影データ:ニコンD700、AF-S 500mm f4、1/800、 f10、ISO800
カラハリ砂漠の砂丘地帯を行くキリンのファミリー
キリン
英名:Giraffe
学名:Giraffa camelopardalis
体長:2.5〜4.8m
体高:♂3.9〜5.9m ♀3.5〜4.7m
体重:♂1,800〜1,930kg
♀450〜1,180kg
寿命:20年
写真・文 山形 豪さん
やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。幼少期から中学にかけて、グアテマラやブルキナファソ、トーゴなどで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物写真を撮り始める。英イーストアングリア大学開発学部卒業後、帰国しフリーの写真家に。南部アフリカを頻繁に訪れ、大自然の姿を写真に収め続けている。www.goyamagata.com
African Art 13 アフリカの織機、筬(おさ)と杼(ひ)
アフリカで使われている道具の大半は機械を使わずに手で作られたものだ。織機も枠組みから綜絖、筬、杼、すべてが手作りである。西アフリカの織機の筬は日本、東南アジア、インドなどのものと違って随分小さく、幅は15cm-20cm位だ。筬の幅が狭いので織られる生地幅も10cm位になる。衣服などにはその細い帯をつなげた大きな布を用いている。機織りは昔から男の仕事で、西アフリカの村を訪ねると必ずと言ってよいほど大きな木の下で黙々と機織りに勤しむ男たちを見かける。


筬や杼はほとんど木製であるが、筬は時々竹に似た柔らかい素材でも作られる。筬の形が下に膨らみちょっとした重さを持っているのは、筬が垂直にぶら下がり常に重心を下げて織り易くするための知恵である。機能性だけを考えるならただの円柱の筒でもいいはずなのに、そこがアフリカの人たちの素晴らしいところである。日常の道具にも繊細なデザインセンスを示してくれる。

長年使われてきた道具は摩擦や汗などが加わって独特な柔らかい形と味を醸し出し、時間に培われた愛着がこちらにも伝わってくる。筬のナイーブな形は美しく、展示台を作って飾るなら一つの立派なインテリアデコルになるだろう。今でも都市の骨董屋に行くと西アフリカ各地で使われているこうした機織り道具を簡単に買うことができ、安価なものではあるが、その形とパティナと呼ばれる味は絶品である。古道具に興味ある人なら長く使い込まれて生まれたこのトロトロとした味には思わず笑みがこぼれるはずだ。
ほんの30年くらい前まではセヌフォのベッドにもこのトロトロとした味がついたものを見つける事ができたが、今ではそんな絶品に出会うことは滅多にない。古色のついた木製品の魅力は万国共通で、日本のものでも東南アジア、インドのものでも、赤琥珀のようになったこの色合いに好事家達は虜になってしまう。日本や東南アジアではなかなか古い木味を持つオブジェを見つけるのが難しい昨今であるが、アフリカを旅すれば、日常的に使われている道具のなかにも芸術的なオブジェを見つける事はまだ簡単である。これも今日、アフリカを旅する魅力の一つになりうるのではないだろうか。
筬、杼の種類と地域






写真提供/小川 弘さん
小川 弘さん 1977年、(株)東京かんかん設立。アフリカの美術品を中心に、アフリカ・インド・東南アジアの雑貨、テキスタイルなどを取り扱っている。著書にアフリカ美術の専門書「アフリカのかたち」。公式ウェブサイト http://www.kankan.co.jp/
Africa Deep!! 46 自分が日本人であることをつくづく思い知らされた日
二十代のころアフリカを放浪していた僕は、一応の終着点を大陸の西の端であるセネガルに定めた。べつにどこでもよかったのだが、出発点がたまたまケニアのナイロビで、大陸の東側にあるインド洋に浮かぶラム島やザンジバル島にも滞在していたから、なんとなく東西横断という形になって少しは格好がつくかな、という程度のものだった。
そのときはセネガルの首都ダカールから飛行機でフランスに行くことに決めていた。友人がフランスのシャモニーで山岳ガイドをやっており、一緒にアルプスの山々を登ろうと決めていたからである。チケットを取った後、フライトまで少し時間があったので、どこでもいいから海辺の村でも訪ねてみることにした。適当なところでバスを降りると、「おや、日本人の友人でも訪ねて来たのかい?」と聞かれた。
アフリカには意外なほどたくさんの中国人が住み着いていてよく間違われるから、てっきりそうだと思ったら、たしかに日本人だという。そしてその人の家まで案内してくれた。はたして、家から顔を出した青年はまぎれもなく日本の方であった。名前は失念してしまったが、青年海外協力隊員として派遣されているという。その方は快く僕を招き入れると、ぜひ泊まって行きなさいというので、その申し出をありがたく頂戴することにした。
ところが……。その夜から高熱が出た。どうやらマラリアにやられたらしい。村には医者はいなかったから、旅行中持ち歩いていた治療薬を服用し、なんとか数日後には熱は下がった。しかし食欲がまったく出ない。セネガルではわりと魚を食べる人が多く、チェブジェンというピーナッツ油を使った魚料理が有名なのだが、それがまったく喉を通らない。
「どういうものが食べられそうですか? 醤油ならあるのだけど」と、その人も心配顔だ。そのとき、僕の目の前に浮かんだのは、焼きたてのサンマとご飯だった。脂ののったサンマにおろし大根をたっぷりかけて……。思わず生唾が出た。
「サンマかあ……」と、その人はつぶやきながら出て行った。しばらくして戻った彼が手にしていたのは、サンマ! ではなかったけども、アジに似た魚だった。さっそく彼はその魚を数匹焼いてくれた。醤油を垂らすと、俄然食欲がわいてきた。つくづく自分は日本人なのだな、と実感した瞬間だった。
写真・文 船尾 修さん
船尾修さん 1960年神戸生まれ。写真家。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、いつのまにか写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。第9回さがみはら写真新人賞受賞。第25回林忠彦賞受賞。第16回さがみはら写真賞受賞。著書に「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から~狩猟採集民ムブティ・ピグミーの知恵」「世界のともだち⑭南アフリカ共和国」「カミサマホトケサマ」「フィリピン残留日本人」など多数。元大分県立芸術文化短大非常勤講師。大分県杵築市在住。 公式ウェブサイト http://www.funaoosamu.com/