タンザニアの世界遺産「キリマンジャロ国立公園」

昨日TBSの「THE 世界遺産」が放映されましたが、タンザニアの”キリマンジャロ国立公園”が取り上げられていました。
ご覧になった方も多いと思いますが、取り上げられていたのはいわゆるノーマルルートのマラングルートではなく、アドベンチャー色の濃いマチャメルートでしたので、「キリマンジャロって、こんな表情もあったんだ」と思われた方も多いことでしょう。
女性的などっしりとした姿が有名なキリマンジャロですが、男性的な荒々しい面を見せてくれるのがマチャメルート側です。
放送では、「1年に減少している氷河の厚みが50cm」と言われていましたが、ここ数年は目に見えて溶けるスピードが早くなっている気がします。
アフリカファンの方で、まだキリマンジャロには登っていないという方、赤道直下の氷河を見ることができるであろうあと数年のうちに、是非トライしてみて下さい!

因みに昨日の放送で、登山ガイドを務めていた「アロン氏」。実は弊社のキリマンジャロ登山ツアーでも、登山のほとんど一切を任せているエースガイドです。
道祖神の登山ツアー一覧はこちらです。

マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア モニターツアー 7日間 1

2012年3月10日出発、マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア モニターツアー 7日間に参加された山田啓之様、優子様からのレポートです。
こんにちは。
3月10日
マサイ・マラいってきました。
もう最高でした。
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宿泊したオル・ケリ・マラのキャンプ場もとってもいい所でしたよ。
ベットもふかふかで気持ちいいし、シャワーも快適でした。
それに、シェフの料理が最高!!
テント間も少し距離があり、木立に覆われているため隣接するテントは全く視界に入ってきませんので、雰囲気もいい感じです。
娘は、サファリの途中でトイレに立ち寄った高級?ロッジよりオル・ケリのキャンプの方が良いと言い切っていました。
あそこは、立派すぎて落ち着かないかもしれないって(うちが高級に慣れていないだけかもしれませんね。。。)
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夜は、動物たちの声を聴きながらちょっとドキドキしながらも、
おいしい料理とサファリの心地良い疲れでフカフカのベッドの中、
朝、小鳥たちの囀りで目が覚めるまでぐっすり眠れました。
朝食の時にキャンプの責任者ジェームス氏に昨夜聞こえた鳴き声は何?っといろいろ教えてもらいました(日本語で)。
ハイエナも遊びに来ていたみたいです。
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キャンプエリアの裏庭?では、象、キリン、ヌー、シマウマ、ガゼル、インパラ、マサイの牛(笑)をみました。
キャンプエリアのすぐ外で!
凄いの一言!!
そうそう、ブログで書いていらしたリカオン
サファリの帰りにキャンプ場のゲート近くで見ました。
14頭の群れ。
おっきな耳が印象的でしたよ。
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気にしていた蚊も、私たちが行った季節もあるのかもしれませんが一匹も見かけませんでした。
ハエ君は少し居ましたが、気になるような感じじゃありません。
日本とあまり変わらない感じ(田舎と)
スタッフの皆さんも陽気で最高の笑顔。
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帰り、渋滞の関係でお土産を買う時間が少なかったですが、
そんなこと気にならないくらい
とにかく大満足。
娘も、かならずここに帰ってくると言ってました。
「マサイ・マラの小さなロッジで過ごす・ケニア 8日間」ツアーページはこちら。
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サファリ・動物がテーマのツアー・旅行一覧はこちら。

アフリカ屈指の観光地、タンザニアの「セレンゲティ国立公園」は大自然そのもの

タンザニアの『セレンゲティ国立公園』。アフリカ大陸の中でも1,2を争う知名度を誇る観光地ですが、観光地という言い方には語弊があるかもしれません。年間通して観光客で賑わうのは間違いありませんが、果てしなく広がる大平原と野生動物の姿は、一般的な「観光地」のイメージではなく、「大自然」そのものです。
先日、3/15日~18日までの3泊4日、短いながらもセレンゲティ国立公園に滞在して来ました。今回セレンゲティで毎日目にしたのがライオン。3日間で、計23頭もその姿を見せてくれましたが、その殆どは、写真のように樹上で寛いでいる姿ばかりでした。太陽がまだ高い頃、太い枝の間に身体を横たえ、涼しげな風に吹かれてのんびり過ごしている姿は、まさしく「優雅」の一言につきました。地上でカメラ片手にワーキャー騒いでいる人間を遥か樹上から見下ろし、チラリと一瞥をくれると、興味なしといった風情で、再びそよ風に身を携える…。周りを意に介さない振る舞いは、『王様』そのものでした。
そして、セレンゲティと言えば、気になる方も多いのではないでしょうか、「ヌーの大移動」についての10日前時点での動きです。今回、セレンゲティ南西部に位置するロッジに3連泊しましたが、狙いは的中!ヌーとシマウマの大群は、ちょうどセレンゲティの南西部を移動している最中でした。初日・2日目共に、走っても走っても圧巻の大群が途切れません。しかし、不思議な事に最終日の朝は1頭も姿を見かけません…。まさしく『大移動』を目の当たりにしました。あれから10日ばかり、今頃はセレンゲティの西の方まで移動しきってしまった頃でしょうか。北上して、ケニア側のマサイマラまで、今年も元気に旅路を続けて欲しいものです。

2011.08.19発 南部アフリカ4ヶ国オーバーランド 24日間 ③

ボツワナ入国後、初日の宿泊地はガンツィへ。ここは、狩猟採集民サンの人々の足跡が残る土地です。彼らは”ブッシュマン”という呼称も良く知られています。
サンの人々は、南部アフリカのカラハリ砂漠に住む狩猟採集民族です。かつてはアフリカ太古の民族として、アフリカ大陸の南部から東部(現在のケニアやタンザニア)にかけて広く暮らしていた人々ですが、アフリカ中央部から南下してきたバンツー系の黒人たちに追われ、また喜望峰から上陸して北に上がって来たオランダ系に追われ、どんどん住むところを追われ、現在はこのカラハリ砂漠の奥の過酷な土地に残っているだけとなっています。現在でも、定住ではなく移動をしながら狩猟採集の生活を続ける人々です。
到着が夜遅くなってしまったのですが、夜の闇の中でサンの人々が披露してくれた歌と踊りは、派手さはないものの、かえって静謐な雰囲気がありました。
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ガンツィを後にして、ツアーは本日の目的地マウンへ向かいます。マウンの街自体は規模の小さなものですが、街外れにある空港には何と国際線の飛行機も就航しています。これは、この街がオカバンゴ・デルタ訪問の拠点となる場所だからです。
オカバンゴ・デルタはカラハリ砂漠の中の強大なオアシス、大湿原地帯です。ボツワナ政府が最も力を入れて自然保護に取り組んでいる観光資源でもあり、世界中から観光客が訪れるボツワナ観光の柱でもあります。
毎年10~11月にアンゴラで降った雨が、数ヶ月をかけて数千キロを旅する道のりがオカバンゴ川です。この川が平坦なカラハリ砂漠に流れ込んで作り上げるのが、このオカバンゴ・デルタというわけです。しかし、今年2011年は大変な異常気象で、歴史的に見ても記録的な大雨が降ったそうで、例年よりもデルタの水量が非常に多いという話でした。
「ふーん」と聞き流していたら、突然車がストップ。聞けば、川の水量が多過ぎて、マウンへ渡る橋が落ちたそうです…。急遽、無線でボートを手配して、車の荷物を全てボートに積み替え、今宵のキャンプサイトまで水路を走ります。よくよく川の中を覗くと、ワニがうじゃうじゃ。いやはや…。
さて、このマウンのロッジで夜のうちにオカバンゴでの2日分の荷物をソフトバッグに積み替え、大きなスーツケースは預けておきます。翌日、マウンの空港から6人乗りの小型飛行機でオカバンゴ・デルタへと飛び発ったのでした。
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小さな軽飛行機での空の旅は迫力満点。親切なパイロットさんで、「あそこにゾウがいるぞ」と言っては低空飛行で旋回、わずか30分ほどの短い空の旅でしたが、なかなか楽しませてくれました。
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オカバンゴ・デルタでの滞在は、テント式のロッジです。…といっても、東部アフリカのテントロッジのように立派なものではなく、キャンピングで使うテントに屋根と、簡易のバケツシャワーを付けたものです。これは、自然保護の観点から、あまり大々的に人工物を配する事が出来ない為です。ですが、自然のままの開放的なテントロッジはとても快適。物はなくとも、非常に贅沢な空間です。
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午後からは、モコロと呼ばれる木をくり抜いた小さな丸木舟に乗ってデルタの中の水路を行きます。まるで、本当に桃源郷に迷い込んだようでした。鳥のさえずり、虫の羽音、風に揺れる葦やパピルスの葉の囁きに耳を傾け、目の前の風景が全て鏡のように映り込んだデルタの水面を静かに移動します。船頭さんが繰る竿が水にささる度に聴こえる、静かな水音も心地よく、広大な世界の中に我々以外の人間の気配がありません…。私自身も初めての訪問だったのですが、「楽園オカバンゴ」の名に恥じない素晴らしい時間でした。どんな言葉で説明しても陳腐になってしまうだけのような気がします。『オカバンゴ・デルタ』、絶品です。
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デルタ内には合計で2泊3日滞在しましたが、実はちょっとしたハプニングもありました。
それは、2日目の朝の出来事、日も高くないうちの早朝のクルーズでした。うっすらと肌寒さが残り、生き物達の静かな息吹きを感じ始める時間帯に小舟で揺られているのは、脳みそが溶けそうなほど至福の時間でした。そして、夢見心地でモコロに揺られてロッジへと戻ってきた我々を待っていたのは、食堂とリビングの傍で傍若無人に木の皮をむさぼり食う2頭のゾウでした。半分とろけていた脳みそも一瞬で元に戻り、我がもの顔でロッジ内を闊歩する2頭にただオロオロするのみです。
ゾウが右へ向かえば、慌てて左へ走り、建物へ向かって歩いてくれば、大急ぎでテラスへ登り、約2時間トイレへも行けず、自分のテントにも戻れず、ゾウさん達の気分に振り回されるのみ。困ったような、これはこれで嬉しいようなハプニングでした。
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翌朝、再びデルタを眺めながらの空の旅です。マウンの空港へ到着すると、懐かしの我らがメルセデス・バスとドライバーのピーターさんが迎えに来てくれていました。
ボツワナの旅もそろそろ終盤、本日はさらにさらに内陸へ。カラハリ砂漠の北東部、グウェタという小さな街へ辿り着きました。実はこの街の近くには、ボツワナでも、いや世界的に見ても有数の見所があります。世界一大きな塩湖が広がっているのです。どこまで行っても見渡す限り、真っ白な世界。今回は残念ながら訪問する事は出来ませんでしたが、2012年度のオーバーランドでは、この世界最大の塩類平原『マガディカディ&ナイ・パン』の訪問もあります。後ろ髪を引かれつつもグウェタを後にし、辿り着いたのは国境の街カサネ。4ヶ国目のジンバブエはもう目と鼻の先ですが、ここでちょっと休憩。ボツワナと言えばここを外すわけにはいきません、訪問された事がある方も多い事でしょう。『チョべ国立公園』です。夕方はチョべ河に暮れなずむ夕日を眺めにボートサファリ、翌朝は4駆を駆ってドライブサファリ、定番中の定番ですが、さすが!のチョべは期待に応えてくれます。
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さて、いよいよオーバーランドの旅も終りを告げる時がやって来ました。
カサネの街を越え、4ヶ国目ジンバブエへ。約5,000kmの旅路の果てに待ち受けているのは、世界三大瀑布の1つ、『ビクトリアの滝』です。現地名は“モシ・オァ・トゥンヤ”「雷鳴の轟く水煙」という意味があります。あまりにも巨大で、滝というよりは、まさに現地名がぴったりです。街のどこにいても、まさしく「雷鳴が轟く」ように音が聞こえて来ます。ビクトリアの滝を擁するザンベジ川には橋がかかっていてザンビアとの国境になっています。パスポートを持って橋を渡って、リヴィングストンの街を訪問すれば、南部アフリカ“5ヶ国”の旅にする事も可能です。
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ビクトリアの滝では、2日間ゆっくりと時間を取ってありますので、オプショナルツアーに参加したり、ゆっくりお土産選びに時間を割いたり、カフェでお茶を飲みながら、旅路を振り返ってみたり、思い思いの時間を過ごして頂く事が出来ます。
長い長い陸路の旅でした。約1ヶ月かけて走り続けても、まだアフリカ大陸の、せいぜい10分の1程度を走って来ただけでしょうか。
それでも、4ヶ国の旅には様々な事がありました。南アフリカ・喜望峰で幕を開け、ナマクワランドの辺り一面がオレンジに染まった花畑、ナミブ砂丘で感じた自然が作り出す曲線美、大西洋沿岸の街では生ガキとナミビア・ビールに舌鼓を打ち、日暮れ時に赤い肌が映える美しいヒンバの人々に魅せられ、ボツワナ・カラハリ地域ではサンの人々のプリミティブな生き方が心に響き、楽園オカバンゴでは心身共にとろけるような休息を過ごし、チョべ国立公園では視界の果てまでのゾウの群れに感激し、最後はビクトリアの滝の轟きに打ちのめされました。
ですが、やはり4ヶ国を1台のミニバスで、お客さん・現地スタッフと共に走りぬく事で生まれた、家族のような一体感がこのツアーの魅力だったように感じています。
元々はキャンピング・スタイルが基本のオーバーランド・ツアー。同ツアーも、多くの食事は現地スタッフの手料理です。普段、アウトドアな食事に不慣れな方も、旅が進むに連れ、食事の用意や後片付けも率先して手伝って下さり、最初はいやに丁寧に接していた現地スタッフ達とも豪快に笑い合い、メンバー全員の距離が近づいていきました。
旅の日程にトラブルが起これば、全員であれこれと相談し合い、誰かの体調が悪くなれば皆で助け合い、チームワークをフルに発揮して旅をする事こそが、このオーバーランド・ツアーならではの最大の魅力だったと思っています。
2012年、もちろん今年の夏もやります「南部アフリカ4ヶ国・オーバーランド25日間」、そして来年2013年は弊社、道祖神も設立35周年。現在、35周年記念として、ケニア・ナイロビから、南アフリカ・喜望峰まで、全行程9ヶ国を45~60日かけて、全て陸路で走破する、アフリカ大陸縦断の旅を計画中です。
『東&南部アフリカ縦断オーバーランド2013(仮)』これが、私達道祖神の旅の原点です。
乞う!ご期待!!
そういえば、これもチームワークの賜物でしょうか…。
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生野

アフリカ、ケニアにルーツをもつオバマ大統領

今年はオリンピックイヤー。
昨晩、めでたく男子サッカーU23日本代表が五輪切符を手にしました。なでしこジャパンと合わせてその活躍に期待したいところですが、オリンピックと毎回同年に廻ってくるのがアメリカ大統領選挙。
3年半前、「チェンジ」のスローガンの下、その地位を獲得したオバマ大統領はケニアにルーツがあることで有名ですね。
3年前にケニア西部のキスムへ行った時のこと。
オバマ大統領のお父様はケニアでもこの地に近い出身ということで、そのフィーバーぶりは群を抜いて盛り上がっておりました。
そこで、こんな看板を見つけました。

O-Originally
B-Born
A-Africa
M-Managing
A-America
アフリカで生まれた(血筋のある)者がアメリカを統御している、ということでしょうか。よく考えたものだなぁ。
世界を牛耳るアメリカ大統領が、自分達の血を引いていることは自信と誇りに繋がっているのですね。
今年もこの地では、選挙の行く末を見守っていることでしょう。