WILD AFRICA 33 チョベ川でのハウスボート・サファリ

ボツワナの北端には、ゾウやカバが多いことで知られるチョベ川が流れており、沿岸の一部は国立公園となっている。対岸はナミビアだ。去る11月、このチョベでハウスボートに4泊する機会を得た。ハウスボートとは、その名の通り水に浮かぶ家のようなもので、陸上のロッジに宿泊する代わりに船上で寝泊まりしながらサファリを楽しめるようになっている。
ハウスボート・サファリでは、車ではなく小型モーターボートに乗って動物たちを探しに行く。水鳥も岸辺の哺乳類も、水上から接近するものに対しては警戒心が薄いため、陸上からのときよりも撮影はずっと楽だ。しかも座るポジションが水面にとても近く、自分の目線が動物と同じか、さらに低いのでダイナミックな写真が撮れるし、周囲に木や草などの遮蔽物がないのもありがたい。カバのような水の生き物はもとより、喉の渇きを癒しにやってくる草食獣や、それらを狙うライオンなどの活動も川辺に集中するので、撮影の歩留まりは想像以上だった。
いつも述べていることだが、サファリでは、光が一番綺麗で動物の活性も高い日の出直後と日没直前が一番肝心だ。その時間帯には現場で被写体を目の前にしていたいのだ。これが陸上だと意外に難しい。朝、車に乗り込んで出発し、被写体を見つけるまでにどうしても時間がかかるし、夕方は夕方で国立公園内では、暗くなる前に宿泊施設に戻らなければならないという規則があるからだ。その点チョベのハウスボートは、国立公園となっているエリアの対岸(ナミビア側)に船を係留してくれる。つまり寝泊まりする場所がフィールドの中にあるので時間の無駄がほとんどないのだ。しかも見通しの効く川辺では被写体を見つけるのにもさして苦労しないため、早朝のよい光を最大限活用できるし、夕方も暗くなる直前まで撮影に臨める。
今回利用したのは部屋数5、最大乗客数10という船で、1階デッキが客室、2階がダイニングエリア兼ラウンジ、そして3階がサンデッキという構造になっていた。内部の設備等は一般的なロッジに何ら引けを取らないもので、電気も24時間使えるし、バーはセルフサービスで飲み放題と、快適そのものだった。また、船の係留場所を変える際の移動速度はいたって遅く、揺れもまったくない。デッキで横になって酒を飲みながらのんびりと目の前を通り過ぎてゆくサバンナの景色や動物を眺めるのはオツなものだ。陸上のサファリもいいが、一味違った趣と開放感を味わいたい人にもハウスボートはお勧めだ。
撮影データ:ニコンD500、AF-S Nikkor 80-400mm f/4.5-5.6G
朝、川辺で草を食むケープバッファロー
写真・文  山形 豪さん

やまがた ごう 1974年、群馬県生まれ。少年時代を西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。高校卒業後、タンザニアで2年半を過ごし、野生動物や風景の写真を撮り始める。2000年以降は、南部アフリカを主なフィールドとして活躍。サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。写真集「From The Land of Good Hope(風景写真出版)」、著書に「ライオンはとてつもなく不味い(集英社新書ヴィジュアル版)」がある。www.goyamagata.com

「衣」 ファッションは、過去から未来へと続くアイデンティティの表現

エチオピア手織り綿に注目

「アフリカの布は、伝統的でモダン、明るくおおらかで力強い。時を超えて、つねに現代的である」。ロンドン大学芸術考古学教授のジョン・ピクトンは、「西アフリカの明白な事実のひとつは、布であふれかえっていること!(The Art of African Textiles /2000)」とも語っている。
ピクトンの言葉どおり、西アフリカに限らず、アフリカは色とりどりのテキスタイルであふれている。なかでも、パーニュ、カンガ、エチオピア手織り綿などの民族布は注目のアイテムだ。エチオピア綿の存在はほかのテキスタイルに比べ知名度は低いが、アメリカ人デザイナーのガードル・トンは、「エチオピアには世界最高峰のひとつに入る素晴らしい綿がある(Addis Tribune/2003)」と、エチオピアでのテキスタイルビジネスを評価している。

民族衣装の着こなし方

涼しい気候にも暑い気候にも合う実用性を備えたエチオピアの手織り綿がもっとも使われるのは、民族衣装「アベシャ・リブス」の仕立てだ。男性の衣装は一般に細身のパンツに大きめのシャツ、上からガビ(厚手の綿ショール)を羽織る(※1)。女性はワンピースにナタラ(薄手の綿ショール)を纏う。ガビ、ナタラ、ドレスには絹糸で伝統的な柄「ティベブ」が刺繍されている。絹糸は、昔はエチオピアの織り手たちが輸入された布をほぐし手に入れていたそうだ。

伝統衣装「アベシャ・リブス」を纏う女性
伝統衣装「アベシャ・リブス」を纏う女性

伝統的な柄「ティベブ」が織り込まれている綿ショール「ナタラ」
伝統的な柄「ティベブ」が織り込まれている綿ショール「ナタラ」

ガビやナタラは無造作に羽織っているようにみえるが、実は冠婚葬祭で着方を変えている。悲しみの席には華麗なティベブを隠し、祝いの席では華やかなティベブが最大限にみえる着こなしをする気遣いがある。着用したときのひだや折り目の形にも、着る人の地位を表す情報がこめられているという(※2)。女性のドレスは既製品もあるが、自分好みのデザインにも仕立てられる。最速で2日あれば出来上がるから、旅行の合間でもエチオピアンドレスの仕立てはお奨めだ。もっと手軽なものが…という人には、アディスにあるテキスタイル工房「SABAHAR」と「MUYA」のスカーフやショールがおすすめ。どちらもフェアトレード商品として欧米にも輸出されている。
織り子は男性、糸紬は女性と分業で布が織られる
織り子は男性、糸紬は女性と分業で布が織られる

日々進化するファッション産業

エチオピア政府は、ガーナのケンテ布のような伝統的なデザインとテキスタイルを開発し、輸出するという新たな戦略のもとに専門家を招き、様々なプロジェクトを行っている。伝統布の見直し、見本市やファッションショー開催など、今やエチオピアにとって(アフリカにとっても)ファッションは、なくてはならない産業となっている。アイデンティティ(民族のルーツを表し民族をつなぐもの)、誇り(エチオピア人であることの誇り)、可能性(仕事をつくり、人をつくり、国をつくる)という役割を担って、日々進化をつづけるファッション業界。アフリカのテキスタイルからは目が離せない。

伝統柄を生かしたファッショナブルなワンピース
伝統柄を生かしたファッショナブルなワンピース

現代風にアレンジした男性のショール「ガビ」
現代風にアレンジした男性のショール「ガビ」

都会では数多くのファッションショーが開催され人気
都会では数多くのファッションショーが開催され人気

※1民族や宗教によって民族衣装は異なります。
※2動画で着方を公開しています。
http://www.youtube.com/user/africarikai
文・写真提供 白鳥くるみさん

白鳥くるみさん
(アフリカ理解プロジェクト代表)
80年代に青年海外協力隊(ケニア)に参加。以来、教育開発分野で国際協力に力を注ぎ、多くの課題を抱えるアフリカのために何かできたらと「アフリカ理解プロジェクト」を立ち上げる。エチオピアを中心に活動の後、2015年、日本に拠点を移し本の企画出版などの活動をつづけている。

Africa Deep!! 62 子どもは大人を真似て生きる術を学んでいく

アフリカ大陸の赤道付近には熱帯多雨林が広がっている。南米アマゾン川流域とならぶ世界でも屈指の熱帯雨林地帯である。森の一番奥深い場所には狩猟採集を生業にしているピグミーと呼ばれる人たちが暮らし、その周辺部に拓かれた村落には農耕民が生活している。
一時期、僕はコンゴ民主共和国の森に暮らすムブティ・ピグミーのもとへ通いつめていたことがあり、そのときは持参したテントを張って一緒に狩猟に参加しながら撮影を続けていた。食べものや生活に必要な物資の大半を森から調達してくるムブティの自然流の暮らし方に、若かりし頃の僕は大いに感化され、また考えさせられたものだ。
やがてそれまで住んでいた東京を離れて、自給自足というライフスタイルに一歩でも近づくため、大分の農村に移り住んだのは今から16年前のこと。完全な自給はまだまだできてはいないが、それでも家族が腹いっぱい安心安全なお米を食べられる程度にはそれなりにキャリアは積んだと思う。
ムブティの暮らしから僕は本当にたくさんのものを学んだ。食べものを自分で調達するというのはそのひとつだが、彼らの社会のあり方で最も印象深かったのは子どもたちの姿だった。森の中には当然、学校などない。しかしどの子どももたいへん利発で、実によく大人の言うことを聞き、手伝う。自分の要求を満たすために泣き喚いたり、ダダをこねたりする姿にはついぞお目にかかれなかった。
男の子も女の子も七、八歳になると大人と一緒にカモシカなどを捕まえる猟に出る。とはいっても、大人たちについていくだけだ。しかし獲物がいる場所では、物音をさせない慎重な言動が必要となるが、子どもたちは大人の真剣な表情に呼応して草陰で微動だにせず無言のまま待つ。日本のこの年齢の子どもにできることではないだろう。そして大人たちの罠のかけ方、獲物への近寄り方、飲み水のありか、槍を振り下ろすタイミングなどを目の当たりにするのである。
野営場では、狩猟用の網を補修する手伝いをしたり、弓矢を手にして遊んだり、捕獲した動物の解体を任されたりする。女の子は母親と一緒に調理の手伝いをし、水汲みにも行く。弓矢には毒も塗りつけるからたいへん危険なものだが、大人たちは注視しながらも取り上げたりはしない。危険なものであっても大人になったら必要になるものだからだ。子どもはそうして生きるための術というものを学んでいくのである。
写真・文  船尾 修さん

船尾修さん
1960年神戸生まれ。1984年に初めてアフリカを訪れて以来、多様な民族や文化に魅せられ放浪旅行を繰り返し、写真家となる。[地球と人間の関係性]をテーマに作品を発表し続けている。アフリカ関連の著書に、「アフリカ 豊穣と混沌の大陸」「循環と共存の森から」「UJAMAA」などがある。最新作の「フィリピン残留日本人」が第25回林忠彦賞と第16回さがみはら写真賞をW受賞した。
公式ウエブサイト http://www.funaoosamu.com/

ナイロビ ダイアリー no.19 身近なナイロビ国立公園

ナイロビに赴任して、早くも2カ月が経とうとしている。年末年始の旅行シーズンのため、日々市内を奔走していたが、幸いにも先日サファリに行く時間が取れた。私のナイロビダイアリー初回は、「ナイロビ国立公園」を紹介させていただきます。

サファリといえばケニア

ケニアのサファリでは、まず「マサイ・マラ国立保護区」が挙げられる。誰もが認める野生動物の楽園で、日本から訪れるお客様のほとんどがマサイ・マラを楽しみにしている。ヌーの川渡りは、テレビの映像でもお馴染みの光景だ。次に有名なのは、「アンボセリ国立公園」。キリマンジャロの裾野に広がる国立公園で、ヘミングウェイが『キリマンジャロの雪』を執筆したことでも知られる(キリマンジャロはタンザニアにある)。他にも「ナクル湖国立公園」や「ツァボ国立公園」、「メルー国立公園」、「アバーディア国立公園」、「ケニア山国立公園」、「サンブル国立保護区」など、赤道の北と南に広がるケニアの国立公園はそれぞれに魅力的だ。

空港からの通り道

ケニアに数ある国立公園の中でもナイロビ国立公園は、ナイロビの中心から10数キロ。車を30分も走らせれば到着してしまう距離にある。お客様が到着するジョモ・ケニアッタ国際空港から市内へ向かう道の左手がナイロビ国立公園となるので、運が良ければ空港から5分も経たないうちにキリンやシマウマを見ることができる。

遠くにビルが見える不思議な光景
遠くにビルが見える不思議な光景

ナイロビ国立公園の入り口には、「KWS(Kenya Wildlife Service)」の本部、小さなお土産屋さん、レストランなどもあり、動物孤児院も併設されている。動物孤児院はなんらかの理由から親とはぐれてしまった動物を保護している施設で、私が訪れたときにはリカオンも保護されていた。

種類も数も、大満足!

肝心なナイロビ国立公園でのサファリの質は、私自身が想像していたより遥かに高いレベルだった。ここには、ビック5(ライオン・ゾウ・ヒョウ・サイ・バッファロー)のうちゾウを除く4種類が生息しているが、私は4時間ほどのサファリで、ライオン、サイ、バッファローと出会うことができた。

オリーブヒヒがお出迎え
オリーブヒヒがお出迎え

特にクロサイは、マサイ・マラでも見つけることが難しいので、興奮のあまり声をあげてしまったほど。すぐに草むらの中に隠れられてしまったが…。シロサイの親子とみられる2頭も見つけることができ、幸運にも近くでじっくりと観察させてもらった。実はナイロビ国立公園ではクロサイの保護に力を入れており、また、干ばつの際にナクル湖からシロサイを移入させたため、比較的高い確率でサイを見ることができる。この他にも、ライオン5頭、たくさんのバッファローも見たし、もちろんキリンやインパラ、シマウマもたくさん生息している。
シロサイの親子?
シロサイの親子?

「ガイドがいないとダメ」といった規制もないので、自分で運転してもいいし、タクシーに連れてきてもらう手もある。実際にセダンタイプの車が多く走っていて、実は私自身も車を運転しながらのサファリは初挑戦だった。そんなわけで、道の状況ばかりに気をとられ、なかなか動物を探せなかったのだが…。運転に集中するあまり、車のすぐ隣にキリンがいたときには、本当に驚いてしまった。
自分で運転しながらのサファリに挑戦!
自分で運転しながらのサファリに挑戦!

車のすぐ隣にいたキリン
車のすぐ隣にいたキリン

飛行機の関係でナイロビに長時間滞在する必要があるときには、ナイロビ国立公園に足を伸ばしてみるのも良いかもしれない。

アフリカの山に登ろう! recommend 4 夢のロングトレイル ~ドラケンスバーグ山脈~

第4回は「いつか歩いてみたい夢の山旅」と題して、南アフリカ・ドラケンスバーグ山脈の山々をご紹介します。山の“登頂”ではなく、自分のペースでの山“歩き”をテーマに掲げると、その先には夢のような「アフリカの山旅」の世界が待っている、かもしれません。

南部アフリカ最大の山脈

「ドラケンスバーグ」は、竜の山々という意味の名前で呼ばれる南部アフリカ最大の山脈です。標高3,000mを越える峰を7つ擁し、竜の背中、あるいは並べて立てられた槍の穂先のように、南アフリカ東部にレソトとの国境も含めて南北に連なっています。ズールー語では「ウクハランバ」、槍の障壁という意味の名前で呼ばれています(個人的にはこの呼び名の方が好きです)。

落差世界2位のトゥゲラ・フォールズ
落差世界2位のトゥゲラ・フォールズ

ドラケンスバーグ山脈は本来の「アフリカ高原」が浸食によって崩された後に残った残滓で、砂岩の基盤岩の上に厚さ1,500m以上の玄武岩層が載っており、削り落とされた山腹は非常に急峻で、硬さゆえに残った部分が尖峰となり空に向かって屹立しています。山脈は南アフリカ側の16の国立公園、保護区、国有林等と、レソト側の1つの国立公園を合わせて世界遺産「マロティ=ドラケンスバーグ公園」として登録されています。
庭園のような風景の中を歩く
庭園のような風景の中を歩く

この公園・保護区の区分けとは別に、南アフリカではこの地域を11のエリアに分け、それぞれ名前を付けて呼んできました(例えば「MONK’S COWL(聖職者の頭巾)」など)。11のエリアは、どれも素晴らしい景観を誇る山々を有し、半日、日帰りから4泊5日のロングコースまで、全部で75~120もの様々なトレッキング&ハイキングルートが設定されています。

景観、植物、虫、動物、野鳥、歴史&文化遺産…尽きぬ見どころ

壁のように立ち塞がる山腹と尖塔、茶色の砂岩と緑の草原、世界第2の落差を誇る滝や美しい小川の数々、そして天然のプール…。まさに「絶景」と呼べる景観が、ドラケンスバーグではいたって普通の景観として次から次へと現れます。そんな絶景の中を歩けること自体が幸福極まりないのですが、この山々の魅力は他にも数多くあります。

エランドの群れ
エランドの群れ

まず、多くの固有種を含む2,000種を超える植物、その中には美しい花を咲かせる高山植物もあります。そして哺乳類48種、鳥類296種を含む豊富な動物相(歩いて見かけるのはヒヒとエランド、野鳥はよく見ます)。さらに特筆すべきは、サハラ以南で最も集中して分布する古代の岩絵です。南部アフリカの先住民であるサンの人々と彼らの祖先が描いたもので、最も古いものは2,400年前、新しいものでは20世紀初頭に描かれたとされています。600カ所の洞窟や岩陰に約35,000点という途方もない数が残されています。いずれの洞窟・岩陰も、おそらく獲物がすぐに目に入るよう眺めがよく、大荒れの天気でも雨がしのげるような場所(シェルター)ばかり。そこに立ってみると、かつての彼らの暮らしぶりが易々と想像できます。岩絵のある洞窟・岩陰はガイドなしで訪問することができず、もちろんかつてのサンの人たちのように火を起こして夜を明かすこともできません。が、泊まることが可能な岩絵のない洞窟は無数にあるので、数日かけてのトレッキングではこういった洞窟に宿泊します。
ゲーム・パス・シェルターのサンの岩絵
ゲーム・パス・シェルターのサンの岩絵

山を歩き、山に泊まり、山そのものを楽しむ

私はお客様個人の手配旅行以外にツアーの企画を担当し、いつも旅の予定ばかり考えています。そのせいか、眠っているときに「旅の夢」を見て、夜中に目覚めることも多々あります。ここ数年で最も多く見る夢は、景観がドラケンスバーグそのものの山々を、大きなバックパックを背負って歩いている、前にも後ろにも絶景、空気は清々しく、空はどこまでも青く広がっている、という内容。目覚めた後も足の裏の地面の感触や頬をなでる風、パッキリとした日差しの感覚がありありと残っていて「もう少し見ていたかったなぁ」と思います。

山中の洞窟や岩陰に宿泊
山中の洞窟や岩陰に宿泊

細切れのルートを何度か歩いてはいるものの、夢に見るくらいですから、いつかは北のカテドラル・ピークから南のブッシュマンズ・ネックまでベストなルートを選んで、スルーで歩きたいと思っています。洞窟に泊まるのでテントは不要、沢水はきれいで美味しいので水も必要なし、シャワーは天然のプールで十分です。問題は食料くらいでしょうか?アフリカ大陸で最も歩きごたえのあるロングトレイルになることは間違いありません。
夢から覚めると真夜中にもかかわらず本棚をあさり、ドラケンスバーグのトレイルを網羅したガイドブックを眺めることもしばしば。行きたい気持ちは募るばかりですが、南北をスルーで歩くには、ひと月近くかかります。さすがに弊社でも1カ月の休みはもらえないだろうということで、荷物を各自で背負ってともに歩いてくださるお客様がいらっしゃらない限り、やはり「退職後の夢」ということになるのかもしれません。