世界遺産タッシリ・ナジェール岩絵トレック 11日間

タッシリナジェールはサハラ砂漠の中央部におよそ800kmにわたって連なる黒い台地です。あたかも月面を思わせるその荒涼とした世界の隅々に先史時代の壁画が残されています。

風と水に激しく浸食された台地上では、奇岩が森のようになっています。または果てしなく岩の絨毯が広がり、断層がむき出しにされ、涸川がいくつもの谷を形作っています。この生き物にとって過酷な世界にはかつては氷河が覆っていた時代があり、熱帯雨林が広がった時代があり、草原だった時代があり、多くの人の賑やかな声が聞こえた時代がありました。
壁画は古いもので新石器時代まで遡るものも見られますが、数千年もの間、壁画は描かれ続け、気候の変化にともなう動植物の変化、生活様式の変化、感性(デザイン)の変化を辿ることができます。
肉体美や装飾を描いたもの、戦争を描いたもの、家族の愛を描いたもの、あるいは神のようなもの、ひどく抽象的で分か らないものと、、テーマは本当に様々。
一時期よりトゥアレグの祖先が登場し始め、ガイドの説明に熱が入ります。ターバンを巻いて昔ながらの姿をしているガイドの姿を見ていると、数千年の時間なんて自分たちの思っているほど長い時間ではないのではという気がしてきます。街から遠く離れて彼らと寝食をともにしていると、壁画に描かれた世界に迷い込んだような錯覚に陥ります。これぞまさにタイムスリップです。
自然の移り変わり、人の繁栄と衰退を目の当たりにする壮大な時間旅行、これは面白いです。
大阪営業所 有冨
世界遺産 タッシリ・ナジェール岩画トレック 11日間

アフリカからコンニチハ!VOL.5 FROM アルジェリア

今回は、アルジェリア南部のオアシスの町ジャネットより、タッシリ・ナジェール台地のガイドをしてくれるノルディンさんをご紹介します。砂漠の遊牧民トゥアレグのナイスガイです。
●ガイド自己紹介:
明けましておめでとうございます。タッシリ・ナジェール台地のガイド、ノルディンです。インタビューをうけるなんてとても光栄です。

●インタビュー:
Q.あなたの国で一番好きな場所はどこですか?
A.全ての場所を知っているわけではないのですが、アルジェリア北部であれば地中海の青が美しいベジャイアの町か、古代ローマ遺跡の残るティパサか、あるいはコンスタンティーヌにかかる美しい橋か、、選ぶのは難しいです・・。
しかしながらやはりサハラの深部、タッシリ・ナジェールとタッシリ・ホガーこそ私の国で最も美しい場所だと思います。乾いた川床、岩の森の間を、私の友と、犬と一緒に歩き、夜には火を囲んで語り、笑い、明日の予定について決め、それから少し未来のことについて話し合う、そんな具合です。
Q.あなたの国で一番エキサイティングなお祭りはなんですか?
A.アルジェリア北部のお祭りは見たことがないのでよく分かりませんが、私の町ジャネットでは毎年イスラム暦での11月頃に「スビーバ(SABEIBA)」というお祭りがあります。トゥアレグの男たちが伝統衣装に身を包んで「タコーバ(TAKOUBA)」という
剣を持って舞うお祭りです。
Q.日本に来ることがあったらどこに行きたいですか。また何をしたいですか?
A.日本を訪れる機会があるとしても、私はどこそこへ行きたいと頼むことはないでしょう。思うに、間違いなく日本のどこに行っても私にはため息が漏れるような感動があるでしょうから。
Q.日本人に対する印象は?
A.日本という国には沢山の印象があります。高度な技術、教育、世界への影響力、そしてなによりとっっても親切な人々。これまで多くの日本人と一緒に語り、食事を囲みましたが、ある方の「時間は時間、仕事はきっちり時間通りにしなければならない」という言葉に日本人らしさを感じました。仕事に対する厳しさ、綿密な計画性、私たちは日本がもたらしてくれた多くのものに感謝しなければなりません。
ありがとうございました。
DESERT BLUES MUSIC(砂漠のブルース)の歌い手でもあるノルディンさん、タッシリ・ナジェール台地では静かな星空の下、美しい声で謳ってくれます。
アルジェリアがもっともっと訪れやすい国になることを願います。
タッシリ・ナジェールのツアーもあります。アルジェリアのツアー一覧はこちら。

78歳タッシリ・ナジェールを行く

タッシリ・ナジェールのツアーにご参加頂いた、岩井信子さんからのツアーレポートです。
タッシリ・ナジェールは、私が十数年来、夢見つづけてきた地である。
地球上に世界遺産は数多い。だが私は権威の象徴たる遺跡、賛を尽くし天を衝くような建造物などに興味はない。タッシリに現存する絵、古代人が岩に描いた岩絵は、人の暮らしの「遺産」である。すべての人が平等に、主体的に生きた古代の、日常生活の遺産である。しかもその絵は、かつてサハラが緑ゆたかに水流多き大地であったことを証明する。即ちサハラの歴史を、引いては地球の返遷を語る遺産である。この壮大なロマンに私は魅せられてやまなかった。
タッシリの岩絵の存在を知った時期、私はエチオピア奥地に石器時代さながらの暮らしを営む少数民族の探訪に没頭していた。その当時の私は「遺跡は変化しない。が、人の暮らしは急速に変わってゆく」と、エチオピアを優先させてきたのであった。
念願のタッシリ行きが実現したのは、昨年(二〇〇八年)。一二月二十六日関空を発った。南フランスのマルセイユから地中海を横断し、ニジェール国境に向かう空路、眼下にひろがるアルジェリア領サハラは、底知れぬ神秘を射放っていた。タッシリへの基地、一夜を過ごすオアシスの町のホテルは、壁に魔法のランプが灯っているのでは?と思わせるたたずまいであった。
01 02 03

岩絵のある台地へは、名にして負う急峻な峠を登る。十頭のロバに荷を積み、私たちは水とカメラ程度の軽装で、胸躍らせて麓に立った。そして峠を見上げて絶句した。この峠がただならぬ難所であることは知っていた。累々たる大岩が今にもなだれ落ちそうに峻険。道なき岩山。これを喘ぎ喘ぎ登った壮年男性の体験記も読んでいた。破れんばかりの心臓音が聞こえるような手記であった。それにしても!予想と覚悟を絶する山の姿にさしもの私も一瞬怯んだ。「78歳が来るところじゃなかったか?」
が、懸念は無用だった。山に取り付くと不安は吹き飛んだ。八人の現地スタッフは、ガイドをはじめ実に優秀である。誠実で的確な仕事ぶりは申すに及ばず、絶対的な信頼のおける人たちである。その上、人一人くらい、片手で軽く受け止められるほどに鍛え上げられた頑強な体躯の持ち主。私は“安心して命を預けられる”と実感した。78歳の私が彼らに援けられ、同行の仲間に励まされ、難なくこの難所を踏破したのである。
04 05 06

岩絵の場所は夥しく、岩絵の数は殆ど無数と言ってよい。どの絵も躍動感にあふれ、その臨場感に息をのむ。目鼻は描かれていないのに、遊ぶ子どもの声や人の会話、叫び声、動物のいななきや疾走する地響きが聞こえ、今にも砂煙りが巻き上がって来るようである。古代人の高い表現能力に私は酔い痴れた。また、精神世界を思わせる絵、死生観や思想にいざなう絵など、近々を古代人に見え、その息使いが耳を打つような感動の連続であった。
しかも、この遺産が、柵一つめぐらさず、ロープ一本張るでなく、野放し同然に開放されているのである。私は一人でも多くの人が、アルジェリアのこの厚遇に俗することをおすすめしたい。国によっては、遺跡現場には人を入れず、絵はレプリカにして観覧に供していると聞く。
岩陰でのテント泊も、これまた実に楽しいものであった。毎夜焚火を囲み、火明かりにスタッフと集う団欒には、時を忘れた。茶葉をぐつぐつと焚火で煎じた民俗茶は、就寝前の体を芯から暖めてくれた。
07 08 09

毎食、コックが作ってくれる食事は「これが不毛の地、砂漠での食事か」と目を瞠るほど、多彩で新鮮、そしておいしかった。何よりレモン酢がふんだんに使われ、なお二つ割りのレモンがドンと添えられているのには、感動しきりであった。「家にいるときより栄養状態がいい」と話し合ったことである。
ただ一つ、残念なことは、遙かな時をへて、岩絵が風砂に削られ自然消滅が進行していることである。今のうちに何か復元できないものか、切にそう思う。
私はもう一度、ぜひ行きたいと思っている。見落とした絵や撮りこぼした風景がある。タッシリナジェールには、些細な悔いも残したくない。もう一度行って、この絵を描いた古代人と、これほどの遺産を惜し気もなくオープン「展示」するアルジェリアに、敬意を表したい。
アルジェリアのツアー・旅行一覧はこちら。
砂漠に行くツアー・旅行一覧はこちら。